販促なのは承知の上で、若林に試供品を配る事にした。
  若林はシュナイダーがセールスマンのようにカバンを開き、試供品を取り出したのでビックリしたようだ。
 「シュナイダー、なんだコレ?」
 「うちも母の安月給や父からの仕送りだけでは、生活が苦しくてな。チームには内緒で、セールスのバイトをしているんだ」
 「そ、そうだったのか! おまえも苦労しているんだな」
 「同情はいい。それより、品物を見てくれ」
 「これ、食い物か?」
若林が手に取った品を見て、シュナイダーが説明を始める。
 「現代人に不足しがちな栄養素を補った、バランス健康食品だ。おまえの持ってるのは鉄分、こっちはカルシウム、そしてこれにはビタミンCが含まれている。味はクッキーに似ていて食べやすいぞ」
 「どれどれ」
若林は試供品の包装を破って、中身を食べてみた。
 「ん! けっこう美味いな」
 「そうだろう。いくら身体に良くても、不味くては売れないからな。因みにドリンクタイプもあるぞ」
 「そっちも貰うよ」
ベンチの上に店を広げて試食会のようなことをしていると、誰かが近づいて来た。
 「似てると思ったら、やっぱり若林か!」
シュナイダーが声の方を見ると、ハンブルク戦の後で若林と乱闘していた選手が呆れ果てた様子でこっちを見ていた。
 「おまえがいないから、皆で探してたんだぞ。一体、ここで何をしてるんだ?」
 「よう、日向。コレ食ってみろよ。試供品なんだけど、割と美味いぞ」
 「試供品? タダなのか?」
日向は若林に勧められるままに、ビタミンCの試供品を食べた。
 「イケルな〜」
 「だろ? これを食べてれば栄養バランスはバッチリらしいぞ」
 「みんな、そこで何してるの?」
ふと気がつくと、傍にツバサがいた。他にも若林を探していたらしい全日本の選手たちが、ぞくぞくと集まってくる。シュナイダーは改めて商品の説明をし、試供品を配った。若林が通訳してくれるので、言葉に不自由はない。
 「おー、たしかに美味いや」
 「そうかなぁ。パサパサしてねぇか?」
 「そう思う人は、ドリンクタイプを試してくれ」
 「あ、これ、美味しい!」
 「値段は、いくらなんだ?」
この質問に、シュナイダーは待ってましたとばかりに購入申込書を取り出した。
 「実はこの商品は通販限定で、市販されてないんだ。気に入ってくれた人は、この申込書で注文してほしい。一箱から買えるが、多く購入する方が一箱当たりの単価は安くなるぞ。六箱以上お買い上げの方は送料無料、その上メーカーのマスコットキャラのぬいぐるみをプレゼントだ!」
 「へー」
 「んじゃ、買うかどうか判らないけど、一応申込書貰うよ」
 「俺も。あと試供品ももっとくれ」
 「ああ、どんどん持っていってくれ」
こうして全日本の選手達は、ポケットに栄養補助食品の試供品と購入申込書を詰めて、ぞろぞろとホテルに帰って行った。試供品で一杯だったシュナイダーのカバンの中は、すっかりからっぽになった。
 「あとは何人注文してくれるかだな。まぁ、まずは商品を知ってもらう事が販促の第一歩だから、今日はまずまずの結果と言えそうだ」 
 すっかり軽くなったカバンを手に、シュナイダーは業務報告をする為に営業所へ帰っていった。
おわり