そ そっけないたいど
ハンブルクJr.ユースの選手達を乗せたバスが、ヴェザー・シュタディオンの敷地内に入った。バスの窓から外の様子を見た若林が、呆れたように言った。「見ろよ。また女どもがうじゃうじゃしてる。ここはいつもこうだな」 今日の試合の相手はブレーメンJr.ユース。 ブレーメンでキャプテンを務めるMFのフランツ・シェスターは、華麗なプレイと甘いルックスで多くの女性ファンを魅了している。Jr.ユースの試合に足を運ぶような熱心なサポーターは、どこのスタジアムでも圧倒的に男性が多いのだが、ここブレーメンに限って言えばそれは当てはまらない。 今日もシェスター目当てに大勢の女性ファンが、群れを成して会場を取り囲んでいる。若林の後ろの座席のカルツが、華やかな女性サポーターたちを見ながら頷く。 「全くだ。うちの野郎軍団とは大違いだな。同じサポーターとはとても思えん」 「ああ。なんでこんなにファン層が違うんだろう」 前後して窓際の椅子に掛けている若林とカルツは、女性ファンの長い列を見ながら雑談を続ける。 若林の隣の席にはシュナイダーが座っていたが、シュナイダーはこの会話に加わる気はなさそうだった。シュナイダーは窓ではなく通路の方を向いて、ムスッと黙りこくっている。 若林が女性サポーター達に眼を奪われているのが不愉快で、わざとそっぽを向いて興味ない振りをしているのだ。しかし若林がサポーターとはいえ女の話をしているのが気になってしまい、聞き耳だけはしっかり立てている。 「うちにも女のサポーターはいるけど、こんなに多くねぇよな」 若林が感心したように言葉を続ける。 「しかもアレ、みんなシェスターのファンなんだろ?」 「多分な」 「なんでシェスターには、女のファンが多いんだろう」 若林が不思議そうに呟いた。 若林はシェスターと何度か対戦しており、彼がサッカー選手として極めて優秀である事は身をもって知っている。シェスターは国際試合の時には必ず代表選手に選ばれており、その事からもシェスターの能力が高く評価されているのが判る。 だが、若林に理解できるのはそこまでだった。 代表選手に選ばれて活躍している選手はシェスター以外にも大勢いる。しかし女性ファンの絶大な支持を集めているのは、シェスターだけだ。何故そんな差が出るのかが、どうしても判らない。 「源さん、シェスターが羨ましいのか?」 冷やかすようにカルツに言われて、若林は首を横に振る。 「そうじゃないけど、何でシェスターだけがモテるのかと思って」 そして若林は窓の外に向けていた視線を、バスの車内に戻す。 「シェスターはいい選手だけど、能力的にはシュナイダーの方が上じゃないか? だったら、シュナイダーにも女どもが群がりそうなもんだけど、そんな事ないし。なぁ?」 若林は語尾をあげて、隣に掛けているシュナイダーに相槌を求めた。 今までわざとらしくそっぽを向いていたシュナイダーが、大慌てで若林に向き直る。 シュナイダーのあからさまな態度には敢えて突っ込まず、カルツが若林の疑問に答えた。 「サッカーが上手いだけが、女に受ける条件じゃねぇよ。例えば、見た目とか・・・」 「見た目なら、シュナイダーは合格だろ。顔はイイし、背だって高いし」 若林はシュナイダーは見ずに、背もたれの隙間から後ろを覗くようにしてカルツに話しかけた。 想いを寄せる若林に、自分を褒めるような台詞を言われて、シュナイダーは心中穏やかではいられなくなる。見るからにソワソワとした様子で若林に話しかけようとするが、それに気付かないのか若林の目は相変わらず後ろにいるカルツに注がれていた。若林がカルツに尋ねる。 「シェスターとシュナイダーは、何が違うんだ?」 「まぁ、決定的な違いは女性ファンに対する態度だろうな」 「態度?」 「ああ、シュナイダーはファンに対して素っ気無いだろ」 「そうだっけ」 後ろを向いていた若林が、ようやく顔を真横のシュナイダーに向けた。 やっと会話に入り込む隙が出来て、シュナイダーの顔がほころぶ。その直後。 バスが停まった。 「よし、着いたぞ。みんな早く降りろ!」 監督に促されて、選手達は腰を上げ、ぞろぞろとバスを降り始めた。 「シュナイダー、早く降りろよ。おまえがどかねぇと、出られないだろ」 若林にせっつかれながら、シュナイダーもバスを降りた。タイミングの悪さに内心で悪態をつきながら、皆と一緒に関係者専用の入口へと向かう。 入口周辺には若い女の子ばかりが集まった、華やかな人だかりが出来ていた。キャアァァーーーーッ!!という、黄色い悲鳴があちこちで湧き起こっている。 「お、丁度いいや。アレ見てみろよ」 カルツに言われて若林が人混みに目を向けると、その中心にはシェスターがいた。会場入りしようとしたところを、ファンに捕まったらしい。 ファンに揉みくちゃにされながらも、シェスターは始終笑顔のままだった。迫ってくるファンを乱暴に押しのけたりはぜず、優しく声を掛けて道を空けて貰いながら少しずつ前に進んでいる。 その間、名前を呼ばれれば手を振ってやり、手を差し伸べられれば握手をしてやり、紙とペンを渡されればサインをしてやり、カメラを向けられればポーズをとってやり・・・ そうやって時間を掛けながら、シェスターは警備員のいるゲート近くまでやっと辿り着いた。警備員がファンを押し止めている間に、シェスターはようやく会場入りを果たしたのだった。 「・・・スゲーな」 驚きのあまり目を瞬かせながら若林が呟く。カルツは更に補足説明をしてやった。 「あれがシュナイダーなら、女たちを睨みつけて無言で立ち去るとこだ」 「そうなんだ? シュナイダーも真似してみろよ。女にモテるようになるぜ」 笑いながら若林がそう言うと、シュナイダーは不機嫌そうに答えた。 「必要ない。俺は別に、女性ファンに好かれたいとは思ってないからな。それより、若・・・」 「それもそうだな。さぁ、俺たちも急ごうぜ!」 シュナイダーが何か言いたげなのには気づかず、若林はさっさとゲートに向かって歩き出した。 またも話しかけるタイミングを逸してしまい、仕方なくシュナイダーも後に続いた。シュナイダーの真横に並んだカルツが、面白そうに口を挟む。 「源さんもシュナイダーと同じ性格だな。好かれたいと思っていない相手には、実に素っ気無い」 「・・・それを言うな!」 シュナイダーはカルツの後ろ頭を軽く小突くと、足を速めて若林の後を追って行った。 おわり
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