「お疲れー!」
「今日も暑かったなぁ」
炎天下での練習を終わらせ、ハンブルグJr.ユースチームの選手たちが、ぞろぞろとロッカールームに引き上げてきた。
ここ数日の暑さは異常とも呼べるほどで、どの選手の顔も日に焼け、汗みずくだ。
「おーい、差し入れだぞ!」
マネージャーがクーラーボックスを抱えて、ロッカールームに入ってきた。ボックスを開けると、そこには色とりどりのスリムなアイスバーが隙間なくどっさりと詰め込まれていた。
それを見た選手たちは「わぁっ!」と歓声を上げ、着替えもそこそこにクーラーボックスを取り囲む。プロを目指して日々、猛練習を重ねている選手たちだが、こういうところはまだまだ子供だ。
「一人一本にしておけ。食い過ぎて、体調を崩すなよ」
そう言い残して、マネージャーはロッカールームを出て行った。
ドアが閉まると、マネージャーの助言などどこへやら、早い者勝ちとばかりに複数の手が伸び、それぞれ2〜3本のアイスバーを引っ掴んでいった。
「ほい、シュナイダー、お前の分」
いち早く6本のアイスバーを確保していたカルツが、そのうちの2本をシュナイダーに投げて寄越す。
「ああ」
クーラーボックスに群がることなく、さっさと着替えを済ませていたシュナイダーが、器用に2本のアイスバーを次々と片手でキャッチした。
「それから源さん」
「あ、俺はいい」
カルツが2本のアイスバーを投げようとするのを、若林は言葉で遮った。カルツが尋ねる。
「なんで? アイス好きだっただろう?」
「実は、昨日から歯が痛くて。冷たい物がしみるんだ」
右の頬を押さえて、若林が苦笑いをする。
「
へぇ〜、源さんはアイス食べると、歯にしみるのかぁ〜」
カルツが必要以上の大声で応じる。途端に、これを聞いた他の選手たちの目が一斉にいたずらっぽく輝いた。
「そうかぁ、若林はアイス食べられないんだ」
「残念だなぁ。でも歯にしみると痛いからなぁ」
「そうそう、アイスは冷たいから」
「きっと、すっごくしみるだろうなぁ〜」
アイスバーを手に、ニコニコと不自然な笑みを浮かべて近寄ってきたチームメイトたちが、いつの間にか自分を壁際に追い詰めるように、取り囲んでいることに若林は気付いた。
「お前ら、どうした? あっ、おいっ!」
チームメイトたちは、それっとばかりに若林に飛びつき、腕や胴体にしがみつくと若林の身体を壁際に押さえ込んだ。
「早く、アイス! 口に入れろ!」
「やめろって! ホントにしみるんだから!」
ほかの選手たちはゲラゲラ笑いながら、この騒動を眺めている。
ただ一人、シュナイダーだけが、憮然とした表情で事の成り行きを見守っていた。
「人の弱みにつけ込むとは、感心しないな」
「そう固いこと言うなって。あいつら今日の練習でシュート全部源さんに止められて、監督に怒鳴られてたろ? ちょっとしたストレス発散だよ。そんな深刻なイジメじゃないって」
悪ふざけのきっかけを作ったカルツが、3本目のアイスバーをかじりながら軽くいなした。
そういうものかと、シュナイダーは改めて若林のほうを見た。
ユニフォームを脱ぎかけた半裸の状態で(着替えの途中だったから)、若林は部屋の隅に押さえ込まれていた。あらわになった滑らかな肌の上をいくすじもの汗が伝いおちている。(練習の直後で汗かいてるから)
一人の男(むろんチームメイト)が、不穏な笑みを浮かべながら(アイスバーを片手に)若林に近寄ってきた。若林をねめつけて、短く言う。
「口、開けな」
「嫌だ!」
若林はすかさず相手の足を蹴って反撃した。
男は舌打ちをして、他のやつらに命令した。
「こいつを座らせて、足も押さえとけ!」
たちまち大勢の力にねじ伏せられて、若林は床にひざをついた。腕や胴だけでなく両足にも男たち(もちろんチームメイト)の手が伸び、もはや抵抗することは叶わなかった。
「よし、これで(アイスバーを)入れ易くなった」
若林の顔の前に人影が立ち塞がり、あらわになったモノ(包装を破いたアイスバー)を、これ見よがしに左右に動かした。若林が顔をそむける。
「やめろ! そんなモノ見せるな!(見てるだけで歯にしみる)」
「よく見ろって。うまいんだぜ(パイナップル味のアイスバーだぞ)」
男は若林の顎を掴み、無理矢理正面を向かせた。更に指をこじ入れて、強引に若林の口を開かせた。堪らず若林の口から声が漏れる。
「あっ・・・」
「ようし、そのまま。ほら、おまえの大好物だぜ(アイス好きだよな?)」
すかさずモノ(アイスバー)を、若林の口に突っ込む。(棒の)根元まで深々と入れてしまったため、若林がうっとえずいた。
「おっと、深過ぎたな」
少しだけ引き抜き、呼吸を楽にしてやる。若林は涙をにじませた目で(さっきえずいたから)相手を睨みつけた。
「そんな目で見るなよ。うまいだろう?」
男はまったく意に介さない。
早く。 遅く。 浅く。 そしてまた深く。
若林の反応を弄ぶかのように、モノ(アイスバー)を動かした。若林を押さえ込んでいる連中が、下卑た笑い声をあげる。
若林の頬を、知らず知らずのうちに涙が伝っていた。
(やっべぇ〜、アイス超しみる〜!)
ドガシャーン!
部屋中に物凄い音が響き渡って、室内にいた選手たちは一様に首をすくめた。
何事かと、若林をからかっていた選手たちが振り返ると、そこにはドアが大きくひしゃげたロッカーが、そしてその前にはチームが誇るエースストライカー、カール・ハインツ・シュナイダーが立っていた。
どうやら彼の自慢の「ファイヤーショット」が、ボールではなくロッカーに炸裂したらしい。
「どうしたんだよ、シュナイダー?」
周りの問いかけには答えず、シュナイダーは若林に近づき、その口からアイスバーを抜き取った。そしてアイスバーを、目の前にいたチームメイトにつきつけた。
「こんな汚いモノを、若林に咥えさせるんじゃない!」
「食べかけじゃないから、汚くはないぞ?」
相手の言葉を無視して、シュナイダーは若林の手を取り、彼を助け起こした。
「大丈夫か? 俺が来たから、もう安心だ。お前には指一本ふれさせはしない」
「あ、あぁ、そりゃどうも・・・」
ちょっとからかわれただけなのに大袈裟だな、と思いつつ、若林は一応礼を言った。
「こんな所は早く出よう」
「でも、俺、着替えが途中なんだけど・・・聞けよ!」
シュナイダーは若林の腕を引っ張り、さっさとロッカールームから連れ出してしまった。カルツが慌てて若林の荷物をまとめると、引きずられるように廊下を歩いていく若林に向かって放り投げる。
投げられたスポーツバッグを拾い、若林が礼を言った。
「サンキュー、カルツ! また明日なぁーっ!」
「源さぁーん、送り狼には気をつけろよー!」
二人を見送ったカルツがロッカールームに戻ってみると、そこでは狐につままれた表情の選手たちが互いに顔を見合わせていた。先刻シュナイダーに怒鳴られた選手が、おずおずとカルツに尋ねる。
「なぁ、俺たちシュナイダーがあんなに激怒するようなコト、したか?」
「う〜ん、・・・してるように見えたんだろうな」
長年の付き合いゆえ、シュナイダーの考えていたことが、おおよそ察せられたカルツだったが、流石に詳しく説明することは憚られて曖昧に答えるのみだった。
その日の夜、シュナイダーが自前のアイスバーを、若林に咥えてもらえたかどうかは定かではない。
おわり
あとがき
元々は、「アイスバーしゃぶっている源さんを見て、欲情するシュナをカルツが冷静に見てる」という、ありがちなネタの4コマ漫画でした。小説化に当たり妄想を膨らませたら、こんな下品な内容に・・・。文中のカッコ内の文を飛ばし読みすると、シュナの妄想が垣間見えます。