ロッカールーム 6

 ハンブルグJr.ユースチームのロッカールームは、今日も騒がしかった。今度はエロ本ならぬエロ小説を何冊も持ち込んだ奴がいて、ここ数日着替えが終わった後のロッカールームはエロ小説の交換取引所の様相を呈している。
 「おまえ、まだ読み終わってないのかよ。早く貸せよ」
 「もうじきだって。あと一日!」
 「おい、新刊持って来たぜ。すんごいエッチなやつ」
 「俺に貸して!」
こんな調子で、表紙が見えないよう厳重にカバーがかけられた本が、毎日何冊か選手たちの間を行き来している。
 カルツの手元にも昨日読み終わったばかりの本が一冊あり、次に誰に貸そうかと考え、シュナイダーに薦めてみることにした。シュナイダーは本を一瞥して、即座に断った。
 「俺はそんなもの読まん」
 「よく言うよ。こないだ、人にエロ本買いに行かせたくせに」
痛いところを突かれて、シュナイダーは渋々本を受け取った。カルツは満足げにほくそえむ。
 最近のシュナイダーの、若林に対する思い入れは常軌を逸している。たまには若林から目をそらして、冷静になったほうがいい。エロ本の時は失敗したが、エロ小説なら読むのにそれなりの時間もかかるし、気分転換になるだろう。若林に惚れる前のシュナイダーは、普通に女の子に興味を持っていたのだから、多分うまくいく筈だ。
 本を受け取ったシュナイダーは、カバーを外して裏表紙に書かれた煽り文句を読んだ。
 主人公の父親が再婚する。相手の女性には美しい姉妹の連れ子がいたため、主人公に血の繋がらない姉と妹が出来る。主人公はこの姉妹の両方と肉体関係を結ぶ。更には義理の母までが主人公に迫ってくるとあって、シュナイダーは本を放り出した。
 「くだらん。あり得ない話だ。家族に欲情するバカが、どこの世界にいる」
 「そりゃそうだけど、所詮作り話だし。それに血が繋がってないんだから、現実に起こらないとも言い切れない設定だと思うぞ」
カルツは改めて、本をシュナイダーに差し出した。
 シュナイダーは本を受け取りながら考えた。
 血の繋がらない兄弟か。もし若林がうちに養子に来たら、俺のになるわけか。
 俄かに興味をそそられたシュナイダーは、本を開いてページをパラパラとめくった。そして主人公が義理の妹と関係を結ぶ箇所から読み始めた。

 俺はドアをノックせずに、そっと弟の寝室のドアを開けた。可愛い弟が無邪気な寝顔を見せて、すやすやと寝入っている。俺はドアを閉め鍵を掛けると、弟のベッドの縁に腰掛け、そっと毛布をめくった。
 窓から差し込む月明かりが、ゲンゾーのしどけない寝姿を照らし出す。俺はその均整の取れたプロポーションを暫く鑑賞した後、そっと弟に覆い被さると、つぼみのような愛らしい唇を吸った。
 ゲンゾーがパチッと目を開けて、驚いたように俺の身体を突き飛ばす。必死の抵抗に遭い、俺はよろめいて身体を離した。ゲンゾーが恐怖におののいた声で叫ぶ。
 「兄さん! 一体、ここで何をやっているんだ!」
両の瞳を見開いて、責めるように俺を問い詰める。判っているくせに、俺の口から言わせたいのか。
 「ゲンゾーを抱きに来た」
ゲンゾーの表情が固く強張る。そしてありきたりな『常識』で、俺を追い払おうとする。
 「冗談だろう? 俺たちは兄弟なんだ。そんなこと、決して許されない」
 「血は繋がっていない」
俺はゲンゾーの両腕を掴み、その身体をベッドの上にきつく押し付けた。まだ何か言おうとするゲンゾーの唇をキスで塞ぎ、その柔らかい感触を存分に愉しむ。
 初めは俺を押し戻そうとしていたゲンゾーの腕が、終いには俺の首に廻され、せがむように俺を抱き寄せていた。
 そうだ。ゲンゾーの気持ちは判っている。親たちに引き合わされた時から、ゲンゾーは俺の事を好意に満ちた目で見つめていた。ゲンゾーが俺を拒む筈がない。判っていたことだ。
 唇を離してゲンゾーの顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げている。
 「どうした、ゲンゾー」
 「兄さん・・・俺たちは、兄弟なんだ・・・」
 「判っている」
俺はゲンゾーの着衣に手をかけ、そっと胸元をはだけた。
 「俺はゲンゾーを手に入れられるなら、どんな責めを負っても構わない」
俺の言葉を聞いて、ゲンゾーも覚悟を決めたようだった。
 「兄さん・・・俺も、兄さんと一緒なら地獄に堕ちたって構わない」
 「ゲンゾー・・・」
 「俺を・・・めちゃくちゃにして・・・」
俺はゲンゾーの気持ちに、応えてやることにした・・・・・・ 

 「よう! なに読んでるんだ?」
帰り支度を終えた若林が、シュナイダーとカルツの傍にやってくる。シュナイダーが本を読み続けていて答えないので、カルツが応じた。
 「すげー勉強になる本。今度、源さんにも貸すよ」
 「そうか。そういえば、最近みんな本読んでるよなぁ」
ロッカールーム内を見渡し、若林が感心したように言う。カルツがしたり顔で説明した。
 「語学の勉強には、この手の本が一番なんだ。教科書に載ってない、活きたドイツ語が身につくぞ」
 「ふ〜ん。俺も早く読んでみたいな」
 「駄目だ!」
突然、シュナイダーが本から顔を上げて、叫んだ。
 「こんないかがわしい本はゲンゾーには早すぎる。おまえが勉強に使う本なら、兄さんがちゃんと選んでやる」
 一瞬の沈黙。
やがて若林が、笑いを噛み殺したような声で聞いた。
 「いま、『ゲンゾー』って呼んだ? それに『兄さん』って言った? なんだよ、それ?」
カルツが慌ててフォローしようとしたが、シュナイダーがそれを遮って言った。
 「兄弟だから、名前で呼び合うのは当然だ」
 「兄弟!? 俺とシュナイダーが? なんだよ、それ。何の話だよ。教えろよ」
若林はシュナイダーが何かの冗談を言っていると思い、笑いながら食い下がる。
 「大体、なんで俺の方が弟なんだよ」
 「誕生日が俺より後だ」
 「そういや、そうか。なぁ、ホントに何の話なんだよ〜」
 「行こう、ゲンゾー。おまえにふさわしい本を、兄さんが選んで買ってやる」
 「マジで? サンキュー、兄さん」
事情は判らないものの、『兄弟ごっこ』に乗ってきた若林が調子を合わせ始めた。シュナイダーは可愛い弟の肩を抱くようにして、さっさと出口に向かって歩き出した。若林が少し戸惑う。
 「おい、兄弟にしても、くっつきすぎじゃないのか」
 「ドイツじゃ仲のいい兄弟は、こうして歩くものだ」
 「へぇ〜」
適当吹き込んでんじゃねえ!とカルツが突っ込む間もなく、二人はロッカールームの外へと姿を消した。
 カルツは自分の目論見が、完全に裏目に出た事を思い知った。
 「姉妹姦通小説を、兄弟に置き換えて読むとは・・・恐るべし、妄想力!」

 その日の夜、シュナイダーと若林がいわゆる「兄貴」と「弟」の関係になったのかどうかは、定かではない。
おわり
あとがき
だんだん、妄想ネタが行き詰ってきました。ネタがないわけではないのですが、エスカレートし過ぎて、表に書けない・・・(脳内お下劣街道爆走中)