よ よせてはかえす
練習後のロッカールームは、汗まみれの選手達の熱気に溢れている。一日の練習が終わった後は、選手たちの気も緩んでいるので、皆ガヤガヤと雑談に花を咲かせながら着替えをしている。その中でただ一人、シュナイダーが黙々と帰り支度をしているのを見て、カルツが声を掛けた。 「よぉ、今日は源さんと練習していかねぇのか?」 「それが、練習相手を断られた」 「なに?」 若林は人一倍練習熱心で、常にサッカーに没頭している。そんな若林にとって、実力あるシュナイダーが自分の練習に付き合ってくれることは、この上なく有難い事の筈だ。 「珍しいな。何かあったのか?」 「もしかしたら、俺が若林の機嫌を損ねてしまったのかもしれない」 「おまえ、源さんに何かしたのか!?」 カルツは慌てて、シュナイダーを問い詰めた。 シュナイダーは若林に片想いしている。もしかして、素っ気無い若林にシュナイダーが業を煮やし、実力行使に訴えてよからぬ事をしでかしたのでは・・・と思ったのだ。シュナイダーはムスッとして答えた。 「大したことじゃない。もっとスキンシップを図った方がいいと思ったから、さっき二人きりになった時、冗談めかして後ろから抱きついたんだ」 「それだけか?」 「そしたら暑苦しいから離れろなんて言うから、『俺は暑くないぞ〜』と言って離れないでいたら、滅茶苦茶に暴れて強引に俺の腕を振りほどいた。で、『今日は一人で練習するから帰ってくれ!』って・・・」 「なるほど。嫌われたな」 カルツの言葉に、シュナイダーは顔色を変えた。 「軽々しく不吉な事を言うな! 冗談が通じなくて、ちょっともめただけだ」 「冗談の下に透けて見える下心がバレたんだよ」 「カルツ・・・おまえ、俺が振られればいいと思ってるのか?」 付き合いの長い幼馴染の顔を、シュナイダーは恨めしそうに見る。 「そういうわけじゃねぇけど・・・」 カルツだって親友の恋は応援したい。しかしその相手が男で、しかもチーム一の堅物の若林では、上手くいかないのは目に見えている。 大体シュナイダーは昔からホモ傾向があった訳ではない。何故か今は若林に熱を上げているが、それは一過性の擬似的な同性愛傾向ではないかと、カルツは推測している。だからここで妙な過ちを起こさなければ、そのうち熱が冷めて、誰も傷つくことなく元の鞘に納まるのではないかと考えていた。 なのでシュナイダーには、あまり積極的になってもらいたくない、というのがカルツの本音だった。しかし周りに止めろと言われれば、ますます燃え上がるのが恋の炎。うまく言葉を選ばなければ、シュナイダーが却って若林に無謀なアタックを仕掛ける可能性があった。 「えーっとだな。うん、つまり、こうだ。今日シュナイダーは源さんにアグレッシブに迫ってみて、よい結果を得られなかった訳だろ? だから戦法を変えた方がいいと思ったんだ」 「戦法を変える?」 「そう。好意に基づく行動だとしても、ベタベタと迫るのは源さんには逆効果なんだよ。ここは敢えて距離を取って、源さんと必要以上の接触を持たないことだ」 「しかし、それじゃ何も進展しないんじゃ・・・」 流石におかしいと思ったか、シュナイダーが反論する。カルツは尤もらしく言葉を付け足した。 「このまま引き下がれと言ってるんじゃない。一度迫ったら、一旦引く。ほとぼりの冷めた頃にもう一度迫って、また引く。結果を急がずに、寄せては返す波のように時間をかけてみろという事だ。今回は迫って失敗してるから、次にアプローチをかけるのは半年・・・いや、一年後くらいがいいだろうな」 一年も何もせずに過ごせば恋も冷めるだろうと考えて、カルツは言葉を締めくくった。 「波のように、か・・・」 シュナイダーが感心したように呟く。どうやら上手くいったようだ。カルツはホッとした。 「カルツ、いい事言ってくれたな。打ち寄せる波は堅い岸壁をも、時間をかけて削り取っていくものだ。若林の固い心も、うちよせる波のような俺の熱意にほだされて、いつかは俺の方を向いてくれる筈・・・そう言いたいんだよな!!」 「はぁっ!?」 「川や湖が干上がっても、海が無くなる事はない。つまり波はいつまでも、いや、永遠に無くならない。その波のように若林を想い続けていれば、きっと恋が実る。そう言いたいんだろう?」 「言ってない! 言ってない!」 「今日は若林に迫ったから、明日は何もせず、また明後日に若林を口説けばいい。こういう事だな!」 「違うって!!」 こいつは人の話を聞いていなかったのかと呆れながら、カルツがもう一度説明しようとしたその時。 「シュナイダー、まだいるか?」 「若林!」 「源さん!?」 若林がロッカールームに姿を見せた。若林はシュナイダーとカルツの傍に近づくと、屈託無く話しかけてきた。 「悪ぃ、さっきはカッとなって怒鳴っちまって。やっぱり一人じゃはかどらないから、今日も練習に付き合ってくれないか?」 シュナイダーの顔が、何かを悟ったように輝いた。シュナイダーはカルツの腕を引っ張って若林に背を向かせると、小声でカルツに言った。 「こういう事なんだな! さっき若林に帰れと言われて大人しく引き上げたから、若林の方からこうやって俺を呼びに来た。俺が一旦引いたから、却って二人の仲が前進したんだ!」 「いや、別に前進してな・・・」 「判った、若林。すぐに始めよう」 カルツの返事など待たず、シュナイダーは若林に向き直って声を掛けた。若林は頷き、二人はロッカールームを出て行った。 暴走するシュナイダーを食い止めるつもりだったのに、何故かシュナイダーを応援している立場になってしまったカルツは、面食らいながら二人を見送るのだった。 おわり
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