シュナイダーは、とある専門店を訪れていた。シュナイダーのような男性客にはあまり似つかわしくない、ファンシーな内装の店である。この店は客の注文に応じて、オリジナルのぬいぐるみを作ってくれるサービスをしていた。シュナイダーは以前、母に頼まれてぬいぐるみの注文を出したことがあり、その品物が出来上がったとの連絡を受けたので、受け取りに来たのである。
シュナイダーの妹のマリーは、動物が大好きだ。最近は優しい目をしたラクダがお気に入りなのだが、ラクダのオモチャやぬいぐるみというのは、あまり見かけない。そこで、この店の広告を見た母が、シュナイダーに使いを頼み、マリーの為にラクダのぬいぐるみを注文したのだった。
店員はシュナイダーの手から2枚の伝票を受け取り、笑顔で応じた。
「オーダーメードのぬいぐるみと、抱き枕ですね。どちらも出来上がっております。少々お待ち下さいませ」
奥へ引っ込んだ店員は、すぐに大小ふたつの包みを抱えて戻ってきた。包みを開け、中身を確かめた後、シュナイダーは代金を払った。そしてふたつの包みを両手に抱え、早々に店から立ち去った。
シュナイダーが帰り着いたとき、家には誰もいなかった。母は仕事中、マリーは友達の家にでも遊びに行っているのだろう。シュナイダーは小さい方の包みをマリーの部屋に置き、大きい方の包みだけを持って自室に入った。ドアを閉め、ちょっと迷ってから鍵を掛けた。
母に頼まれぬいぐるみの注文を出しに行った時、その店がぬいぐるみだけでなく抱き枕の注文も受け付けている事を知った。店内には、自分が注文したオリジナルの抱き枕を抱えてニッコリ微笑む客の写真が、何枚も繋げて貼り出されていた。抱き枕のデザインは、ライオンや豹、イルカなどの大型の動物が多かったが、中にはテレビタレントや自分の恋人をモデルにした抱き枕を抱えた人もいた。
この写真を見たシュナイダーは、ポケットから肌身離さず持ち歩いている若林の写真を取り出すと、迷うことなく抱き枕の注文を出したのだった。
シュナイダーはベッドに腰掛け、包装紙を破いて抱き枕を取り出した。長さは1メートルほど。表面はタオルのような肌触りのいい布で覆われていた。普通のぬいぐるみや枕より、ふかふかに作られている。人をモデルにしているので、枕ではあるがちゃんとぶらぶら動く両腕が取り付けられていた。肝心の顔は、やはり肌触りを重視しているためだと思うが、のっぺりとしていて凹凸がない。幼児向けの漫画のような、可愛いが簡単なデザインの顔をしていた。
「・・・・・・あんまり、若林に似ていないな」
シュナイダーの見せた写真が、練習中のユニフォーム姿だったので、抱き枕はちゃんと写真どおりのユニフォームを着たデザインになっていた。しかしそれでなければ、モデルが若林だとは判らないだろう。ただの、可愛いデザインの抱き枕だ。
それほど期待していたわけではないが、それにしても若林に似ていなさ過ぎる。
「金の無駄だったかな」
シュナイダーは抱き枕をベッドの上に放り出した。そして抱き抱えることはせず、普通に頭を乗っけて、目をつぶった。
「・・・・・・どけよ、シュナイダー!」
いい気持ちで眠っているところを、ぐいっと押しのけられてシュナイダーは目を覚ました。
「う・・・・・・?」
シュナイダーは寝惚け眼で、自分を押しのけた相手を見た。若林が不機嫌そうに、シュナイダーのことを睨みつけている。
「重いんだよ。俺のことを、枕かなにかと勘違いしてんじゃねえのか」
シュナイダーはぎくりとした。特製の若林型抱き枕を、毎晩頭の下に敷いて寝ていることがバレたら、きっと若林は不愉快に思うだろう。シュナイダーは慌てて謝った。
「悪かった。みんなは?」
「とっくに、帰ったよ」
ここはハンブルグJr.ユースチームの、ミーティングルーム。練習を終え、着替えも終わった後、明日の試合についてもう一度作戦を練り直そうという事になり、一同集まったのだった。ところがシュナイダーは、どういうわけか睡魔に襲われ、どうにも我慢が出来なくなってしまった。しかし机に突っ伏して寝るわけにもいかないので、頑張って身体を起こしていたのだが、いつの間にか隣に座っていた若林にもたれかかって眠ってしまったらしい。若林が聞く。
「おまえ、作戦の内容、ちゃんと聞いてたのか?」
「・・・・・・いいや。すっかり眠り込んでしまった」
「しょうがねえなぁ」
若林はシュナイダーの為に、さっきのミーティングの内容を逐一説明してやった。シュナイダーは恐縮して、若林の話に聞き入った。ところが話を聞いているうちに、またも瞼が重くなってしまった。いかん、若林がせっかく俺の為に話をしてくれているのに・・・・・・。
ガクッとシュナイダーの身体が落ちた。ハッとして居住まいを正したが、もう遅い。若林の顔を見ると、やはり苦々しい表情を見せている。
「シュナイダー! また寝てたのか?」
「すまん、本当に今日の俺はどうかしているみたいだ」
「ったく、世話が焼けるよ」
若林はやれやれといった調子で首を振ると、シュナイダーの顔を自分に向き直らせ、チュッと音を立てて軽いキスをした。
「!!!!!!」
シュナイダーの頭に血が昇った。一気にアドレナリンが上昇し、ハッキリと目が覚めた。さっきまでのぼんやりした意識は吹き飛び、一瞬のうちに全身が覚醒した。
「わ、わ、若林! いま、今・・・」
「おはようのキス。目が覚めたか?」
若林が事も無げに言った。そして真っ赤になっているシュナイダーを見て、笑った。
「なに、照れてるんだよ。あいさつ代わりのキスだぜ」
「わ、若林があいさつでキスしてくれた事なんて、なかったじゃないか!」
「まあな。でも今日はシュナイダーがあんまり寝惚けてるんで、眠気覚ましになるかと思ってやってみたんだ」
そう言って、若林がまた笑った。
「効いたみたいだな。これからはシュナイダーが寝惚けてたら、キスに限る」
そして若林は、ミーティング内容の続きを話そうとした。
若林は、自分がシュナイダーの眠気だけでなく、他のモノも呼び覚ましてしまった事に気付いていなかった。
「若林!!」
シュナイダーは若林の両肩を掴み、若林の身体を机の上に押し倒した。そしてすぐさま若林に覆い被さり、若林の唇を奪った。若林がしてくれたような軽いキスではなく、舌までねじこむような情熱的な深いキスである。突然の出来事に驚いた若林は、顔をそむけて必死になってキスから逃れた。
「シュナイダー! おまえ、何を・・・」
「とぼけるな! 自分から誘っておいて・・・」
シュナイダーは若林の身体を抱きしめた。柔らかい肌の感触が伝わってきて、シュナイダーは更に興奮した。
「若林、好きだ・・・・・・」
シュナイダーはもう一度、若林にくちづけた。そして更に次の段階に進むべく、手を伸ばした。
「お兄ちゃーん! ご飯だよー!」
マリーの高い声が、シュナイダーの眠りを妨げた。続いてドアを、ドンドンと強くノックする音が聞こえた。
「お兄ちゃーん、寝ちゃったのー?」
シュナイダーは慌てて飛び起きた。そして自分の肉体の変化に気付き、焦ったようにマリーに叫んだ。
「俺は後で食べる! 先に食べててくれ!」
「わかったー! お兄ちゃん、ぬいぐるみ、ありがとうね!!」
パタパタとマリーの立ち去る足音が聞こえ、シュナイダーは安堵した。ドアに鍵を掛けておいて、本当に良かった。それにしても、この抱き枕・・・。
頭に敷いていた筈なのに、いつのまにか抱き枕本来の体勢、つまり抱き抱えるようにして眠っていた。あんな夢を見たのは、そのせいなのだろうか。
「いい買い物をしたかな・・・」
シュナイダーは呟いた。
翌日のハンブルグJr.ユースチームの定期練習。驚いたことにシュナイダーの夢の通りに、練習後ミーティングが行われた。もっともその内容は、最近選手達の動きが悪いが、生活習慣に乱れはないか、というようなお小言みたいなものだった。常に最高のプレイを実践しているシュナイダーや若林には、あまり関係のない内容だ。
聞いているうちに、シュナイダーは退屈してきた。そして昨日の夢を、ふと思い出す。シュナイダーの隣には、夢の通りに若林が座っている。
シュナイダーは目をつぶり、眠った振りをして若林の肩にそっともたれかかった。
ずんっ、と鈍い痛みがわき腹に響いた。シュナイダーは思わず姿勢を正して、隣の若林を見た。若林のひじが、自分を小突いたのだと判った。正面を見たまま、若林が小声で言った。
「シュナイダー! ちゃんと話を聞け!」
現実の厳しさに、シュナイダーはため息をついた。
おわり
あとがき
何を見てもシュナ源妄想に繋がる、今日この頃。抱き枕を抱えて寝ながら、思いついた話です。ちょっと、発想が安直・・・(汗)