ハンブルクJr.ユースチームの選手たちが、一日の練習を終わらせてロッカールームに引き上げてきた。厳しい練習メニューをこなした後の身体は、疲れ果ててクタクタだ。しかし女の子絡みの話題となると疲れも吹き飛ぶようで、とある話題で一部の連中が俄然盛り上がっている。
「隠し撮りって、マジ!?」
「マジ、マジ! どっかの女子寮の更衣室に隠しカメラが仕掛けられていて、そこで着替えてる女の子の生着替えシーンが、そのままビデオになって売られてるんだって」
「すげー!!」
ビデオのタイトルは?とか、どこで見られるんだ!!とか騒ぎ出した連中を見て、シュナイダーは呆れたように肩をすくめた。傍で着替えていた若林が、そんなシュナイダーの態度を見て話しかけてくる。
「シュナイダー。あいつらの言ってる話、本当だと思うか?」
「は? 何でそんな事聞くんだ?」
素人女学生の生着替えビデオに若林が興味を持ったのかと思い、シュナイダーの返事は無意識のうちにトゲトゲしくなる。
「いや、ちょっと気になる事があって」
「おっ、ゲンさんもエロビデオに興味アリか?」
二人の会話にカルツが割って入った。カルツはシュナイダーが若林に対してよからぬ想いを抱いているのを快く思っていないので、ここぞとばかりにシュナイダーの目の前で若林に女の話題を振る。
「あの手の隠し撮り謳ったヤツは、大抵ソレっぽく演出したヤラセだぞ。でもそういうビデオは、女優も素人っぽい子を使ってるから・・・」
「そ、そんな事を聞きたいんじゃない!」
若林が顔を赤くしながら、カルツの話を遮った。気を利かせたつもりだったカルツは、若林の反応に目を瞬く。
「じゃ、何が気になるってんだ?」
「あれ」
若林がすっと腕を上げて、天井の隅を指差した。
このロッカールームの壁際には隙間なくびっしりとロッカーが並べられており、ロッカーと天井の間には60cmばかり空間が空いている。つまり、その空間を利用して、ロッカーの上にも荷物を置く事が出来るのだ。
若林が指差した先には、古びた段ボールが置かれていた。その箱の高さはロッカーと天井の間に生じた空間とぴったり同じで、その箱があるせいでその一角だけ天井が見えなくなっている。
「あの箱がどうかしたか? 前からあるじゃないか」
シュナイダーが若林に向かって尋ねる。若林はシュナイダーとカルツの顔を見比べながら、言った。
「何となく不自然だと思わないか? 箱のサイズが、丁度天井の一角を隠すのにぴったりの大きさをしている。あそこには、何かが隠されてるんじゃないかと思う」
「何かって、何だ?」
「・・・隠しカメラ」
真剣そのものの口調で、若林がシュナイダーとカルツに告げた。
一瞬の沈黙の後、カルツがプッと吹き出した。冗談なのかと思いきや若林の顔は少しも笑っていなくて、それがまた可笑しくてカルツは笑いが止まらなくなった。シュナイダーもカルツほどではないが、苦笑を浮かべている。
こんなに笑われるとは思っていなかったので、若林は戸惑った。
「おい、笑うなよっ!」
「だ、だって、ゲンさん・・・なんで、野郎しかいないロッカールームに隠しカメラ・・・あっはっはっは!!」
「でも、怪しいと思わないか? あんな風に天井の一角を隠しているのは・・・」
「隠しているのではなく、箱の位置でたまたまそう見えるだけ・・・だと思うんだが・・・」
シュナイダーが若林の気分を害さないよう、言葉を選びながら反論する。すると周りにいた他の連中までが口を出してきた。カルツが大声で笑い出した時に、周囲の選手達の注意を引きつけてしまったらしい。
「ここに隠しカメラ? 何バカ言ってんだよ」
「考え過ぎだって、若林! 男の着替えを隠し撮りしてどうする!?」
「若林、お前何考えてんだよ〜」
他のチームメートにまで笑われて、若林はすっかり不貞腐れてしまった。
「いいよ、もう! お前らに話した俺がバカだった」
そう言い捨てると、むすっとした顔で途中になっていた着替えの続きを始める。ところが隠しカメラの話を面白がったチームメートらは、更に追い討ちをかけるように若林に話しかけてきた。
「そう拗ねるなよ。若林はあそこに隠しカメラがあると思ったんだろ?」
「だったら実際に見てみればいいじゃん」
「そうそう、本当にカメラがあったら若林が正しかった!って事になるぜ〜」
その話はもういい、とむくれている若林を尻目に、彼らは部屋の中央にあったベンチを持ち上げて問題の箱の前まで動かした。その上に一人が乗って、ロッカー上の古ぼけた段ボール箱に手を掛ける。ベンチを移動させたせいで部屋中の注目が集まってしまい、今では隠しカメラの話を聞いていなかった者も、何が始まるのかと興味深そうに事の次第を見守っていた。
「じゃ、箱を下ろすぞー!」
周りに一声掛けてから、ベンチに乗った選手が問題の箱を下ろした。見掛けは結構大きいが中身は空っぽらしく、箱は軽々と取り除けられる。
「あっ!!」
驚きの声が一斉に上がった。皆に背を向けて着替えていた若林も、この声に思わず後ろを振り返る。部屋中の視線が、先刻若林の指し示していた天井の一角に注がれていた。
そこには一台の監視カメラが取り付けられていた。
元々ざわついていた室内が、輪を掛けて騒然となった。
「嘘だろっ!?」
「本当にカメラがあったぞ!?」
「ってことは、今も俺達、誰かに見られてんのか!?」
「とにかくレンズ隠せ!! 何でもいいから、あのカメラ包んで隠せ!!」
空っぽの段ボールを持って呆然としていた選手が、慌てて手にした箱を投げ捨て、代わりに手渡されたタオルでカメラをぐるぐるに包み始めた。 カメラを封じた事で やや騒ぎは収まったものの、選手達は不安げに憶測を飛ばしあっている。
「いつから仕掛けられてたんだろう?」
「俺達の着替えシーンが、ビデオになって売られてるのかも・・・?」
誰かが本気とも冗談ともつかぬ声で叫ぶ。常識的に考えればそんな事は有り得ないとは思うが、実際にカメラが出てきたので違うとも言い切れないのだ。
若林は投げ捨てられた段ボール箱を手に取って調べてみた。下から見上げていた時には判らなかったが、カメラとぶつかる側が部分的に切り取られており、カメラをすっぽりと覆い隠せるように加工されていた。やはりこの箱はカメラを隠す目的で置かれていたのだ。箱をカルツとシュナイダーに見せながら若林がその点を指摘すると、二人は深く頷いた。
「それにしても、一体誰がこんな事を」
空き箱を若林から受け取り、更にそれをシュナイダーに手渡しながらカルツが呟く。若林はタオルで包まれたカメラを見上げながら、首を捻った。
「問題はそこだな。誰が、何の目的で、ここにカメラを設置したんだろう? ここが女子更衣室なら、さっきの話に出てきた盗撮ビデオが目的かと思うけど」
「目的か・・・」
若林の言葉に、カルツはハッとなる。
「おい、シュナイダー。ちょっと」
「何だ?」
「いいから、こっち来いって」
カルツは急にシュナイダーの袖を引っ張って、彼をロッカールームの外へと連れ出した。部屋のドアをピッタリと閉め、廊下に人影がないのを確認してから、カルツはシュナイダーに切り出した。
「あのよ、確かめておきたいんだけど・・・お前じゃないよな?」
「ん? 何がだ?」
何を聞かれたのか判らず、シュナイダーが聞き返す。カルツは一際声を落とし、シュナイダーの耳元で囁いた。
「だから・・・あのカメラを仕掛けたのは、お前じゃないよな?」
「はあ?? 当たり前だ! 何でそんな事を聞くんだ!?」
「いや、お前はゲンさんの事が好きだろ? だからもしかして、夜のオカズ用にゲンさんの生着替えビデオを録ろうとしたのかと・・・」
カルツの勝手な推理に、シュナイダーは血相を変える。
「バカ言え! 俺は若林の生着替えなら、毎日間近に見て脳裏にしっかり焼き付けてるんだ! あんな上から見下ろす角度で隠し撮りなんか、わざわざするか! 大体、チームのロッカールームなんかにカメラを仕掛けたら、若林以外の奴が大勢映り込むじゃないか。どうせ隠し撮りするなら、俺だったら若林の家の風呂場とか、若林の寝室に仕掛けるぞ」
「・・・・・・仕掛けてるのか?」
「してなーいっ!! 例えばの話だ!!」
弁明の内容があまりにもストーカーじみていた為、カルツに新たな疑惑を持たれてしまい、シュナイダーは思わず声を荒げる。この声を聞きつけられてしまったのか、いつの間にか監督がすぐ近くまでやって来ていた。
「どうした? お前たち、何を揉めているんだ」
「あ、監督。実は・・・」
シュナイダーとカルツは、監督に隠しカメラの事を説明する。話を聞いた監督は渋い顔をしながら、ロッカールームに入っていった。監督の姿を見て選手達が口々にカメラの事を訴え始めたが、監督は皆に鎮まるように言うと、問題のカメラに近付いた。
「隠しカメラって、これの事か。これなら動いてないから気にするな」
監督の言葉に、一同は仰天する。
「監督、ここにカメラがあるの知ってたんですか?」
「ああ。お前らは知らないだろうが、このスペースは当初ハンブルガーSVのグッズショップとして使われる予定だったんだ。だから防犯用の監視カメラが最初から設置されていた。ところがショップは別の場所にオープンする事になったんで、ここは予定を変更してJr.ユース選手用のロッカールームになったのさ」
監督はカメラの真ん前に立つと、腕を伸ばしてカメラに巻かれたタオルを外した。
「他のカメラは部屋をロッカールームに改装する時に外したんだが、これ一台だけ取り忘れてしまったそうだ。まぁ、電源も通じてないし、カメラがあるのが判らないようにしておけばいいかと周りを囲っておいたんだ。実際、この状態で何年も部屋を使ってきたが、カメラに気付いて騒ぎ出したのはお前らだけだぞ」
監督の説明を聞き、選手達の顔にほっとしたような安堵の色が広がる。
「なんだ、そんな事だったのかぁ」
「おかしいと思ったよ。男の更衣室に隠しカメラなんてよ〜」
カメラの前には元のように空き箱が置かれ、騒ぎは落着した。最初に隠しカメラの事を言い出した若林は、皆からお前のせいだぞと口々にからかわれ苦笑する。若林は救いを求めるように、シュナイダーとカルツに向かって本音を漏らした。
「俺だって、あいつらが隠し撮りビデオの話なんかしてなかったら、隠しカメラがあるかもなんて思いつかなかったよ」
「あ、そうだ。ゲンさん、言っておきたい事が・・・」
「なんだ?」
また何かからかいの言葉が出てくるのかと思い、若林は浮かない顔つきだ。その若林の両肩に手を置くと、カルツが深刻な顔つきで言った。
「ゲンさん、真面目な話だぞ。家に帰ったら、風呂場と寝室を調べてみろ」
「え??」
「カルツーッ!!!」
急に取り乱したシュナイダーが、尚も何か言いたげなカルツを無理矢理部屋の外に引きずり出すのを、若林は目をぱちくりさせながら見送るのだった。