わ わかっちゃいるけど
「・・・なぁ。若林の奴、今日は妙に浮かれてないか?」「んー? そうか?」 練習中にシュナイダーに呼び掛けられ、カルツはキーパーが練習しているエリアに目を向けた。 今はサブのキーパーがキャッチング練習をしており、若林は少し離れた場所で順番待ちをしている。その選手がボールに飛びつくたびに、若林は元気よく声を掛けているようだ。練習の時に声を掛け合うのは普通だし、若林の声が大きいのは元々だ。カルツの目には、特に若林が浮かれているようには見えなかった。 「いつもあんな感じじゃないか?」 「いや。いつもよりウキウキしてる。俺には判る」 若林を凝視しながら、シュナイダーが断言する。若林に首っ丈で、若林ウォッチングが習慣化しているシュナイダーがそう言うのなら、多分間違いないのだろう。それ以上は逆らわず、カルツは言った。 「じゃあ、何かいい事でもあったんだろ」 「カルツ、若林から何か聞いていないか?」 シュナイダーはこの日も練習に遅刻して来たので、既にキーパーの練習メニューに入っていた若林とは、直に顔を合わせていなかった。 カルツは練習前に、ロッカーで若林と話したときの事を思い返してみた。練習開始までに然程時間がないせいもあって、その時は挨拶ぐらいしか言葉を交わさなかった。 「別に何も聞いちゃねぇけど、おまえ、何を苛々してるんだ?」 「・・・若林にメルダースみたいな事が起きてないかと・・・」 そういう事かと、カルツは納得した。 MFを務めるメルダースは最近彼女が出来たばかりで、練習中も態度が目に見えて浮き足立っている。チームメートがそのことをからかっても、やっかみだと思うのか却って嬉しそうにしているのだ。 「源さんは女よりサッカー、だろ? おまえの考え過ぎだよ」 「うむ。そうだとは思うんだが・・・しかし気になる・・・」 「じゃ、休憩時間に本人に直接聞けよ」 「ああ。そうする」 若林を熟視したまま、カルツの方は全く見ないでシュナイダーは答えた。カルツは肩をすくめると、シュナイダーから離れた。 そして迎えた休憩時間。 シュナイダーはキーパー仲間と談笑している若林に近づき、若林を輪から強引に引きずり出した。カルツはその様子を遠目に目撃し、心配になって二人の傍にそっと近づく。 シュナイダーは若林を、単刀直入に問い詰めた。 「若林、何かあっただろう?」 「はぁ? 別に何もねぇよ」 「嘘つけ。練習中、ずっと上機嫌だったじゃないか」 「えっ!? そんな風に見えてたか?」 若林は少し慌てたように聞き返した。どうやら本当に何かあったらしい。シュナイダーの慧眼にカルツは内心舌を巻いた。『見抜いてたのはシュナイダーだけだから安心しろ』と若林に言いたいのをこらえて、カルツはそのまま成り行きを見守った。シュナイダーは更に畳み掛ける。 「で? 何があったんだ?」 「大したことじゃない。昨日、エアメールが届いたんだ」 若林が笑顔を見せながら答えた。 エアメールというからには日本からだろう。懐かしい家族か友人から手紙が来て、嬉しかったというだけの事か。若林らしい、とカルツは思った。しかしシュナイダーはカルツほど簡単には納得しない。 「誰からの手紙だ?」 シュナイダーの問いかけに、若林は一層顔を緩ませて嬉しそうに答えた。 「シュナイダーにも話したよな。俺の最大のライバル・・・翼か らだ!」 若林の笑顔と対照的に、シュナイダーの顔が強張るのがハッキリ判った。カルツは慌ててシュナイダーの肩を引っ張り、シュナイダーに釘を刺す。 「おい、判ってると思うけど、ツバサってのは源さんのライバルだからな」 「・・・ああ」 「奴の話をする時の源さんは、えらい自慢げで嬉しそうだけど、それは別に惚気じゃないからな」 「・・・ああ、百も承知だ」 「下手するとメルダースよりのぼせて見えるかもしれないけど、それは別に恋してるとかじゃないからな!」 「そんな事は判ってる!!」 「おーい、二人で何コソコソ話してんだ?」 邪気のない顔で若林が近づいて来た。仏頂面のシュナイダーに代わって、カルツが応じる。 「いや、別になにも・・・」 「そうか。それで翼からの手紙の話なんだけど、実は俺の方からこないだ近況を綴って手紙を出したんだよな。あいつとは全然会ってないから、便箋20枚の長い手紙になっちゃったけど。それを読んで返事をくれたんだ。翼は筆不精だから滅多に返事くれないんだけど、でも今回はちゃんと葉書が来たんだ。律儀でいい奴だろう? 筆まめな人が手紙を書くのは当たり前だけど、筆不精な奴がわざわざ書いてくれた手紙って、価値があると思わないか? 日本を離れてる俺に気を使ったのか、富士山の絵葉書を使ってあったよ。で、葉書の表に懐かしいあいつの大きな字が書いてあって・・・『若林くん、頑張ってるね。俺も頑張るよ!』って。すごく簡潔で判りやすい文面だろ? 俺、この葉書見ただけで日本にいたときの事色々思い出しちまって。それから翼が日本で頑張ってるってのが伝わってきて、俺も負けてられないなと・・・」 若林は実に活き活きと葉書一枚の感想を語り続け、シュナイダーもカルツも相槌を打つ余裕すら与えて貰えなかった。そしてとうとう休憩時間が終わってしまった。 キーパーの練習ゾーンに戻りながら若林が独り言のように呟くのが、シュナイダーにもカルツにも聞こえた。 「ちきしょーっ! 翼に会いてぇな〜。今日電話してみようかな・・・」 顔面蒼白になったシュナイダーが、肩を震わせ若林の後姿を睨んでいるのに気づき、カルツは無駄かもしれないと思いつつ一応フォローする。 「シュナイダー、ツバサってのは・・・」 「わかってる! わかってるけど・・・ツバサの野郎、絶対許さん!!」 カルツは口をつぐんだ。こうなってはもう余計な事を言わない方がいい。 (触らぬ神に祟りなし・・・) カルツはそーっとシュナイダーから離れる。 前半の練習では遅刻に加えて注意力散漫だったシュナイダーが、何故か後半では突然気合の入ったファイヤーショットを連発してゴールネットを破り続けた真相を知るものは、シュナイダー本人とカルツ以外にいなかった。 おわり
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