ち ちらかったまんまで
珍しい事があるもので、シュナイダーが風邪を引いてクラブの練習を休んでしまった。チームの柱であるシュナイダーは自己健康管理も完璧で、風邪を引くことなど今までになかった。少なくとも若林がチームに在籍するようになってからは、シュナイダーの病欠など見た事がない(尤も気まぐれとずぼらな性格から、遅刻早退はしょっちゅうだったが) 「俺、帰りにシュナイダーの家に寄ってみるよ。カルツも行かないか?」 若林がカルツを誘った。カルツは頷き、練習帰りに二人はシュナイダーの家に寄った。 シュナイダーの母親は、息子の友人達を笑顔で招き入れてくれた。二人をダイニングに案内し、紅茶と菓子をテーブルに並べながら、申し訳なさそうに言う。 「ごめんなさい。せっかく来てくれたのに、カールは自分の部屋で眠っているの」 「あの、カールの具合はかなり悪いんですか?」 「それがねぇ・・・」 母親が事情を話してくれた。昨夜、妹のマリーがどこからか風邪を貰ってきて、けほけほ咳き込んでいたのが事の始まりらしい。大したことはなさそうだったので、薬を飲ませて早く寝かしつけたのだが、心配したシュナイダーは咳き込む妹につきっきりで夜を明かした。そして朝になってみたら、マリーは元気溌剌、シュナイダーはげほげほ咳き込んでいた、というわけだった。 「でもそれほど重い風邪じゃないの。もう、薬ですっかり治ったみたい」 今眠っているのも、具合が悪くてと言うより、昨日マリーの傍で夜明かしをして寝不足だかららしい。妹想いが高じて風邪を背負い込む羽目になったのだと知り、若林は心を打たれた。 「妹さんに一晩付き添って・・・優しいところがあるんだなぁ」 若林はしきりに感心している。 「とにかく、症状が軽いのなら良かった」 若林とカルツは顔を見合わせて、安心したように笑った。 「せっかくだから、ちょいと奴さんの寝顔でも見てから帰るか?」 カルツの言葉に、母親が笑って応じる。 「どうぞどうぞ。ただ、あの子の部屋は散らかってるから驚かないでね」 そして二人はシュナイダーの部屋の前に案内された。 「いつまでも親が世話を焼いてちゃいけないと思って、自分の部屋の掃除はカールに任せてるんだけど、あんまりキレイにしてないみたいなの」 そう前置きして、母親は部屋のドアを静かに開けた。 丁度この時、別室の方から電話が鳴った。 「あら。ちょっと失礼」 母親はそう言って、電話の鳴る部屋へと姿を消した。カルツが若林に提案する。 「ちょっと様子を見るだけだから、入っちまおうぜ」 「そうだな」 若林は軽く応じ、二人は足音を忍ばせてシュナイダーの私室に入った。 母親の言ったとおり、室内は雑然とした感じで生活感に溢れていた。学校の教科書とサッカー雑誌が一緒くたに机に積まれていたり、着替えが何着も出しっぱなしになっていたり。ギャルの汚部屋ほどではないが、出したものをいちいち仕舞わないらしく、確かにごちゃごちゃしている。 ベッドの上では、壁に向かってシュナイダーが寝息をたてていた。顔は見えないが、ぐっすり眠っているようだ。若林が小声でカルツに言った。 「よく寝てるみたいだな」 「そうだな」 カルツは相槌を打ちながら、何気なく脇にある机の上を見た。積み上がった本の横に、ノートが広げられている。カルツの目は何の気なしに、紙面の字を追った。シュナイダーの字は癖が強くて読みにくいが、付き合いの長い幼馴染には簡単に読み取れる。 『ワカバヤシワカバヤシワカバヤシワカバヤシかわいいワカバヤシワカバヤシゲンゾーかわいいゲンゾー付き合いたいデートしたいキスしたい××したいゲンゾーゲンゾー・・・・・・』 カルツは大慌てで、机に飛びつき机上のノートをばしっと閉じた。 「何やってんだ、カルツ? 暴れるとシュナイダーが起きるぞ」 若林が小声のまま咎めるように言う。 「あ、ああ。悪ぃ」 動揺しているカルツは、キョロキョロと落ち着きなく視線を彷徨わせた。ふとベッドの下に置いてある、ファスナーが開けっ放しのスポーツバッグに目が行った。 中に着古したTシャツが入っているのが見えた。その柄には見覚えがある。以前若林が着ていたものだ。カルツは若林が「男なのに、シャツや下着が盗まれる」とコボしていたのを思い出して、青くなった。 「ん? どうした?」 カルツの視線を追って、若林がバッグの方に目を向けそうになった。カルツは慌てて若林の頭を掴み、強引に首をシュナイダーの寝ているベッドに向けさせた。 「痛ててっ! 急になんだよ?」 「いや、だから、その、シュナイダーの顔を見て、早く帰ろう! な? な?」 カルツに促され、若林は改めてベッドの上を見た。シュナイダーは相変わらず壁を向いたままなので、顔を見ることは出来ない。しかし若林はある物を見つけた。枕の脇にA5版の薄いアルバムが置いてある。 「へぇ〜、シュナイダーの奴、アルバムを見ながら寝てたのか」 若林がそう言いながら取り上げたアルバムを、カルツはもぎ取るようにして奪い取った。寝る前にシュナイダーが、どんな写真をベッドに持ち込んだのか、容易に想像がつく。 アルバムを机の上に置き、上に雑誌を載せて隠すようにしながら、カルツは慌てて取り繕った。 「源さん! こ、断りも無く、他人のアルバムを覗くのはマズイって!」 「そりゃそうかもしれないど、だからってひったくる事ねぇだろ」 若林はアルバムを取り返そうとはしなかったが、カルツの行動が癪に障ったらしくムスッとしている。 「ん〜〜〜」 ベッドの上のシュナイダーが一声呻いて、ごろりと寝返りを打った。この様子を見て、若林が責めるように言う。 「ほら、カルツが騒ぐから、シュナイダーが起きちゃったぜ」 若林はベッドに近づいた。傍に屈みこみ、寝惚け眼のシュナイダーに向かって小声で語りかける。 「ごめん、起こしちゃったな。俺たち、シュナイダーが心配で・・・」 「・・・・・・ワカバヤシ・・・・・・」 「もう帰るよ。おだいじ・・・」 若林がお大事にと言うより早く、ベッドから滑るように抜け出したシュナイダーは若林を床に押し倒した。若林に抱きついたまま、シュナイダーが甘ったるい声で囁く。 「うぅ〜ん・・・もう一回・・・・・・」 そう言うとシュナイダーは、目を閉じたまま若林の頬にキスした。 ビックリした若林がシュナイダーを怒突くのと、シュナイダーを夢から覚ますべくカルツがビンタをかますのが、ほぼ同時だった。 「って〜!! ・・・って、若林!? カルツも??」 頬を押さえながら、完全に目覚めたシュナイダーが素っ頓狂な声で叫んだ。 「おまえら、なんで俺の部屋に!?」 「見舞いだ! でもシュナイダーが元気なのが判ったから、もう帰る!」 若林はそう言って、カルツを引っ張るようにして部屋から出て行った。廊下でシュナイダーの母親に会ったが、礼儀正しい若林には似合わず、挨拶もせずに家から出てしまった。 『・・・・・・と、まぁ、これがさっきの顛末だ』 寝惚けていて、何が起きたのかをイマイチ把握してなかったシュナイダーは、すぐにカルツの家に電話をして帰宅したばかりのカルツに説明を求めたのだった。話を聞き終わり、シュナイダーは溜め息をつく。 「そうか・・・俺、若林に嫌われたかな?」 『いや、別れ際に源さんと話したけど、シュナイダーに対して怒ったり嫌ったりはしてなさそうだ』 ただ若林にしてみれば、「女と間違われてシュナイダーに抱きつかれた」のが、男として面白くなかったらしい。カルツの言葉に、シュナイダーは胸を撫で下ろす。 「それなら良かった。カルツに借りが出来たな」 電話口の向こうで、カルツは呆れ声で応じる。 『それよりお前、ああいうモンはもう少しちゃんと隠しとけよ。冷汗かいたぞ』 「判った。これから部屋を片付けるよ」 シュナイダーは電話を切った。そして自室に戻ると、さっきの約束はどこへやら、若林のお宝写真や恥ずかしい写真を集めた秘蔵アルバムを手に、ベッドにもぐりこむのだった。 おわり
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