若林が手を振り、シュナイダーに背を向けて歩き始めた。
その後姿を見送るうちに、シュナイダーは切ない気持ちになってきた。
若林が遠ざかっていく。
俺から遠ざかり、俺の手の届かない所に行ってしまう。
シュナイダーはベンチから立ち上がった。
やっぱり駄目だ。このまま若林と離れるなんて嫌だ!
「若林!」
後ろから呼び掛けながら、若林を追いかける。若林はすぐに気づき、足を止めてシュナイダーが追いつくのを待った。
シュナイダーは、すぐに若林に追いついた。気持ち息を弾ませながら、街灯の灯りに照らされる若林の顔を見た。
「どうした。まだ何かあるのか」
若林が尋ねる。
ある。
本当に言いたい事を、まだ何も言っていない。
だけど、うまく言葉にして言えない。
ならば・・・・・・
シュナイダーの両手が、若林の頬を包み込むように触れた。若林がちょっと驚いた様子で、シュナイダーを見る。
その直後、シュナイダーの唇が若林の唇に重ねられた。
それはほんの一瞬の出来事だった。
すぐに顔を離し、シュナイダーは若林から離れる。短気な若林に怒鳴られるか、殴られるかするのではないかと思ったのだが、若林は何もしなかった。ただ驚きを隠せない口調で、シュナイダーに言った。
「おい、シュナイダー。今、何をした?」
「・・・キス」
「キスって、別れの・・・? 今の、挨拶なのか?」
若林の質問に、シュナイダーは首を振る。
「・・・・・・違う。ただの挨拶じゃない」
その続きを言おうか言うまいか、この期に及んでシュナイダーは迷った。好きだと言いたい。しかしその言葉を言った途端、若林に嫌われるかもしれない。覚悟を決めていた筈だったのに、いざとなると躊躇してしまう。
無言のシュナイダーに代わって口を開いたのは、若林だった。
「シュナイダー。おまえ、もしかして俺が好きなのか?」
「!!」
若林にあっさり言い当てられて、シュナイダーは動揺した。シュナイダーの顔色を見て、若林が言う。
「やっぱり、そうなのか? そうじゃないかって思ってたんだ。なんとなく、だけど・・・」
若林の言葉は、シュナイダーを勇気付けた。若林に、俺の気持ちは伝わっていた。それなら・・・・・・
「若林は、俺のことをどう思ってるんだ?」
「それは・・・・・・」
今度は若林が言葉に詰まる。
「嫌い、ではない。でも・・・・・・」
「でも?」
「今は大事な大会の前だ。今はサッカーのことだけを考えていたい」
若林の答えに、シュナイダーは失望した。これは遠回しに拒絶しているという事ではないか。しかし若林の言葉は、まだ終わっていなかった。
「大会が終わったら、ゆっくり会おう。俺も、その時なら・・・いや、またその時に話すよ」
そう言い残して、若林はシュナイダーの傍から去っていった。シュナイダーは若林を無言で見送った。
「その時なら・・・?」
シュナイダーは若林の台詞を思い返す。若林は、何を言いかけていたのだろう。
とにかく、まだ振られたわけじゃない。
大会終了後に若林がどんな返事をしてくれるのか判らないが、少なくともまだ脈はある。
期待しすぎるのは禁物だが、でももう暫くは夢を見ていられそうだ。
シュナイダーは淡い期待を抱きながら、公園を後にした。
ほんとうにおしまい