12月7日、若林の誕生日当日。練習が終わり、二人揃ってロッカールームで着替え終わったところで、シュナイダーは若林にプレゼントを手渡した。大きさはそれほどでもないが、ややかさばる無地の紙袋だ。口の部分には蝶結びになったリボンがシールで貼り付けてある。
 「若林、誕生日おめでとう。良かったら使ってくれ」
 シュナイダーの言葉を聞き、若林は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 「ありがとう、シュナ。これ、今開けてもいいか?」
 「もちろん」
 笑顔で頷き返すと、若林が早速シールを剥がして袋の口を開け始めた。
 「あっ、これは!?」
 嬉しそうな声を上げる若林。袋の中から出てきたのは、普段若林が愛用しているのによく似た赤いキャップだった。真新しい帽子を手にした若林は、シュナイダーに向かってニコニコと礼を述べる。
 「丁度いつも被ってる奴が、ちょっとボロっちくなってたんだ。あんがとな、シュナ!」
 「どういたしまして。早速被ってみろよ」
 シュナイダーに勧められ、若林は頷く。帽子を被ろうと何気なく手元に視線を落とした若林は、おや?という表情でまじまじと帽子を見つめた。
 「シュナイダー、これってどこのメーカー?」
 そのキャップには正面部分に何かのマーク、つばにはロゴが縫い取りされていたのだが、注意してよく見るとそれらの刺繍は少々いびつだった。普通に店で売ってる商品にしては出来が悪い。
 「それか? さぁ、どこ製だろう? ノーブランドで何も商標が入っていないのを買ってきたからなぁ」
 「え? っていう事は、このマークとロゴは・・・」
 若林は改めて帽子に視線を落とす。正面部分のマークは、マークの中をアディダス風に三本線が横切るデザインになっていたため咄嗟に何の形か判りにくかったが、よくよく見るとそのマークの輪郭はハート型だった。そしてつばに刺繍されているロゴ。こちらもアディダスのロゴに似せてあるが、書かれている文字は違っている。その文字を読んだ若林は、素っ頓狂な声で叫んだ。
 「え・・・『karl h s』って、これ、お前の名前!?」
 「ああ。本当は『k h schneider』にしたかったんだが長過ぎるんで諦めた」
 「って事は、これ、シュナイダーの手縫いかよ!?」
 得意そうに大きく頷くシュナイダーに、若林は感心した様子で言った。
 「すげぇ〜! シュナ、刺繍できるんだ。意外に器用なんだな」
 「難しい所は母さんに助けて貰ったけど、大部分は俺が縫った。どうだ、気に入ったか?」
 「ああ、気に入った。まさか、こんな手の込んだ物を用意してくれてるなんて思わなかったよ」
 若林は帽子を被り、壁掛け鏡の前に立った。帽子のサイズはぴったりで、被り心地に不満は無い。刺繍のいびつさも、近くで見れば判るが遠目ならば気付かれないだろう。何より誕生日のプレゼントに、これほどまでに手間隙かけてくれたシュナイダーの心意気が嬉しい。
 「時間掛かっただろ? 俺の為にありがとう、シュナ」
 つばに手を当てたり、深く被り直したり、見るからにキャップを気に入った様子の若林にシュナイダーは胸が熱くなる。プレゼントは帽子にしようと思いついたものの、市販の製品をそのまま贈るのではありふれているから、何か工夫が出来ないかと考えた甲斐があった。毎晩夜更かしして、針を何度も指に刺しながら、ちまちまと時間を掛けて仕上げた苦労が全て報われた気分だった。
 「・・・でもよ、何でお前の名前なんだ? 俺にくれるプレゼントなんだから、俺の名前にしてくれたら良かったのに」
 「む、それは・・・」
 刺繍を褒められて嬉しそうだったシュナイダーが、急に口ごもる。若林の疑問は当然だ。実はシュナイダーも最初は『genzo w』の文字を縫おうと思っていたのだ。
 しかし、いざ帽子に下書きをしようとした所で、ある事を思いついた。
 (若林はいつもキャップを被ってる。そのキャップに俺の名前が書いてあったら、周りの奴らは俺と若林が仲良しだと思ってくれるんじゃないか?)
 いや、これは仲良しなんてもんじゃない。「若林はシュナイダーを慕っている」とか、「若林はシュナイダーの所有物なんだ」とか「若林とシュナイダーはデキてる」とか、そんな風に考えるんじゃないだろうか!? 周りが自分達の事をそういう目で見るようになったら、当の若林も俺をそういう風に意識してくれるかも!!
 この思いつきにシュナイダーは有頂天になった。そして縫い取りするロゴを自分の名前に変更すると、念を入れてハートをあしらったマークまで刺繍したのだった。
 だが、若林に向かってその理由を言うのは、下心をさらけ出すようで流石に気が引けた。
 「それは・・・えーと、そう! その帽子を贈ったのが誰なのか、若林が忘れないようにだ!」
 「うわ、セコい理由〜」
 シュナイダーの答に若林が声を上げて笑う。だがすぐに笑いを引っ込めて、真面目な口調で告げた。
 「俺が忘れるわけねーだろ。せっかくシュナがくれたのに」
 若林にとっては、当たり前の事を口にしただけの何気ない一言。しかしシュナイダーにとっては、愛の告白をされたに等しい衝撃を含んだ一言だった。
 「若林・・・!」
 思わず若林に駆け寄り、その身を抱きしめたい衝動に駆られる。しかしそんなシュナイダーの気持ちをはぐらかすように、若林がひょいっと帽子を脱いでしまった。
 「こいつは被らずに、大事に仕舞っておくよ。何たって、店じゃ買えない貴重な一点モノだからな!」
 そしてシュナイダーから貰った帽子を元通り袋に入れてバッグに仕舞いこむと、若林は愛用のアディダスキャップを被った。
 「じゃ、行くか!」
 「あ・・・ああ。今行く」
 若林に喜んで貰えたのは嬉しいが、キャップを毎日被って皆の前で「俺達特別な関係です♪」的アピールをしてくれる事はないのだと判り、シュナイダーはガックリ気落ちする。
 (こんな事なら、最初の予定通り若林の名前を縫ってやれば良かったかな・・・)
 若林の後を追うようにロッカールームを出たシュナイダーは、今更ながらそんな事を思うのだった。
おわり