「それから、どうなったんだよ?」
「それが、彼女の家族が急に帰ってきちゃってさぁ。一家団欒で食事しただけで、色っぽいコトは何もナシ」
「つまんねーっ!」
一斉に笑い声が起きる。ここはお馴染みハンブルグJr.ユースチームのロッカールーム。練習後の雑談で、選手の一人が彼女の家に呼ばれた顛末を、面白おかしく皆に話し聞かせていたところだ。
「そういや、若林は彼女いないんだよな。なんで作んねーの?」
「おまえ、結構好みがうるさかったりして」
周りにいたチームメイトが、チーム一の堅物である若林に対して、わざと水を向ける。若林は興味なさそうに応じた。
「俺は別に・・・話の合う相手だったら、誰でもいいよ」
「そんなこと言っちゃって、話は合うけど、すっげえブスだったり、超デブだったりしたら、どうすんだよ?」
若林の言葉尻をとらえて、ほかの選手がからかう。だが若林は動じない。
「別に構わないぜ。そうだ、カルツが女だったら、カルツと付き合ってもいいな。カルツとは一番話が合うし」
これを聞いたカルツが、飲みかけのミネラルウォーターをブッと吹き出す。周りは大爆笑だ。しかし、シュナイダーだけが氷のように冷たい視線を自分に向けているのに気付き、カルツは慌てた。
「源さん、気色悪いこと言うなよ(俺がシュナイダーに怨まれるだろっ!)」
「そうだよ、若林、シュミ悪すぎ」
「女装のカルツなんて、見たくないっつーの!」
話はそこからおかしな方向に盛り上がり、誰が女装したら一番美人か、という話題になった。こいつはゴツ過ぎ、あいつは背が高すぎ・・・と、一通りサカナにした後で、誰かが言った。
「シュナイダーなんか、結構いいんじゃないの?」
おおーっと賛同の声があがる。金髪碧眼の整った顔立ち、知性と気品を感じさせるキリリとした表情。確かに美人だと、皆が囃したてる。
当のシュナイダーは何も言わないが、ちらちらと若林の反応を窺っているのが、カルツには判った。カルツはここらでシュナイダーの機嫌を直しておこうと思い、若林に尋ねた。
「源さん、シュナイダーが女だったらどうだ? 付き合わないか?」
「シュナイダーかぁ・・・なんか性格キツそうだから、遠慮しとく。俺はカルツがいい」
またまた周囲は大爆笑。それとは正反対に、シュナイダーの表情が硬く強張っている事に気付いたのは、やっぱりカルツだけだった。
「じゃ、お疲れー」
「また明日な」
一通りの雑談を終えて、選手たちはそれぞれの家へと帰っていった。しかしシュナイダーは腰を上げようとしない。そして、すぐにも帰りたげなカルツを呼び止めた。
「ちょっと、話がある」
「なんだよ。さっきのはワシのせいじゃないぞ」
「判ってる。ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだ」
二人がぼそぼそと話していると、若林が声を掛けてきた。
「なにやってんだ、二人とも? 帰らないのか?」
いつも三人一緒に帰っているので、当然のごとく聞いてくる。カルツが答えた。
「源さん、悪い。ワシら用が出来たんで、先に帰ってくれ」
「そうか。じゃあ、また明日な」
自分の発言が幼馴染の間に深い溝を作っていることなど気付きもしない若林は、挨拶をしてさっさとロッカールームを後にした。
若林を見送った後、カルツはシュナイダーに向き直った。
「で? 聞いてもらいたい事って?」
「さっき、嫌な想像をしてしまって・・・」
シュナイダーが暗い表情で言う。
「嫌な想像?」
「女装姿のおまえが、若林と新婚生活を送っているところ」
「想像すんな! そんなもん!!」
あまりにしょうもない告白に、カルツが怒鳴り返す。シュナイダーは更に言葉を続ける。
「フリルのついたピンクの可愛いエプロンを付けて、おまえが甲斐甲斐しく朝食を作っているんだ。で、すっかり朝食の支度を整えた後、まだ眠っている若林を起こしにいく。ベッドに腰掛けて、若林の身体を揺すったり、声を掛けたりするが、若林は起きない。しかし、おまえが若林のホッペにチュッとキスすると、若林がパッチリ目を開ける。
『眠ってたんじゃないの?』
と、おまえが可愛く小首をかしげて訊くと、若林が笑顔でこう言う。
『キスで起こしてほしくて、眠ったふりをしていたんだ』
それから互いの目を見つめあい、もう一回、今度は唇と唇を重ねて熱ぅ〜いキスを・・・」
「
やめろっつってんだろうが! 大体なんだ、え〜と、その、ベタベタの新婚イメージは!」
突っ込みどころが多すぎて、カルツが言葉に詰まっている間に、シュナイダーは更に話を続ける。
「二人っきりの甘い時間を過ごしているところに、不意に玄関のチャイムが鳴る。
『こんな早くに、誰だろう?』と、若林。
『見てくるわ』と、おまえ。
玄関に向かい、ドアを開けると、そこに誰がいると思う? 女装した俺だ」
「はあ?」
「勿論おまえなんかより美人で、スタイルもいい。おまえの女装など、足元にも及ばない」
「放っとけ!」
「で、俺はおまえを押しのけて、家の中にズカズカと上がりこむ。慌てたおまえは若林を呼び寝室から出てきた若林は俺を見て怒り出す。
『こんな所まで来て、どういうつもりだ! 君とは付き合えないとハッキリ断った筈だ!』
冷たく拒絶されても俺は引き下がらない。若林に詰め寄って、必死にかきくどく。
『どうして? 私のほうが美人なのに、なんでこんなチンチクリンと結婚するの!?』
若林はおまえを抱き寄せて、こう言う。
『結婚相手は外見で選ぶものじゃない。悪いがシュナイダー、俺はカルツを愛しているんだ』
そして俺の見ている前で、おまえと熱いくちづけを・・・」
「だから、その気色悪い想像をやめろって!!」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、カルツは嫌気が差してきた。こいつの頭の中は一体どうなっているんだ? シュナイダーが溜め息をついた。
「くだらん妄想だということは、自分でも判っている。しかし、さっきからこのイメージが頭にこびりついて離れないんだ。何とかしてくれ、カルツ!」
「知るか!!」
くだらなさに辟易して、シュナイダーを置き去りにして帰ってしまったカルツだったが、翌日から体調を崩してしまった原因が、シュナイダーの語ったとおりの悪夢を見てうなされたからなのかどうかは定かではない。
おわり
あとがき
この話の元ネタは「チームメイトが女だったら誰と付き合うか、という話題で皆がシュナと言ってる中、若林だけがカルツを選び、周囲が凍りつく」という4コマ漫画です。ああ、くだらない(笑)。このままだと話が短くなってしまうので、シュナにバカな妄想させました。