伝言ゲーム

 日本のそれと比べると、ドイツの学校の冬休みは格段に長い。
 そしてハンブルクJr.ユースチームでも、学校の冬休みに合わせるように練習休止期間を設けていた。学校の冬休みよりも一週間ばかり明けるのが早いとはいえ、日本でサッカー漬けの毎日を過ごしていた若林にとって、この休みの長さは堪えた。 仕方がないので、シュナイダーに付き合って貰って自主トレを続けたが、二人だけでの練習メニューには限界がある。早く通常の練習が始まればいいのにと、若林は休みの間中ずっと思っていた。
 なので、ハンブルクJr.ユースの練習が再開された初日、若林の気分はウキウキと弾んでいた。普段以上に大きな声を出し、張り切って練習に臨んでいるのが、誰の目にも明らかだ。他の選手たちよりテンションが高いので、練習が休憩に入ると早速チームメートらにからかわれてしまった。
 「若林、初日から飛ばし過ぎ! 後でへばっても知らねぇぞ」
 「つーか、お前って実は電池で動いてんじゃねぇの? 電池切れたら止まっちゃうんだろ」
 「うるせぇな! 俺はこれが普通のペースだよ」
 仲間の軽口を受け流す間も、若林はすこぶる機嫌がいい。しかし、騒いでる若林たちから離れた場所で、芝にべったり座り込んでいるシュナイダーの表情は、極めて険しかった。眉間に皺を寄せ、むすっと口をつぐんでいるシュナイダーからは人を寄せ付けないオーラが漂っている。
 但し、シュナイダーと付き合いの長いカルツは、そんな事は全く気にしない。
 「どうした、不景気なツラして。腹でも壊したか?」
 「違う」
 「じゃあ、そのツラ何とかしろよ。みんな皇帝サマがご機嫌ナナメで怖がってんぞ」
 トレードマークの楊枝を銜えたまま笑うカルツに、シュナイダーが暗い目を向ける。
 「放っておいてくれ。お前に俺の気持ちが判るもんか」
 「シュナの気持ち? それって冬休み中ずっと源さんと自主トレしてたのに、ちっとも仲が進展しなかったばかりか、チームの練習が始まったら源さんが他の奴らとばかり楽しそうにしてるんで、腹が立つとか妬けて仕方ないとか、そういう気持ちか?」
 これを聞いた途端、シュナイダーの両目は大きく見開かれ、ぽかんと口が半開きになった。この反応にカルツはやれやれと肩をすくめる。
 「やっぱりな」
 「カルツ、お前もしかして超能力者!?」
 「違う。ワシの立場になった人間なら、誰にでも判る」
 チームの練習が休みに入る前、若林がシュナイダーに自主トレのパートナーを頼んでいる現場に、たまたまカルツは居合わせたのだった。その後のシュナイダーは頬が緩みっ放しで、事あるごとにカルツに『この自主トレで若林ともっと仲良くなって、ゆくゆくは結婚を視野に入れた交際を始めるんだ!』と世迷い事をのたまっていたのだから、カルツの言うのも尤もである。
 「ま、相手が女ならともかく男同士で上手くいくわけないとは思ってたんだ。これで源さんの事は諦めろや。な?」
 諭すようにポンと肩を叩いてやると、シュナイダーが不貞腐れた顔で睨み返してきた。
 「馬鹿言え。俺はまだ振られたわけじゃない。ここで諦めてたまるか!」
 「どーすんの?」
 「それなんだが・・・」
 急にシュナイダーが声を落とす。気のせいか、険しかった表情が少し和らいだように見えた。
 「実は気になってる事があるんだ」
 「何だ?」
 「俺は若林の頼みを聞いて、冬休みの間ずっと練習に付き合った。そして来月には俺の誕生日がくる。そこで思ったんだが・・・その、誕生日という機会を利用して、若林から俺に対して何らかのアプローチがあるのではないかと予想してみたんだが・・・どうだろう?」
 「あー、なるほどな」
 カルツが頷く。若林がシュナイダーに恋愛感情を抱いているとは思えなかったが、友人の誕生日に何らかの形でお祝いをするのは、至極当然の事だ。まして若林は今回シュナイダーに世話になっているのだから、お礼がてらにプレゼントをくれたりする可能性は高い。
 「源さん、義理堅い性格だからきっと何かくれるぜよ。良かったな、シュナ」
 「待て、話はまだ終ってない。実はひとつ問題があるんだ」
 シュナイダーの眉がまたも険しく寄せられる。
 「若林は俺の誕生日を知らない」
 「言えよ!!」
 何かと思えばあまりに根本的な問題だったので、カルツは速攻でツッコミを入れる。
 「しかし、しかしだな! 誕生日目前のこのタイミングで『俺、来月誕生日なんだ』なんて言ったら、いかにもプレゼント目当てみたいで俺がセコイ嫌な奴に思われないか!?」
 「しょうがねぇだろ。言わなきゃ源さんにお祝いして貰えんぞ」
 「だが、そのせいで俺に対する好感度が下がったら元も子もない」
 頭を抱え、シュナイダーは深々とため息をつく。もっと早いうちに自分の誕生日を伝えておかなかったのだから自業自得だと思う一方、このまま放っておくのも哀れに思えてカルツは助け舟を出す事にした。
 「そんじゃ、ワシから源さんに二月二日がシュナの誕生日だって伝えておくわ。そんならいいだろ?」
 しかしシュナイダーの顔色は晴れない。
 「同じ事だ。俺がカルツを使って、遠まわしにプレゼント要求してると思われる」
 「源さんはそんな捻くれた深読みしないと思うぞ」
 遠くでチームメートと楽しげに談笑している若林の方を見ながら、カルツが意見する。しかし恋するが故に必要以上に臆病になっているシュナイダーは、どんな小さなリスクも冒す気になれないのだった。
 「いや、念を入れるに越した事はない。そうだ、俺やカルツが直接言うのがマズイんだから、何人かを経由して風の噂で若林の耳に俺の誕生日が伝わるようにしよう! それなら俺がセコイと思われる事もない」
 「こそこそ策を弄するあたり、実際セコイじゃねぇか」
 そう混ぜっ返すカルツの両肩を、シュナイダーががっしと掴んだ。こちらを見つめるシュナイダーの目は、炎を宿したかのように真剣そのもの。あまりの迫力に、流石のカルツも気圧された格好だ。
 「頼む、カルツ! こんな事を頼めるのはお前だけだ。何とか上手い形で、自然に若林に俺の誕生日が伝わるように噂を流してくれ!」
 「・・・・・・まぁ、やってみるわ」
 いささかウンザリしながらも、カルツは幼馴染の為に一肌脱ぐ約束をしたのだった。

 休憩時間が終わり、練習再開となった。カルツはパス練習でボールを捌きながら、先刻シュナイダーに頼まれた内容について思案を巡らしていた。
 シュナイダーは簡単に『風の噂で』などと言っていたが、噂という物は人に話したくなるような内容でなければ広まっていかない。シュナイダーの誕生日が二月二日、などという単なるデータはただでさえ噂として広まりにくい上、チームメートの何人かにとっては既知の情報で目新しくもない。
 (他の誰かに聞かせたいと思うような形で話をしなくちゃいかんな・・・)
 あれこれ考え抜いて後、カルツは練習の合間にチームメートの一人に声をかけた。お調子者で口が軽い奴だが、今回はこういう人物が作戦の成功には欠かせない。
 「なぁ、ちょっと相談に乗ってくれないか?」
 「俺に相談? 珍しいな、カルツ」
 興味津々といった面持ちで先を促す相手に、カルツは先刻考えた『相談事』を打ち明ける。
 「来月、シュナイダーの誕生日だろ。・・・うん、そう、お前も知ってるよな。二月の二日。で、プレゼントに欲しい物あるかって聞いたら、日本の名物がいいって言うわけ。シュナイダーの奴、冬休みの間ずっと源さんと自主トレしてたせいか、日本に興味が湧いたらしい。・・・だろ? お前も源さんに頼めって思うよな。まぁ、リクエスト聞いたのはワシの方だし、何か日本っぽいモン探して贈ろうと思うんだが、いいものが浮かばなくってな。日本名物って言われて何か思いつく物ないか?」
 これがカルツの考えた、シュナイダーの誕生日を広める為の噂だった。単なる日にちだけでなく、若林の名前や日本という単語を話題に盛り込む事で、若林の方へ噂が流れ易いように工夫してみたのである。
 「日本の名物かぁ。スシとかサシミとか? ごめん、俺よく判らないや」
 「なるほど、食い物か。いや、参考になったぜよ。あんがとな」
 相談事そのものは噂を広める為のフェイクなので、カルツはあっさり引き下がった。後は彼が雑談のネタとして、今聞いた話を他の者に広めてくれるだろう。万が一、噂が若林の耳まで届いていないようなら、もう一度誰か別の相手に今の相談事を持ちかければいい。
 しかしその心配は無用だった。
 カルツからシュナイダーの誕生日プレゼントの話を聞いたチームメートは、その話を練習が終わって着替えている時に一番仲のいい相手にさっそく披露していた。
 「来月シュナイダー誕生日だろ。・・・あ、知らなかった? あいつの誕生日、二月二日だぜ。そんで、日本の名物がプレゼントに欲しいって、カルツに言ってるんだって。若林の影響だってよ・・・いや、具体的に何を欲しがってるのかは判んない。俺にはスシとかサシミとか、食い物しか浮かばなかったけど」
 その話を聞くと相手は何かを思い出したらしく、急にニヤけた顔つきになった。
 「サシミっていえば、女を裸にして肌の上に直接サシミを乗っける盛り付けがあるんだぜ。知ってる?」
 「何それ!? 嘘だろ」
 「ドラマで見たんだ。ニューヨークの日本食レストランで、そういうの出してた」
 「女の裸はいいけど、サシミが腐りそうだな。別の料理ならいいのに」
 「女の裸がどうしたって?」
 聞き捨てならないキーワードに、二人の後ろから別の選手が口を挟む。聞かれた方の選手は、自分がドラマで見た女体盛りの説明をした後で、最後にこう付け加えた。
 「シュナイダーの奴、来月二日が誕生日だってさ。そんでプレゼントに日本の名物が欲しいって言ってるらしい。・・・さあ? 若林に何か吹き込まれて、日本カブレになってるんじゃないの? そんで、俺思ったんだけど・・・」
 意味ありげに一旦言葉を切り、またもニヤニヤと助平そうな笑いを見せる。
 「・・・裸の女が『誕生日おめでと〜!』って、自分の身体に料理乗っけて出てきたら、スゴくねぇ?」
 「おぉっ!! そのプレゼント、むちゃくちゃ欲しいっ!」
 「いや待て。ホントにスゴイのは、裸の男が『誕生日おめでと〜!』って、自分の身体に料理乗っけて出てきた時だろ!?」
 「それは要らねーっ!!」
 三人は着替えもそこそこに、腹を抱えてゲラゲラ笑いだした。彼らからやや離れた位置のロッカーを使って着替えていた選手が、傍にいる仲間に小声で尋ねた。
 「あいつら何を笑ってんだ? 話、聞こえた?」
 「ん? ああ、全部は聞き取れなかったけど、何となく内容は掴めた」
 そう前置きをして、彼は自分が聞き取った内容に推測を織り交ぜながら説明を始めた。
 
 「・・・・・・はぁ!?」
 翌日のハンブルクJr.ユースチームの練習場。休憩時間に同じGK仲間のハンスから、昨日仕入れた耳寄り情報とやらを聞かされた若林は耳を疑った。
 「すまん、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
 「二月二日はシュナイダーの誕生日」
 「そこは聞こえた。その後、何て言った? シュナイダーが何を欲しがってたって?」
 さっきのは聞き間違いだと自分に言い聞かせつつ、若林はハンスの言葉に耳を傾ける。しかしハンスの口から語られた内容は、先程聞いたものと全く同じだった。
 「裸の若林が『誕生日おめでと〜!』って、自分の身体に料理乗っけて出てくるのを、楽しみにしてるってさ」
 「・・・・・・もういい。何度聞いても意味が判らん」
 冗談にしても、人をバカにしている。若林は顔をしかめて不快感を露にした。だがネタにされた当事者ではないハンスは、このおバカ話を面白がって尚も食いさがる。
 「意味も何も、言葉どおりだろ? 面白いから、二月二日に実演しろよ〜」
 「絶っっっ対に、やらん!!」
 「シュナイダーのリクエストに応えてやらないの?」
 「本当のリクエストならともかく、それ、どう考えてもデマだろが!」
 強い口調でそう言い返してから、若林は気付いた。シュナイダーが欲しがっているというプレゼントの内容はデマに決まってるが、シュナイダーの誕生日が近いのは本当なのでは?
 そこの所をハンスに確かめてみると、間違いなく二月二日はシュナイダーの誕生日だと明確な返事が返ってくる。この点に関しては、確かに若林にとって耳寄りな情報だった。
 若林はハンブルクJr.ユース入りしてからというもの、シュナイダーには何かと世話を掛けている。偶にはお返しをしたいと常々思っていたが、変に改まった礼などしてシュナイダーに却って気を使わせては逆効果だ。その点、誕生日はお礼をするきっかけとして最適に思えた。
 どうせ贈るのなら確実に喜ばれる物を贈りたい。何を贈ればいいだろうかと、若林はあれこれと候補を考える。
 「何を贈ろうかな・・・」
 「シュナイダーの誕生日プレゼントか? だったらさっきのにしろよ」
 しつこく絡んでくるハンスを軽く睨むと、ハンスの顔には苦笑いが浮かんだ。
 「若林さぁ、堅苦しく考え過ぎ! 誕生祝だろ? 祝い事には余興が付きもんだぜ。ギャグかまして笑って貰うのも、立派なお祝いじゃん」
 「余興?」
 何か物を買って贈る事しか考えていなかった若林は、ハンスの言葉に興味を引かれた。確かにシュナイダーが面白がって喜んでくれるのなら、そういうお祝いもアリだと思うが・・・
 「だからといって、さっきのネタはねーだろ? 絶対引かれる」
 「逆、逆! 日頃ギャグとは無縁っぽい奴が、思いっきり弾けておバカな事をするのがいいんだって。但し、やたらと恥ずかしがったり、嫌々やってるってのが明らかだったりすると見てる方も気まずくなるから、それだけ気をつければウケると思うぞ〜」
 真顔で解説めいた事を言われると、そういうものかという気がしてくる。若林の顔からは、当初見せたような嫌悪感が消えていた。
  
 そんな事があってから数日が過ぎ、二月二日を迎えた。
 カルツによると噂は上手く広まったらしい。GKグループにも噂は届いているそうなので、当然若林の耳にも入った事だろう。後は若林からのアプローチを待つだけなのだが、シュナイダーの気分はどうにも落ち着かない。
 (若林は、サッカー以外の事にはまるきり無関心だからなぁ。俺の誕生日も、右から左に聞き流して覚えてなかったりして・・・)
 シュナイダーが不安に思うのも無理はなかった。シュナイダーと若林は、今も練習後に居残り特訓を続けているのだが、シュナイダーの誕生日を知ったであろう若林がちっともその話を持ち出さないのである。日にちを本人に確認するとか、プレゼントに何が欲しいか聞いてくるとか、そうしたアクションが何もないのだ。
 あまり期待しない方がいいかもと思いながら、シュナイダーが練習場に姿を見せる。すると何人かのチームメートが、あいさつと一緒におめでとうを言ってくれた。誕生日がチーム内に知れ渡ったのは間違いないようだ。
 「おう、シュナイダー」
 やや遠くから名前を呼ばれた。若林の声だ。シュナイダーは声の方に勢いよく振り向く。
 だが若林はシュナイダーに笑顔で手を振って見せただけで、すぐにキーパー達がウォーミングアップしている集団の方へと行ってしまった。
 やはり今日が俺の誕生日だと知らないのか・・・と萎れかけたが、シュナイダーはすぐに思い返した。練習の後は、いつも若林と二人だけで居残り特訓をする事になっている。当然今日も若林と二人きりになれるわけで、若林はお祝いはその時にと考えているのかもしれない。
 そうであって欲しいと念じつつ、シュナイダーはこの日の練習を終わらせた。
 いよいよ若林と二人きりだ。シュナイダーの目は若林を捜す。ところがその視線を遮るように、大勢のチームメートたちがシュナイダーの周りに寄ってきた。
 「シュナイダー、誕生日だろ? おめでとう〜!」
 「ハッピーバースデー! ほい、これプレゼント」
 「我らが皇帝サマ、誕生日おめでとう!!」
 「え? ああ、ありがとう」
 シュナイダーは戸惑った。いつもなら解散と同時にロッカールーム目指してぞろぞろ引き上げていく連中が、ほとんどその場に留まってお祝いを言ってくれている。今日が自分の誕生日とはいえ、若林以外は眼中になかったため、彼らからのお祝いは想定外の事態だったのである。
 「シュナ、おめっとさん。大人気じゃねぇか、良かったな」
 一際親しみのこもった声の主に、シュナイダーは尋ねる。
 「カルツ、若林は? 若林がいないみたいなんだが・・・」
 「さぁ? トイレじゃないのか。さもなきゃ帰ったか・・・」
 「なんだって!!!」
 それを聞くなりシュナイダーは、目の前のチームメートたちを掻き分けるようにして、ダッシュでロッカールームへとすっ飛んで行ってしまった。その後姿を見送りながら、カルツが頭を掻く。
 「・・・しまった。言い方が拙かったな。『トイレ』で止めとくべきだった」
 その横で、シュナイダーに突き飛ばされた肩をさすりながらハンスが声をかける。
 「どうする、カルツ。多分あいつら、まだ用意できてないよ?」
 「ま、仕方ないわな。ワシらも行こう」
 シュナイダーに遅れて、カルツたちもロッカールームへ向かってぞろぞろと足を向けた。

 廊下を全力疾走したシュナイダーは、ロッカールームの前まで来たところで足を止めた。途中、トイレに寄って若林を捜したが、彼の姿は見つからなかった。やはり若林はここで帰り支度をしているのに違いない。
 居残り特訓をせずに帰ろうとしているのだから、今日がシュナイダーの誕生日だという事は判っているのだろう。誕生日だから特訓はお休み。そんな風に気を使ってくれたのは嬉しいが、それならそれでやはり一言声を掛けて欲しい。
 とにかく若林が帰ってしまう前に話がしたくて、シュナイダーはドアを開けた。
 それを合図にするかのように、ざわざわと賑やかだった室内の話し声がパッと止んだ。そして驚いたような、困ったような声が次々と上がる。
 「シュナイダー、もう来たのか!?」
 「何だよ、早過ぎだって!」
 「あと10分はピッチに引き留めておいてくれる筈だったのに・・・あいつら、しくじったな」
 短パン一枚の格好でベンチに座っていた若林が苦笑する。その周りには三人のチームメートが、手に手にカップケーキを持って立っていた。帰り支度をしていたにしては何だか様子がおかしい。
 「・・・・・・一体何をやってんだ?」
 「何って改めて聞かれると、説明に困るんだが・・・」
 ベンチから立ち上がった若林が、言葉を濁しながらロッカーからTシャツを取り出して着始める。それを見てケーキを手にしたチームメートがつまらなそうに言った。
 「なんだ、やめちゃうのか?」
 「しょうがないだろ。今更やったって受けないよ」
 「あ〜、やっぱり間に合わなかったんだ!」
 「なんだぁ。せっかく並べるケーキもいっぱい買ってきたのにぃ」
 シュナイダーの後ろからもガッカリしたような声が続々と上がる。カルツやハンスたちが、いつの間にやら追いついて来ていたのだった。これはひょっとして・・・と思い、シュナイダーはカルツに尋ねた。
 「おい、もしかして皆で何か企んでいたのか?」
 その質問にすぐには答えず、カルツはシュナイダーに耳を貸すよう指で合図をした。シュナイダーが耳を寄せると、カルツは咥えていた楊枝を取って、シュナイダーに小声で言った。
 「その通り。お前さんの誕生日を源さんに知らせる為の噂が、何だか変な風になって流れちまってな。しかも源さんだけでなく、チーム全員の耳に入っちまったらしく、いつの間にかその噂を元に余興をやって皆でシュナイダーの誕生日を祝おうって話になったんだ。幸い、源さんも嫌がらずに協力してくれる事になったしな」
 「若林が嫌がらずに協力・・・? 噂が変な風にって、一体どんな内容になってたんだ?」
 「えーと・・・」
 カルツが細い目を更に細めてシュナイダーを見る。
 「先に言っておくけど、これはワシが流したんじゃないぞ。いつの間にかこういう内容になってたんだ。回りまわってワシの耳に戻ってきた時には、まるで別物で・・・」
 「前置きはいいから! 一体どういう噂になってたんだ?」
 そしてカルツに口から語られた噂の内容と、それを元にした余興の中身を聞いたシュナイダーが、焦ってロッカールームに駆けつけた自分の短慮を心底悔いたのは言うまでもない。
 その後ロッカールームでは、皆がてんでにカップケーキをつまみながら、お祝いを述べたりバースデーソングを歌ったりして、小規模ながらシュナイダーの誕生祝パーティーのようになった。シュナイダーも気を取り直し、笑顔で皆の祝福を受け入れる。若林からもようやく、「誕生日おめでとう」と言って貰う事が出来た。
 カップケーキを頬張りながら、若林がシュナイダーに笑いながら言った。
 「でも、これで良かったかも。ホントにシュナイダーに笑って貰えるかどうか判らなかったし、ケーキだって俺の胸やら腹に乗っけちゃったら、気持ち悪くてこうやって皆で食べられなかっただろうし」
 「そんな心配、無用なのに」
 内心の落胆を隠しつつ、シュナイダーはそう答える。口にしたケーキはかなり甘かったが、逃したプレゼントが大きかったシュナイダーには、ちょっぴり苦く感じられたのだった。
おわり