隣のゴンドラが最上段に昇った。あの中のカップルは今頃、唇を重ねていることだろう。
 キスしたい。
 俺だって若林にキスしたい。
 俺は意を決して、若林に言った。
 「若林、最上段に昇ったら、キスさせてくれ」
 「はぁ? 何言ってんだよ、シュナイダー?」
若林が笑った。俺が冗談を言っていると思ったようだ。そうこうしている間にも、ゴンドラは上昇
を続けている。俺は言った。
 「キスをすれば願い事が叶うんだ。マリーが元気になるように、願をかけたい」
若林の表情が真面目なものになった。
 「マリーちゃん、そんなに悪いのか?」
 「・・・俺に心配かけまいと元気に振舞って見せていたが、かなり苦しかったと思う」
済まない、マリー。とことん、おまえをダシにしてしまって。俺の胸が罪悪感に痛んだ。そして若
林は、俺の顔つきが真剣なので、俺の嘘を信じたようだった。
 「そうか。もともと、ここに来たのもマリーちゃんの為なんだしな」
そして俺を見て、励ますように言った。
 「いいぜ。マリーちゃんの為だ」
俺は自分の耳が信じられなかった。
 「・・・・・・いいのか?」
 「男に二言はない」
ゴンドラは上昇を続けている。そして遂に最上段に辿り着いた。
 「若林、眼を閉じて」
若林が素直に瞳を閉じる。
 俺は顔を寄せて、若林の唇にくちづけた。
 柔らかい感触。
 間近に感じられる、若林の吐息。
 キスしてる。
 ああ、俺は今、若林とキスをしている。
俺は若林の身体に腕を廻した。若林が身体を強張らせたのが判る。しかし俺の腕を振り解こう
とはしない。俺は少し唇を開き、若林の唇を舐めた。舌の感触に驚いたのか、若林の顔が少し
離れそうになった。
 しかし俺は離さなかった。僅かに開いた若林の唇の隙間に舌を入れ、歯並びのいい歯列を
なぞった。ぴくんっと若林の身体が震えた。
 ゴンドラが下降を始めた。
 名残惜しい気持ちを抑えて、俺は若林の唇から顔を離した。
 俺が離れたあとも、若林は眼を閉じ、僅かに唇を開いたままだった。少し息が弾んでいる。も
う一度キスしたい気持ちを抑えて、俺は冷静な声を出した。
 「終わったぜ、若林」
 「あ・・・そうか・・・」
若林が眼を開ける。俺と視線が合うと、慌てて顔を真横に向けた。若林が俺を見ようとしないま
ま、俺に言った。
 「・・・マリーちゃん、元気になるといいな」
 「ああ」
若林はゴンドラが地表に下りるまで、ずっと不自然に横を向いたままだった。窓の外の夜景を
眺めている振りをしているが、夜景など眼に入っていないのは明らかだった。
 若林の瞳はうつろで、頬にはかすかな赤みが差していた。そして無意識だろうが、何度も唇
を舐めている。
 俺とのキスの余韻に浸っている。
俺は嬉しかった。きっかけはどうあれ、若林とくちづけを交わし、若林もそれを喜んでくれたの
だから。
 ゴンドラが地表に着き、俺たちは無言のままゴンドラを降りた。観覧車の待ち時間が長かっ
たので、もう花火もパレードも間に合わない。写真を撮るのはここまでだった。俺たちは遊園地
を後にした。
 キスのあと、しおらしかった若林も段々いつもの快活さを取り戻していた。別れ際に俺に挨拶
する頃には、すっかりいつも通りの若林に戻っていた。
 「じゃあ、マリーちゃんによろしくな」
 「ああ。若林のキスのおかげで、きっと元気になっているよ」
 「!! シュナイダー、あのことは絶対誰にも言うなよ!」
くどいほど念を押して、若林は帰っていった。若林の後姿を見送ってから、俺も夜道を歩き出し
た。俺はさっきのキスを思い出し、再び幸福感に酔った。
 若林にキスが出来たというだけじゃない。
 若林のあの反応は、明らかに脈ありだ。
 そして俺がキスの最中に願っていたのは、マリーの回復ではない。
 『若林と恋人同士になれますように』
 この願い、きっと叶う。俺はそう確信していた。

ハッピーエンド

 あとがき
前回のゲームノベルがあんまり肩透かしだったので、今回はハッピーエンドにキスを持ってき
ました。項目数もちょっと頑張って、30あります(それでも少ない・・・)
 今回のバッドエンドは6つ。バッドエンドに至るルートは9本あります。お暇な時に、是非全ル
ートを制覇してやってくださいませ。