予定は未定
12月最初の日曜日。若林は普段よりも楽しい気分で朝の目覚めを迎えた。 この日はハンブルクJr.ユースチームの練習が休みだったが、別にそれが嬉しかったわけではない。身支度を整えた若林がダイニングに行くと、ドイツでの保護者兼コーチとして同居している見上が、ちょうど朝食の支度を整え終わったところだった。 「おはようございます、見上さん」 いつものように元気よくあいさつをして席に着くと、見上からは笑顔と共にいつもとは違うあいさつが返ってきた。 「誕生日おめでとう、源三」 「ありがとうございます!」 若林は少々照れたような顔で、礼を言った。今日は12月7日、若林の誕生日なのだ。それも、ドイツに来てから最初に迎える誕生日。日本にいた頃は誕生日といえば友人や家族が毎年盛大に祝ってくれて、それが当たり前のような感覚になっていた。 しかし今年は違う。 ドイツではチームメートとの反目があり、若林が友人と呼べる相手はごく僅かしかいなかった。親兄弟とは離れ離れ、家族同然に接してきた見上はいてくれるが、チーム練習が休みの日でもコーチの見上には仕事があるそうで今日も出勤である。 だが、若林の気分は明るかった。少ない友人の中でも一番親しくしているシュナイダーが、若林の誕生日を知ってお祝いをしようと言ってくれたからである。何か趣向を凝らしているらしく、家で待っていてくれと言われただけでお祝いの詳細は知らされていない。 ちょっとしたサプライズパーティーのようで、何をしてくれるのか楽しみだった。 一緒に朝食を摂りながら、見上が若林に確認するように尋ねる。 「今日はシュナイダーが家に来るんだったな?」 「はい。なんか、俺の為にお祝いを考えてくれてるみたいで。お祝いなんかより、俺としてはシュナイダーが自主トレに付き合ってくれる方が、正直言って嬉しいんですけどね・・・」 口ではそんな事を言うが、若林の表情は明るい。内心では楽しみにしているのがありありと判って、見上は微笑ましく思った。 そんな話をしているうちに朝食が済み、見上が出掛ける時間になった。見上を見送るため、若林も一緒に家を出る。庭先に目を向けると、降り積もった雪が朝日を浴びて輝いており、その眩しさに若林は目を細めた。門を出たところで若林は足を止め、先を歩いていた見上に手を振った。 「いってらっしゃい」 振り返った見上は、若林に向かって笑いかける。 「俺も夕方には戻るから。バースデープレゼント、期待してろよ」 「やったぁ! ありがとう、見上さん」 弾んだ声で礼を言う若林に小さく手を上げて見せると、見上はそのまま家を後にした。新雪を踏みしめながら遠ざかっていく見上の姿が角を曲がって見えなくなると、若林も家へと戻った。室内は暖房が効いていて暖かいのだが、見上がいなくなり家に一人きりだと思うと何となく寒々しい。 壁掛け時計を見上げ、若林は考える。 (シュナイダー、何時に来るつもりかな。時間は当日に改めて連絡する、って言ってたけど) こちらから電話を掛けて確認してもいいのだが、何だかお祝いをせっついているようで気が引けた。だが相手からの連絡を待つ間、家でぼーっとしているのもつまらない。 そこで若林は、家の掃除をする事にした。チームメートとはいえ一応お客、迎えるに当たって部屋をきれいにしておくのは悪い事ではあるまい。元々そんなに散らかしているわけではないので、連絡を待つ間の丁度いい時間つぶしになるだろう。 「よし、そうと決まったら早速始めるぞ!」 若林は掃除機のしまってある物入れを開けた。 その同時刻。シュナイダーの家では母親が深刻な表情で、ベッドの上で唸っている息子を見守っていた。 「カール、大丈夫よ。もう少しでお医者さんが来るからね」 やさしく声を掛けるが、汗を浮かべて赤い顔で寝付いているシュナイダーは苦しげに唸るだけで、まともな返事は返ってこない。 「ママ、お兄ちゃんは?」 冷たく絞ったタオルを持ってきたマリーが、心配そうに母に尋ねた。タオルをシュナイダーの額に乗せてやると、母親はつい先程息子の体温を測ったばかりの体温計にチラッと視線を落とす。 「何しろひどい熱だから・・・熱が下がらないことには、どうしようもないわ」 家にあった市販の解熱剤を飲ませてはあるが、まだ効いてはいないようだ。それに医師の診断を仰ぐまでは、決して安心できない。 (それにしても、カールはどういうつもりだったのかしら? 一体何をしていたのかしら?) 今朝、カーテンを開けて窓の外に目を向けたとき、彼女は雪景色の中に一体の雪だるまを見つけた。ちょっと変な形の雪だるまだと思い目を凝らして見ると、その雪だるまが大きなくしゃみをしてバッタリと降り積もった雪の中に倒れこんだのだった。 雪だるまに見えたのは、地べたに座り込んでいたシュナイダーに雪が降り積もった姿だったのである。 一体何時頃から外にいたのかは判らないが、朝には止んでいた雪を全身に被っていたのだから、家族の寝静まっているうちにベッドを抜け出したのは間違いない。もちろんパジャマ姿などではなく、きちんと服を着ており、コートにマフラー、帽子に手袋と防寒対策の整った格好をしてはいたが、それにしたって雪の降り積もる中にじっと座り込んでいたのなら体調を崩すのは当然だ。 息子が回復したら事情を聞かなければ、と母は思った。兄がそんな奇行をしていたとは知らないマリーは、高熱を出したシュナイダーを純粋に気遣う。 「お兄ちゃん、早く元気になって! 明日は学校もサッカーの練習もあるんだよ・・・」 祈るように呟く娘の声に、母親はぼんやりと頷く。 「そうね。今日が日曜なのが、不幸中の幸いだわ」 玄関からドアチャイムの鳴る音が響いてきた。往診の医師に違いない。近所の開業医なのだが、休診日や診療時間外でもこうして来てくれる有難い先生なのだ。 母は息子の手を励ますように軽く握ると、医師を出迎えるために玄関へと向かった。 「・・・こんなもんかな」 戸口から室内を見渡し、若林は一人頷く。新聞など、散らかしていた物は片付けた。床に掃除機もかけた。磨ける物は片っ端から磨いた。部屋だけでなくトイレやキッチン、廊下も掃除した。もう掃除する場所が思いつかない。 時計を見ると昼を少し回ったところだった。 「シュナイダーの奴、午前中には連絡来なかったか」 ひょっとすると昼食をシュナイダーと摂るのかもしれないと思ったが、その予想は外れたようだ。昼食の事を考えたら急にお腹が空いてきて、若林は昼に何を食べようか考える。が、すぐに結論が出てしまった。 シュナイダーの連絡を待っている以上、外食したり何か食べ物を買ってきたりするわけにはいかない。家にある物で済ませるしかない。 冷蔵庫の中を覗いてみると、夕べ食べた煮物の残りが入っていた。他にも中途半端に残ったおかずがあったので、それを出して昼食にする事にした。煮物を温め直しながら、若林は考える。 シュナイダーと二人で外に食べに行ったり、うちで一緒に何か作って食べたりできたら楽しかっただろうな・・・と。 「うぅ〜・・・」 ベッドの上でシュナイダーが寝返りを打った。 だるい。頭が重い。寒気がする。 無意識に毛布を鼻の辺りまで引っ張り上げながら、シュナイダーはうっすら目を開いた。そのまま暫くは何も考えずにぼんやりと寝そべったままだったが、重要な事を思い出し一気に覚醒する。 (・・・俺は外にいた筈なのに、なんでベッドに? って言うか、周りがこんなに明るいって、今何時なんだ? 若林の誕生日は!?) ゆっくりとベッドに片手をつき、シュナイダーはのろのろと身を起こす。頭の中は現状把握が出来なくてパニック状態なので、本当ならベッドから飛び起きるところなのだが、熱のせいで機敏に動けないのだった。 机上に置いた目覚まし時計を見ると、時刻は午後二時を過ぎたところだった。 (こんな時間・・・!? しまった、もっと早く家を出るつもりだったのに!!) 緩慢な動作でベッドから抜け出したシュナイダーは、ふらつきながら着替えを始めた。気持ちの上ではパッパと着替えて、ダッシュで若林の家に駆けつけたいのだが、それが出来ないのが我ながらもどかしい。 「カール、何してるの! まだ寝てなきゃダメよ」 声の方を振り返ると、いつの間に部屋に入ったのか、食事の乗ったトレイを持った母親が眉を顰めて立っていた。トレイを机に置くと、母は反論を許さぬ厳しい声で言った。 「朝、先生に注射して頂いて、やっと熱が下がり始めたところなのよ。今動き回ったらぶり返してしまうわ」 母はシュナイダーが脱ぎかけていたパジャマを着せ直し、ベッドへと追い戻す。母親の有無を言わさぬ態度に渋々従いながら、シュナイダーは反論を試みた。 「でも母さん、今日は若林と約束してて・・・」 「一緒に練習する日だったの? でも具合が悪くなってしまったんだから、仕方ないでしょう。さあ、口答えする元気が出たのなら、これくらい食べられるわよね」 母が勧めてくれたのは、温かなスープと食べやすいよう小さめに剥いたリンゴだった。シュナイダーが時間を掛けて食事する様子を、母は傍に座ってじっと見守っている。食後に医師が処方してくれた薬をシュナイダーが飲むのを見て、母はようやく安心した顔になった。 「ちゃんと眠るのよ。でないと何時まで経っても治らないんだから」 大人しく頷いたシュナイダーがベッドに潜り込むのを見届けてから、母親は息子の部屋を出た。 台所で洗い物などを片付け、居間に戻るとほうっと深く安堵の息をつく。今朝、熱を出して倒れている息子を見つけた時から、ずっと気持ちが張り詰めていたのだ。その緊張が解け、彼女はソファにもたれたままうつらうつらと午睡を始めた。 ふと目を覚ました時には一時間以上が経過していた。 息子の容態が気になって、彼女はシュナイダーの部屋に向かう。音を立てないよう静かにドアを開けて隙間から中を見ると、今は大人しく眠っているらしくベッドのふくらみが規則正しく小さく上下していた。先程のように無理に起き上がったりしていないのが確認できて、母は安心してドアを閉めた。 「・・・そうだわ。あの子、今日は友達と約束してたって言ったわね」 すっかり遅くなってしまったが、今からでもちゃんと断った方がいいだろう。母は電話口に置いたアドレス帳を取り上げると、息子の友人の名が書き連ねてあるページを開いた。 若林はすっかり退屈していた。一人きりの昼食はすぐに食べ終わってしまい、後片付けも大した手間ではない。日頃は見ないテレビを点けてみたが、特に興味を引かれるような番組はなくすぐに消してしまった。 やる事がないので、あまり気乗りしなかったが学校の宿題を引っ張り出した。サッカーの練習を言い訳に溜め込んでいたので、結構な量になっている。机に向かって黙々と課題に取り組み、一段落する度に時計を見る。しかし時計の針がどんなに進んでも、シュナイダーからの電話は一向に掛かってこなかった。 「まさかと思うけど、あいつ俺の誕生日を忘れたんじゃ?」 そうとは思いたくなかったが、いくら何でも遅過ぎるのでやっぱりこちらから電話してみようかと考える。 この時になって、やっと電話のベルが鳴り出した。 塞ぎこんでいた若林の顔がパッと明るくなり、勢いよく席を立つと電話のある部屋へと飛び込んだ。受話器を取り上げると、名乗りも誰何もせず親しげに話し出す。 「シュナイダー、遅せーよ! 今どこだ? 何時にうちに来るんだ?」 しかし電話の向こうからは、耳慣れた友人の声ではなく、申し訳なさそうな女性の声が聞こえてきた。 『若林くん? ごめんなさいね、もっと早く連絡出来なくて。私、カールの母です。実は、カールは今朝から熱を出してしまって、とても出掛けられる状態じゃないの』 「・・・えっ!?」 意外な返答に若林は驚く。予想もしていなかった事態に混乱しながら、シュナイダーの母に病状を問い質した。重篤なのかと不安になったが、今は熱も下がり始めて回復に向かっていると聞き、若林は安心する。でもやはりシュナイダーの容態が気になるので、若林は尋ねた。 「あの、俺・・・これから見舞いに行ってもいいですか?」 しかし、先方からはやんわりと断りの返事が返ってきた。 『悪いんだけど、今は薬を飲んでぐっすり眠っているの。来て貰っても話せないから・・・』 「・・・そうですか。判りました。どうかお大事に」 受話器を置くと、若林は深い溜息をついた。急病のシュナイダーには何の落度もないと判ってはいるのだが、朝から彼を待ち侘びていたので落胆もひとしおだった。改めて、自分が誕生日に一人きりなのを気付かされ若林は小さく肩をすくめる。 「ついてねぇなぁ。誕生日だってのに」 最初から何の予定もなければ、ジムに出かけて自主トレに励むことも出来たが、この時間からトレーニングに行くのは中途半端過ぎる。何だか時間を損したような気分だった。 「・・・見上さん、何時に帰って来るんだろ」 その問いに答えるかのように、玄関の呼び鈴が涼しい音をたてて鳴った。 (見上さん? 夕方って言っていたけど、結構早かったな) そう思いながらドアを開ける。しかしドアの外に立っていたのは、見上ではなかった。いる筈のない相手の顔を見て、若林は目を瞬く。 息を弾ませ、熱で赤くなった顔に力ない笑みを浮かべて佇んでいたのは、先刻まで待ち侘びていたシュナイダーその人だったのだ。 「・・・悪い。遅くなった」 詫びを述べる声が、いつもより掠れて聞こえた。若林は慌ててシュナイダーを部屋へ招き入れ、ヒーターを最強にして、その前の一番暖かい席に座らせる。 「シュナイダー、何でここにいるんだよ!? さっき、お母さんから病気で寝てるって電話があったんだぞ?」 「あ、母さん電話したんだ・・・」 「うん、ぐっすり寝てるって」 どういう訳だと目顔で問いかける若林に、シュナイダーは種明かしをする。母親が外出させてくれないので、自分のベッドに身代わり・・・昼寝中だった妹をこっそり寝かせて家を抜け出したのだ。ちょうど母親も午睡している時だったので気付かれずに済んだ、と笑うシュナイダーに、若林は呆れた顔で尋ねる。 「熱、下がってないんだろ? なんでそんな無茶するんだよ」 「だって・・・今日は絶対に、若林に会いたかったんだ」 熱のせいか少々ぼんやりしていたシュナイダーの眼に、力強い光が甦る。 他の相手、他の日の約束ならば、いくらでも日延べできる。だが今日は若林の誕生日なのだ。年に一度しかない、大切な記念日。その記念日を、二人で過ごす約束をしたのだ。熱なんかで反故に出来るか! 「若林、誕生日おめでとう」 そう言ってこちらをじっと見つめるシュナイダーの、その視線の強さに若林はドキリとする。 『毎日練習で会ってるのに』とか、『誕生日なんてこの先何回だってあるのに』とか、『病気が悪化したらどうするんだ!』とか、シュナイダーに言おうとしていた言葉が言えなくなってしまった。熱があるのに、今だって苦しい筈なのに、シュナイダーはそれを押して来てくれた。 (そんな無理をしたのは、俺のためなんだ) 「・・・ありがとう」 結局、若林の口から出たのは、その一言だけだった。だがシュナイダーの表情は、目に見えて明るくなった。 「そうだ、若林。俺の用意したプレゼント見てくれよ」 「ん? ああ。でも、どこにあるんだ?」 「家の外。家の中にはちょっと持ち込めなくて」 そんなに大きな物なのかと不思議に思いながら、若林はドアを開けて庭に出た。パッと見プレゼントらしきものは見当たらなかったが、よく見ると高さ30cmほどの小さな雪だるまが置かれていた。いや、頭頂部は丸くなっているが、だるまのように下半分が丸くなってはいない。逆に根元に向かって絞っていったような形状だ。 「これって・・・」 若林は雪を踏みしめながら、その小さな雪像に近づき屈みこんで顔を近づける。丸い部分は表面に微妙な模様が施してあり、ただの球体ではなく地球を表していると判った。その地球を下から二人の人間が支えたデザインに作ってある。間違いない。 「ワールドカップのトロフィーだ!」 「気に入ってくれたか?」 玄関のドアにもたれたシュナイダーが、嬉しそうに笑みを浮かべる。 「部屋に入れるとすぐに溶けてしまうから、そこに置いたんだ」 「すげー、シュナイダー! 器用過ぎ!」 若林は素直に感心していた。球体部分のなめらかさといい、細部の仕上がりといい、とても雪で出来ているとは思えない精巧さだった。 「これ、作るの時間掛かっただろ?」 そう尋ねた若林は自分の言葉にハッとする。もしやシュナイダーが熱を出した原因は、これじゃないのか? その事を尋ねると、シュナイダーはばつが悪そうに頷いた。 「ありきたりの物じゃなくて、この世にひとつしかないものを若林にあげたかったんだ。で、最近ずっと積もりっ放しの雪を見て、これでプレゼントを作ろうと思った。仕上げに時間が掛かりすぎて、ぶっ倒れる羽目になったけど・・・」 ここでシュナイダーは言葉を切った。責任を感じたらしい若林の表情が、曇っているのに気付いたのだ。シュナイダーはわざと意地悪そうな笑みを浮かべ、後の言葉を続けた。 「若林はドイツに帰化でもしない限り、本物のW杯トロフィーなんか一生見られないだろ? だから雪製のレプリカだけでも、間近で見せてやろうと思って」 「うるせぇ! 俺が代表になったら、日本はW杯で優勝するって言ってんだろ!!」 若林が大声で怒鳴り返す。若林は雪のトロフィーの根元を両手でそっと掴んだ。しっかり固めてあるらしく、触ったくらいでは崩れそうにない事が判ったので、それをそのまま両手で持ち上げる。 「シュナイダー!」 若林はシュナイダーの方を向き、両手でトロフィーを頭上に高々とかざした。その姿はW杯を制した代表チームが、表彰式で見せる姿そっくりだった。 「お前は俺に雪のトロフィーをくれた。だったら俺は、将来必ず本物のトロフィーを獲って、シュナイダーに見せてやる! 覚えていろよ!」 笑顔でそう宣言する若林の姿は、とても楽しそうだった。その姿を見られただけで、シュナイダーは今日の苦労が全部報われた気がした。 トロフィーを庭に安置し直し、若林とシュナイダーは家の中へと戻った。ソファに身体を投げ出すように座ったシュナイダーは相変わらず具合が悪そうで、若林は心配になって声を掛ける。 「シュナイダー、大丈夫か? まだ寒い?」 「ん、そうだな・・・」 「じゃ、毛布を持ってきた方がいいな。あと何か温かい飲み物を・・・」 病身の友人の助けになりたくて動き回ろうとする若林を、シュナイダーが引き止めた。 「行くな。傍にいてくれ」 そして両腕を広げてガバッと若林に抱きつく。驚いたのは若林だ。 「うわ、何やってんだよ?」 「この方が毛布なんかより暖かい」 「えー?」 戸惑いつつも、病人を振り払うわけにもいかなくて若林はそのままシュナイダーに抱きすくめられていた。若林が抵抗しないので、シュナイダーは内心大喜びだった。 (これって俺が熱出してるから、だよな。若林と堂々と抱き合えるのなら病気もいいかも・・・っていうか、今の流れなら若林にキスしたり、服を脱いで直に肌を合わせたり、そういう事してもオッケーなんじゃ・・・) 熱にうかされているシュナイダーの脳内には、めくるめく妄想が広がっていく。若林の顔に頬をすりよせながら、シュナイダーは幸福感に浸りつつ目を閉じた。 プレゼントの入った紙袋に腕を通し、その手にケーキの箱を抱えた見上は、開いた方の手で玄関のチャイムを鳴らした。そのまま暫く待ったが、若林は出てこない。仕方ないので、見上は鍵を出して自分でドアを開けた。 「源三、帰ったぞ」 玄関口で奥へと声を掛けるが、やはり返事はない。シュナイダーと遊びに行ったのだろうかと思いつつ、見上は買ってきたケーキとプレゼントを置きに居間へと入った。中はヒーターが最強になっているらしく、むわっとする暖かさになっていた。寒空の下を帰ってきた見上ですら、思わず顔をしかめる程の室温だ。 「・・・なんだ、こりゃ」 ヒーターの調節をしようとした見上は、ヒーターに一番近いソファに若林とシュナイダーがいるのに気付いた。眠っているのか二人とも目を閉じているが、その顔色は真っ赤で汗を流している。額に手を当ててみると、どちらもひどい熱だった。 「これはいかん! 救急車を呼ばないと!」 二人揃って緊急入院となり、病院で隣同士のベッドに寝かされている事に、翌日になって気づいたシュナイダーは病気とは別の理由でガックリ気落ちしたのだった。 おわり
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