ろ ろくでもないやつ

 ハンブルクJr.ユースチームの練習が休みのある日。たまにはサッカー抜きで街に遊びに行こうという事になり、シュナイダー、カルツ、そして若林の3人は街へ繰り出した。
 特に目的があるわけではない。スポーツ店を冷やかしたり、本屋で雑誌を立ち読みしたり、途中シュナイダーが思い出したように買い物をしたり、そんなことをしているうちに昼時になった。
 3人はオープンカフェの店に入った。店内はかなり混んでいる。セルフサービスなので各々カウンターに並び、好きなものを注文した。列の先に並んでいたカルツが一足早く精算を終える。カルツは昼食の載ったトレイを手に、空席を探して店内を見回した。空いている席などないように見えたが、カルツは丁度食事を終えて出て行く客の姿を見逃さなかった。すぐにそのテーブルに自分のトレイを運び、3人分の席を確保する。その席はテラスの端の方にあり、他のテーブルと少し離れていた。混んだ店は長居しにくいものだが、この席なら落ち着いて食事が出来そうだった。
 「おっ、カルツ。いい席見つけたな」
続いて会計を終えた若林が、トレイを持って席についた。シュナイダーがまだ来ないので、二人はドリンクにだけ口をつけて、だべりながらシュナイダーを待った。
 「そういや、源さん、知ってるか? 観光客を狙った悪質な掏摸の話」
 「いいや」
カルツが手に持ったドリンクカップを傾けるようにして、説明する。
 「こういう飲み物やアイスクリームを手に持って、うっかりぶつかった振りをして、カモの服にジュースやアイスの染みをつけるんだよ。服を汚されたカモは、そっちに気を取られるだろう。その隙に仲間が近づいて、カモの荷物や財布を持ってくのさ」
 「ホントかよ? ろくでもねぇ奴らだな!」
若林が憤慨したように言った。
 ちょうどその時、若林の背後にトレイを手にしたシュナイダーが近づいて来た。若林の向かい側に座っているカルツは、シュナイダーが若林の横に廻り込んで席につくものと思った。
 しかしシュナイダーは若林の真後ろに立つと、突然手に持ったトレイを若林の背中目掛けて落とした。蓋のついていないドリンクカップが、まともに若林の背中に中身をぶちまける。若林がビックリして椅子から飛び上がった。
 「うわっ!!」
 「あーっ! すまん、若林。手が滑って・・・」
シュナイダーは手にしたハンカチで若林の背中を拭いた。しかしLサイズのドリンクをびっしょり浴びてしまい、ハンカチで拭うくらいでは埒が明かない。若林が濡れて張り付いたTシャツを、気持ち悪そうに引っ張った。
 「冷てぇなー。シュナイダー、気をつけろよ」 
 「本当に悪かった。しかし、この格好じゃ動けないな・・・そうだ!」
シュナイダーはさっき買い物をした店の、名入りの袋を開けた。ふかふかのハンドタオルとぱりっとした新品のTシャツを取り出して、若林に提案する。
 「それ、脱いじまえよ。身体をコレで拭いて、で、このシャツに着替えるといい」
 「でもそれは、シュナイダーの・・・」
 「気にするな。俺が悪いんだ」
そう言うとシュナイダーは若林のTシャツを脱がせてしまった。端の席とはいえ、人目のあるオープンカフェで上半身裸になっているのが恥ずかしくて、若林はシュナイダーに促されるままにタオルで背中を拭き、新しいTシャツを着た。
 「却って悪いな。ちゃんと洗って返すから、今日一日借りるよ」
若林がそう言うと、シュナイダーは首を振った。
 「悪いのは俺だ。そのシャツはそのまま貰ってくれ」
 「でも、それじゃ・・・」
 「だって、こんな着古した上に汚れてベトベトのTシャツ、若林はもう着ないだろう。このシャツは俺が捨てておくから、代わりにそれを受け取ってくれ」
若林は洗濯すれば着られるからと反論したが、シュナイダーは聞く耳を持たず、足元に散らばったランチの残骸とともに、Tシャツを捨てに行ってしまった。
 新品のシャツを着た若林は、途惑った口調でカルツに意見を求めた。
 「どう思う? 俺、本当にこのシャツ貰っちゃっていいのかな?」
 「・・・あー。うん。源さんのシャツはシュナイダーに捨てられちゃったんだから、遠慮なく貰って置けよ」
 「そうか? じゃあ、貰っちまうか。それにしてもシュナイダーって、気前がいいヤツだなぁ〜」
若林が新しいシャツを引っ張りながら、笑顔でカルツに言った。
 カルツには、シュナイダーが捨てるといって持ち去った若林の着古したシャツを、大事に大事にしまいこんでいる様子が目に浮かぶようだった。
 「気前がいいというか・・・」
 「ん? なんだ?」
 「いや。何でもない」
ろくでもないやつ、と言いかけてカルツは口をつぐんだ。
おわり