ゐ ゐあかす(寝ないで夜を明かす)
互いの思惑がすれ違ったまま、シュナイダーと若林の交際がスタートした。しかし若林の胸中は複雑である。シュナイダーをこれ以上傷つけたくないので、シュナイダーの告白を受け入れたが、若林はシュナイダーに対して友情以上の好意は持ち合わせていない。 若林としてはシュナイダーの興味が女の子に向くように誘導して、彼の嗜好を正常に戻したいと思っているのだが、これがなかなか上手くいかないのだった。 例えば練習の帰り道で綺麗な女性とすれ違った時。若林はすかさず「今の人、美人だったな」と話題を振るのだが、シュナイダーの答は素っ気無い。 「そうだな。でも若林の方がずっと素敵だよ」 練習を見に来る女性ファンがいれば、若林は「あれ、シュナイダーのファンだぞ」と水を向ける。それに対するシュナイダーの返事。 「俺には若林がいるのに、ご苦労な事だ」 それならばと若林は、同じクラスにいる可愛い女の子の話題を持ち出し、シュナイダーの興味を煽ろうとしてみた。ところが、これもうまくいかなかった。 「若林、俺にやきもち焼かせようとしてる? 可愛いなぁ」 一事が万事この調子で、シュナイダーが女性に目を向ける気配は全く無かった。それどころか、若林に対する態度がどんどん親密になってきていた。 「このままじゃ、ヤバイよなぁ・・・」 若林は思案に暮れる。恥ずかしいからとキスだけは拒み続けているものの、シュナイダーに手を握られたり肩を抱かれたり腰に手を回されたりはしょっちゅうだ。恋人付き合いを了承している手前、怒鳴りつけて止めさせるわけにもいかない。 自分が気持ち悪い思いをするのは自業自得だから我慢できるが、このままではシュナイダーが本物のホモになってしまう。若林は頭を抱えた。 「まてよ。俺がキスしたせいで、ホモみたいになっちゃったんだから・・・その逆の事をすれば、元に戻るかもしれないな」 誰か女の子に頼んで、シュナイダーにキスしてもらえば・・・と考えたが、こんな妙な頼み事を聞いてくれそうな女子に心当たりは無かった。それに第三者にシュナイダーの秘密を明かすのは憚られる。出来れば隠密裏に事を運んで、誰にも気付かれぬうちにシュナイダーの嗜好を正常なものに戻したい。 最近の若林はこの事ばかりを考えていた。若林が浮かぬ顔をしているので、シュナイダーが気遣うように声を掛けてくれる。 「どうした、若林。悩みでもあるのか?」 「んー・・・別に」 まさか当事者に話すわけにはいかないので、若林は言葉を濁す。するとシュナイダーは、不安そうに訊いてきた。 「若林、俺といるのがつまらないか?」 「え? そんなワケねぇだろ」 笑顔を作ってそう答えると、シュナイダーはホッとしたように笑った。 「よかった。実は心配でたまらなかったんだ。もしかして若林は俺に気を遣ってるだけで、本当は俺の事を好きでも何でもないんじゃないか、って」 図星を指されて、若林は心臓が止まりそうになった。 「・・・・・・・・・・何、バカ言ってんだよ。嫌いな奴とわざわざ付き合ったりするかよ」 一瞬言葉を失ったが、すぐにフォローの言葉が出てきた。この言葉に嘘は無い。若林にとってシュナイダーは嫌いな奴ではなく、かけがえの無い大切な友人だ。 この台詞を聞き、シュナイダーは安心したように微笑む。そしてこんな事を言い出した。 「実は今度の週末、家族が旅行で家を空けるんだ。俺一人になるから、泊りがけで遊びに来ないか」 「泊まっていいのか? 判った、必ず行くよ」 シュナイダーの家には何度か遊びに行った事があるので、若林は軽い気持ちでそう答えた。 その翌日のハンブルクJr.ユースチームの練習場。練習開始時刻までに間があり、監督やコーチもまだ来ていなかった為、集まった選手達は柔軟などで身体を解しつつ雑談に花を咲かせている。 その中で一人だけ無駄口を叩かず、黙々とストレッチをしている若林に、チームメートの一人が声を掛けた。 「若林は本当に真面目だなぁ。お前、休みの日とか何やってんの?」 「若林の事だから、ジム通いでもしてるんだろう?」 若林の堅物ぶりをからかうような言い方だったので、若林は笑いながらこう答えた。 「休むべきときはちゃんと休んでるよ。今度の週末も、泊りがけでシュナイダーの家に遊びに行くし」 そして、当日はシュナイダーの家族がいないので気兼ねなく遊ぶつもりだ、と付け加える。すると話を聞いていたうちの一人が、こんな事を言った。 「遊ぶって、おまえシュナイダーの家で何やんの? あいつの家ってTVゲームとかあんのか?」 「いや、無かったと思う」 「て、ことはアレだ。やる事はひとつ。ビデオ鑑賞会だな」 こう言い出したのは、ミッドフィルダーのボルクだった。明るい性格でチーム内でも人気があるが、サッカーよりも女の子を口説くことに熱心な男である。 「親がいないんだったら、堂々とアダルトビデオが見られるじゃん」 「見ねーよ、そんなモン」 呆れた口調で若林が言うと、ボルクが大真面目な顔つきで反論する。 「せっかく親が留守って時に男同士でつるんでるくらいだから、おまえら彼女いないんだろ? だったらこの機会にビデオで勉強しといた方がいいぞ。なんだったら、俺の秘蔵コレクションを貸すぜ」 「でも・・・」 気乗りしないので断ろうとした若林だったが、ふとある事を思いつく。 どこかの女の子に頼んでシュナイダーにキスして貰う事が出来ないかと考えていたが、そんな回りくどい事をしなくてもアダルトビデオを見せれば事態はいっぺんに解決するのではないだろうか? 男女がいちゃいちゃしてるアダルトビデオを見たら、シュナイダーだって女の恋人が欲しくなる筈だ。 「ボルク、その秘蔵コレクションっての貸してくれ」 「おっ、その気になったな」 こうして若林はAVの束を抱えて、週末シュナイダーの家へと出向いたのだった。 二人で夕食の後片付けを済ませたところで、若林はボルクに借りたビデオを取り出した。コレクションというだけあって、一本だけではなく、全部で五本あった。ビデオにはケースにも本体にもタイトルラベルが貼ってないので、一見したところ中身が何だか判らない。シュナイダーが尋ねた。 「何のビデオだ?」 「ボルクのお勧めビデオだ。今日はこれをシュナイダーと見ようと思って」 「五本もあるけど、これを全部見るのか? 朝になっちまうぞ」 「ああ。何しろ『秘蔵コレクション』だからな。眠ってなんかいられないぞ」 若林は説明を切り上げて、その中の一本をデッキに入れた。若林はわざとAVだとは説明しなかった。予備知識なしに見た方が刺激が強くなって、シュナイダーに対して効果が上がると思ったからだ。 ビデオをセットした後、若林はシュナイダーの掛けているソファに並んで腰を下ろした。 タイトルも出ずに、いきなり荒い画質の映像が流れ始めた。演技力の欠片も無い男優と女優が登場し、わざとらしく街中で出会い棒読みの台詞で意気投合してみせている。そして次の場面で、いきなりベッドシーンになった。素っ裸で絡み合う男女の姿が、撮影角度を変えながら延々と映し出される。 (うわー・・・これがAVかぁ。ストーリーとか全然ないんだな) 妙な所に感心しながらも、若林の目は初めて見る本番映像に釘付けである。途中で我に返り、隣のシュナイダーの様子を横目で窺う。 シュナイダーは、まさか若林がAVを持ってくるとは思わず、すっかり度肝を抜かれていた。初心な若林との距離を少しでも縮めたくて、若林を家に呼んだのだが、その若林がこんなえげつないビデオを用意してくるとは予想外の事だった。 (若林の奴、どういうつもりだ? こんなビデオを朝まで見る気なのか?) ここでシュナイダーはハッと気づく。 さっき若林は何て言ってた? 「眠ってなんかいられないぞ」=「朝まで眠らせない」って事だよな。 恋人である俺と二人っきりの家に来て、刺激的なAVを見せて「朝まで眠らせない」という事は・・・ ・・・俺を誘ってるんじゃないか!! シュナイダーの動悸が俄かに早くなった。ふと視線を感じて横を向くと、じっとこちらの様子を見ていたらしい若林と目が合った。若林は画面にチラチラ目をやりながら、照れ臭そうに尋ねた。 「どうだ? このビデオ、気に入ったか?」 「ああ、勿論だ。ありがとう、若林・・・」 シュナイダーは若林のほうににじり寄ると、力強く若林の手を取った。シュナイダーの言葉に、若林は胸を撫で下ろす。 (こんなの見せられたら、誰だって女とやりたくなるよな。思い切ってAVを借りてきて良かった) 事態が自分の思惑と正反対の方向に進んでしまっていた事に若林が気づくのは、この時からわずか1分後の事だった。 おわり
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