猪突猛進
年明け早々に若林の家を訪れたシュナイダーは、若林の家には似つかわしくない物を発見した。 それは卓上サイズの動物のぬいぐるみ。本棚の隙間に窮屈そうに押し込まれているぬいぐるみを、シュナイダーは手にとって眺めてみた。 「なんだ、コレ?」 若林に聞いてみると、イノシシのぬいぐるみだと返事が返ってきた。年末に、実家から送られてきた仕送りの中に混じっていたものらしい。 「なんでまたイノシシを?」 「今年が亥年だからだよ」 若林は干支について簡単に説明をし、同封されていた兄からの手紙に「猪突猛進」に引っ掛けて、ドイツでも目標目指して突っ走れ!という励ましが書かれていた事を話したが、シュナイダーにはピンと来ないようだ。 「ひょぉとつもーひん?」 「猪突猛進! そういう言葉があんだよ。俺もよく知らねぇけど、イノシシって目標を定めたら、余所見とかしないで真っ直ぐ目標に向かって走り続けるらしいんだ」 「ふーん。こいつがねぇ・・・」 説明を聞いたシュナイダーは、何を思ったのかぬいぐるみを右手に持つと、それを若林に向けてナイフのように突き出した。柔らかいぬいぐるみの鼻先で頬をつつかれて、若林が目を丸くする。 「おい、何すんだよ?」 「こういう事だろ、ちょぉつもーしん」 そう言って、ぬいぐるみを突き出すシュナイダーの顔には笑みが浮かんでいる。相手がふざけているのだと判り、若林もつられて笑い出した。 「ああ、そうそう。そういうのが猪突猛進・・・って、おい、シュナ! しつこいぞ!」 面白がったシュナイダーは、若林の顔だけでなく身体中をイノシシのぬいぐるみでつつき始めていた。ぬいぐるみなので痛くはないが、あまり繰り返されるのも鬱陶しいので、若林はシュナイダーの手からぬいぐるみを取り上げる。 「いい加減にしろって。『猪突猛進』は終わり!」 若林はぬいぐるみを元の場所に仕舞おうと、シュナイダーに背を向けた。と、その途端に背後からシュナイダーが若林にがばっと抱きついてきた。 ![]() 「ちぉとぉつもーしん」 若林の身体を抱きしめたシュナイダーがそう言うと、若林は思わず笑い出してしまった。どうという事のない言葉なのに、何故かシュナイダーはこの日本語がかなり気に入ったようだ。怪しい発音で「猪突猛進」と繰り返すシュナイダーに抱きすくめられた若林が、苦笑いしつつ後ろを振り返って話しかける。 「シュナ、言っとくけど『猪突猛進』って、日常会話じゃあんまり使わない言葉だぞ」 「ん、そうなのか? ちょとつもぉしん、っていい言葉じゃないか?」 (目標を定めたら・・・好きになったら、脇目も振らずにまっしぐら。そういう意味の言葉だよな?) 自分流に解釈した「猪突猛進」をシュナイダーが座右の銘に決め込んだなどという事にはとんと気付かず、若林は無邪気に頷いた。 おわり
|