おわり

 「もう、おしまいだ・・・」
シュナイダーは頭を抱えた。早まって、とんでもない事をしてしまった。最早取り返しがつかない。若林は俺の傍から去っていくだろう。サッカーを通じて培った友情もこれまでだ。俺は、若林に嫌われてしまったのだ。
 どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 シュナイダーは今日の出来事を、痛恨の思いで改めて思い返すのだった。

 そもそもの発端は、昨日に遡る。
 「シュナイダー、良かったら明日、俺に付き合ってくれないか?」
居残り練習の帰り道で、若林は言った。明日はチームの練習が休みである。そしてチーム練習が休みの日に、若林の自主トレに付き合うことはこれまでにもあったので、シュナイダーは当然とばかりに了解した。すると若林がこんなことを言った。
 「明日は練習じゃなくって、買い物に付き合って貰いたいんだ」
 「買い物? 珍しいな」
 「俺一人じゃ何を選んだらいいのか判らなくて・・・シュナイダーはモテるから、女性の喜ぶ物が判るだろう?」
この台詞は、シュナイダーを大いに刺激した。
 「おまえ、女に何か贈るつもりなのか!?」
 「ああ。ちょっと世話になった相手がいるんで、お礼に・・・」
 「話せ! 事情を話してくれ!」
シュナイダーの剣幕を訝しく思いながらも、若林は説明を始めた。
 昨日、若林がシュナイダーと別れて家に帰る途中、見上に頼まれていた買い物があったのを思い出した。それでマーケットに寄ったまでは良かったが、会計の段になって何故か財布が見つからなかった。レジであたふたしていると、近くにいた女性が若林の様子を見かねて立て替えてくれたのだという。そしてその女性は、困っている時はお互い様だからと、名前も告げずに立ち去ったらしい。
 「財布は今日、ロッカーに忘れてたのを見つけたんで問題ないんだけど、その人にお礼がしたくって」
 「どこの誰だか判らないんじゃ、礼のしようがあるまい」
 「でも、あのマーケットをよく利用している人かもしれないだろう。だから毎日練習の帰りに店に寄ってみたら、いつかはその人を見つけられるんじゃないかと思って」
 首尾よく相手が見つかったら、立て替えて貰った金を返して、更に感謝の気持ちとして何かを贈りたいのだと言う。義理堅い若林らしい発想だった。
 ともあれ色事めいた事情ではなかったので、シュナイダーは安心した。そして翌日の買い物に付き合う事を、快く承諾したのだった。
 そして翌日・・・つまり今日になった。若林と知り合って一年あまり経つが、若林とサッカー絡み以外で会う機会は滅多に無かった。シュナイダーの気分は否が応にも高揚する。
 (二人だけで、買い物に行くなんてデートみたいだな〜)
浮き立つ心を抑えきれず、1時間も早く待ち合わせ場所に出向いたシュナイダーは、今日これからの出来事をあれこれ都合よく夢想した。
 (まずは目的である買い物をさっさと終わらせよう。色々アドバイスしてセンスのいいものを選んで、若林が喜ぶように・・・。若林は俺に礼を言うだろうな。
 『ありがとう、シュナイダー。お陰でいい品物が見つかったよ』
 『気にするな。俺は若林の為なら、何時間でも喜んで付き合うぜ』
 『じゃあ、これで用は済んだから帰ろう。じゃあな!』
・・・若林なら、それくらいあっさり言いかねないな。よし、そしたらこう言おう。
 『おまえの用事に付き合ったんだ。今度は俺に付き合ってくれ』
若林の性格なら恩義を感じて、嫌とは言わないだろう。そしたら食事や映画で夜まで自然に時間を潰そう。周りが暗くなって若林が帰りたそうにしたら・・・。
 『もうちょっと、話をしないか?』
すこし真面目な雰囲気で切り出せば、若林は断るまい。そしてそれから、どこに連れて行こうか。人目につかなくて、ムードがあって、つい肩を寄せ合いキスなんかしちゃっても違和感の無い所は・・・・・・)
 シュナイダーの空想は留まるところを知らない。首尾よく告白に成功し、若林と一線を越えるところまで妄想はエスカレートした。若林が恥じらいながらも自分に身を任せる姿を思い描き、シュナイダーの顔が緩んだ。当の若林が姿を見せたのにも、すぐには気づかない。
 若林は待ち合わせに遅れないように20分前に着くようにしていたのに、シュナイダーに先を越されていると知り、驚いて大声で呼びかけた。
 「シュナイダー! 随分、早いな!」
若林の声に、シュナイダーは慌てる。
 「バカ言え、俺は決して早くなんか・・・うわっ、若林! いつの間に!!」
 「おまえ、待ち合わせにはいつもこんなに早いのか?」
 「え・・・いや、その・・・実は時計が進んでたみたいで・・・」
 「なんだ。そうかぁ」
しどろもどろの言い訳だったが、若林はそれほど気に止めない様子だった。
 「じゃあ、早速買い物に行こうぜ」
若林に急かされるようにして、シュナイダーは腰を下ろしていたベンチから慌てて立ち上がった。
 二人でショッピングセンターに出向き、婦人用の小物を置いてある売り場を目指す。若林の話によれば、相手の女性は十代後半か二十代前半くらいらしい。若林は女性に贈るものだから、アクセサリーがいいのではないかと提案した。しかしシュナイダーは言下に否定する。
 「それじゃ大袈裟すぎて、却って相手に気を使わせるぞ。アクセサリーを贈ったりするのは、特別な好意を持っている場合だ」
 「そうか。じゃあ、どんな物ならいいんだ?」
 「ハンカチ程度なら、相手も気兼ねしないだろう」
若林はシュナイダーの意見を取り入れ、女店員のアドバイスなども参考にしながら、一枚のハンカチを購入した。高級ブランド品というわけではないが、さりげない刺繍が施してあり上品な感じのハンカチだ。それをラッピングして貰って待つ間に、若林はシュナイダーに改めて礼を言った。
 「ありがとう、シュナイダー。お陰でいい品物が見つかったよ」
 「気にするな。俺は若林の為なら、何時間でも喜んで付き合うぜ」
やはり予想したとおりの展開だと、シュナイダーは一人納得する。よし、この次は俺に付き合ってもらうぞ! シュナイダーが先刻考えた台詞を言おうとすると、丁度店員が包みを持って現れ、それを若林に渡した。小さな包みを手に、若林が言う。
 「うまくこのハンカチを渡せるといいんだけどな」
 「そうだな。ところで、この後なんだが・・・」
 「あっ!!」
突然若林が包みを手に、その場から駆け出した。シュナイダーが慌てて後を追う。若林はエスカレーターに乗ろうとしていた女性を、強引に引き止めていた。まさか、もう恩人の女性が見つかったのか? シュナイダーは足早に二人の傍に近づいた。
 若林は女性に何かを話しかけ、手にしていた包みを渡していた。どうやら本当に恩人が見つかったらしい。自分は首を突っ込まない方がいいだろうと思い、シュナイダーは少し離れた所で二人を観察した。
 若林は更に財布から金を出して、女性に渡そうとしていた。立て替えて貰った分を返すつもりだろう。しかし女性は包みは受け取ったものの、金は受け取ろうとせず、押し問答になった。何だか長引きそうな気配である。気になったシュナイダーは二人に近寄った。
 近寄ってみて判ったが、二人の話している言葉はドイツ語ではなかった。それもその筈、髪を染めていたので遠目には気づかなかったが、若林の恩人の女性というのは日本人だった。なるほど、彼女は異国で出会った同郷の少年が困っているのを見かねて、助けてくれたのだろう。
 シュナイダーが傍にいるのに気づき、若林はドイツ語で女性とシュナイダーを引き合わせた。女性がドイツ語でユキコと名乗り挨拶をする。多少怪しい発音だったが、聞き取れない程でもない。シュナイダーが挨拶を返すと、ユキコは若林に向き直って日本語で何かを話し始めた。若林が照れたような笑みを浮かべて親しげに応じているのを見て、シュナイダーの神経が逆撫でされる。
 「おい、何を話しているんだ?」
 「それが、ユキコさんが言うには、お金はあげたつもりだから受け取れない。それよりも、ハンカチを貰ったお礼に家に招待するからお茶でも飲んでいかないかって・・・」
 嬉しそうに話す若林の様子が、シュナイダーの癪に障った。シュナイダーは冷たく言い放つ。
 「おまえはさほど親しくも無い女性の家にあがりこむつもりか? 随分無作法だな」
 「えっ? そういうもんか? だって、向こうが招いてくれてるんだぜ」
 「行きたいなら行けばいい。俺は用済みらしいから、帰らせて貰う」
 「ちょっと待てよ! シュナイダー、何を怒ってるんだよ?」
シュナイダーの機嫌が急に悪くなったので、若林は慌てた。二人が揉めているのを見て、ユキコがドイツ語で割って入った。
 「どうやら、今日は都合が悪いようね。無理には誘わないから、私はこれで失礼するわ」
 「すみません。折角招待してくれたのに・・・」
 「いいのよ」
そしてユキコは背を屈めると、若林の額に軽くキスをした。
 「ハンカチありがとう。縁があったら、また会いましょうね」
ユキコはハンカチを手に、エスカレーターを上っていった。
 そして後に残されたのは・・・・・・初めて女性にキスされて、真っ赤になって照れている若林。そして目の前で若林のキスシーンを見てしまい、愕然としているシュナイダーだった。
 頭に血が昇ったシュナイダーが、若林を問い詰める。
 「おいっ! 何だ、今のは!? 日本人は挨拶でキスをしないんじゃなかったのかっ!!」
 「普通はしないけど、ユキコさんはこっちの生活に慣れてるんだろうなぁ〜」
得したとばかりに若林がニコニコしているのが、シュナイダーには腹立たしい。シュナイダーは若林の腕を掴むと、強引にトイレに引っ張って行った。洗面台の前に若林を立たせると、きつい口調で命令する。
 「いつまでもだらしなくニヤけてるんじゃない! 顔を洗って、シャキッとしろ!」
 「はぁ? いいじゃねぇか。ちょっとくらいニヤケたって。何も顔まで洗わなく・・・」
 「洗え!!」
シュナイダーの迫力に気圧されて、若林は渋々顔を洗った。ハンカチで顔を拭き、シュナイダーに向き直る。
 「ほら、言われた通り洗ったぜ。これで気が済んだか?」
シュナイダーの言いなりになっているのが面白くないらしく、若林がむくれたように言った。その顔には、濡れた前髪がぺたっと額に張り付いており、子供っぽさが増して見えて普段より更に可愛らしい。
 (あぁ〜・・・若林、可愛いなぁ・・・)
シュナイダーの機嫌はいっぺんに直った。しかし、この可愛い額にあの女がキスしたのだと思うと、怒りが甦る。
 「ちょっと待ってろ。消毒してやる」
 「消毒?」
怪我したわけではないし、そもそもここに消毒液などない。若林が不思議そうに聞き返す。
 シュナイダーは若林の、濡れて張り付いた前髪を軽く掻き分けた。
 そしてあらわになったつやつやのおでこに、ちゅっとキスをする。
 それは不自然さを全く感じさせない、愛のこもった自然なキスだった。
 なので、若林もキスされた瞬間は何も感じなかった。だが、一拍置いて、相手が同性の友人である事に気づく。
 若林の手から、濡れたハンカチがぽろっと落ちた。
 「・・・・・・シュナイダー?」
 「ん?」
今、おまえ、俺にキスしたのか? 若林はそう問い返すつもりだった。しかし、驚きで呆然としている若林の言葉は、ハッキリしなかった。
 「・・・・・・きす・・・し・・・」
驚きで目を見開き、薄く唇を開けて、若林がおずおすと言った。その姿は、シュナイダーの目にはキスをせがんでいる様にしか見えなかった。シュナイダーの胸がときめく。
 (・・・・・・判ってくれたんだ! 若林は、俺の想いに気づき、受け入れてくれたんだ!)
シュナイダーは、若林の身体をそっと抱きしめた。そして若林が望むキスを、その愛らしい唇に優しく落とした。
 待ち望んだ至福の時間だった。
 二人は唇を合わせたまま、殆ど動かない。
 まるで時の流れが、二人の周りだけ止まってしまったようだった。
 それでも時は、ゆっくり、ゆっくり、刻まれていく。
 そして、幸せは突然に終わってしまった。
 「うぎゃああぁぁぁーーーーっ!!」
若林が大声で叫ぶと、シュナイダーの身体を突き飛ばした。
 そしてトイレから駆け出すと、後を振り返りもせず猛スピードで逃げて行く。
 シュナイダーは想いが通じたと思ったのが、またも勘違いであった事に気づいた。そして、今までと違い、若林に言い訳やフォローを入れて誤魔化す事ができないことにも。
 「何てことだ・・・もう、おしまいだ・・・!」
シュナイダーはトイレの床に、ガックリと膝をついた。俯き、床に目を伏せると、目の前に若林が落としたハンカチがあるのに気づいた。シュナイダーは、それをいとおしげに拾い上げる。
 落胆したシュナイダーは若林を追いかけようとはせず、そのまま床に座り込んでいた。やがて、用足しに他の客がトイレに入ってきた。不審な目で見られている事に気づき、シュナイダーはのろのろと立ち上がった。
 「とうとう、若林に嫌われてしまった・・・・・・」
 シュナイダーは失った恋の大きさに打ちのめされながら、一人とぼとぼと家路を辿った。

 帰宅したシュナイダーは、若林のハンカチをすぐに洗濯した。ハンガーを自分の部屋に持ち込んで、洗いたてのハンカチを干した。それを見ながら考える。
 若林のあの逃げっぷりからして、今日はもう俺と会ったり電話で話したりはしてくれまい。しかし明日になれば、若林とは必ず練習で顔を合わせる事になる。その時ハンカチを返して、それをきっかけに何とか話をしよう。
 「でも、何をどう話したらいいんだ・・・・・・」
シュナイダーは頭を抱える。俺が若林に恋愛感情を抱いていることは、若林にハッキリ伝わっただろう。そして若林も俺に好意を抱いてくれているのなら、あんな逃げ方はしない筈だった。つまり俺は、もう若林に振られているのだ。
 「せめて、友達付き合いを続けてくれるように、頼み込むか・・・?」
若林は偏見のない、公正な考え方の出来る男だ。かつて自分を苛めたりして対立していたチームメイトとも、向こうが若林に対する敵意を無くしたと判るや、あっさりと打ち解けてしまった程である。
 多分、若林なら表面上は今までどおりの友人付き合いをしてくれるだろう。だが、心の中では俺を気色悪く思っているに違いない。生理的な嫌悪というものは、理性では解消できないのだから仕方ない。ここまで考えて、シュナイダーの気持ちが一際落ち込む。態度に出されないだけ良しとするべきかもしれないが、自分が今までのように若林の友情や信頼を得ることが出来ないのだと思うと辛かった。
 (待てよ・・・俺は自分に都合のいい事ばかり、考えていないか?)
 若林が俺に対して、嫌悪だけでなく恐怖を感じていたとしたら? クラブを移ったり、帰国したりして俺から逃げるのではないだろうか。
 有り得ない事じゃない。いくら若林が困難に屈しない性格だといっても、今回ばかりは例外だろう。そうしたら、もう若林と会うことすら叶わないのか・・・・・・!
 考えれば考えるほど悪いことが浮かんできて、シュナイダーの気分は暗くなるばかりだった。
 ふと、ドアの外で母親が何かを言っているのが耳に入った。考え事に夢中になっていて気づかなかった。シュナイダーは慌ててドアを開ける。電話の子機を手にした母親が、呆れたようにシュナイダーをなじった。
 「どうしてすぐ返事をしないの! お友達から電話よ」
 「・・・ごめん」
子機を受け取り耳に当てる。その様子を見て、母はシュナイダーの部屋の前から離れた。
 「もしもし?」
 『シュナイダーか? 悪ぃ。今日は勝手に帰っちまって・・・』
 「若林!?」
シュナイダーは耳を疑った。だが電話の相手は、若林に間違いなかった。
 『あの、俺、考えたんだけど、俺たち一度、ちゃんと話をした方がいいんじゃないかと思って』
 「あ、ああ・・・そうだな」
 『ちょっと遅いけど、今から出られるか?』
シュナイダーに異存はなかった。若林は練習場からの帰り道にある公園を、待ち合わせ場所に指定した。シュナイダーは母に一言断ると、いそいそと公園に出掛けて行った。
 公園に着いた。辺りはもう暗くなっているので、街灯の灯りを頼りに若林を探す。
 「シュナイダー、こっちだ」
シュナイダーが見つけるより早く、ベンチに掛けていた若林が声を掛けてきた。シュナイダーはベンチに近づいたが、若林の隣に掛けていいものか躊躇った。若林がシュナイダーに尋ねる。
 「どうした? 座らないのか」
 「・・・隣に座っていいのか?」
シュナイダーが自分に気を使っているのだと判り、若林は答えた。
 「座れよ。このままじゃ話にくい」
若林と距離を取るようにして、シュナイダーがべンチに腰を下ろした。
 シュナイダーには話したいこと、聞きたいことが山ほどあった。しかし、どこから話せばこれ以上若林の機嫌を損ねずに済むのか判らず、迂闊に喋れなかった。若林も同様なのか、呼び出しておきながら、正面を見据えたまま何も言わない。
 ベンチに並んで掛けたまま、二人は顔を見合わせることもせず、何も話さなかった。
 そのまま数分が経った。先に口を開いたのは、若林だった。
 「シュナイダー、悩みを抱えた親友なんて、いなかったんだろ?」
今日の話をされると思っていたので、シュナイダーの反応が一瞬遅れる。
 「ああ」
 「グレーテに会わなかったのも・・・」
 「そうだ」
 「俺の居残り特訓にいつも付き合ってくれたのも・・・」
 「そうだ!」
シュナイダーが堪らず、大声を出す。若林が言った。
 「おまえ、ずっとそういう目で俺のこと、見てたのか?」
答えにくいことを聞かれて、シュナイダーは言葉に詰まる。やはり俺は若林に軽蔑されている。そう思うと自然に声が小さくなった。
 「・・・そうだ」
 「・・・そうか・・・」
再び、二人の間に沈黙が訪れる。この沈黙は、シュナイダーにはとてつもなく重く感じられた。
 「あのさ、シュナイダー・・・」
若林が沈黙を破った。
 「最初に言っときたいんだけど、俺、シュナイダーのことは嫌いじゃないぜ」
 (・・・俺に気を使ってるな)
シュナイダーは思った。
 (やはり若林は公平な男だ。性的嗜好が自分と異なるからといって、それだけを理由に友人を遠ざける事はしたくないのだろう。恐らく若林はこの後、こういう筈だ。
 『でも、おまえと恋人にはなれない。今まで通り、友人として付き合おう』
俺に残された道は、若林の申し出に頷く以外ない。決して手に入れることの出来ない想い人と、この先ただの友人関係を維持していくのは苦痛だが、若林に逃げられるより、遥かにマシじゃないか) 
 シュナイダーは覚悟を決めた。
 俺の恋は終わったんだ。潔く、若林の提案を飲もう。
 「・・・・だからさ。俺、シュナイダーと付き合おうと思う!
シュナイダーの身体がベンチからずり落ちた。慌てて立ち上がり、若林の顔を正面から見据えて、問い質す。
 「いっ、今! 今、なんて言った!?」
 「だから、おまえと付き合おうかと・・・」
 「うっ、嘘つけぇっ!! 騙されないぞ! あ、あんなに嫌がってたくせに、急に俺と付き合うなんて、おかしいじゃないか!」
シュナイダーがどもりながら反論した。若林が不思議そうに聞き返す。
 「おまえ、俺が好きで俺と付き合いたいんじゃなかったのか?」
 「そうだけど、でも・・・」
 「俺の話も聞いてくれよ。俺だって、一所懸命考えたんだぜ」
若林がシュナイダーの顔をじっと見つめた。その真摯な瞳に、シュナイダーは一先ず言葉を飲み込んだ。
 シュナイダーにキスされた時、若林は確かに嫌悪感を覚えた。だが、どうやらシュナイダーは悪ふざけでキスをしたのではなく、本気で自分を好きらしい。その事に漸く気がついて、若林は途惑いを覚えた。
 見知らぬ男に好かれたのなら、即座に相手に引導を渡して終わりだが、シュナイダーは若林にとって、掛け替えのない親友だ。友情を育んだ相手を、そう簡単に切り捨てられない。それに、ホモは気色悪いと思っていたが、そのホモが親友のシュナイダーでも気色悪いだろうか?
 答えは否だった。
 「何ていうか・・・シュナイダーは、シュナイダーだろ? 身内の欠点は気にならないっていうけど、そんな感じで、別にいいかって気になったんだ」
 「ほんとうに・・・?」
シュナイダーはまだ半信半疑だった。思い込みの激しい性格で、過去に何度も苦い思いを経験しているので、流石に用心深くなったようだ。
 「本当だって。それで、俺、シュナイダーが俺の事を好きで、俺と付き合いたいんなら、それもいいかって思ったんだ」
 「本当に・・・その辺のカップルみたいに、俺と付き合ってくれるのか?」
シュナイダーが念を押すように聞いた。夜の公園は格好のデートスポットなので、至る所でカップルが二人きりの世界を満喫している。抱き合い、キスをし、その先の行為に及んでいる連中もいる。期待でシュナイダーの息が、知らず知らず荒くなる。
 シュナイダーの質問の真意を理解しているのかどうか、若林はうーんと視線を巡らせて考え込んだ。だが、すぐに返答する。
 「付き合うっていっても、俺はやっぱりサッカーに集中したいからなぁ・・・。あんまりベタベタくっついてデートしたりとかは、したくないんだ。でもキスならドイツじゃ挨拶の一種だし、キスまでなら構わないぜ」
 「じゃ、今ここで、キスしてもいいのか?」
 「うん。キスだけな・・・」
若林の言葉は、シュナイダーの唇に塞がれて最後まで言えなかった。
 「ん・・・」
若林が小さく声を漏らす。だが、若林は今までのように抵抗しなかった。シュナイダーの足を踏むことも、突き飛ばすこともない。シュナイダーはやっと、若林の言葉を信じることが出来た。
 長い接吻が終わり、シュナイダーがやっと唇を離した。
 「若林・・・俺、おまえが好きだ。初めて会った時から、ずっとこうなれるのを夢見てた」
シュナイダーの真顔の告白に、若林が照れ臭そうに笑う。しかしシュナイダーは笑わない。
 「若林は俺のこと、好き?」
 「ああ」
 「ちゃんと言ってくれ」
 「えぇ〜?・・・・・・『俺は、シュナイダーが好き』・・・」
恥ずかしいのか、照れ笑いを浮かべたままの棒読みだったが、シュナイダーは満足した。
 終わった。
 俺の虚しい片想い生活は終わったんだ。
 あとは、「キスまで」と言っている若林を、いかにその気にさせるかだ!!
新たな野望に燃えつつ、シュナイダーは若林を抱き寄せ、お許しの出ているキスを繰り返すのだった。
おわり