ロッカールーム 2

 「誰か、これで遊ぶ奴いないか? 貸してやるぞ」
ハンブルグJr.ユースチームのロッカールーム。一日の練習が終わって、選手たちが各々着替えようとした時、若林が全員に聞こえる大声で言った。
 手にしているのは、某有名メーカーの小型ゲーム機。
 「あっ、ゲー××ーイ。へぇ、若林がこういうの持ってるの、意外だな」
 「実家の兄貴が送って寄越したんだ。サッカー三昧の毎日だろうから、たまにはこれで気分転換しろって」
若林は続けて、いくつかのゲームソフトをバッグから取り出した。RPG、アクション、シューティングなど、一通りのジャンルが揃っている。何人かのチームメイトが興味を引かれて、若林の傍に集まってきた。
 「すっげーっ! ソフトこんなに!」
 「どれも開けてないじゃん。ホントに借りていいの?」
 「うん。俺こういうのやらないから。兄貴に悪いから、あげちゃうわけにはいかないけど、遊びたいんだったら、いつまででも貸しといてやるぜ」
気前のいい申し出に、チームメイトたちは喜んだ。
 「ラッキー! 俺に貸して!」
 「あ、ずるい、俺が先だよ! このRPG借りるからな」
 「なんだよー、俺もそれ、狙ってたのに」
たちまち取り合いが始まる。予想通り好評だったので、やっぱり持ってきて良かった、と若林は思った。

 若林の持ってきたゲーム機を、チームメイトたちが争って取り合う様子を、シュナイダーは無言で見つめていた。カルツが茶化すように声を掛ける。
 「シュナイダー、お前もゲームやりたいんじゃないの?」
 「そんな物に興味はない。ただ・・・」
ゲーム機を取り合っている連中の声が聞こえてくる。
 「俺にやらせてよ。若林」
 「横入りすんなよ。俺がやるの!」
 「最初に目を付けてたのは俺だぞ。俺だよな、若林?」
若林が笑って答える。
 「順番に、全員でやればいいだろう?」
シュナイダーの眉が僅かにピクピクと動くのを、カルツは見逃さなかった。シュナイダーの妄想癖を知っているので、すかさずフォローする。
 「念のため言っとくけど、ありゃゲーム機のことだからな。源さんじゃなくて」
しかしシュナイダーは何も言わず、つかつかと若林たちの方へ歩み寄っていった。カルツは焦ったが、今の段階ではそれ以上何も出来ず、成り行きを見守るのみだった。

 無邪気にゲーム機の取り合いをしているチームメイトたちをドンッと突き飛ばして、シュナイダーは若林に近寄った。シュナイダーの異様な迫力に圧倒されて、周囲がシンと静まり返る。ただ一人、この妙な雰囲気に気付かない若林が、普段通り明るく声を掛けた。
 「なんだ? シュナイダー」
 「俺にヤらせろ
思い詰めた口調で、シュナイダーが言った。若林が普通に応じる。
 「いいけど、こいつらが先だから・・・」
 「あ、俺やっぱりいいや。シュナイダーに譲る」
 「俺もいいや」
 「俺も」
尋常ならざる空気を素早く感じ取ったチームメイトたちは、手にしていたゲーム機とソフトをバラバラと置いて、さっさと二人の傍から離れてしまった。その様子を不思議そうに見ながら、若林が言った。
 「じゃあ、シュナイダーが最初な。返すのはいつでもいいから」
 「今夜、お前の家に行くから
 後方で、ガタン! と、カルツのずっこける音がした。若林も流石に不審そうだ。
 「別に来なくていいよ。今、貸してやるから持ってけよ」
 「今夜、行くから。準備をして待っててくれ
言いたいことだけ言うと、シュナイダーはさっさと着替えを済ませて、出て行ってしまった。若林が、さっぱり訳がわからない様子でカルツに尋ねる。
 「どうしたんだ、あいつ? 対戦ゲームとか、やりたいってことか?」
 「・・・対戦・・・したいんだろうな。なぁ、源さん。今夜、必要以上にシュナイダーを刺激するような事は、絶対しないでくれよ!」
貞操の危機に関わるから、とは言えなかったが、カルツが必死に頼むと、若林は「わかった」と軽く答えたのだった。

 その日の夜、若林の家を訪れたシュナイダーが、若林と何をヤったのかは定かではない。
おわり
あとがき
 これは「ゲームを取り合って若林に『やらせろ』と連呼するチームメイトを睨みつけるシュナ」と「ゲームを貸してやるつもりでシュナとHの約束をしてしまう若林」という2本の4コマ漫画が元になっています。なんのひねりも入れないで小説化すると、やはり短いなぁ。