その日、ハンブルグJr.ユースチームのロッカールームは、異様な熱気に包まれていた。いつもなら一日の練習が終われば、選手たちはとっととユニフォームを着替え、明日の練習に備えて休養を取るために早やばやと帰宅する。
しかしこの日は、選手の一人が『兄貴の部屋から失敬してきたエロ本』を持ち込んだため、エロ本を取り囲んでの鑑賞会が始まっていた。
エロ本を持ってきた選手が椅子に座って雑誌を開き、その両脇や背後から他の選手たちが首を伸ばして、誌面を覗き込む。ページがめくられるたびに「おぉ〜」と、どよめきがあがる。
要領のいいカルツは一番見やすい席に、ちゃっかり陣取っていた。目の肥えているカルツには修正済みのこの本はいささか刺激が足りなかったが、周りの連中が異様に盛り上がっているので、その反応を見ているのが面白かった。
(そういや、シュナイダーがいないな)
カルツが視線を周囲に巡らすと、着替えを済ませたシュナイダーが壁際の椅子に腰掛けて退屈そうにしているのが目に入った。時折、時計に目をやり、時間を気にしている。
(ああ、源さんを待ってるのか)
カルツは納得した。練習終了直前に足首を捻ったとかで、医務室に向かった若林は、まだ戻ってきていなかった。
(それにしても、待ってる間はヒマなんだから、こっちに来て一緒に本を見てればいいのに)
まぁ、シュナイダーが若林以外の相手に目を向ける筈もないか。そう思い直して、カルツは視線を誌面に落とした。
若林がロッカールームに戻ってきた。部屋の隅に人だかりが出来ているのを不思議に思いながら、自分のロッカーの前に立つ。シュナイダーがすぐ傍の椅子に掛けているのに気付き、若林は声を掛けた。
「待っててくれたのか。悪いな」
「別に。それより足の具合はどうだ?」
「大丈夫、大したことはなかった。明日の練習も普通に出られるよ」
「そうか」
当たり障りのない会話を進めつつ、若林はロッカーを開け、着替えを始める。このとき、エロ本を鑑賞していた連中の間から、ひときわ大きなどよめきがあがった。
「すっげぇー! でっかい胸!!」
「触ってみてぇ〜」
シュナイダーの目の前では、若林がユニフォームを脱ぎ、上半身裸になっていた。程よく筋肉のついた胸板は厚く、見るからにたくましい。
シュナイダーは思った。
(・・・触ってみたい)
エロ本グループから、またも歓声があがる。
「見ろよ、この尻!」
「いいケツしてんな、おい!」
「締まり良さそう〜」
若林がユニフォームの下を脱いだ。黒いアンダーウェアの上からでも、腰からももにかけての引き締ったラインがハッキリ見て取れる。形のよい臀部が、シュナイダーの目を引いた。
シュナイダーは思った。
(・・・締まりが良さそうだ)
一方、エロ本組は今迄で最高の盛り上がりを見せていた。
「出たぁ、裸エプロン!」
「この、胸当てからはみ出た乳がなんとも・・・」
「全裸じゃないってトコが、却ってイイんだよな〜」
シュナイダーは思った。
(若林がエプロンをつけていたところで、似合わないな。若林なら差し詰め・・・・・・)
裸に帽子とキーパーグローブ。
目の前にいる半裸の若林と、自分の想像したスタイルが重なって、シュナイダーは理性を失いそうになった。
突然、何者かの強烈なウエスタンラリアットを喰らって、シュナイダーの身体は吹っ飛んだ。派手な音を立てて、背後のロッカーに思いっきり頭をぶつける。技を仕掛けてきた人物が、 妙に陽気な声を掛けてきた。
「シュナイダー! そろそろ、帰ろうぜっ!」
「カルツッ・・・、おまえ、いきなり何を・・・」
「鼻血出てる」
「え?」
「やっぱり、気付いてねえな。源さんの着替え見て、おまえ鼻血垂らしてたぞ」
「なに!?」
鼻に手を当ててみると、本当にぬるりと血が出ているのが判った。
シュナイダーの真横で着替えをしていた若林が、びっくりして二人の顔を覗きこむ。
「大丈夫か、シュナイダー! 鼻血が出てるじゃないか! カルツ、やり過ぎだぞ」
若林はシュナイダーを助け起こすと、カルツを睨みつけた。半裸の若林に抱きかかえられて思わず笑みがこぼれそうになり、シュナイダーは慌てて顔を伏せる。
「気にするな、若林。こういう悪ふざけには慣れている」
「そうそう、じゃあ、俺たち先に帰るから。足、お大事にな」
逃げ去るようにロッカールームから出て行く二人を、若林は訳が判らず唖然として見送った。
連れだって家路を辿りながら、シュナイダーがカルツに話しかけた。鼻にティッシュが詰めてあるので、鼻声だ。
「さっきは助かった。礼を言う」
「別にいいけどよ。おまえ、ちゃんとガス抜きしてる?」
カルツが呆れた様子で尋ねる。シュナイダーは、もちろん、と頷き言葉を続ける。
「いつもは皆、一斉に着替えるから、特に若林が気になるということもなかったんだが・・・その、今日は・・・」
「ハイハイ、貸切ストリップかぶりつき状態だったもんな」
書店の前を通りがかり、ふとカルツが思いついてシュナイダーに提案する。
「おまえ、別に女が駄目ってわけじゃないんだろ? 気分転換にエロ本でも見てみたらどうだ?」
「俺にエロ本を買えって言うのか?」
シュナイダーは即座に断ろうとした。
でも、待てよ。エロ本のモデルを若林に置き換えて想像してみたら、日々のオカズが増えるかもしれないな。
「頼む、カルツ。買ってきてくれ」
「ワシが買ってくるのか?」
「この顔じゃあからさま過ぎて、とてもエロ本は買えない」
鼻の穴からティッシュを覗かせた顔で言われ、カルツは渋々承知した。シュナイダーから金を受け取り、注文を聞く。
「どんなタイプがいいんだ?」
「ちょっと大柄で、髪はショートの黒髪。瞳も黒で、肌は小麦色。アジア系のモデルなら文句なし」
「・・・・・・了解(タメ息)」
その日の夜から、シュナイダーのティッシュタイムが、本当に充実したものになったかどうかは定かではない。
おわり
あとがき
裸に帽子とキーパーグローブ・・・(笑) またバカな妄想を思いついてしまいました。シュナイダーファンの皆さん、本当に申し訳ありません。おかしいのはシュナイダーじゃなくて、この私です。