目指せ!保護者公認カップル

 「シュナイダー、7日って何か予定ある?」
 ハンブルクJr.ユースチームの練習が冬期休暇に入ってからというもの、シュナイダーは若林の自主トレに付き合って二人っきりで練習するのが毎日の習慣となっていた。その自主トレが終わった後の帰り道、若林から急にこんな事を聞かれてシュナイダーは心臓が止まりそうになる。
 何故なら今は11月末。若林の言う7日とは、当然12月7日の事だ。
 そして12月7日は、愛しい若林の誕生日なのである。
 恋に身を焦がすシュナイダーとしては、想い人の誕生日というイベントを見過ごすわけにはいかない。サッカーバカの若林の事だから、きっと自分の誕生日も普段と同じ自主トレで潰す気だろう。それならば俺が想い出に残る素晴らしいバースデーイベントを演出してやろうと、アレコレ計画を練っている最中だったのだ。
 そこに若林の方から、この誘い文句である。俺の方が声を掛けるまでもなく、若林は俺とのバースデーデートを考えていてくれたのか!? 
 練習の時を除けば二人きりで過ごす事など皆無で、そんな若林がシュナイダーに対してサッカー仲間兼ライバルとしての親近感以外の感情を持ち合わせている筈がない。従って「デート」なんて事を考えている訳もないのだが、そこは恋する者の悲しさでついつい自分に都合よく妄想が広がってしまう。
 嬉しさのあまり顔がニヤケそうになるのを必死に堪えつつ、シュナイダーが答える。
 「いや、大丈夫。空いてるよ」
 「よかった! そんなら練習終わった後、俺の家に来ないか?」
 誕生日にも自主トレするのはやはり決定事項なのかと納得しつつ、その後の台詞にシュナイダーの興奮はますます高まる。練習の迎えに行ったり何なりで、若林の家には過去に何回も行ったことがある。しかし、こんな風に事前に招待を受けるのは今回が初めて。しかもその日は若林の誕生日!
 (これって期待していいんだよな!? 何たって若林の方から、誕生日を俺と家で二人だけで過ごしたいって、そう言ってるんだから・・・いや、待てよ)
 シュナイダーの胸に不安がよぎる。招待されたのが自分だけだと、何故言い切れる? 他にも大勢を招待していて、盛大に誕生パーティーを開こうとしているのかもしれないじゃないか? 
 そう思うと、期待と煩悩でヒートアップしかけていたシュナイダーの熱が少し冷めてきた。しかし誕生日に招待されたのはやはり嬉しいので、笑顔で若林に応える。
 「判った、必ず行くよ。7日は若林の誕生日だしな」
 「あっ、覚えててくれたのか! そう、俺の誕生日なんだ」
 嬉しそうに笑みを見せる若林を微笑ましく思いながら、シュナイダーは先刻浮かんだ疑問をぶつけてみる。
 「誕生パーティーをやるんだろう? 俺の他には何人呼ぶんだ?」
 「パーティーなんて大袈裟な事しねーよ。俺、そういうの苦手だし。呼んだのだってシュナ一人だけで・・・あれ、シュナイダー?」
 すぐ隣を歩いていた筈のシュナイダーがいないのに気付いて、若林は足を止めて振り返る。十数歩ほど後ろの所で、何故かシュナイダーは目と口を見開き放心したように立ち尽くしていた。シュナイダーの変調を不審に思いつつ、若林はシュナイダーの所まで戻ってきた。
 「おい、どうした?」
 「あ、いや・・・別に。行こう」
 誤魔化すかのように急に早足で歩き出しながらも、シュナイダーはこみ上げる喜びを隠せない。やっぱり若林は俺と二人きりで誕生日を過ごしたいんだ!! 
 浮かれ気分でタッタカ足を進めるシュナイダーの後ろに付いていく格好で、若林が言葉を続ける。
 「でもシュナがOKしてくれて良かったぜ。ドイツに来て初めての誕生日だからとか言って、見上さんのテンションが妙に高くってさ。自主トレは休め、当日は丸一日使って思いっきり賑やかにお祝いしよう、とか・・・練習はサボりたくないから、お祝いは夕食の時だけにしてもらったけど、改まってお祝いなんて照れくさくって。でもシュナイダーが一緒なら気が楽だ・・・って、うわ!」
 前を歩いていたシュナイダーが急に足を止めたせいで、その背中にぶつかってしまった若林が文句を言う。
 「何だよ、さっきから。今日のシュナ、ちょっと変だぞ」
 「ミカミ・・・そうだった。すっかり忘れてた・・・」
 また少しばかりクールダウンしたシュナイダーは、小声で呟きため息をついた。ハンブルクJr.ユースでキーパーコーチをしている見上は、若林の保護者代わりも務める人物である。招待を受けた若林の家とはイコール見上の家でもあるわけで、「二人きりで過ごす想い出の誕生日」の幻想はもろくも崩れ去ってしまった。
 しかしシュナイダーは更に考えを巡らせる。将来を誓い合った恋人同士ならば、いずれは互いの家族に相手を紹介するものだ。恋人の家族に気に入られれば、二人の仲は天下公認、後は結婚というゴールに向かってラストスパートを掛けるだけ。
 (という事は、この機会に若林の保護者であるミカミに気に入って貰えれば、俺と若林の将来も安泰じゃないか!)
 いくら保護者に気に入られたとしても、当の若林と相思相愛にならなければどうしようもないのだが、今のシュナイダーは「目指せ!保護者公認カップル計画」で頭が一杯になっていた。
 (何が何でも、俺を若林の交際相手として認めて貰わなければ!!)
 新たな決意を胸に、シュナイダーは若林を振り返った。
 「若林、ミカミの好きな食べ物とか判るか?」
 「は?」
 唐突な質問に、ポカンとした顔で若林が聞き返す。
 「なんで?」
 「重要な事なんだ。判らないのか?」
 「あー・・・うん。別に好き嫌いとか無さそうな人だから」
 見上のご機嫌伺いに好物を手土産にと考えていたシュナイダーは、若林の答に考え込む。
 (好物を贈る手は駄目か。でも何かしら贈り物はした方がいいだろうな。これが若林の母親・・・女性なら花を贈るという手が使えるんだが、ミカミは男だから花は変だ。すると何を選んだらいいだろう? こうなったら母さんに知恵を借りるか・・・)
 妙な質問をしたかと思えば急に押し黙ってしまったシュナイダーを、若林は不思議そうに見つめていた。

 そして迎えた12月7日。この日も二人は練習場に赴き、普段通りのメニューで自主トレを行った。普段と違うのは、練習が終わった後もずっと一緒で、そのまま連れ立って若林の家へと向かっている点と、シュナイダーがいつも練習の時に持ってくるバッグの他に、大きな紙袋を提げてる事だった。
 「なぁ、それって俺にくれるプレゼントだろ? 中身なに?」
 興味津々に聞いてくる若林に向かってシュナイダーは首を横に振る。
 「いいや。若林のプレゼントは、こっちのバッグに入れてある。これはミカミにだ」
 「見上さんに? 何で??」
 「それはもちろん・・・」
 ミカミに気に入られて、のちのち二人の交際を気持ちよく許して貰う為、なのだがシュナイダーは言葉を途中で飲み込んだ。正直に理由を言ったら、若林は変に思うだろう。なにしろ若林はシュナイダーが抱いている想いに、まだ気付いていないのだから。
 「・・・家に招かれているんだから、家の人に土産を持っていくくらい当然だろう」
 咄嗟にそう誤魔化したが、若林の表情は不審気なままだった。
 足を進めるうちに、古風な佇まいのアパートが見えてきた。ここの最上階に見上と若林の借りている部屋がある。階段を上がり、若林がただいまと声を掛けながらドアを開けると、すぐに見上が姿を見せた。コーチとして練習場に立つ見上は強面だが、今日は機嫌良く笑っている。若林の言葉どおり、愛弟子の誕生祝という事で気分がノッているのだろう。
 「お帰り、源三。シュナイダーもよく来てくれたね」
 「ミカミコーチ、今日はお邪魔します」
 深々と頭を下げ、丁寧なあいさつをするシュナイダーに、見上は気楽にしなさいと声をかける。シュナイダーが礼儀正しいので、見上は気をよくしたようだ。
 食堂に案内されて、すぐに夕食になった。テーブルには料理の載った器が所狭しと並べられている。日本料理らしく、シュナイダーには馴染みのないメニューばかりだった。
 「わぁ! すごい。見上さん、これ・・・」
 「これはミカミコーチが作ったんですか?」
 嬉しそうに声を上げた若林の言葉を、シュナイダーが遮って質問をする。
 「ああ。源三のお祝いだし、久し振りに和食尽くしがいいだろうと思ってね。ところが材料を取り寄せたのはいいが、作り方が判らないから、朝から料理本と首っ引きで何とかこしらえたんだ。味の保証はしないが、見た目はまぁまぁだろう?」
 「見上さん、俺の為にそこま・・・」
 「そこまでするなんて、素晴らしい! 若林、お前はシアワセ者だぞ!」
 誕生日の主役が言うべき台詞を片っ端から取られてしまい、若林は戸惑った。シュナイダーの奴、何を考えてるんだ?
 見上は、いわゆる「お誕生日席」に若林を座らせた。シュナイダーと見上は向かい合わせの席につき、若林の誕生日を祝って、ジュースで乾杯する。
 「では、いただきまーす!」
 若林は見上の手料理に箸をつけた。ちらしずしを頬張る若林に、見上が味はどうだと尋ねる。
 「うん、とても美味し・・・」
 「旨い! ミカミコーチは料理も上手ですね!」
 片っ端から料理を頬張りながら、ここぞとばかりにシュナイダーが味を褒めちぎった。見上もおだてるなと言いつつ、満更ではなさそうである。確かに見上の料理は旨かったが、若林は二人の遣り取りを呆れ顔で見守るのだった。
 デザートのケーキ(これは手作りではなく店で買ったものだった)を食べ終わると、テーブルをそのままにして三人は居間へと移った。見上はそこに置かれていたプレゼントの包みを手に取り、若林に手渡した。早速若林が包装を開いてみると、アディダスのトレーニングウェア一式が出てきて若林の顔がほころぶ。
 「源三は練習熱心だから、ウェアは何枚あってもいいだろうと思ってね」
 「ありがとう、見上さん! 明日はこれを着るよ!」
 食事の間はつまらなそうにしていた若林だが、見上からのプレゼントを見て表情が和む。嬉しそうな若林を見て、シュナイダーが慌てて居間を出て行った。そして食堂に置きっ放しだった例の大きな紙袋と、それより一回り小さい箱包みを抱えて戻ってくる。
 シュナイダーは紙袋を足元に置くと、箱包みの方を若林に差し出した。
 「若林、これは俺から」
 「おっ、 サンキュ」
 若林はこちらの包みもすぐに開けてみた。中身はアディダスのスポーツタオルで、若林は笑顔で礼を言った。だがその笑顔は、シュナイダーが見上に恭しく紙袋を差し出すのを見て途端に曇ってしまう。見上が紙袋を開けると、中には見るからに上等で暖かそうなカーディガンが入っていた。胸に刺繍されたブランドのロゴを見て、見上は驚く。
 「おい、こんな高級なもの貰えないよ」
 「そう言わずに受け取って下さい」
 「しかし・・・」
 カーディガンを挟んで見上とシュナイダーが押し問答を始めたのを見て、若林はいよいよ白けた気分になってきた。思えば今日のシュナイダーはずっとこんな調子だ。食事の時も見上にばかり話しかけていたし、やたらと見上にベッタリしている。若林の誕生祝いなどそっちのけで、見上と仲良くなりたがってるようだ。
 とうとう根負けした見上が、シュナイダーから贈られたカーディガンを受け取った。それから若林に向き直り、苦笑いを浮かべる。
 「俺までプレゼントを貰ってしまって、変な感じだな」
 「くれるって言うんだから、いいじゃないですか? それ、見上さんに似合ってますよ」
 あわてて笑顔を作った若林がそう言うと、見上はシュナイダーに向かって礼を言った。それからテーブルを片付けてくるからと言い残して、食堂へと姿を消した。
 居間には若林とシュナイダーが残された。
 シュナイダーは大きく深呼吸をして、若林を見た。ミカミが家にいると言うから、今日はこんな風に二人だけになれるとは思っていなかった。何という幸運!
 とはいえ、どうせすぐに見上が戻ってくるだろうから、一分一秒も無駄にはしたくない。シュナイダーは若林の方を向いた。だがシュナイダーが話しかけるより先に、若林が口を開いた。
 「シュナイダー、食堂に行かないのか」
 その口調がいつになくきつく感じられて、シュナイダーは不安になる。
 「食堂? 何で?」
 「見上さんと一緒にいたいんだろう」
 「ミカミと?」
 ムスッとした顔で若林に睨みつけられてシュナイダーは焦った。
 (若林、もしかしなくても怒ってる!? しかしどうして・・・)
 自主トレ中は、若林の態度は普通だった。顔をあわせた時に「誕生日おめでとう」を言うと、本当に嬉しそうに笑顔を返してくれた。
 とすると、問題はこの家に来てからという事になる。シュナイダーはここに来てからの自分の言動をつぶさに振り返ってみた。まずは玄関でミカミにあいさつ、次にミカミの料理をご馳走になったから味を褒めまくって、それから・・・・・・
 シュナイダーは愕然とする。
 俺はミカミにばっかり話しかけていて、若林とほとんど会話をしていない!
 今日は若林の誕生日だと言うのに!!
 せっかく若林の保護者であるミカミを懐柔したのに、肝心の若林に嫌われてしまっては何にもならない。
 重苦しい空気の中、チラリと若林の様子を窺うと、若林は顔をそむけてシュナイダーを見ないようにしていた。マズイ、このままではマズ過ぎる!!
 「すまない、若林。俺が悪かった。でもこれには理由があるんだ」
 シュナイダーは素直に謝ったが、若林は相変わらずそっぽを向いて返事もしてくれなかった。しかしこちらの言うことに耳を傾けているのは判った。シュナイダーは一気にまくしたてる。
 「確かに俺は、ミカミに取り入って、ミカミに気に入られようとしてた。どうしてそんな事をしたのかと言えば、それはミカミが若林の保護者だからだ。で、なぜ若林の保護者に気に入られたかったといえばそれは・・・あの・・・」
 その先を何と説明したらよいものか迷って、シュナイダーが口ごもる。理由を全部説明するためには、自分が若林に惚れている事を打ち明けなければならない。だが、こんな最悪のシチュエーションで告白なんかしたら、フラレコースまっしぐらだ! だめだ、何か上手い言い訳をしなくちゃ・・・でも何て言えば、若林を納得させて若林の機嫌を直す事が出来るんだ!? とにかく無言はマズイ。何か言わなきゃ・・・何か・・・!!
 「シュナイダー」
 しどろもどろになってしまったシュナイダーに、若林が呼び掛けた。今はまっすぐこちらを向いている。
 「言いたい事があるなら、ハッキリ言えよ。俺に隠し事なんかするな!」
 大きな黒い瞳が、真正面からシュナイダーを見据えていた。その目を意識した途端、シュナイダーの中で何かが弾けた。
 若林に嫌われないよう、適当な言い訳を考えるという小細工ができなくなってしまったのだ。
 シュナイダーはぽつりと呟く。

 「・・・俺、若林が好きだ・・・」

 若林の大きな目がぱちくりと瞬きをする。
 「なに? 今なんて言った?」
 「だ、だから、俺は若林が好きで、若林と付き合いたいわけで、それにはやっぱり家族とか周りの人にも認めてもらいたいわけで・・・だから、そのっ・・・」
 顔を赤くして早口に言い立てるシュナイダーの様子を見ているうちに、若林の顔つきが変わってきた。シュナイダーが何を言っているのか、その意味をようやく理解したのだ。
 「おい、それマジ? お前、本気で・・・あの、俺のこと・・・?」
 「・・・・・・本気。でなきゃ、ミカミの機嫌を取ろうなんて思わない」
 照れくさそうに、しかしキッパリと言われて若林の顔も紅く染まる。様子がおかしいので、何か隠し事があるのだろうとは思っていたが、まさか愛の告白をされようとは予想もしていなかった。
 「で、・・・若林は? 俺の事、どう思ってる?」 
 呆然としている若林に、シュナイダーがにじり寄る。言おうか言うまいか、ずっと悩み続けていた告白をしてしまったのだから、今のシュナイダーには恐いものはなかった。
 俺の気持ちは伝わった。後は若林の気持ちを確かめるだけだ。期待と不安が綯い交ぜになった目で若林の顔をじっと見つめていると、やがて若林が重い口を開いた。
 「嫌いではない・・・けど、いきなり好きって言われても、えーと・・・」
 今度は若林が口ごもる番だった。
 シュナイダーと見詰め合う格好になっているのが急に恥ずかしくなり、若林は目を伏せる。
 「何て言うか・・・俺、シュナイダーに好きだって言われて、嫌な気持ちはしない。っていうか、結構うれしい」
 伏せていた目を上げ、若林がシュナイダーの蒼い瞳を見つめる。
 「・・・こんな返事じゃ、納得しないか」
 はにかむように笑った顔が、最高に可愛かった。たまらずシュナイダーは若林を抱きしめたくなり、両腕を伸ばす。
 だがその手が若林に触れる前に、背後から暢気な声が掛かった。
 「何だ、二人で顔つき合わせて。にらめっこか?」
 片付けを終わらせた見上が戻ってきたのだった。見上の声を聞くなり、シュナイダーは慌てて腕を引っ込め、若林はさりげなくシュナイダーから身を離す。
 「見上さん、お疲れさまです」
 「コーチ、お疲れです」
 お互いもやもやした想いを胸に抱きつつ、若林とシュナイダーは何事もなかったかのよう見上に応えた。

 その十数分後。シュナイダーと若林は暗くなった道を連れ立って歩いていた。家に帰るシュナイダーを途中まで送るからと断って、若林は家を出てきたのである。家を出てから暫くは二人とも無言だった。言いたいことは色々あるのに、いつものように気軽に話せない。
 その沈黙を破ったのは若林だった。
 「なぁ、さっきの話だけど」
 シュナイダーがハッとして若林の方に振り向く。さっきは返事が曖昧だったけれど、あれは拒絶の言葉ではなかった。もしかして、ここではっきりと「好き」と言って貰えるのではないかと期待が高まる。
 「お前さぁ、いくら見上さんに気に入られたいからって、見上さんにはブランド服で、俺にはタオルって差ぁつけ過ぎだろ!? 一応俺の誕生日なんだぞ」
 冗談めかした言い方だったが、この台詞にシュナイダーは慌てふためいた。
 「それは誤解だ! 第一、あの服は俺が用意したんじゃないし」
 見上に何を贈ったらいいのか悩んだシュナイダーは、母親に知恵を借りた。すると彼女は、シュナイダーの父が以前人から貰ったものの、趣味が合わないからと一度も袖を通さなかったカーディガンをタンスの奥から引っ張り出し、きれいに包んで体裁よく紙袋に入れてくれたのだった。シュナイダーはそれを持ってきただけなのである。
 「でも、タオルの方は違うぞ! 俺、若林に喜んで貰いたいから、考えて、悩んで、選び抜いて、ちゃんと金を払って買ったんだ。家にあったのを母さんに包んで貰っただけの服とは、こめられてる気持ちが全く違う!」
 もっと詳しく言えば、練習後ウェアを脱ぎ捨てた若林がこのタオルで汗を拭いてくれたら・・・とか、バスルームに持ち込んであんな所やこんな所をこれで洗ってくれたら・・・とか、いかがわしい妄想をたくましくしながら選んだ品なのだが、そんな事とは知らない若林はシュナイダーの言葉を素直に受け取った。しかし口では相変わらずシュナイダーをからかい続け、シュナイダーはひたすら謝り続けるのだった。
 そんな軽口を叩いているうちに、練習場に通じる交差点へと辿り着く。練習帰りにはいつもここで別れるので、若林はここで足を止めた。
 「じゃあ、また明日」
 「ああ。・・・あの、若林」
 目顔でどうしたと若林が尋ねるが、シュナイダーは急にやっぱりいいと首を振って、その場から駆け出して行ってしまった。
 「なんだ、あいつ」
 苦笑しながら来た道を一人引き返しながら、若林はシュナイダーの言っていた事を考える。
 (家族も公認の恋人同士・・・俺とシュナイダーが?)
 ジョークのネタとしか思えない話だが、シュナイダーは大真面目にそうなる事を望んでいる。そして俺はといえば、シュナイダーがそんな事を思ってくれているのが、ちょっと・・・いや、かなり嬉しい。
 「明日の練習に、シュナから貰ったタオルを早速持ってくか!」
 そう独り言を呟く若林の顔は、何かを吹っ切れたようにサッパリとしていた。若林は軽い足取りで、星空に照らされた家路を辿って行った。
おわり