特別のプレゼント
某年12月7日の夕方、いつもどおりの時間にハンブルクJr.ユースチームの練習が終了した。汗みずくの選手達が次々とピッチを引き上げていく。しかし若林はその場に佇んだままで、帰る気配がない。カルツが若林に声を掛ける。 「源さん、帰らないのか?」 「ああ。なんで?」 若林はシュナイダーに相手をして貰って、毎日居残りで特訓を積んでいる。もちろん今日もそのつもりだった。その事はカルツも知っている筈なのに、何を今更聞いているのかと、若林は不思議に思った。 「だって、今日は源さんの誕生日だろう? 早く帰ってお祝いしたりとか、しねーの?」 カルツが言葉を補って聞き直す。そういう意味かと若林が笑って答えた。 「しねーよ。面倒臭い。練習している方が楽しいしな」 「源さんらしいなぁ」 若林の至極当然といった口調に、カルツもつられたように笑いを浮かべる。自分の誕生日を祝いたい者は、皆に誕生日をアピールしたり、パーティーの招待状を配ったりと、数日前から何かしらのアクションを起こすものだ。若林はそういう事を何もしていなかったので、なんとなく予想はついていたが、それにしても自分の口から「お祝いはしない」とハッキリ言い切るあたり、いかにも若林らしい。 「そんじゃ、ワシはプレゼント持ってきてるんで、ロッカーに入れとくわ。あとで見てくれや」 「えっ! 悪いな、気を使わせて。ありがとう、カルツ」 「どういたしまして。シュナイダーとサッカー三昧の誕生日を楽しく過ごしてくれよ」 カルツは片手をあげてあいさつすると、クラブハウスへと引き上げていった。続いて、二人の会話をたまたま耳にして、若林の誕生日を初めて知ったチームメートの何人かがお祝いの言葉を掛けてくれた。彼らに礼を述べながらも、若林はいそいそと練習の準備をする。 「よーし、シュナイダー、始めようぜ!」 他のチームメートがいなくなり、ボールの用意も済んだ。若林はシュナイダーに声を掛けると、ゴール前に向かって駆け出した。しかしシュナイダーにぐいと肩を掴まれ、引き戻されるようにしてその場に踏みとどまる。 「何だよ?」 「若林、おまえ誕生日をカルツに教えてたのか」 ムスッとした様子で、シュナイダーが口をとがらせた。 シュナイダーが怒るのには、少々事情がある。若林に一方的な片想いをしているシュナイダーは、なんとか若林と親しくなりたいと思い、自分から若林にあれこれ話し掛け、誕生日がいつなのかも聞き出していた。以下はその時の会話である。 『若林の誕生日は12月7日だな。よし、覚えたぞ』 『別に覚えなくてもいいよ。俺だって普段忘れてるし』 『そんな事言うな。誕生日ってのは本人自らパーティーを主催して、親しい人を招いて盛大に祝うもんだ』 『マジ? 面倒だな〜。まぁ、おまえ以外俺の誕生日知ってる奴なんかいないから、パーティーはしなくて済むな』 『・・・・・・俺だけ?』 『うん。誕生日なんて、自分から触れ回る事でもないし』 『そ、そうか! 若林の誕生日を知ってるのは俺だけなんだな!!』 この時シュナイダーの脳裏に、誕生祝いにかこつけて若林と二人っきりでロマンチックな夜を過ごすバラ色のビジョンが展開していたのは言うまでもない。 その日以来シュナイダーは、二人きりで過ごす若林の誕生日を最高のシチュエーションでお祝いし、これを機会に二人の仲がぐぐっと進展するようにと思案に思案を重ねてきたのだった。 「若林! 誕生日を教えた男は俺一人だと言ったじゃないか! 二人きりで一生の記念になるような素敵な夜を過ごそうと約束したのに、他の男にも声を掛けていたなんて、おまえがそんな浮気性だとは・・・・・・」 「は??」 若林が未知の生物を見るような目で自分を見ているのを感じて、シュナイダーは慌てて言葉を飲み込む。興奮して夢のラブラブ両想い妄想と現実がごっちゃになってしまったようだ。 「いや、だから、ホラ、誕生日なんて自分から触れ回る事じゃないと言ってただろう。なのにカルツが知ってたのは何故なのかと、純粋に学術的に疑問を抱いたわけだ」 何が学術的なのだろうと思いつつ、若林は説明する。 「自分からは言ってないけど、先週カルツに偶々聞かれたんだ。そん時教えた。隠す事でもないから」 「先週・・・そうか・・・」 若林の誕生日を知る者が自分だけではなかったという現実に一旦は気落ちしたものの、シュナイダーはすぐに立ち直った。カルツはプレゼントを用意したが、もう帰ってしまっているじゃないか。若林と二人きりで誕生日を祝える男は、やはり俺しかいない!! 「もういいだろ? 練習始めようぜ」 「ああ、判った!」 その後シュナイダーは公式戦の時以上に気合の入ったファイヤーショットを連発、強敵相手だと目を輝かせて燃えまくる若林を大いに喜ばせたのだった。 数時間後、チームの職員に練習場の利用時間をとっくに過ぎていると注意され、若林とシュナイダーは慌てて練習を切り上げた。 しかし普段よりも数段熱のこもった練習内容に満足し、若林は上機嫌だった。 「さすがはシュナイダーだ。今日のは全然防げなかった。でも、今度は負けないからな!」 「ああ、楽しみにしてるよ」 思ったとおり、超本気モードのファイヤーショットは若林に喜んで貰えたようだ。まずまずの滑り出しに、シュナイダーの気分も高揚してきた。 ロッカールームで着替えようとした時、若林が嬉しそうな声をあげた。 「おっ、これがカルツが言ってたプレゼントだな」 若林が手にラッピングされた箱を持っているのを見て、またシュナイダーの機嫌が悪くなる。シュナイダーももちろんプレゼントを用意してきている。些細なことだが、このままだとカルツに先を越されるような気がして面白くなかった。どうせなら自分からのプレゼントを、最初に開けて貰いたい。 「ちょっと待て!」 シュナイダーに包みを取り上げられ、若林がムッとする。 「なにすんだよ!?」 「俺もプレゼントを持って来たんだ。こっちを先に開けてくれ」 そう言うと、プレゼントの入った大きな紙袋を若林に押し付けた。紙袋を手渡された若林はシュナイダーに礼を言ったものの、まだ憮然としている。 「どっちを先に開けたって構わないだろうに」 「どっちが先でもいいんなら、俺のを先にしてくれ」 「わかったよ」 シュナイダーが持って来た紙袋は、重さはさほどでもないが随分と大きかった。中身の見当はつかないが、シュナイダーの様子からしてかなり趣向を凝らしたものなのではないかと若林は推測する。 若林は袋を開けた。目に入ったのは毛糸で編まれた見るからに暖かそうな一品。 「マフラーか! この時期ちょうど使えるな。ありがとう」 若林は袋に手を入れて中身を引っ張り出した。贈り主の前で早速巻いて見せようとして、おかしなことに気付く。 「シュナイダー・・・」 「気に入ってくれたか?」 「これ、長過ぎねぇか?」 二重に首に巻きオーソドックスに端を身体の前に垂らしたつもりなのだが、片方の端は胸の辺りに垂れてるものの、もう片方の端は長々と床に届いており、さらにその先が紙袋の中にまだたっぷりと納まっている。それに対してシュナイダーが説明をする。 「ロングマフラーなんだ。しかも特注だぞ」 「いくらロングでも長過ぎるだろう! 何メートルあるんだ?」 「5メートル、だな」 シュナイダーの答に、若林は呆れ果てる。 「何だそりゃ? これ、ジョーク商品かよ」 最初見た時には柄が好みだと思ったので、実用的な品物ではないと判り若林はガッカリした。 「面白いけどさ、どうせならちゃんと使える物が良かったな」 「何言ってるんだ。ちゃんと使えるぞ」 シュナイダーは袋に入っている残りの部分を取り出して、自分の首に巻いた。 「ほら、二人で使えば問題ないだろ」 「二人いないと使えないじゃねぇか!!」 「いつも一緒にいればいいのさ」 シュナイダーはここでぐっと声のトーンを落とし、意味ありげな視線を送って口説きモードに入った。相手がシュナイダーを憎からず思っている女の子なら効果があったかもしれないが、若林には当然通じない。 「家も学校も違うんだから、ずっと一緒にはいられないだろう。大体こんな長いマフラー垂らして、首を繋ぎあった状態で歩くなんて危ないぞ」 「それがいいんじゃないか。一本のマフラーを二人で巻いて歩く。一目で・・・」 「バカだと思われるな」 一目で恋人同士だと判るじゃないか! と思っていたシュナイダーは、若林の冷静なコメントが許せない。 「なんでそんなに俺のプレゼントにケチをつけるんだ!」 「シュナイダーが受けを狙って、変なプレゼントを持ってくるからだろ」 マフラーを外しながら若林が笑う。 「ほら、早く着替えて帰ろうぜ。あんまり遅くなると、また注意されるぞ」 そしてシュナイダーに背を向けると、さっさと着替えを始めた。シュナイダーもしぶしぶ着替え始めたが、若林がもうちょっと喜んでくれると思っていたので内心面白くない。 (そんなに外したかなぁ。ありふれてはいないし、シャレも効いてるし、印象に残るいいプレゼントだと思うんだけど・・・) シュナイダーはいつものように着替え中の若林を熟視しつつ、何がいけなかったのかを考えた。 (二人用のアイテムなのがまずかったのか?) シュナイダーの視線の先では、若林が無警戒にユニフォームを脱ぎ下着姿になっている。その姿を見た瞬間、シュナイダーの頭にある考えが閃いた。 「おい、若林! いい事考えたぞ!」 「え?」 振り返った若林の眼前には、例のマフラーを手に迫ってくるシュナイダーの姿。 「どうした、シュナイダー? おいっ! 何すんだ!? やめろって!!」 「いいからじっとしてろ!!」 じたばたともみ合うこと数分間。 「よーし、出来た!」 満足気にシュナイダーが若林を見る。 下着姿だった若林に首だけでなく、頭部胴体腕から足腰にかけて超ロングマフラーがぐるぐると幾重にも巻きつけられている。まるで仕上げがいい加減なミイラといった有様だ。着替えを邪魔された若林が、当然のごとく文句をつける。 「いきなり何やってんだよ!?」 「どうだ、こうすれば裸でも寒くないだろう? マフラーなのに全身保温できるんだぞ!」 「こんな格好で外を出歩いたら、変質者じゃねぇか!」 ブツブツ言いながらマフラーを外そうとして、若林が苛立った声をあげる。 「変な巻き方しやがって、腕が抜けねぇぞ。早く解け!」 折角のアイディアも若林には不評のようで、シュナイダーはガッカリした。しぶしぶマフラーを解こうとしたが、ふとある事に気づく。 (今、腕が抜けない=動けないって言ったよな?。これって、チャンス!?) 若林の格好をまじまじと見れば、抵抗するのを無理矢理に巻きつけたので、マフラーがきつく巻かれた部分もあれば、しどけなく緩んでいる部分もある。その姿はまるで全裸にマフラーだけ纏ったようで、ところどころチラリと覗く素肌が実にそそられる。図らずもソフト拘束プレイ状態なのに気づき、シュナイダーは鼻血を吹かんばかりに興奮した。一向にマフラーを解こうとしないシュナイダーを、若林が怒鳴りつける。 「おい! 腕が抜けないって言ってるだろ。早くしろよ!」 この場合の「早くしろ」はもちろん「早く解け」の意味なのだが、シュナイダーにはあらぬ事を妄想させる言葉だった。 「わかった。早く済ませよう」 そしてまずはキスをば・・・とむくれ顔の若林の顔を仰向かせた時。 「まだロッカーを使ってるのか! 早く帰れ!!」 ノックもせずにバーンと勢いよくドアが開き、Jr.ユースチームの監督が入ってきた。そしてマフラー(?)でぐるぐる巻きに去れた若林と、彼に抱きつくようにしているシュナイダーを見て目を丸くする。 「お前たち、何をやっとるんだ??」 予期せぬ闖入者に濡れ場を覗かれた気がして、シュナイダーは心臓が止まりそうなほど驚いた。しかし若林にはすぐに帰らなかったという事以外、やましい事は何もないので素直に監督に詫びを入れる。 「済みません。ちょっとふざけていただけです。すぐに帰ります!」 「若林、身体に何を巻いてるんだ?」 「一応マフラー・・・シュナイダーが誕生日のプレゼントにくれたんです」 若林がそう言うと、訝しげだった監督の頬がゆるんだ。 「そうか、今日は若林の誕生日か。それはおめでとう。それ、シュナイダーのプレゼントなのか。面白いな」 監督は若林に近づくとマフラーを解き、それを自分の首に巻いた。 「わはは、本当に長いなぁ」 「実際には、二人で巻いて使うらしいですよ」 「そうか。うちの女房と出掛ける時に丁度いいな」 愛妻家で結婚後数年経つのに新婚のようにラブラブだと噂の監督は、ニヤニヤしながら言った。 「若林、これ貰っていいか?」 この言葉にシュナイダーは蒼白になった。せっかく若林の為に用意したのに、若林には気に入って貰えなかった。あまり物に執着しない若林は、すんなりマフラーを監督に譲ってしまうのではないか? (俺と若林のラブラブアイテムを、監督の夫婦円満アイテムにされてたまるかぁっ!!) しかしシュナイダーが抗議するよりも早く、若林が苦情をつけていた。 「駄目ですよ。俺が貰ったんだから!」 「わはは、判ってる。冗談だよ。それより、本当に早く帰れよ」 監督は最後を真面目な口調で言い、ロッカールームから出て行った。 シュナイダーは、たった今聞いた若林の言葉が信じられなかった。 「若林、このマフラー、気に入らなかったんじゃないのか?」 「お気に入りとは言えないけど、他人にやるわけにはいかねぇよ。シュナイダーが、俺の為にプレゼントしてくれたのに」 若林がニコッと笑って答えた。 この何気ない一言に、シュナイダーは天にも昇る気持ちになる。しかも嬉しいのはそれだけではなかった。若林に急かされて、慌てて着替えを済ませロッカーを出る直前。 「シュナイダー、待てよ。コレ」 見れば件のマフラーを首に巻いた若林が、もう片方の端を持ってシュナイダーに差し出している。 「多分コレ、今しか使えないからな。付き合ってくれよ」 「あ、ああ、もちろん!」 シュナイダーはマフラーを首に巻く。一本のマフラーが、シュナイダーと若林を繋ぎ取り持っている。 (・・・・・・すげぇ、シアワセ・・・・・・) 二人はマフラーに繋がれたまま、クラブハウスを出た。道行く人がおやという顔つきで自分たちを見ているのが、シュナイダーには心地いい。 「シュナイダー」 若林が話しかけてきた。 「コレ、結構楽しいな。みんな面白い!って感じで見てるし」 「だろ?」 「さっきは文句ばっかり言って悪かったな」 「気にしてないさ。若林の誕生日なんだから」 「シュナイダー、ありがとう」 さっきはなおざりな礼しか言ってなかったことを思い出し、若林が改めて礼を言った。 嬉しい言葉を次々掛けられ、シュナイダーはこの道行きがずっと続けばいいのに・・・と思う。 「なぁ、若林」 「ん?」 「来年も、お前の誕生日を祝ってやるからな! プレゼント期待してろよ」 今から来年の話とは気が早いと思いつつ、若林は笑顔を返す。 「ああ。期待してるぜ」 いつの間にかちらちらと雪が舞い始めた冬空の下を、一本のマフラーにくるまった二人は楽しげに歩き続けた。 おわり
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