お おどらせて

 置き忘れていた上着を取りにシュナイダーが居間に入った時、妹のマリーはテレビの正面の椅子に掛け、画面に見入っているようだった。その様子を特に気に留めることもなく、シュナイダーは上着を手に部屋を出て行こうとする。すると兄の存在に気付いたマリーが、無邪気な声で話し掛けてきた。
 「お兄ちゃん、見て見て! これ、日本のオマツリっていうんだって。楽しそうだよ!」
日本と聞いて、シュナイダーは足を止めた。日本といえば若林の母国、好きな相手が生まれ育った場所がテレビに映っていると知って、シュナイダーはテレビに目を向けた。
 画面の中は夜だったが、日本風のランプが高所にずらりとぶら提げられており、かなり明るかった。どういう場所なのか判らないが、そこは建造物が何も無い広々とした場所で、キモノを着た男女が幾重にも輪を作るようにして、日本のダンスらしいものを踊っている。よく見ると、建造物が無いと思ったのは勘違いで人々の輪の中心には塔のような高いステージがしつらえてあった。しかしそのステージはかなり狭く、巨大な太鼓とそれを叩く若い男がいるだけで一杯になっている。
 画面からは太鼓の音以外にも、日本風な音楽が流れていた。妙に甲高い女性の歌声も聞こえる。皆はこの曲に合わせてダンスを踊っているようだ。ちゃんと振り付けがあるらしく、人々の動きはきれいに揃っていた。衣装は特に決められていないのか、踊っている人々のキモノの柄は色とりどりで実に華やかだった。確かに楽しそうだ。
 しかしシュナイダーが見始めてすぐに画面が切り替わり、ニュース画面になった。ニュースの間に織り込まれる、海外トピックスのようなコーナーだったらしい。
 「ね、ゲンゾーも日本にいるときはキモノ着て、ああやって踊ってたのかな?」
 「ああ、そうかもな」
マリーの問いかけで、シュナイダーの脳裏にキモノ姿の若林が最前見たダンスを優雅に踊る姿が想像された。
 そうだ、明日若林に会ったら、このダンスの事を聞いてみよう。サッカー以外に興味を示さない若林の事だから、ダンスなんて知らないかもしれないが、もし知っていたら・・・
 『若林、俺にもこのダンスを教えてくれないか』
 『(頬を染めながら)シュナイダー・・・俺と踊ってくれるのか』
 『ああ。おまえの故郷のダンスを、俺にも教えてくれ。若林の事なら何でも知って、自分のものにしたいんだ・・・』
 いい! これなら遠まわしなプロポーズにも取れるし、そこまで深読みしてくれなくても、ダンスの指導という事で手取り足取り若林に密着出来る筈だ!
 『どうも手つきが難しいな。うまく出来ない』
 『あ、ここでは手はこうやって・・・』
と、若林が自分から手を繋いでくれるのを想像して、シュナイダーはニヤついた。

 翌日、シュナイダーは若林の姿を見つけると、すぐに昨日見たテレビの事を聞いてみた。
 「それは盆踊りだな。俺の地元でも夏休みになると毎年やってたよ」
 「そうなのか!」
それなら若林もダンスを知っている筈だ。ダンスの密着個人指導が受けられると思い、つい嬉しげに相槌を打ってしまって、若林に妙な顔をされる。しかしその点を突っ込むことなく、若林は説明を続けた。
 「高台にある神社の境内でもやってたし、公園でもやぐらを組んで祭り会場作ってやってたし、学校の校庭でもやってたし・・・時期を少しずつずらして、盆踊り大会はしょっちゅうやってたな。何たって俺の地元には『南葛音頭』があったから」
 懐かしそうに話を続ける若林に、シュナイダーが口を挟む。
 「あの、若林。俺もそれを覚えたいんだが・・・」
 「えっ!? 南葛音頭を!?」
 「ああ。若林は踊れるんだろう。俺にも教えてくれ」
真顔で頼まれて若林は困惑する。昨日見たというテレビでシュナイダーは盆踊りに興味を持ったようだが、若林が盆踊りに参加していたのはせいぜい幼稚園の時までで、今では振り付けはおろか音頭の節回しすらうろ覚えである。
 もう忘れたからと断ってもいいのだが、シュナイダーには日頃から練習などで世話になっているので、無下に断るのも悪い気がした。
 「うーん・・・ちょっと時間くれるか? 俺もあんまり覚えてないんで・・・」
踊りを思い出してから教えてくれるのだと思い、シュナイダーはニコニコと頷いた。
 それから数日が過ぎた。しつこく催促をしては嫌がられると思い、シュナイダーは若林からダンスの話が出るのをじっと待っていたのだが、若林はその件について何の話もしなかった。さすがに焦れてきて自分から聞いてみようかと思った矢先、若林が声を掛けてきた。
 「シュナイダー、この前の南葛音頭の事だけど・・・」
 「教えてくれるのか!?」
期待に満ちた声で聞き返すと、若林は笑顔で一本のビデオを取り出した。市販されている物らしく、カラフルなパッケージに入っている。日本語で書かれたタイトルはシュナイダーには読めなかったが、そこにはこう書いてあった。
 『南葛音頭・完璧指南コンプリートマニュアル 製作・監修/南葛市郷土芸能保存推進委員会』
 「・・・なんだ、このビデオは?」
 「南葛市が作ってる盆踊りのレッスンビデオ。南葛市の幼稚園や学校は、必ずこのビデオで盆踊りを教えるんだ。実家に連絡して1本送ってもらった」
 若林は頭を掻きながら、言い訳のように言葉を続ける。
 「俺はもう曲も振り付けも、どんなんだったか覚えてないからさ。このビデオなら南葛音頭が10番全部収録されてるし、振り付けも正確に覚えられるぞ!」
 若林の言葉にシュナイダーは慌てる。
 「ちょっと待てよ、若林が教えてくれるんじゃないのか? このビデオを見ながら、俺に一人で覚えろっていうのか」
 「うん」
全く悪びれずに頷く若林に、シュナイダーはなおも食い下がる。
 「だったら、一緒にビデオを見て踊りを覚えないか。一人で踊るより、二人の方が楽しいと思うし・・・」
 「えー・・・? 盆踊りを二人で踊ったってつまんねぇよ」
テレビで見た大勢が輪を連ねて賑やかに踊る様子を思い出して、シュナイダーはそれもそうだと肩を落とす。
 「ビデオは返してくれなくていいから、もし全部踊れるようになったら俺に見せてくれよな」
二人で踊るのはつまらないと言いながら、俺が一人で踊るところは見たいのか!?と突っ込みたいのをこらえて、シュナイダーはしぶしぶビデオを受け取ったのだった。
おわり