た ただきみだけに

 ハンブルクJr.ユースチームの練習場では、今日も選手達が過酷な練習メニューに従って血の汗を流している。Jr.ユースチームの中でトップの成績を誇るハンブルクは、その輝かしい戦績を維持するために、普段の練習内容も極めて厳しい。
 ハードルの高い入団テストを行い、選りすぐりの選手を集めているにも関わらず、日々の練習についていけず脱落する者が後を絶たない。故にハンブルクJr.に在籍している選手は、それだけで周囲からは一目置かれている。
 だが、在籍しているだけでは、華々しい表舞台に立つ事はできない。ハンブルクJr.は選手層が厚い。入団テストをクリアして毎日の苛烈な練習に耐え抜いても、他の選手よりもズバ抜けて上手くなければ、試合に出ることは出来ないのだ。
 ハンブルクJr.でレギュラーを務める選手は、エリート中のエリート。
 そしてそのエリートの中でも、更に一段階上に見られている選手がシュナイダーと若林だった。
 「あいつら、ホントによく身体が持つよな〜」
きつい練習も前半が終わり、選手達はピッチの外に出て休憩している。レギュラーの一人、フォワードのベルクが同じレギュラーのカルツに声を掛けた。カルツは無愛想に聞き返す。
 「何のことだ」
 「あいつら」
カルツがベルクの視線の先を追うと、チームの二大柱であるシュナイダーと若林が、腰を下ろして談笑しているのが目に入った。ベルクがつくづく感心したように言う。
 「若林が来た当初から、あいつらずっと二人で居残り練習してるだろ。よく毎日続くよな」
 「あー、確かになぁ」
カルツが頷く。ベルクの言うとおり、シュナイダーと若林は殆ど毎日居残り特訓をしている。通常のメニューだけでも脱落者が出るほど厳しいのに、更に自主的に毎日追加練習を行っているのだから、これは驚嘆に値する。
 「源さんはサッカー馬鹿だからな」
 「だな。しかし、あのマイペースのシュナイダーが、若林に付き合って真面目に居残りしてるんだから不思議だよ」
勝手なことを喋っていると、若林が腰を上げてこちらに近づいて来た。シュナイダーもその後ろをついてくる。
 「俺らのこと、呼んだか? 今、名前を言ってたろ?」
若林が尋ねる。カルツが掌を振って応じた。
 「呼んじゃいないが、噂してた。二人とも練習熱心だなって」
 「噂? 悪口じゃねぇのか?」
若林が笑って混ぜっ返す。これにベルクが口を挟む。
 「いや、マジで感心してたんだよ。試合前とかに特訓するんならともかく、おまえら毎日だろ。よく続くと思って」
 「そうか? やろうと思えば、誰だって居残り練習なんて出来るだろ」
 「ワシらじゃ毎日は出来ねぇよ。疲れが残っちまう」 
 「そうそう。やっぱり、おまえらが特別なんだよ」
 「んな事ねぇって」
若林が面映そうに笑った。
 「俺は皆より出遅れてたからな。皆に追いつきたくて・・・って言うか、見返してやりたくて必死だったから」
 「それは最初の話だろう? 今じゃ若林はウチの正GKなのに、相変わらず特訓を続けてるじゃないか」
ベルクがインタビュアーよろしく、聞き込みを始めた。若林は常日頃思っている事を口にする。
 「そりゃ、今よりもっと上手くなりたいし。第一、チームの練習だけじゃ、もう物足りないしな」
若林が事も無げに言うのを聞いて、ベルクはうんうんと大きく頷く。
 「やっぱりなぁ〜! そういう返事が返ってくると思った。若林は本当にサッカーが好きなんだな」
ベルクの大袈裟なリアクションがおかしくて、若林は笑う。
 「何言ってんだ。ここにいる奴らは、皆サッカー好きに決まってんだろ」
 「いやー、若林は特別だよ。なぁ?」
 「ああ。源さんはサッカー以外、脇目も振らず、って感じだからな」
カルツまでもが、ニヤニヤ笑いながらベルクに調子を合わせる。
 自分では当たり前だと思っていることで、急にチームメートに特別扱いされて、若林は何だか居心地が悪くなってきた。そこでそれまで黙って話を聞いていたシュナイダーに、話題を振る。
 「俺だけじゃねぇよな。シュナイダーだって、サッカー以外脇目も振らず、だろ?」
 「俺?」
急に相槌を求められて、シュナイダーは一瞬戸惑う。

 若林が居残り練習しているのは、ただサッカーが上手くなりたいから。
 ただひたすらにサッカーが好きだから。
 大好きなサッカーを、いつまでもやっていたいから。

 シュナイダーが居残り練習しているのは、ただ若林と一緒にいたいから。
 ただひたすらに若林が好きだから。
 大好きな若林と、いつまでも一緒にいたいから。

 だけどそんな事は、ここでは言えない。 
 シュナイダーは平然と嘘をつく。
 「ああ。俺にはサッカーしかないからな」
 俺には若林しかいないからな。
 そう言いたいのを押し殺し、シュナイダーは若林の言葉に合わせる。若林はシュナイダーの言葉を額面どおりに受け取り、嬉しそうに喋り出す。
 「ホラ、俺だけが特別じゃないって」
 「判った判った。つまり、若林とシュナイダーが特別なんだよ」
 「だから、特別じゃねぇって!」
若林とベルクは冗談めかした口調で、言い合いを続けている。他愛のない言い争いを微笑ましく思いながら、カルツは何気なくシュナイダーを見る。その顔色がどことなく冴えない気がして、カルツはシュナイダーに問いかけた。
 「シュナイダー、どうかしたか?」
 「・・・別に。俺はいつもこうだ」

 そう、いつも一緒に居るのに、若林はいつも俺の真意に気づかない。
 いつものことだ。

 報われない想いを抱き続けながら、それでもシュナイダーは若林だけを想い続ける。
 恋とはそういうものだから。
おわり