か からかってばかりで

 シュナイダーはライバル。そして親友。
 若林はそう思っている。出会った当初は自分の方が力不足だったが、今では決して引けを取らない。互いの存在が刺激になって競うように練習を重ねた結果、二人とも今まで以上に能力を上げた。
 攻めのシュナイダー、守りの若林。
 そう並び称されて、共にチームの勝利に貢献している。ライバルとしては、とてもいい関係が築けていると自分でも思う。
 だが親友として見た場合、シュナイダーは自分に対して壁を作っている気がする。
 殆ど毎日顔を会わせ、サッカーに明け暮れて長い時間を一緒に過ごしている。練習が終われば雑談もするし、冗談を言い合うこともある。仲がいいのに間違いはないが、距離を置かれていると感じる時がたまにある。それが気になってシュナイダーを問い質したことも何度かあるが、いつも冗談で誤魔化されてしまうのだ。
 親友なら何もかも打ち明け合わねばならない、などと言うつもりはないが、それでも若林は微妙な寂しさを感じずにはいられない。

 一日の練習が終わり、帰り道が同じ若林とシュナイダーは連れだって通りを歩いていた。次の試合の相手チームの考察などを熱く語り合っていると、前方から歩いてきた女の子のグループが急に大声で騒ぎ始めた。
 「見て見て! あれ、シュナイダーよ!」
 「きゃーっ! ホントだー!!」
 「うそー! カッコいい〜!」
彼女達は大声を上げながら、一目散にシュナイダーに駆け寄ってきた。完璧なプレーでチームを常勝に導くシュナイダーは、Jr.の選手といえどサッカーファンの熱烈な支持を集めている。そして容貌がハンサムなことから、サッカーに詳しくない女の子たちにも大人気なのだ。
 テンションの高い彼女達は若林には目もくれず、シュナイダーをぐるっと取り囲むようにしてきゃあきゃあ騒いでいる。シュナイダーが女性ファンにもてるのは知っているが、無遠慮なファンの態度に若林は内心面白くなかった。
 シュナイダーも、あまり居心地が良くないようだ。女性を怒鳴りつけるような真似こそしないが、何を聞かれてもろくに返事をせず、足を速めて彼女達を振り切ろうとしているのが判る。
 (助けてやるか)
若林はシュナイダーの前に回りこむと、大声で怒鳴った。
 「おい、急がないと遅れるぞ!」
シュナイダーがすぐに調子を合わせ、おう!と返事をした。
 そして二人揃って、後ろを見ずに全速力で走り出す。
 「えーっ! 行っちゃうのーっ!?」
 「待ってよーっ!!」
後方から女の子達の慌てふためく声が聞こえたが、全力疾走するサッカー選手に追いつけるはずも無く、声はどんどん遠のいていった。
 女性ファンを完全に振り切ったと思われるあたりで、二人は徐々に速度を緩めた。どちらからともなく笑いがこみ上げてきて、肩を並べて歩きながら大声で笑った。
 「若林、ナイスアシスト」
シュナイダーが笑いながら若林の肩に手をかけた。若林も笑いながら応じる。
 「シュナイダー、要領悪すぎだぜ。それとも好みの子が混じってたか?」
シュナイダーが笑うのを止めた。
 さっきまでの陽気な様子が嘘のように、固い表情を浮かべている。その極端な反応に、若林は当惑する。
 ちょっとしたピンチを一緒に切り抜け、つい今まで同じ気持ちで笑い合っていたのに、急にどうしたんだろう。もしかして図星だったのか?
 「あ、マジでタイプの子がいた? 俺、邪魔しちゃったか?」
 「違う。そうじゃない」
それだけ言って、シュナイダーは急に黙り込んでしまった。よく判らないが話を変えた方がいいだろうと思い、若林は他の話題を振ってみる。しかしシュナイダーの反応は鈍い。
 まただ。何が気に障ったのか判らないが、シュナイダーはまた壁を作っている。
 何を言っても話が弾まないので、若林も黙ってしまった。そのまま無言で歩き続けているうちに、互いの家への分かれ道に差しかかった。いつもならここで手を振って別れるのだが、若林は思い切って聞いてみた。
 「シュナイダー、お前俺に隠してる事があるだろ?」
 「え?」
シュナイダーが気持ち眉をひそめて聞き返す。
 「前にもこういう事あったぜ。それまで普通に話してたのに、急に黙っちゃって。俺がシュナイダーの気に障ることを無意識に何度も言っちまってるんなら、そういうの直したいからさ。どうしても嫌ならいいけど、よければ話してくれないか」
 「若林・・・・・・」
シュナイダーが若林を見た。
 「それなら、俺に女の話を振るのを止めてもらいたい。俺は女には興味がない。俺が好きなのは・・・」
シュナイダーの顔は真面目そのものだったが、耳を傾ける若林の方には見る見る笑いがこみ上げてきた。やがて若林は我慢できないといった感じで、ゲラゲラ笑い始めた。
 「シュ、シュナイダー、またそのネタかよ〜! 俺、ホモはマジ苦手なんだって〜!」
若林が笑い崩れる様子を見て、シュナイダーの顔にも笑みが浮かぶ。シュナイダーは今度は明らかに冗談と判る口振りで、若林に話しかけた。
 「若林、好き! 大好き! 俺と結婚して!」
 「ぎゃははははは! ぜ、ぜーったい、嫌だ!! あははははは!」
若林は笑いながらシュナイダーを軽くこづき、そのまま手を振って別れた。シュナイダーも笑いながら手を振り返し、そのまま帰っていった。
 ひとしきり笑った後で若林は、今回もシュナイダーにはぐらかされてしまったな、と思う。以前にも同様の質問をした事があるが、いつも同じジョークで誤魔化されてしまう。日頃クールなシュナイダーが、よりによってホモネタの冗談を口にすると、可笑しくって堪えきれない。
 「こっちは真面目に聞いてんのに、からかわれてばっかりだな・・・」
自分が隠し事をしない性質だからといって、他人にも同じことを要求する気はない。しかし真面目な質問を毎度毎度冗談で返されてしまう事に、割り切れない思いを感じる。こちらは親身になってるつもりなのに、シュナイダーには鬱陶しく思われているようで、そのことが辛かった。

 真面目な告白をいつも冗談に受け取られてしまうシュナイダーが、自分よりはるかに辛い思いをしていようとは、若林は知る由もなかった。
おわり