シュナイダーは妙な小細工はせず、ストレートに若林に想いを伝えようと思った。
 その結果若林に嫌われてしまったとしても、正攻法でぶつかった結果なのだから悔いは残らない。幸か不幸か、若林とは今は敵同士、国際Jr.ユース大会が終わった後もシュナイダーが移籍する為やはり敵同士だ。離れて過ごすようになれば、失恋の痛手も癒えるのではないだろうか。
 シュナイダーはゴクッと唾を飲み込んでから、若林に向き直った。
 「若林・・・」
いきなり「好きだ! 愛してる!」とは流石に言い出せなかった。口を開いたものの、シュナイダーは言葉に迷った。
 シュナイダーの顔を見ながら若林が頷き、目顔で言葉の先を促す。
 「その・・・若林に、言っておきたい事があるんだ」
 「なんだ?」
 「もう長い付き合いなのに、ちゃんと話した事がなかったと思って・・・」
 「だから、何なんだよ」
 「・・・若林・・・若林は、良いプレイヤーだ」
シュナイダーの口からは、愛の告白とは程遠い言葉が出てしまった。そしてシュナイダーの言葉に、若林は目を丸くする。確かに長い付き合いの中で、シュナイダーが若林を面と向かって褒めるのは、これが初めてだった。
 「試合の流れを読むのが早い。その判断は的確で守備陣の要になっている。若林がゴールを守っていてくれれば、俺・・・いや俺たちは安心して相手を攻める事ができる」
 「どうしたんだよ、急に」
何か深刻な話かと思えば突然褒められて、若林が戸惑ったように聞き返した。
 「俺は若林に出会えて良かった。若林と共に練習し、共に成長し、共に戦えて本当に良かった。・・・その事を、ちゃんと伝えておきたかったんだ」
 「シュナイダー・・・」
若林の表情が、ふっと和らぐ。
 「俺もシュナイダーに会えて良かったよ。シュナイダーがいなかったら、今の俺は無い。シュナイダーというライバルがいたからこそ、おれはドイツでやってこれたんだ」
 若林の言葉を、シュナイダーは複雑な思いで聞いていた。自分を意識していてくれた事は嬉しい。だが、そこには自分が若林に抱いたような甘酸っぱい感情は、全く含まれていない。
 「シュナイダーと一緒に戦えたのは、俺にとって本当にいい経験だった。これからは敵同士だけど、おまえには絶対負けない」
 そう言って若林は右手を差し出した。シュナイダーがその手を握ると、若林が更に強く握り返してきた。
 「シュナイダー、今までありがとう」
 「・・・・・・うむ」
 「次に会うときは、国際Jr.ユース大会だな。日本は絶対勝ち上がって、ドイツと対戦するから待ってろよ!」
 「ああ。楽しみに待ってるよ」
シュナイダーは告白する気をなくして、ただそう答えた。
 若林は笑顔で手を振ると、シュナイダーに背を向けて歩き始めた。その後姿を見送りながら、シュナイダーの胸に後悔の念が押し寄せる。
 やはり、正攻法で告白は無理だったか。シュナイダーは虚しい気持ちで溜息をついた。
 おしまい

     



















   





 若林が手を振り、シュナイダーに背を向けて歩き始めた。
 その後姿を見送るうちに、シュナイダーは切ない気持ちになってきた。
 若林が遠ざかっていく。
 俺から遠ざかり、俺の手の届かない所に行ってしまう。
シュナイダーはベンチから立ち上がった。
 やっぱり駄目だ。このまま若林と離れるなんて嫌だ!
 「若林!」
後ろから呼び掛けながら、若林を追いかける。若林はすぐに気づき、足を止めてシュナイダーが追いつくのを待った。
 シュナイダーは、すぐに若林に追いついた。気持ち息を弾ませながら、街灯の灯りに照らされる若林の顔を見た。
 「どうした。まだ何かあるのか」
若林が尋ねる。
 ある。
 本当に言いたい事を、まだ何も言っていない。
 だけど、うまく言葉にして言えない。
 ならば・・・・・・
シュナイダーの両手が、若林の頬を包み込むように触れた。若林がちょっと驚いた様子で、シュナイダーを見る。
 その直後、シュナイダーの唇が若林の唇に重ねられた。 
 それはほんの一瞬の出来事だった。
すぐに顔を離し、シュナイダーは若林から離れる。短気な若林に怒鳴られるか、殴られるかするのではないかと思ったのだが、若林は何もしなかった。ただ驚きを隠せない口調で、シュナイダーに言った。
 「おい、シュナイダー。今、何をした?」
 「・・・キス」
 「キスって、別れの・・・? 今の、挨拶なのか?」
若林の質問に、シュナイダーは首を振る。
 「・・・・・・違う。ただの挨拶じゃない」
その続きを言おうか言うまいか、この期に及んでシュナイダーは迷った。好きだと言いたい。しかしその言葉を言った途端、若林に嫌われるかもしれない。覚悟を決めていた筈だったのに、いざとなると躊躇してしまう。
 無言のシュナイダーに代わって口を開いたのは、若林だった。
 「シュナイダー。おまえ、もしかして俺が好きなのか?」
 「!!」
若林にあっさり言い当てられて、シュナイダーは動揺した。シュナイダーの顔色を見て、若林が言う。
 「やっぱり、そうなのか? そうじゃないかって思ってたんだ。なんとなく、だけど・・・」
若林の言葉は、シュナイダーを勇気付けた。若林に、俺の気持ちは伝わっていた。それなら・・・・・・
 「若林は、俺のことをどう思ってるんだ?」
 「それは・・・・・・」
今度は若林が言葉に詰まる。
 「嫌い、ではない。でも・・・・・・」
 「でも?」
 「今は大事な大会の前だ。今はサッカーのことだけを考えていたい」
若林の答えに、シュナイダーは失望した。これは遠回しに拒絶しているという事ではないか。しかし若林の言葉は、まだ終わっていなかった。
 「大会が終わったら、ゆっくり会おう。俺も、その時なら・・・いや、またその時に話すよ」
そう言い残して、若林はシュナイダーの傍から去っていった。シュナイダーは若林を無言で見送った。
 「その時なら・・・?」
シュナイダーは若林の台詞を思い返す。若林は、何を言いかけていたのだろう。
 とにかく、まだ振られたわけじゃない。
 大会終了後に若林がどんな返事をしてくれるのか判らないが、少なくともまだ脈はある。
 期待しすぎるのは禁物だが、でももう暫くは夢を見ていられそうだ。
シュナイダーは淡い期待を抱きながら、公園を後にした。
ほんとうにおしまい