プレゼント

 シュナイダーは焦っていた。明日は12月7日。愛しい若林の誕生日だ。
 何か心に残るものをプレゼントして、若林が喜ぶ顔が見たい。しかし何を贈ったら、若林に喜んで貰えるだろう。あれこれ頭をひねるものの、結局何を贈ればいいのか絞り込めずにいた。
 シュナイダーは幼馴染のカルツに、相談を持ちかけた。目端の利くカルツなら、若林が喜ぶものを知っている筈だ。しかしカルツの返事は冷たかった。
 「さぁな。本人に聞けよ」
 「プレゼントだぞ。出来れば渡す時まで、内緒にしておきたい」
 「源さんは素直だから、何を貰っても喜ぶと思うぞ」
そんな事は判っている。しかし、そこを工夫して、若林にもっと喜んで貰いたいんじゃないか。シュナイダーはカルツに聞いてみた。
 「おまえは何を贈るんだ?」
カルツはポケットから、無造作に束ねられた小さな紙の束を取り出した。見れば某大型食料品店のクーポン券だ。シュナイダーが呆れる。
 「これは広告についてる割引券だろう? そんなのがプレゼントか?」
 「ああ。源さん、一人暮らしだからな。結構、重宝してくれると思うぜ」
説明されてみて、シュナイダーはなるほどと思った。確かに遠慮のない親しい友人同士なら、こういうプレゼントでもいいかもしれない。日持ちのする食材とか、商品券とか、意外に喜ばれる気がしてきた。
 しかし、シュナイダーは気乗りしなかった。喜ばれるかもしれないが、所帯じみているというか、生活臭が強すぎてムードがない。ゆくゆくは若林の恋人を目指している身としては、これでは駄目だ。シュナイダーはカルツに、更に意見を求めた。カルツが面倒くさそうに答える。
 「サッカー関連のものなら、間違いなく喜ぶぞ。帽子とか、グローブとか、シューズとか・・・」
 「それも考えたんだが・・・」
サッカーに情熱の全てを傾けている若林のことだ、こうしたアイテムを贈れば喜んでくれるのは目に見えていた。しかしこうした物は、他のチームメイトも贈りそうだ。それにサッカーの仲間というか、ライバルというか、そういう雰囲気が強くなってしまう。実際サッカー仲間であり、ライバルなのだが、誕生日のプレゼントは敢えてサッカーから離れたものを贈り、若林の心をサッカー以外のアプローチで捉えたかった。
 シュナイダーは自分の考えをカルツに告げた。他の奴とは違う、若林の恋人になりたいという秘めたる想いを込めた、気の効いたプレゼントはないだろうか? シュナイダーのうるさい注文を聞いて、カルツが茶化した。
 「じゃあ、白のタキシードに身を包んで、赤いバラの花束を持っていく。これで決まりだ!」
 「それも考えたんだが・・・」
 「考えたのか!!」
 「いきなり過ぎて、若林が驚くんじゃないかと思って・・・」
 「当たり前だ! 絶対、止めろ!!」
結局、意見はまとまらなかった。しかし若林の誕生日は、明日に迫っている。今日のうちにプレゼントを用意しなければ間に合わない。シュナイダーはカルツに頼み込んだ。
 「カルツ、これから街に行って、若林のプレゼントを買ってくる。選ぶのを手伝ってくれ」
 「しょうがねぇな」
シュナイダーの盲目的な態度に呆れつつも、そこは付き合いの長い親友、カルツは渋々ながらも頷いた。

 その後、シュナイダーとカルツはショッピングセンターに行き、店をあちこち見て廻った。まずは一番妥当なスポーツ用品店で、サッカー関連のグッズをチェックする。それから衣服や食料品など他の品物も、念入りに見て廻る。しかし、どんな品物を見てもシュナイダーには今ひとつに思えて、結局プレゼントは決まらなかった。付き合わされて、あらゆる店を連れ回されたカルツが、遂に音を上げた。
 「シュナイダー、いい加減にしろよ。決まらないんだったら、最初の店で見た帽子かグローブにしておけ」
 「いや、もう少し。他のものも見てみたい」
 「そんな悠長な事を言ってると、店が閉まって何も買えなくなるぞ」
カルツの言う通り、ちらほらとシャッターを下ろす店が出始めた。シュナイダーは足早に、まだ見ていないジャンルの店を探した。その目に、一件のアクセサリーショップが留まった。
 「カルツ、あそこを見てみよう」
 「一番、源さんに縁がなさそうな店だな」
シュナイダーは構わず店に入ると、ショーケースに並べられたアクセサリーを覗き込んだ。女性向けの華奢なデザインのものが多かったが、男性向けのものも少数あった。
 一組の指輪が、シュナイダーの目を引いた。大きいのと小さいの、全く同じデザインの指輪が、仲良く一つのケースに収められている。
 「いかかですか? 恋人とお揃いのペアリングです。彼女に喜ばれますよ」
店員が愛想良く話しかけてきた。シュナイダーは尋ねる。
 「これ、他にサイズはあるんですが。あの・・・えっと、スポーツとかやってるコなんで、割と指が太いんですけど・・・」
 「大丈夫ですよ」
店員は在庫を調べて、大き目のリングをいくつか出してくれた。これだけサイズが取り揃えてあるという事は大量生産の安物かと、横で見ているカルツは思った。しかしシュナイダーが気にしていないようなので、敢えて余計な口は挟まない。ここで買い物が終わってくれれば、願ったり叶ったりだ。
 シュナイダーは慎重に指輪のサイズを品定めして、ひとつのリングを選んだ。それから、自分の指に合うものを見つけ出し、店員に告げた。
 「じゃ、これを包んでください。俺の分は、このままはめていきます」
 「かしこまりました。(あら、本当に指の太い子ね~)」
店員が指輪をラッピングする様子を見ながら、シュナイダーはプレゼントを渡した時の若林の反応を空想してみた。
 あのサッカー一辺倒の若林のことだ、恐らくアクセサリーなどひとつも持っていないに違いない。初めはちょっと、途惑うかもしれないな。でも俺が心を込めて選んだ品だ、きっと喜んでくれるに違いない。俺とのペアリングだと知ったら、あいつはどんな顔をするだろう。俺の気持ちを察してくれるだろうか。・・・気づかなさそうだな。そうだ、どうせなら指輪を左手の薬指にはめてもらおう。それがいい。婚約指輪、いや結婚指輪のように・・・・・・。
 「お客様ぁ? こちら、お包みしましたけど。お客様!?」
 「シュナイダー、会計しろ!」
カルツに小突かれて我に返ったシュナイダーは、代金を払い品物を受け取った。別のレジでカルツも何やら買い物をしていたが、シュナイダーの目には入っていなかった。
 「シュナイダー、用が済んだんなら帰るぞ!」
左手薬指にはめ直した自分の指輪を見ながらニヤけているシュナイダーを急かして、カルツはアクセサリー店を出た。どうにかこうにか厄介な用事が片付いて、カルツは一息ついた。

 そして翌日。この日もいつもどおり、ハンブルグJr.ユースチームの練習は行われていた。いつもと違うのは、練習の後。今日は若林の誕生日なので、簡単にお祝いを開こうという事になり、仲のいいチームメイトが集まってファーストフード店へ寄り道することになった。
 結構な人数が集まったので、店では店内の奥まった一角を、貸切のように提供してくれた。
 「何でも好きなモンを注文していいぞ。若林の分は、俺たちの奢りだから」
 「そうか? あんがとな」
注文を取りに行っていたメンバーが戻り、めいめいの注文が行き届いたところで、誕生パーティーが開始になった。チームメイトが口々に、若林に祝いの言葉をかける。
 「若林、おめでとう!」
 「誕生~日、おめでと~」
 「これからも、よろしくな」
 「みんな、ありがとう!」
 仲間達に祝福されて、今日の若林は流石に嬉しそうだった。カルツを始め、プレゼントを渡している者も何人かいた。しかし、シュナイダーは自分の用意してきたプレゼントを出さなかった。
 俺のプレゼントは、他の奴らのとは意味合いが違う。こんな賑やかな所じゃ渡せない。若林と二人っきりになれないだろうか。
 楽しそうな若林には悪いが、シュナイダーはこの集いが早く終わらないかと、そればかりを考えていた。
 ようやくミニパーティーがお開きになった。店を出たチームメイトたちは、手を振りながら散り散りの方向に帰っていく。そして若林とシュナイダー、カルツは帰る方向が同じなので、3人連れだって歩き出した。店のあった賑やかな繁華街を抜け、静かな住宅街の方へと歩みを進めていく。
 食事をしていたせいで、辺りは暗くなっている。そして空からは、ちらほらと雪が舞い落ち始めた。シュナイダーは思った。
 よし、申し分のない舞台設定だ。カルツが邪魔だが、あいつのことだから気を利かせて離れてくれるだろう。
 遊歩道にあるベンチを見つけて、シュナイダーは若林を呼び止めた。
 「若林、ちょっと座らないか」
 「なんで? 雪が降り出したんだぜ。早く帰ろう」
白い息を吐き出しながら、若林が反抗する。
 「いいから。おまえに渡したいものがあるんだ」
シュナイダーがポケットからラッピングされた小箱を取り出すと、若林の顔がほころんだ。
 「シュナイダー、プレゼント用意しててくれたのか。さっき、みんなが渡してくれた時に出さないから、てっきりおまえは俺の誕生日を忘れてるんだと思ったぜ」
 「そんな筈ないだろう。さあ、ここで開けてみてくれ」
 「ああ」
若林は小箱を受け取ると、ベンチに腰掛けて、包装を破り始めた。シュナイダーも隣に腰掛け、若林の手元を見守る。ベンチのすぐ傍に街灯が立っているので、若林の手元は明るく照らされている。小箱のふたを開け、若林は目を丸くした。
 「指輪・・・?」
そして困ったような顔をして、箱をシュナイダーに突き返した。
 「いらねぇ」
 「いらない? どうして!?」
若林の予期せぬ言葉に、シュナイダーは少なからず取り乱した。若林が淡々と説明をする。
 「俺、キーパーで手を使うから、指輪なんて邪魔だし」
 「サッカーをしてない時に、つけろよ!」
 「それに男の癖に指輪とかネックレスとかつけてんの、好きじゃないんだ。これ、値段も高そうだし、悪いけど受け取れないよ」
 「待ってくれ、これは・・・」
こうまでハッキリ拒絶されるとは思っていなかったので、シュナイダーはパニックだった。
 だが、ここで少し離れた所から様子を見ていたカルツが、突然口をはさんだ。
 「シュナイダー、おまえさんはホントに説明が下手だな。それじゃ、源さんに伝わらないぜ」
いきなり間に割って入られて、シュナイダーは訝しく思った。だが、何やらカルツに考えがありそうだと気づき、言葉を譲る。カルツは若林とシュナイダーが並んで腰掛けていたベンチに、自分も無理矢理割り込んで座った。カルツはシュナイダーの左手を取ると、自分の右手を並べるようにして、若林の方にかざした。どちらの手にも、シルバーの指輪が光っている。若林が、驚きの声をあげた。
 「おまえらも指輪? それって、これと同じ奴か?」
 「そう、我ら『絶対ワールドカップに行こうぜ連盟』の証だ」
 「なんだ、それ?」
興味をそそられた若林が、カルツに尋ねた。シュナイダーもカルツが何を言い出すのか判らず、黙ってカルツの顔を見る。カルツはしたり顔で話し始めた。
 「名前の通りの連盟だよ。源さん、今サッカーを一緒にやっている仲間全員が、将来ワールドカップに出られると思うか?」
 「それは・・・・・・」
若林が言いよどむ。ワールドカップに出場できるのは、国の代表に相応しい実力の持ち主だけだ。今のチームメイト全員が、将来必ず出場できるとは断言できない。
 「源さん、『絶対ワールドカップに行こうぜ連盟』には、世界に通じる実力がないと加入できないんだぜ。メンバーは今のところ、ワシとシュナイダーの二人だけ。だもんで他の連中に、この連盟の事は内緒なんだ」
 「おまえら、そんなモノ作ってたのか」
若林が感心したように言った。最もプロに近い位置にいると言われている、『若き皇帝』カール・ハインツ・シュナイダー。どんな無理な注文でも、与えられた仕事はきっちりこなす『仕事師』ヘルマン・カルツ。確かにこの二人の実力は、チームでもずば抜けている。将来のドイツ代表に選ばれるのも、夢ではないだろう。
 「それでだ、源さんはドイツ代表じゃないけど、源さんならワールドカップに出られると思ったんでな。特別にメンバーの証である、指輪を贈ろうってコトになったんだ」
 カルツの言葉に、若林は目を輝かせた。
 「それじゃあ、シュナイダーもカルツも、日本がワールドカップに出るって信じてくれたんだな! ちょっと前までは、『絶対無理』って笑ってたのに」
 「まぁ、な。なあ、シュナイダー?」
 「ああ」
シュナイダーが調子を合わせて頷く。若林は小箱の中の指輪を手に取り、右手の中指にはめた。
 「ありがとう、シュナイダー、カルツ。今日一番のプレゼントだ!」
そして指輪をはめた手を、シュナイダーたちの前に出した。カルツが右手を若林の手に重ねたのを見て、シュナイダーも左手をその上にのせた。
 「ぜったい、ワールドカップで会おうぜ!!」
 「おうっ!!」
元気よく音頭を取った若林が、心の底から嬉しそうに笑った。

 指輪の由来を聞いた若林は、始終上機嫌だった。家への分かれ道にさしかかった時も、今日一日は指輪を外さないからと宣言し、何度もシュナイダーとカルツに礼を言いながら帰っていった。
 若林の後姿を見送り、完全に姿が見えなくなってから、シュナイダーがボソッと言った。
 「『絶対ワールドカップに行こうぜ連盟』だって?」
 「ああでも言わないと、源さんは指輪なんか受け取らないんじゃないかと思ってな」
 「カルツ、おまえはそれを予期して、昨日の店で自分の分の指輪を買っといたのか?」
 「まぁな」
シュナイダーが、つまらなさそうに言う。
 「どうして、俺が指輪を買ってしまう前に、アドバイスしてくれなかったんだ」
 「おまえさんの楽しい買い物を、邪魔しちゃ悪いと思って。それに、源さんが指輪を素直に受け取る可能性が、ないわけじゃないからな」
シュナイダーは面白くなかった。カルツの方が、若林の性格や行動を見抜いている。俺は若林の全てを知る男になりたいのに、今の段階ではカルツに負けている。
 「まぁまぁ、指輪を受け取って貰えたんだから、いいじゃねえか」
 「・・・・・・よくない」
シュナイダーが自分の左手のリングと、カルツの右手のリングを見比べて言った。
 「カルツ、そいつを外してくれ。若林とのペアリングのつもりだったのに、これじゃおまえとのペアリングだ」
 「おっと、そうだったな」
カルツは指輪を外すと、無造作にポケットに突っ込んだ。
 「源さんは今日一日、指輪を外さないそうだぜ。シュナイダーもはめてろよ。少なくとも、今日だけは源さんとペアリングだ」
 「・・・・・・そうだな。ありがとう、カルツ」
何だかんだ言っても、シュナイダーの選んだ指輪を若林が受け取ってくれたのは、カルツのお陰である。シュナイダーはようやく、カルツに礼を言った。
 カルツと別れて帰宅したシュナイダーは、自室で改めて自分の薬指にはめられた指輪を眺めた。
 今頃、若林もこうして、指輪を眺めているだろうか。
 「あ」
 大事な事を忘れていた事に気づき、シュナイダーはうろたえた。俺は若林に、『おめでとう』を言っていない。指輪を突き返されそうになって、慌ててしまい肝心な事を言い忘れてしまった。
 仕方がないので、シュナイダーは胸の中で、言い損ねた台詞を呟いた。

 若林、誕生日おめでとう・・・・・・誰よりも 愛してる・・・・・・

おわり

 あとがき
 雪が降るほど寒いのに、彼らは手袋をしてないのか・・・という、突っ込みはしないで下さいまし(←力不足)
 源さんが当初プレゼントを突き返すのは、実は私の腹いせ。某オンラインゲームにおいて、源さんが私の差し入れを「いらねぇ」「貰ってもなぁ」「・・・持って帰ってくれ」と、拒否しまくりの時がありまして、ついネタにしてしまいました。それにしても私は源さんに、何を差し入れようとしていたのだろう?(笑)