ロッカールーム 5

 今日もいつも通り、ハンブルグJr.ユースチームの練習が終わった。選手たちは各々ロッカールームに引き上げる。
 シュナイダーは皆より少し遅れて、ロッカールームに辿り着いた。ドアを開けると、普段にも増して室内がざわついていた。
 なにかおかしい。
 選手たちはみな着替えもそっちのけで、床の上や椅子の下、ロッカーの隙間などを必死になって覗き込んでいる。互いに声を掛け合い、何かを捜している様子だ。
 「あったかぁー?」
 「ねえよ。そっちは?」
 「なし!」
 「ちゃんと捜せよ! こんなカッコじゃ帰れねぇよ!!
ひときわ大きな声が響き渡る。若林の声だ。若林に事情を聞こうとして声の方を振り返ったシュナイダーは、言葉を失って凍りついた。
 着替えの途中らしく、若林は上半身裸だった。それは別におかしくない。問題はそのポー ズだった。
 両腕を後ろに廻した格好で、その両手首を手錠で繋がれている。
 若林が後ろ手に手錠で拘束されている(しかも半裸で)
 あっという間にあらぬ妄想が湧き上がってくるのを必死で抑えて、シュナイダーは若林に事情を聞いた。
 「わ、若林、その格好・・・」
 「シュナイダー! おまえも捜してくれよ! 俺、着替えも出来ねぇよーっ!」
興奮した若林が人の話を聞かないので、シュナイダーは傍に来たカルツに説明を求めた。それによると・・・・・・。
 いつぞやロッカールームに持ち込まれたエロ雑誌。その広告の中に、いわゆるオトナのおもちゃの通販広告が載っていた。いかがわしい道具が色々と紹介されていたのだが、その中に拘束器具のひとつとして問題の手錠が掲載されていた。
 そして雑誌を見たチームメイトの中に、熱狂的な刑事アクションドラマのファンがおり、彼はこの手錠を購入してロッカールームに持ち込んだのだった。
 さっきまでドラマの刑事気取りで、誰かに手錠を掛けてはすぐ鍵を外してやり、また他の誰かに手錠を掛ける・・・という遊びを繰り返していたのだが、若林がこっちに全く注意を払わず黙々と着替えているのを見て、いたずら心が起きたらしい。
 そっと背後から忍び寄り、
 「ジャパニーズヤクザの首領、ゲンゾー・ワカバヤシ逮捕する!」
と、飛び掛ったまでは良かったが、遊びに加わっていない若林が本気で抵抗してしまった。若林に腕を捻られながら、
 「こちら現場! 至急応援願います!」
などと言うものだから、悪ノリした何人かが「応援」に駆けつけ、結局若林は手錠を嵌められてしまった。
 もちろんお遊びなので、すぐに鍵を外そうとしたのだが・・・若林が抵抗したドサクサに、鍵をどこかに落としてしまったらしく、それがどうしても見つからないのだという。
 床に這いつくばっていた一人が、身体を起こして言った。
 「やっぱ、ねーよ。諦めろよ、若林」
 「簡単に言うなよ! おまえら面白がって、本気で捜してないだろう!?」
若林は苛々した様子で、自らも床に膝をついた。そして上半身を屈めて、床に顔を近付け鍵を捜し始めた。もちろん後ろ手に拘束されたままである。シュナイダーの頭に血が昇った。
 やめろ、若林! そのポーズは卑猥すぎる!!
シュナイダーは慌てて、若林の身体を抱き起こした。
 「若林、そんな格好で無理するな。鍵なら俺が捜してやる!」
シュナイダーの必死の申し出に、若林は心を打たれた。やはりシュナイダーは親友だ。この際ほんとうに頼りになるのは、シュナイダーだけだ。
 「頼む、シュナイダー。俺が頼れるのはおまえだけだ」
若林が身体をすり寄せて、シュナイダーに頭を下げる。しかしシュナイダーの方は、妄想が爆発寸前。
 そんな格好で「頼む」って・・・誘ってるのかぁ〜!!(爆)
頭の中にとても人には言えないような妄想が湧き上がってきて、もはや我慢の限界だった。
 「任せろ、若林。でも、ちょっとトイレに行ってくるから、待っててくれ」
 「判った。早く、戻ってきてくれよ」
今のシュナイダーには、若林に何を言われても「拘束プレイで誘われている」ようにしか受け取れなかった。シュナイダーは小走りになって、ロッカールームを出て行った。
 鈍い若林と鍵を捜して下を向いている他の連中は別に何とも思わなかったようだが、カルツにはシュナイダーがどういう状態にあるのか充分察せられた。
 「・・・若いな」
同い年なのだが、ついカルツはそう呟いた。

 数分後、暴発処理を済ませて、シュナイダーがロッカールームの前まで戻ってきた。
 ドアを開けようとして、足元に何か光るものがあるのに気付く。拾い上げてみると、それは小さな鍵だった。
 「これは、もしかして・・・」
そうか。取り落とした鍵というのは、何かの拍子にドアの前まで弾き跳んでいたのだろう。そのあと遅れてきた俺が、たまたまドアを開けた。その時に鍵はドアに引っ掛かって、ロッカールームの外に出てしまったのだ。
 あっさりと捜し物が見つかって、シュナイダーは拍子抜けしてしまった。と同時に、イケナイ考えが頭に浮かんでしまった。
 この鍵を渡したら、若林の拘束姿がもう見られないんだな。
考えること、わずか0.2秒。シュナイダーは手にした鍵を、廊下のゴミ箱の中に投げ入れ、ロッカールームに入っていった。

 それから約10分後。ロッカールームの隅から隅まで、全員で捜しまくったが勿論鍵は見つ からない。カルツが首をかしげながら言った。
 「駄目だ、源さん。こりゃ、ホントに諦めてもらうしかないな」
 「そんな・・・マジかよ」
若林がうんざりした様子でタメ息をつく。カルツが若林を説得してくれそうだと見て、他の連中も鍵を捜すのを止めて、着替えや帰り支度を始めた。カルツが提案する。
 「ペンチか何か借りてきて、鎖を切っちまおうぜ」
 「それしかないな。いいよな、切っても?」
若林が一応、手錠の持ち主に了解を求める。
 「仕方ないけど・・・でも、ペンチを借りに行って、手錠を持ち込んだのが監督やコーチにバレないかなぁ」
ブツブツと言うのを聞いているうちに、若林は遂にキレてしまった。
 「そうかよ! ペンチを借りに行かなきゃいいんだろ!」
そう怒鳴ると、両の拳に力を入れ、思いっきり腕を左右に広げようとした。両腕の筋肉が固く盛りあがり、力こぶを作っている。手首に手錠が食い込んでいるのを見て、カルツが止めに入った。
 「源さん、やめろ。怪我するぞ」
しかし若林は腕を広げるのをやめようとしない。シュナイダーも気が気ではなかった。まさか若林がこんな無茶を始めるとは。手首に深い傷でも負ったらコトだ。
 「待て、若林。鍵なら・・・」
 「うおおぉっ!!
一声叫んで、若林が腕に渾身の力をこめる。ビキッと音がして、鎖が引き千切れた。周囲からは思わず歓声があがった。
 「すげえ、若林!」
 「ハルクみてえ!」
幸い手首の怪我は擦り傷程度だった。両手を顔の横に持ち上げて、手首にぶら下がった手錠の名残りを見せながら、若林が手錠の持ち主に言った。
 「今日一日、借りてくぜ。家に帰ってペンチで外したら、返してやる」
 「・・・もう、いらねーよ」
消え入りそうな声で答えるのを聞いて、周囲がどっと笑いに包まれた。開放された安心感からか、若林の顔にも笑みが浮かぶ。
 「そう拗ねるなよ。ちゃんと弁償するからさ」
さっきまでの不機嫌が嘘のように、仲間たちと楽しそうに冗談を言い合う。何事もなく事件が片付いた様子に、シュナイダーも安堵した。
 そんなシュナイダーに、カルツが話しかけてきた。
 「シュナイダー、おまえさっき鍵がどうとか、言ってなかったか?」
 「・・・いいや」
 「まさかと思うけど、鍵を隠したりしてないよな?」
 「ハッ、当たり前じゃないか(捨てただけだ)」
シュナイダーは思った。通販の手錠ごときで、若林を拘束することは出来ない。拘束するなら
 やっぱり麻縄で縛らなければ!!

 その日の夜から、シュナイダーが緊縛写真集片手に、縛りのテクを磨きだしたかどうかは定かではない。
おわり
あとがき
 あちこちの源三サイトにお邪魔して気がついたのですが、どうやら源三を縛ったイラストを描くのが流行った時期があったみたいです。遅ればせながら、文章ネタで便乗してみました(厳密には縛りじゃなくて手錠での拘束ですが)
 しかし強い男が拘束されて、動きを封じられているってイイですね〜(また妄想が・・・)