サンタクロースがやって来た!
待降節に入ってからというもの、ハンブルクJr.ユースチームでは練習後、頻繁にミーティングが行われていた。といっても、試合や練習内容に関しての話し合いではない。今年は練習が冬期休暇に入る直前の三日間を使って、チーム全体でクリスマスに因んだチャリティー活動をする事になっており、その為の話し合いをしているのだった。サッカーには直接関係ないイベントについての話し合いゆえ、この会合の進行役を務めるのは監督やコーチではない。今回の慈善活動の担当に抜擢された、まだ年若い事務職員の女性である。 「じゃ、出し物はバザーと、小さい子供達相手のサッカースクールって事でいいわね。それじゃ次は、担当を決めましょう」 女性職員は選手達の意見や希望をまとめて、テキパキと話を進めていく。その結果、チームでレギュラーを務める者がサッカースクールでコーチ役を務め、それ以外の選手達がバザーの売り子をする事になった。女性職員がホワイトボードにそれぞれの担当になった選手の名前を書き連ねていくのを、シュナイダーは浮かぬ顔つきで眺めていた。 この分け方だと、シュナイダーはサッカースクール担当だが、控え選手の若林はバザーの売り子という事になる。 (どうせなら、若林と一緒のグループが良かったな・・・) GKだけが集まった一角の、端の席に座っている若林の方をチラリと見ながら、シュナイダーは内心でぼやいた。 ホワイトボードに全員の名前を書き終わった彼女は、ペンを置くと選手達の方を振り返って尋ねる。 「ここまでで、何か判らない事は?」 「売り子って、制服を着たりするんですか?」 控え選手の一人が手を挙げて質問した。すると、ミーティングルームには活発に意見が飛び交い始める。 「サッカースクール担当の奴らはユニフォームだろ? だったら俺らもユニでいいんじゃないか」 「それだと、売り子かスクール担当かの、見分けがつかないじゃん」 「だったらユニの上にエプロン着るとか・・・」 「売り子だって一目で判る名札を作って、そいつを付けるってのは?」 話し合いで活気付いてきた室内を、女性職員は満足げに見渡した。その彼女の視線が、隅の席に掛けている日本人留学生の所で止まる。彼はまだ一言も意見を出していない。留学生という事で気後れしているのかと思い、彼女は気を利かせてこちらから声を掛けた。 「えーと・・・ワカバヤシくん? あなたは何か意見はある?」 「えっ、俺?」 指名されて意見を求められるとは思っていなかったので、若林は少々慌てた。 「えーと・・・クリスマスなんだから、サンタの格好するとか・・・」 我ながらありきたりな案だと思いながら、若林が意見を述べる。すると室内のざわめきが一斉に若林の方に向けられた。 「ワカバヤシ、『サンタ』って何だ?」 「え?サンタはサンタだよ。サンタクロース。クリスマスに子供にプレゼントを配る・・・」 「それって、聖ニコラウスだろ?」 「聖ニコラウスが来るのはクリスマスじゃねーぞ」 クリスマスといえばサンタだろうと主張する若林と、そんなもんは知らんと言い張る他のチームメート達の間で、喧喧囂囂の騒ぎになる。若林一人が責められているように見えて、シュナイダーは気が気ではなかったが、自分もサンタクロースが何なのかよく判らないので若林の肩を持つ事が出来ない。 やきもきしながら見守っていると、進行役の女性職員が間に入ってお互いの意見をまとめてくれた。その結果、ドイツでは馴染みが薄いが、日本ではサンタクロースがクリスマスのキャラクターとして定着している事が判った。若林の話を聞いた女性職員は、いい事を聞いたとばかりに声を弾ませる。 「面白いじゃないの! せっかく日本からワカバヤシくんが来てくれてるんだから、ワカバヤシくんはサンタクロースの格好をして、日本のクリスマスをアピールしたら?」 「それってつまり・・・俺だけサンタの格好して売り子しろって事ですか?」 嫌だという気持ちを目一杯言葉に滲ませながら若林が聞き返すが、彼女には通じなかった。それどころか若林だけが仮装をするという案を、他のチームメートが冷やかし半分に面白がって口々に賛同するものだから、あっという間に決定事項になってしまった。 「俺、サンタの服なんか持ってないですよ!」 チームメートにやんやと囃し立てられながら、若林が最後の抵抗を試みる。しかし女性職員は笑顔で若林の抗議を退けた。 「大丈夫、私が作るから。ワカバヤシくん、サンタクロースの絵とか持ってたら、今度のミーティングの時に私に見せてちょうだいね」 にっこり笑い掛けられて、若林は渋々ながら頷いた。 その日の帰り道、シュナイダーは若林にサンタクロースの事を聞いてみた。サンタクロースについての大雑把な知識をシュナイダーに話すと、若林はウンザリした顔で愚痴をこぼす。 「全員で仮装するんなら気にならないけど、俺だけってのがなぁ〜」 「いいじゃないか。一人だけ目立てて」 「別にバザーで目立ちたくなんかねぇよ」 しかし決まってしまったものは仕方がない。絶対嫌だとごねるのも子供っぽい気がして、結局引き受けてしまったのだから自業自得ともいえる。あまり楽しい事ではないが、何事も経験だ。若林は心の中で、そう割り切った。 「しかし、困ったな。サンタの絵なんて持ってないぞ」 「次のミーティングの時に、持ってこないといけないんだろう? 自分で描いたらどうだ」 シュナイダーの提案に、若林は首を横に振る。 「絵なんか俺には描けねーって。実家に電話して、絵葉書か何かを至急送って貰う事にするよ」 若林はそう言って苦笑するのだった。 この話し合いから三日後。この日はチャリティーに関するミーティングがなかったので、シュナイダーと若林は練習が終わった後も居残りをして練習を続けていた。その特訓も終わった後で、若林はシュナイダーに家に寄っていかないかと声を掛ける。 「これから若林の家に? いいのか?」 その場で踊りだしたい程に喜んでいるのを悟られないよう、シュナイダーがクールを装って聞き返す。 「ああ。実は今日、実家から手紙が来てる筈なんだ。ほら、例のサンタの絵。シュナイダーもサンタの事はよく知らないだろう。だから絵を見せてやろうと・・・」 と、そこまで言いかけて若林がハッと重要な事を思い出す。 「あ、次のチャリティーミーティングって明日だっけ? じゃあ、どうせ明日は絵を持っていくから、わざわざ今日家に来て貰わなくても・・・」 「いや待て! 俺は誰よりも先にサンタの絵が見たい! だからこれから若林の家に行くぞっ!!」 「えっ? あ、ああ。判った」 シュナイダーの剣幕に気圧されながらも、先に誘ったのは自分なので若林は素直に頷いた。 二人は連れ立って若林の家に向かった。家の門前まで帰り着いたところで、若林が郵便受けに手を入れると、若林の予告通り日本からのエアメールが届いていた。B5サイズくらいありそうな、少し大きめの封筒だ。若林は絵葉書か何かと言っていたが、それより大判の物が入っているようだ。 「よかった、遅れたりしなかったみたいだな」 封書を手にした若林は家に入り、シュナイダーを自分の部屋へと通す。そして着替えもしないまま、若林はすぐに手紙の封を切った。そして中に入っていた数枚の紙を取り出す。 「ほら、シュナイダー。これがサンタ・・・あっ!?」 シュナイダーに向かって伸ばしかけた手を、若林は途中で引っ込めてしまった。そして目を丸くしながら、手にした数枚の紙を慌しくめくっている。 「若林、どうかしたのか?」 シュナイダーの問い掛けに、手の中の紙片を全部見終わった若林が苦笑する。 「いや、別に。俺がこの前家に電話した時、兄貴が出たんだけどさ。兄貴にサンタの絵を頼んだら、こんなの送ってきやがったんだ」 若林は改めて手にしていた紙束を、シュナイダーに手渡した。受け取った紙を見て、シュナイダーの目も丸くなる。 送られて来た紙は全て、雑誌のカラーグラビアの切り抜きだった。写っているのは若林やシュナイダーには知る由もないが、日本で売り出し中のグラビアアイドルばかり。 色々な雑誌から切り抜かれているようだが、彼女達には共通点があった。身に纏っているのが、全員赤と白を基調にした露出度の高いコスチュームなのだ。ふわふわの白い襟巻きと、ノースリーブで丈の短い赤ワンピースの取り合わせ。胸の辺りまでしか丈のない短い上着に、角度によっては下着が見えてしまいそうなミニスカート。白いファーが取り付けられた真っ赤なビキニを着て微笑んでいる女の子もいる。 グラビアの切抜きを一枚一枚見ながら、シュナイダーが若林に訊いた。 「若林、お前の説明だとサンタってじいさんじゃなかったか?」 「そうなんだけど、これは『ミニスカサンタ』っていう奴らしい」 同封されていた兄からの手紙を見つけ出し、若林が笑う。 「どうせなら女のサンタがいいだろうと思って、可愛いグラビアアイドルのを見繕って送ったって書いてある。バッカだなー、余計な気を回さなくていいのによ」 シュナイダーが返して寄越した切抜きの束を、若林はゴミ箱に無造作に放り込んだ。 「若林、せっかく送ってくれたってのに、全部捨てちゃうのか?」 「だって、これじゃ資料になんねーし」 「まぁ、若い女がサンタをイメージした衣装でグラビア撮るのは当たり前っつーくらい、日本じゃサンタが浸透してるって事はよく判ったよ」 シュナイダーの言葉に、若林は頷く。 「それにしても、本当のサンタの絵が無いのは困ったな。仕方ない。俺、今夜見上さんにも手伝って貰って、サンタの絵を描くよ」 「ああ、それしかなさそうだな。頑張れよ」 余計な用事が増えてしまって少々不機嫌そうな若林を励まし、シュナイダーは腰を上げた。外まで見送ろうと言う若林を、シュナイダーは気遣い無用と押し止める。 「これから絵も描かないといけないんだろ。俺の事はいいから、さっさと着替えて仕事に取り掛かれよ」 「そうか。悪いな、シュナ。じゃあ、また明日な」 若林はシュナイダーに手を振って見せると、戸口のシュナイダーに背を向けて着替え始めた。シュナイダーは若林がこちらを見ていないのを確認してから、ゴミ箱の中にそっと手を入れる。 それからシュナイダーは、静かに若林の部屋から立ち去った。 見上が手伝ってくれたお陰もあって、若林は無事にサンタクロースのイラストを描き上げる事が出来た。赤いコートを身にまとい、おもちゃの入った大袋を担いだ、恰幅のいい白ひげの老人の絵だ。その絵を翌日のミーティングの時に担当の女性職員に渡し、これで一仕事終わったとホッと息をつく。 その後もチャリティーに関する話し合いや打ち合わせは事ある毎に続けられ、本番に向けて少しずつ準備が整っていった。そしてチャリティーイベントを翌日に控えた最後のミーティングが終わったところで、若林は女性職員に呼び止められた。 「ワカバヤシくん、明日の衣装よ。ギリギリだったけど、間に合ったわ」 そう言って服の入った紙袋を手渡され、若林は内心で落胆する。彼女から、衣装作りの時間が思うように取れない事を度々詫びられていたので、この分なら衣装がイベントまでに間に合わないのではないかと楽観していたのだ。 (そう上手くはいかないか・・・) 「もう時間がないから、ロッカールームで着替えてみてくれる? 変な所があったら今日中に直すから」 「はい」 若林は素直に紙袋を手にして、ロッカールームへと向かう。その後をシュナイダーがついてきた。 「それ、明日着るサンタの衣装か?」 「うん。ギリギリ間に合ったんだって」 「俺も見ていい?」 若林は頷く。二人は無人のロッカールームに足を踏み入れた。若林はベンチの上で紙袋をひっくり返すと、中の衣装を手に取る。 そして、そのまま固まったようにピタリと動きを止めてしまった。 「どうした?」 「こ、この衣装って・・・?」 若林は手にした服を次々とベンチの上に広げてみた。白いファーをあしらった赤い帽子、黒い手袋と短ブーツ。ここまではいい。問題は服だ。若林がイメージしていた赤いコートと、太くてたっぷりとしたズボンが入っていない。 代わりに入っていたのは、白いファーが襟と肩口についた真っ赤なベストだった。白い毛糸玉で大きめにこしらえた飾りボタンがついている。そしてお揃いの赤いズボンは、脚の付け根ギリギリの長さしかない、超短パン。 「なんだよ、この服・・・俺が描いた絵と全然違うぞ!?」 「でもそれが衣装なんだろ? とにかく着てみろよ」 渋る若林を急かせて、シュナイダーは若林にその衣装を着せた。ベストも短パンもサイズはピッタリ、いやピッタリ過ぎてまるで水着のように若林の身体にフィットしている。しかもベストの丈が短いので、おへそのあたりは丸見えだ。着心地悪そうにむき出しの腹の辺りを押さえながら、若林がぼやく。 「どうしてこんなデザインに・・・? 俺、ちゃんと絵描いて渡したのに」 「いいじゃないか。すごく似合ってるぞ! 『ミニスカサンタ』なんか足元にも及ばない可愛さだ」 「ミニスカサンタ?」 衣装を作った女性職員に向けてブツブツ文句を言っていた若林が、キッとシュナイダーの顔を睨む。 「シュナ、お前もしかして・・・この前のグラビアを!?」 「あー、気付いた?」 若林の両肩に手を置き、にこにこ笑いながらシュナイダーが白状する。 「若林が見てない隙に、ゴミ箱の中から拾っておいたんだ。で、お前がサンタクロースの絵を提出した後に、俺もあのグラビアを提出した。『老人のサンタは古いイメージで、今は日本でサンタといえばコレです!』って。どっちを採用してくれるかは俺にも判らなかったんだけど、俺が勧めた方が受けたみたいだな」 「シュナイダー・・・てめえ、他人事だと思って!!」 肩に置かれた手を振り払い、若林が怒鳴る。その時、ロッカールームのドアがノックされた。 「ワカバヤシくん? もう着替え終わった?」 衣装を作った女性職員だった。若林が渋々返事をすると、ドアが開かれた。彼女はミニスカサンタ風のアレンジコスチュームを身に纏った若林を見て、歓声を上げる。 「よかった! サイズもピッタリね。よく似合うわよ」 「いや、これはちょっと・・・」 「じゃあ明日は宜しく頼むわよ。バザーコーナーのマスコットとして、活躍して貰うからね!」 若林が浮かぬ顔をしている事に気付かないのか、はたまた敢えて気付かない振りをしているのか、彼女は若林を激励して部屋から立ち去った。後に残されたのは、茫然と立ち尽くす若林と堪えきれずに忍び笑いを漏らすシュナイダー。 「明日は宜しく頼むぜ。バザーコーナーのマスコットとして、活躍してくれよ」 おどけた口調でそう言うと、シュナイダーは若林の身体を包み込むように後ろから抱きついた。若林はありったけの力でシュナイダーに肘打ちをかますと、乱暴に服を脱ぎ着替えを始めた。 翌日から始まったハンブルクJr.ユースチームのチャリティーイベントでは、バザーコーナーが大盛況で三日間とも予想以上の売り上げを記録した。若林の本意ではなかったが、サンタ風のコスチュームで売り子を務める若林の姿は評判を呼び、結果的にチャリティーは大成功だった。 更にイベント終了後の打ち上げでは、若林はバザーの売り上げに貢献したMVPとして表彰された。 「良かったな、若林」 打ち上げの会場で、サンタコスの上にジャンバーを羽織っただけの若林にシュナイダーが近寄ってきた。シュナイダーは若林の腰に手を回して、顔を寄せて囁き掛ける。 「チャリティーは大成功、若林はMVP。全部俺のお陰だぞ」 「うるさいっ!」 若林はそっぽを向いているが、この前のようにシュナイダーに肘打ちを放ったりはしなかった。チャリティーが成功した一因は確かにこの衣装にある。しかしだからといって素直に礼を言うのも忌々しく、若林はむくれていた。 「なぁ、三日間もこの衣装着続けたんだから、もう慣れただろう? ついでにもう一仕事してみないか」 「もう一仕事?」 好奇心に負けて、若林はシュナイダーの方へと顔を向ける。 「どんな仕事だ?」 「簡単だよ。クリスマスに、この衣装のまま俺の部屋に来てくれればいい。プレゼントの入った袋は要らないから」 「はぁ? この格好で、家に遊びに来いって事か?」 ジャンバーのポケットに手を突っ込みながら、若林が自分の衣装を見下ろす。 「あー・・・うん、まぁ、そういう事。どうだ?」 「シュナ、よっぽどこの衣装が気に入ったんだな。判った、考えておくよ」 半ば呆れた様子で若林が笑う。そして若林は服を着替える為にロッカールームへと向かった。その後姿を見送りながら、シュナイダーが胸の中で呟く。 (どうかクリスマスに、俺の大好きなサンタクロースがうちに来てくれますように・・・) 深夜に部屋の窓を開け放ち、源三サンタが訪れてくれる様を想像して、シュナイダーは頬を緩ませた。 おわり
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