に にじがみえたら

 休憩時間になり、何人かのチームメイトが集まってお喋りをしていた。
 どういう話の流れだったのか、本物の虹を見た事があるか、という話題になった。あると言う者もいたし、テレビや写真でしか見た事が無いと言う者もいた。
 そのうち誰かが、虹の色を全部言えるか、とクイズを出した。何人かが我先に答を言い合う。
 「えーっと、赤と青と黄色と・・・」
 「あと、緑と、紫!」
 「それじゃ5色にしかならないぞ。橙と藍が抜けてる」
若林が口を挟んだ。この言葉に、一同顔を見合わせる。カルツがみんなの疑問を代表して言った。
 「虹は5色だろ?」
 「違うって、虹は7色。 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。これで7色だ」
若林が自信満々に言う。シュナイダーが興味深げに訊いた。
 「若林は、自分の目で色を数えたのか?」
 「いや。でも学校で習ったし、写真で見ても・・・」
 「なんだ、人に言われた事を鵜呑みにしてるだけか」
誰かが話を遮るように、軽口を叩いた。その言い方が、若林の癇に障った。
 「噂やデマを鵜呑みにしてるわけじゃないぞ」
 「まぁまぁ、落ち着けよ、源さん。ディトリヒに聞いてみようぜ」
カルツが、さっき虹を見た事があると話していたチームメイトに呼び掛けた。
 「おまえ、虹は何色に見えた?」
 「もちろん、5色」
ディトリヒがニヤニヤ笑いながら応じる。他の者も調子を合わせ始めた。
 「俺も5色に見えたぜ」
 「虹は5色だよな〜」
 「ぱっと見、5色に見えるかもしれないけど、実際は7色なんだよ!」
若林が言い張った。しかし若林に賛同する者は誰もおらず、若林の言い分がさもおかしいという態度だった。
 国が違えば、文化も教育も違う。どうやら日本では虹は7色という事になっているらしい。みな、そのことに気づいていたが、若林一人が7色説を頑固に言い張っているのが面白くて、ちょっとからかってみたくなったのだった。若林と仲のいいシュナイダーやカルツも、面白そうに成り行きを見守っている。
 しかし話が盛り上がりかけたところで、休憩時間終了を報せるホイッスルが鳴った。選手達は腰を上げ、雑談は打ち切りになった。
 「本当に、7色なんだぞ!」
 「まだ言ってるよ〜」
若林の言葉に、他の連中が笑った。

 後半の練習が終わり、解散の時間になった。しかし若林とシュナイダーは、残って練習を続けるのが常だった。他の選手たちは二人に声を掛けながら、引き上げていく。あとに残ったのは、いつもどおり若林とシュナイダーの二人だけだ。 
 「降りそうだな」
天を仰いで若林が言った。
 つられるようにシュナイダーも空を見上げる。若林の言う通り、いつの間にか黒い雲が空を覆い始めていた。シュナイダーが相槌を打つ。
 「ああ。多分、一雨来るぞ」
その言葉をきっかけとするかのように、ポツポツと水滴が落ちてきた。そしてたちまち大粒の雨がざーっと降りだした。
 「若林、今日は無理だ。引き上げよう」
 「ああ!」
シュナイダーと若林は、ずぶ濡れになりながら大慌てで用具を片付けた。ところが皮肉なもので、片付けが済んでロッカールームに引き上げようという段になって、雨足が弱まってきた。
 「おい、止むかもしれないぞ」
若林が期待に満ちた声で言う。しかしシュナイダーは乗り気ではなかった。
 「そうかもしれないが、今日はいいだろう。片付けは終わったし、ピッチも俺たちもずぶ濡れだ。シャワーを浴びて、帰ろうぜ」
 「・・・そうだな。そうしよう」
未練がありそうだったが、結局若林はシュナイダーに従った。
 シャワーを浴び、着替えを済ませて外に出ると、丁度雨が上がるところだった。
 雨が止むのと同時に、空を覆っていた暗雲が引き始め、雲の隙間から太陽が顔を覗かせる。
 「シュナイダー! 見ろっ!!」
若林が弾んだ声で、前を行くシュナイダーを呼び止める。足を止めたシュナイダーが、若林の指し示す方を振り仰ぐと、そこには綺麗な弧を描いて虹が掛かっていた。
 「虹の話をした日に、虹が見られるとは奇遇だな」
 「ああ。俺、虹って初めて見たよ」
虹を眺める若林の顔は、とても嬉しそうだった。シュナイダーは訊いてみた。
 「若林。虹は何色に見える?」
 「えーっと・・・」
若林は返事に詰まる。虹は7色だと言い張ったが、実際に見てみると橙色や藍色は見分けにくい。みんなが言っていた通り、肉眼で判別できるのは5色くらいだった。
 しかしそれを言うと休憩時間の続きで、シュナイダーが自分をからかいだすのではないかと思った。負けず嫌いの若林は、用心して言った。
 「やっぱり、7色だ。7色に見えるよ」
 「そうか・・・俺には5色しか見えないな」
シュナイダーがつまらなそうに言う。
 「同じ虹を見てるのに、不公平だ」
 「不公平? 大袈裟だな」
 「一緒にいるのだから、一緒に同じものを見ているのだから、若林と同じものを見たい」
シュナイダーは思う。若林と同じチームでいられる時間は短い。将来、私生活を共に過ごす関係になれるかどうかも判らない。だから仲間として若林の傍にいられる間は、せめて若林と同じものを見て、同じものを感じて、若林と同じ感性を共有したい。
 虹の見え方のような些細な事柄でも、若林と同じでありたかった。
 虹が出ている時間は短い。
 二人が話している間にも、虹はどんどん薄れていき、すぐに霧散して見えなくなった。
 「行こうぜ」
 「ああ」
二人は何事も無かったかのように、家路を辿り始めた。虹とは関係の無い、他の話をしながら、若林は考える。
 シュナイダーが、虹が7色に見えないことを、あんなに気にするとは思わなかった。しかし7色に見えると言い張った後で、実は自分にも5色に見えたと白状するのは抵抗があった。
 今度、二人でいるときに虹が見えたら、その時は5色に見えると正直に言おう。
 自分の見ているものも、シュナイダーの見ているものと変わらないと言ってやろう。
若林は心ひそかに、そう決めていた。
 次に二人が虹を見たとき、何かが起こるのかどうか。
 それは誰にもわからない。
おわり