受け取りOK
ハンブルクJr.ユースチームのエースストライカー、カール・ハインツ・シュナイダーの人気は大変なものだった。実力者揃いのハンブルクでキャプテンを務め、チームを連勝に導く勇姿はファンの胸に強烈な印象を残した。しかもルックスが整ってるとあって、シュナイダーの活躍でチームが勝つ度に女性からの人気は鰻登り。 今日は、そのシュナイダーの誕生日だ。ファンの女の子たちは当然黙ってはいない。学校でクラスメートらにプレゼントを手渡されるのを皮切りに、帰り道や家の前で待ち伏せされてカラフルにラッピングされた包みを押し付けられる。迫ってくる女の子たちを何とかあしらって、シュナイダーはほうほうの態で家の中に入った。 窓からこっそり外を伺うと、プレゼントを渡してきた女の子たちがまだ帰らずに家の前でたむろしている。 「参ったな、これから練習なのに。少し時間を遅らせて、裏口から出掛けるとするか」 貰ったプレゼントをテーブルの上に置くと、山のように積みあがってしまった。いつの間にか傍に来ていた妹のマリーが、それを見て目を丸くする。 「お兄ちゃん、すごーい! ねぇねぇ、コレお菓子みたいだからマリーが貰っていい?」 「ああ、お菓子だけじゃなくて全部あげるよ」 これを聞いたマリーは大喜びで包みを開け始めた。可愛い柄の包装紙を破りながら、マリーがシュナイダーに言った。 「お兄ちゃん、これから練習でしょ? 練習に行ったら、そっちでもプレゼントたくさん貰えるんじゃない?」 嬉しそうに話すマリーの言葉に、シュナイダーは苦笑いで頷く。 「そうかもな。でも出来ることなら、もうプレゼントの受け取りは拒否したいよ。家が散らかって仕方ない」 若林が俺にプレゼントをくれるのなら話は別だけど・・・と内心で付け足しながら、シュナイダーは小さく肩をすくめた。 マリーの読みは正しかった。シュナイダーの家や学校を知らないファンたちは、ハンブルクJr.ユースチームの練習場に押しかけ、手に手にプレゼントを携えてシュナイダーの登場を心待ちにしていた。若い女の子たちがクラブハウスの入り口に陣取ったり、フェンスに張り付くようにして練習場を取り囲んでいる光景は、一種異様な空気を醸し出している。 普段は男ばかりのむさ苦しい練習場が、今日ばかりはまるでピンクの霧に覆われているようで、選手たちも落ち着かない。選手の集中力が明らかに削がれているのを気にして、球団の職員が女の子たちに声を掛け始めた。 「ここで待っていても、シュナイダー選手に会って直接物を渡す事は出来ませんよ!」 「え〜!? うそでしょ?」 「せっかくカールのバースデープレゼントを持ってきたのに〜!」 声を張り上げて文句をぶちまける女の子たちに向かって、職員が言葉を続ける。 「プレゼントは球団で預かって、本人に間違いなく渡します。だから練習場から早く帰ってください」 女の子たちは不満顔だったが、職員が毅然とした態度を崩さないので、しぶしぶながらプレゼントを預けてその場から引き上げていった。後に残ったのは、いくつもの段ボール箱に詰まったプレゼントの山。 「うーむ。これをどこに置いておけばいいかな」 女の子たちを追い返した職員が腕組みしながら練習場へ目を向けると、丁度控えキーパーの若林が休憩に入ったところだった。 「若林くん、ちょっといいかな」 呼ばれて若林は彼の傍へと駆け寄ってきた。そしてその足元に、大小さまざまなプレゼントの詰まった箱が並べられているのを見て、目を丸くする。 「何なんですか、コレ?」 「シュナイダー選手宛てに届いた誕生日プレゼントだよ」 「あー・・・そういや、あいつ今日誕生日だっけ。さっき女どもが騒いでたのは、それでなんだ」 呆れ顔でプレゼントの山を眺めている若林に、職員が申し訳なさそうに言った。 「それで休憩中のところを悪いんだけど、手伝って貰えないかな。これをロッカールームに持って行きたいんだけど、彼のロッカーの場所が判らないんでね」 頭を下げて頼み込む職員に、若林が笑顔で応える。 「いいですよ。これ全部運ぶくらい、俺一人で出来るから任せて下さい!」 「本当に? じゃあ、お願いするよ」 大勢の若い女性ファンの相手でくたびれ切っていた職員は、若林の頼もしい台詞にホッとした表情を見せた。 一方こちらは、わざと遅れて練習場へとやって来たシュナイダー。敢えて遠回りなルートを使い、ファンに遭遇しないようにして、何とかクラブハウスへと辿り着いたのだった。 いつも使っている正面玄関を避け、職員用の小さな通用口をくぐってロッカールームへと向かう途中、球団職員の一人に声を掛けられた。 「やぁ、誕生日おめでとう。君宛のプレゼントを預かってるよ」 やっぱりここにも届いていたかと幾分ウンザリしつつ、シュナイダーは相手に礼を言った。 「で・・・、そのプレゼントってどこにありますか?」 持って帰れないぐらい大量だったら、今日のうちにチームメートに分配して無くしてしまおうと思いながら、シュナイダーが尋ねる。 「君のロッカーに置いてある。見たらきっと驚くぞ」 ダンボール数箱分のプレゼントを思い出しながら、職員が笑って言った。 ロッカールームなら丁度これから着替えに行くところだ。シュナイダーは職員に頭を下げ、すぐにそちらへと向かう。ドアを開けると、誰もいないと思った室内から元気のいい声が聞こえてきた。 「あ、シュナイダー。今来たのか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・若林!?」 肩に掛けていたスポーツバックが、どさりとシュナイダーの足元に落ちた。シュナイダーの頭の中に、球団職員の声がリピートする。 『君宛のプレゼントを預かってるよ』 『君のロッカーに置いてある』 『見たらきっと驚くぞ』 そしてロッカールームでシュナイダーが見たものは、いつもシュナイダーが使っているロッカーの前に、笑顔で佇んでいる若林源三なのだった。彼の周辺にはプレゼントの詰まった段ボール箱がいくつも置かれており、若林がそれを体裁よく置き直そうとしている途中であるのは、普通の人が見れば容易に察しがつく事なのだが、生憎シュナイダーの目には若林以外何も映っていない。 「お前、誕生日だよな? おめでとう、シュナイダー!」 それから若林は足元のプレゼントを指し示しながら、冗談めかした口調で言った。 「プレゼント、すげーだろ? お前、コレ一人で持って帰れるか?」 「持ち帰る!持ち帰る!! 絶っ対にお持ち帰りするっ!! ありがとう、若林っ!!」 感極まって若林に抱きついたシュナイダーが、何度もありがとうを連呼する。 「あの、俺はプレゼント運んだだけなんだけど・・・」 戸惑い顔の若林の言葉は、今のシュナイダーの耳には届いていないのだった。 おわり
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