12月7日、若林の誕生日当日。この日もいつも通りに、二人きりでの居残り練習が行われていた。それが終わり若林がロッカールームでの着替えを済ませたのを見計らって、シュナイダーは若林にプレゼントを手渡した。それは赤い花模様を散らしたグリーンの包装紙でラッピングされた小さな包み。飾り文字で「誕生日おめでとう」と書かれたシールが貼られていた。
 「若林、誕生日おめでとう。多分若林はまだ持ってないだろうから、良かったら使ってくれ」
 シュナイダーの言葉を聞き、若林は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 「ありがとう、シュナ。これ、今開けてもいいか?」
 「もちろん」
 笑顔で頷き返すと、若林が早速包みを開け始めた。
 「え・・・これって・・・?」
 中から出てきたのは、ビロードのように手触りのいい薄型のケース。その蓋を開けると、中にはリムレスタイプの洒落た眼鏡が収まっていた。目をぱちくりさせている若林に向かって、シュナイダーが得意げに言う。
 「どうだ? 若林は眼鏡は一本も持ってないだろう」
 「そりゃそうだ。俺、目ぇ悪くねぇもん。両方2.0あるし」
 ケースから眼鏡を取り出した若林は、戸惑った顔でシュナイダーを見た。シュナイダーは心得顔で説明をする。
 「若林の視力がいいのは知ってるよ。眼鏡ってのは何も目が悪い人だけが掛けるもんじゃない。度の入ってない眼鏡を、ファッションで掛けてる人は大勢いるぞ」
 「へぇー、そうなのか? 面倒臭い事するもんだな」
 「そう言うな。若林は目が大きくてかわい・・・いや、印象的だから、きっと眼鏡も似合うって」
 予想外のプレゼントだったせいかあまり嬉しそうではない若林に、シュナイダーは盛んに掛けてみろと勧める。若林は判ったと頷くと、眼鏡を手に壁掛け鏡の方へと歩み寄った。若林は鏡の前に立つと、無造作な手つきで眼鏡を掛ける。その背後から若林の肩越しに鏡を見たシュナイダーは、感嘆の声を上げた。
 「思った通りだ! 似合うぞ、若林」
 「そうか? 何かキザっぽくて変じゃねぇ?」
 「とんでもない! 普段とイメージが全然違って見えて、かわ・・・カッコいいぞ」
 「本当に? なんか恥ずかしいんだよな、コレ・・・」
 鏡を向いていた若林が、くるっと振り向いてシュナイダーの顔を見上げる。その拍子にフレームがずり落ちたのか、若林は中指の先でブリッジの辺りに触れると、クイッとフレームを持ち上げた。
 「これ緩いのかな。きついよりはいいんだろうけど、何か気になる・・・」
 それから両手で左右それぞれのテンプル部分を持つと、掛け具合を確かめるようにちょこちょことフレームを動かす。若林が無意識に行っているこれら一群の動作・・・慣れない眼鏡をあれこれと気にする仕草は、シュナイダーの心臓を鷲づかみにしていた。
 (かっ、かっ、かわいいぃ〜〜〜!)
 まだ誰も知らない若林の新しい魅力を発見した事実に、頬を緩ませ口を半開きにしてにまにまと若林に見蕩れていると、シュナイダーの視線に気付いているのかいないのか、若林は眼鏡を外してしまった。
 「これ、今度どっか遊びに行く時に掛けてみるよ。シュナ、ありがとうな!」
 「あ・・・もう仕舞っちゃうのか?」
 残念そうな口ぶりでシュナイダーが聞くと、若林が眼鏡を手に苦笑いする。
 「だって、掛けてると何か邪魔臭くて気になるから」
 「それなら尚更掛け続けて、違和感に慣れないと」
 「判ってるけど、今日はもういいよ」
 しかしシュナイダーは引き下がらない。掛け続けないと慣れないぞ、というのを言い訳に、眼鏡っこバージョンの可愛い若林をもっと見ようと執拗に迫る。
 「そうだ、俺がフィッティングしてやるよ。貸してみろ」
 「そんなのいいって! シュナ、しつこいぞ!!」
 あまりの粘着振りに、業を煮やした若林が大声を出す。その拍子に若林の両手に力が篭った。
 ピシッ・・・
 突然室内に鳴り渡った不穏な音に、若林とシュナイダーは言葉を失う。
 「あ・・・やべ」
 若林は手に眼鏡を持ったままだった。若林が手を開いてみると、ツーポイントを呼ばれる、レンズに直接ネジをとめるタイプの縁なし眼鏡は、そのネジの部分からレンズが無残にも割れていた。
 二人の間に重苦しい沈黙が流れる。
 「・・・・・・壊れちゃった」
 「・・・・・・ああ。見れば判る」
 「ごめん、シュナ!」
 壊れた眼鏡をそっとケースに仕舞うと、若林が素直に謝った。
 「せっかく俺の為に、シュナイダーがプレゼントしてくれたのに・・・」
 「いや、別にいいよ。その眼鏡は若林の物なんだから、若林がどう扱おうと」
 と、口では言ったものの、シュナイダーの落胆振りは隠せない。眼鏡のプレゼントは若林にはあまり気に入って貰えてなかったようだが、それにしてもこうすぐに目の前で壊されてしまうのは、贈り主としてはなはだショックだった。
 (かわいかったのに・・・眼鏡っこの若林・・・)
 ガックリと肩を落とすシュナイダーに、若林が声を掛ける。
 「そうショボい顔すんなよ。そうだ、今からこの眼鏡を買った店に行ってみようぜ! 買ったばっかりなんだから、もしかして安く直してくれるかもしれないし、ダメなら他の眼鏡を買ったっていいし・・・」
 「そんな事言って、若林は眼鏡はあんまり気に入ってないんだろう?」
 「んな事ねーって!」
 若林は殊更に大声を出して、シュナイダーの不安めいた指摘を否定した。
 「そうだ。シュナも眼鏡買えよ。店に行ったら、俺がカッコいいの選んでやるからさ。俺だけじゃなくて、シュナも掛けるんだったら恥ずかしくねーし」
 気落ちした様子のシュナイダーを力付けるように、若林が元気のいい声で言った。
 「そうと決まったら、早く眼鏡屋行こうぜ!」
 眼鏡を壊してしまった引け目があるとはいえ、若林が自分の事を気遣ってくれているのだと思うとシュナイダーは嬉しかった。それに本当に新しい眼鏡が手に入ったら、また眼鏡姿の若林が見られるわけで、その事を思うとシュナイダーの顔にも漸く笑みが戻ってきた。
 「よし、行くか!」
 シュナイダーはバッグを肩にかけると、若林と連れ立って軽い足取りでロッカールームを後にした。
おわり