む むりするな
シュナイダーは理性と感情の板挟みになっていた。若林と付き合いたい。 しかしそんな事を言い出したら、きっと若林に嫌われる。 かといって、悶々とした気持ちのまま、ずっと若林と友達付き合いを続けていくなんて耐えられない! だけど告白したら、若林に嫌われる・・・! 考えはいつも堂々巡りになり、結局シュナイダーは何の行動も起こせないままだった。若林がチームメートになって以来ずっとこんな調子だったから、もう一年近くもストレスを溜め続けていることになる。 若林の前では常に平静を装い、秘めたる恋心の欠片も見せないようにしていたが、そうして自分を偽り続ける事が段々辛くなってきた。 シュナイダーの精神状態は、限界ギリギリまで追い詰められていた。 シュナイダーの調子がおかしい事に、若林は気が付いていた。それも、どこかを怪我したというような、身体的不調ではないようだ。何か悩みでも抱えているのだろうか? チームの練習が終わっ た後、若林とシュナイダーは二人きりで特訓をするのが習慣になっている。この時なら周りに人がいないので、シュナイダーも話しやすいだろう。そう考えて、若林は特訓を始める前に、シュナイダーに訊いて見た。 「おまえ、悩みでもあるのか? 最近いつも何かに気を取られてるみたいで、集中力がなくなってるぞ」 「いや、別に悩みなんか・・・」 目の前の男が原因で四六時中恋の悩みに身をやつしているのだが、それを告げるわけにもいかずシュナイダーは誤魔化そうとした。だがシュナイダーの態度がぎこちないので、若林は相手の言葉が嘘だと察しをつける。 「何があったか知らないけど、あんまり無理すんなよ。俺に出来ることなら、力になるから」 若林の優しい言葉に、シュナイダーの気持ちが揺らいだ。 ・・・・・・言ってしまおうか・・・・・・? 「若林! 実は・・・その・・・」 報われない現状に嫌気が差していたシュナイダーは、つい勢いで告白しそうになり、すんでのところで踏み止まる。 落ち着け! 若林は悩みを聞くと言ってるが、まさか俺に告白されるとは思っていない筈だ! でも今は、若林の方から俺の力になりたいと言ってくれてるんだし・・・・・・ 待て待て。だからといって下手な事を言ったら、途端に嫌われて一巻の終わりに・・・・・・ 頭の中がいつもの袋小路にハマッってしまい、シュナイダーは逡巡した。 呼びかけたっきりシュナイダーが口を閉ざしてしまったので、若林は気遣うように声を掛けた。 「言いたくないなら言わなくていい。無理に聞き出そうとは思わないから、話したい時に話してくれ」 「え? いや、待ってくれ。言いたくないわけじゃなくて、その・・・」 シュナイダーは焦った。一年もの間、恋愛的に何の進展もないまま時を過ごしてしまった。若林からこうやって聞いてきてくれたのは、やっと巡ってきた貴重なチャンスなのかもしれない。 この好機を逃してはならない。 ましてや、対応を誤って潰してしまってはならない! 考え抜いた挙句、シュナイダーの口から出たのはこんな言葉だった。 「その・・・悩んでるんだ。えーと・・・俺、まだ恋人がいないから」 「恋人?」 若林は意外に思った。例えばチームメート全員が彼女持ちで、シュナイダーにだけ彼女がいない、という状況なら焦って悩むのも判らなくはない。しかし若林の見る限り、チーム内に彼女のいない奴なんてゴロゴロいる。実際、若林自身もその一人だ。若林には、シュナイダーが何故それほど深刻に悩んでいるのか理解できなかった。 「恋人がいないからって、悩んでたのか?」 「・・・ああ」 「だったら作ればいいだろ?」 若林は事も無げに言った。同じ悩みを持ちかけてきたのが、見るからにモテなさそうな奴ならもう少し言葉を選ぶところだが、シュナイダーなら本人がその気になったらすぐに彼女が出来るはずだ。 そう思って言ったのだが、シュナイダーはムッとしたように反論する。 「簡単に言うな。向こうがその気になってくれないと、どうしようもないんだ」 「それはそうだけど、おまえが本気で口説いたら、大抵の女は喜んでOKしてくれるんじゃないのか?」 若林は笑いながら言う。若林にしてみれば、シュナイダーをほめて自信をつけさせようと軽く言ってるのかもしれないが、この言い方はシュナイダーの気に障った。 若林は俺の悩みの原因そのものなのに、まるで他人事みたいな言い草じゃないか! シュナイダーはつい、刺々しい口調で言い返してしまった。 「じゃあ、お前は俺が口説いたら付き合ってくれるのか!?」 「俺は付き合わねーよ。男なんだから」 冗談を言われたと思ったのか、若林は面白そうに笑顔で答えた。 キッパリ言い切られて、シュナイダーはガックリと肩を落とす。 勢いで口走った告白ゆえ真面目に捉えられていないのだろうし、答の内容もあらかた予想していたものではあるが・・・・・・それでもシュナイダーは深く落ち込んでしまった。 「あぁ、そうだよな。そう言うだろうと思ってたよ・・・」 シュナイダーはそれだけ言うと、若林に背を向けて練習の準備を始めた。黙々とボールを集めているが、その様子には活気が感じられない。 声を落とし見るからに意気消沈した様子のシュナイダーを見て、若林はふと不安を覚える。 もしかして、シュナイダーにとって「恋人がいない」という悩みは、人格の否定に繋がるような重大な物だったのだろうか? もしそうだとすると、俺は悩みを聞いて励ますつもりが、逆にシュナイダーを傷つけてしまったかも・・・? そこまで考えて、若林は慌てて言い直す。 「待てよ。そう落ち込むなって。俺が女だったら、多分シュナイダーに告白されたら嬉しいと思うぞ」 「『女だったら』とか『多分』とか、無理に励まさなくていい」 若林の取ってつけたようなフォローが、シュナイダーの気分を更に落ちこませる。シュナイダーは若林の方は見ず、集めたボールを見下ろしながら言った。 「若林は俺と付き合いたくない、って思ったんだろ? それが真実なんだ。もう放っておいてくれ」 「そうはいくか。お前、悪い方にばっかり考え過ぎなんだよ」 自分の何気ない一言で、シュナイダーが自信を喪失している。そう思った若林は、シュナイダーの前に回りこむと相手の肩を掴んで自分の方に向き直らせた。 「シュナイダーはカッコいいって! サッカーでお前に敵う奴はいないし、顔だっていいし、話してみれば意外にいい奴だし、自分で気づいてないだけでシュナイダーは絶対女にはモテるって!」 力づけるつもりで明るい調子でそう言ったのだが、シュナイダーの反応は奮わなかった。返ってきたのは、沈みきった声でのこんな言葉。 「・・・だから? 若林は俺と付き合いたくないと思ったんだろう?」 「いや、それは・・・」 若林は返答に詰まった。確かにその通りなのだが、ここで正直にそう言ったら、精神的に参っているシュナイダーがますます落ち込みそうだ。 嘘も方便。若林は意を決して、シュナイダーに告げた。 「さっきのは冗談だ。俺だって、シュナイダーに告白されたら嬉しいぞ」 「・・・・・・だから無理すんなって・・・・・・」 「いいや。無理してるわけじゃない。本当にそう思ってるけど、照れ臭いからさっきは言えなかったんだ」 若林の熱意とは裏腹に、シュナイダーの方は妙に冷めた気分になっていた。若林が自分を気遣ってくれるのは嬉しいが、だからといって嘘をついてまで励まされるのは却ってみじめな気分だ。 可愛さ余って・・・の心理が働いたのか、若林を困らせたくなってシュナイダーは言ってみた。 「・・・・・・じゃ、俺にキスできるか?」 「キス!? お前、何言って・・・」 嫌悪感を露わにした予想通りの反応が可笑しくて、シュナイダーは薄く笑った。 「出来るわけないよな。俺を励まそうと思って、心にも無いことを無理して言ってるだけなんだから・・・」 そして話を打ち切ろうと思った直後。 ガツッ、と音がして何か固い物が歯にぶつかった。その衝撃で、思わずシュナイダーは後ずさる。 歯にぶつかったのは、若林の歯だった。 若林がシュナイダーの言葉が終わる前に、顔ごとぶつけるようにしてキスをしてきたのだ。 「わかばやし・・・?」 痛む口元を押さえながら呆然と若林の顔を見ると、若林が同じように口元を押さえながら怒鳴った。 「判っただろ? 俺はシュナイダーに告白されたら嬉しいし、キスだって出来る! だからモテないと思い込んで、勝手に落ち込んでんじゃねーよ!!」 勢いでキスしてしまったものの、急速に照れや羞恥に襲われたらしい。若林は顔を赤くして、一気に捲し立てた。それから、ちょっと息をついてぶっきらぼうに言った。 「練習、始めるぞ!」 「・・・ああ、そうだな。始めよう」 ゴール前の定位置へと駆けて行く若林を見ながら、シュナイダーの気分は先刻とは打って変わって弾んでいた。 「俺のために、無理しちゃって・・・これって、結構脈があるって事だよなぁ・・・」 片想い一年目にして実現したファーストキスの味・・・もとい、痛みをかみ締めながら、シュナイダーは頬を緩ませた。 おわり
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