ブンデスリーガ第4節、対シュツットガルト戦の為、若林たちハンブルガーSVのメンバーは敵地に遠征していた。両チームの実力は均衡している。試合は白熱したものになった。 満場のゴットリーブ・ダイムラー・シュタディオンの観客の声援を受け、シュツットガルトのフォワードは果敢にゴールを狙う。何本のもシュートが矢のように、ハンブルクのゴールに向けて放たれる。 しかし、ハンブルクの守護神若林は、そう易々と得点を許さない。飛んでくるシュートをことごとく防ぎきる若林に対して、地元サポーターはブーイングを飛ばした。 だが観客の機嫌はすぐに直る。ハンブルクにSGGK若林源三がいるなら、シュツットガルトには鋼鉄の巨人デューター・ミューラーが君臨している。ハンブルク勢の猛攻をものともせず、余裕すら感じさせる完璧な守備で、ミューラーはゴールを守りきっていた。横幅も上背もある巨漢のミューラーが、巨体に似合わぬ素早い動きでシュートを防ぐたびにスタンドは沸きかえった。好調のミューラーを見て、若林が独り言のように呟く。 「あの体格で、あの反応の良さ。読みも正確だし、これはかなり厳しいな」 キーパーを惑わせようとハンブルク勢がゴール前でパス回しをしても、ミューラーは最終的にシュートされたボールに対して的確に反応する。若林の目から見ても、チームメイトがミューラーの牙城を崩すのは極めて困難に思えた。 「いかん、敵に感心している場合じゃない」 味方がゴールを奪えないのなら、いよいよもって自分が失点するわけにはいかない。敵のフォワードにボールが渡り、自陣に切り込んでくるのを見て、若林は大声で味方DFに指示を出した。シュートコースを全て塞がれて止む無く後方に戻したボールを、今度はハンブルクのMFが奪い返してドリブルに持ち込む。しかしせっかく味方が攻めているというのに、若林の表情は渋いものだった。 あのままゴール前まで運べたとしても、きっとシュートはミューラーに防がれる。今日の試合は引き分けに終わりそうだ。 若林の予想は当たった。両チームともシュート数は多いもののゴールを割る事が出来ず、結局0対0の膠着状態のまま試合終了のホイッスルを聞く事となった。客席からはなんともいえぬどよめきが起こる。地元チームが試合に勝てなかった不満が半分、スーパーセーブの応酬という見応えのある試合が終わってしまったことを残念に思う気持ちが半分、といった感じだった。 試合終了後、ミューラーが若林の元へ駆け寄ってきた。 「よう、若林。例の賭け、どうする?」 「ああ、賭けか・・・・・・」 若林は笑顔で応じる。試合開始前に、二人はある賭けをしていた。若林もミューラーも、今期はまだ失点を許していない。そこで今日の試合でゴールを奪われ、チームを負けさせた方が勘定を持つ、という取り決めで飲みに行く約束をしていた。 「どっちも失点してないんだから、賭けはチャラだな」 「それじゃ、割り勘だ。あとでおまえのホテルに迎えに行くから待ってろよ!」 ドンッと背中を叩かれて、若林がちょっとよろめいた。鉄壁の守備の競演で試合を大いに盛り上げた両キーパーの、見るからに親しげでおどけた仕種に、客席からは笑いが起こった。 その日の夜、迎えに来てくれたミューラーと共に、若林は外出した。ミューラーが若林に尋ねる。 「どこへ行く? お互いの無失点記録更新を祝って、キレイなお姉ちゃんのいる店でパァーッと飲るか?」 「いや、そういう店はちょっと・・・・・・」 若林は苦笑いを浮かべつつ、ミューラーの提案を退けた。 「俺、あんまり飲めないから、飯もちゃんと食える所がいい」 「そうだっけな。じゃあ、美味い店があるからそこへ行こう。あそこは酒も揃ってるしな」 とことん飲むことに拘りながらミューラーが案内してくれたのは、一階がレストランで二階以上を宿泊施設にしている、ガストホフと呼ばれる形態の店だった。レストランは勿論食事が主体だが、夜は酒も出してくれる。 オーナーはミューラーと顔馴染みらしく、慣れた様子で二人を奥まったテーブルに案内してくれた。壁と柱に遮られて、他の客からは見えにくくなっている席だ。若林は冷やかすような調子でミューラーに聞いた。 「もしかして、おまえがデートに使ってる店か?」 「デートっつうか・・・ま、よく来るんだよ」 ミューラーお薦めのシュバービッシュ・トプフ(太目のパスタと豚肉を土鍋で煮込む料理)は絶品だった。そして食事の後は酒だと言われ、若林もワインに口をつけた。飲ける口のミューラーは、食事中からずっと水を飲むようなペースでワインを飲んでいた。 ボトルを空にしてしまい、ミューラーはソムリエ−ルを呼んだ。ソムリエールは、すらりと背が高く、彫りの深い派手な顔立ちの美人だった。ミューラーの注文を承りながら、彼女は若林の方にも愛想良く目線を配る。彼女が引き下がると、ミューラーが言った。 「そういや話変わるけどさ、若林、彼女いんの?」 いきなり苦手な話題を持ち出されて、若林はワインにむせそうになった。その直前までは、各チームの今期の仕上がり具合をあれこれ話していたのだ。そこからこういう話題に飛ぶとは思わなかった。 「いねえよ」 「いない? 本当に?」 ミューラーは空になったグラスを置き、若林の顔をじろじろと無遠慮に眺めた。 「なんで彼女作んねえの?」 いよいよ答えにくい事を聞かれて、若林は困惑した。彼女を作らないのは既に恋人がいるからだが、そう正直に言えばミューラーはあれこれ恋人について詮索するかもしれない。相手が仲のいいミューラーでも、若林は自分の恋人の事を打ち明ける気にはならなかった。 「なんで、急にそんな事訊くんだよ?」 若林は質問には答えず、質問を返してやり過ごそうとした。折りよく先刻のソムリエールが、注文のワインを持ってテーブルに近寄ってきた。ソムリエールはコルクを抜き、優雅な身振りでワインをグラスに注ぐ。食後に飲むのにぴったりの、甘口のベーレンアウスレーゼだ。 ソムリエールが愛想のいい笑みを浮かべながらテーブルを離れると、ミューラーが面白くなさそうに口を開いた。 「あの女、俺が一人で来る時と、態度が違う」 「そうなのか?」 「ああ。俺一人の時はツンと澄まして愛想笑いもしないのに、今日は若林の方ばかり気にしてよ。あからさまにニコニコして、露骨過ぎるぜ」 そういうことかと、若林は合点がいった。 「おまえ、彼女目当てでここの常連になったんだな?」 「まあな」 不貞腐れた顔でミューラーが頷く。若林はミューラーに、彼女についてもっと聞いてみることにした。それは自分の恋人の方に話題が向かないように、という無意識の防御の表れでもあった。 「彼女を誘った事はあるのか?」 「ある。すっぱり断られた」 グラスの中身を早くも飲み干し、ワインを注ぎなおしながらミューラーが答える。 「あの女、『身体の大きな殿方は好きじゃないんです』とか抜かしやがった。若林だって、別に小さくはねえだろう!」 他所の子が依怙贔屓されるのを見た子供のように、ミューラーが拗ねた。若林は苦笑しつつフォローしてやる。 「彼女とは縁がなかったと思って諦めろ。女性は他にも大勢いるぜ」 「大勢いても、俺と付き合おうなんて物好きはいねえよ」 ミューラーの言葉を若林は意外に思った。ミューラーは豪放磊落な性格で、友人として付き合っていて実に気持ちのいい男だ。外見的にも頼もしげで男前だと思うし、それほど女性にもてないようには見えない。ミューラーにそう言ってやると、ミューラーが事情を話してくれた。 「身体がでかいとアレもでかいだろう? 大抵の女は、自分が痛い目を見るんじゃないかって、用心するんだよ。あの女みたいにな」 「そ、そういうコトか」 なんとなくプラトニックな交際の話を想定していた若林は、話が一気に下へと移り気恥ずかしくなった。 「たまに俺と寝てみたいっていう女もいるんだけど、そういうのに限っていざ俺のブツを見たら怖がって泣き出したりするんだ。本気で嫌がってる女を押さえつけてヤるわけにはいかないから、そういう時は女を帰してやって一人で抜くわけよ。虚しいぜ〜?」 ミューラーの話を聞きながら、若林は自分が初めて恋人とセックスした時の事を思い出していた。それはもう何年も前の事で、当時の若林はまだ成長段階途中の子供だった。しかし欧米人の恋人は、若林と同い年だというのにすっかり成熟していて、性器に至っては完璧な大人だった。自分のものよりはるかに大きいペニスが、勃起して量感を増し自分に迫ってくるのを見たときには、若林も理屈抜きの恐怖を感じたものだった。 (泣き出す女性の気持ちも、判らなくもないなぁ・・・) それにしても弱みだの悩みだの全くなさそうなミューラーが、こんなデリケートな問題を抱えていようとは判らないものだ、と若林は思った。 ミューラーは更に「だから大柄な女を選んで口説いてるんだ」とか「それでも上手くいかない事が多い」とか「振られたからって、途端に店に行かないってのも癪だから、結局ここにはよく来るんだ」などなど、自分のプライベートな話をあれこれ打ち明けてくれた。若林はミューラーのストレス発散になればと、聞き役に廻り相槌を打っていたのだが、急にミューラーの矛先が変わった。 「おい、若林! おまえは俺みたいに女に逃げられる事はないだろう? それなのに彼女を作らないってのは贅沢だぞ!」 「贅沢って・・・」 「大体、さっぱり飲んでないじゃないか。おまえ用に甘口の酒を頼んだのに。ホラ、飲め!」 ミューラーはボトルを取り上げると、若林のグラスにワインをなみなみと注ぎ足した。表面張力で水面が盛り上がっているのを見て、若林が眉をしかめる。 「勿体無い注ぎ方するなよ」 「全部飲めば勿体無くはない! 女に関して贅沢している罰だ。全部飲めよ!」 ミューラーはいくら飲んでも顔に出ないので、酔っていないかのように見えていたが、この突然のはしゃぎ振りからするとしっかり酔いが廻っているようだ。若林はこれも付き合いだと割り切って、グラスに口をつけた。思った以上に甘くて飲みやすい口当たりに、若林はグラスを空にしてしまった。若林の飲みっぷりを見て、ミューラーが機嫌よく笑う。 「なんだ、飲めないとか言って、大丈夫じゃないか」 「うん、これならいくらでものめそうだ」 ミューラーと違い、若林の顔色は耳から首筋まで真っ赤になっていた。瞳はかすかに潤み、言葉もいくぶん舌っ足らずだ。しかし気分の高揚している二人は、そんな事は気にも止めず更にグラスを重ねるのだった。 さらにボトルを追加して賑やかに飲んでいるうちに、いつの間にやら若林はテーブルに突っ伏して眠り込んでしまった。寝ている若林をそのままにして、一人で飲み続けていたミューラーは、3本目のボトルが空になったのを潮に、ようやく若林を起こしにかかった。 「起きろよ、若林。帰ろうぜ」 しかし若林は口の中でむにゃむにゃ言うだけで、さっぱり起きる気配がない。呼べど叩けど眠り込んだままの若林を見て、ミューラーは遅まきながら下戸に酒を勧めた事を後悔した。 若林を持て余しているミューラーを遠目に眺めていたオーナーが、傍に近寄ってきて進言した。 「今日はお泊りになってはいかがですか。幸いツインルームが、一部屋だけ空いておりますから」 「そうだな。そうするか」 若林らハンブルガーSVのメンバーは、今夜はチームの取ってくれたホテルに宿泊している。だからそのホテルまで若林を送っていけば用は事足りるのだが、いい気分で酔っ払っているミューラーにはそれが面倒くさく感じられた。ミューラーはオーナーに言った。 「じゃあ、その部屋頼むわ。勘定は俺が払うから、こいつを泊めてやってくれ」 「ミューラー様はお帰りですか」 オーナーが念を押すように訊ねた。改めてそう訊かれてミューラーは考えた。 (俺が飲ませてこうなったんだから、置き去りは無責任か。平気だとは思うけど、一応そばについててやろう。家に帰るのも面倒だしな・・・) 「いや、俺も泊まる。ツインだから平気だよな?」 ミューラーに言われて、オーナーは丁寧に応じる。 「大丈夫です。ただ、お部屋の支度に少々時間を下さいませ」 レストランで10分少々待たされてから、ミューラーは部屋が整ったと声を掛けられた。ミューラーは若林を揺り起こして歩かせようとしたが、完全につぶれている若林は椅子から立ち上がることさえ覚束ない。 「ったく、世話が焼けるぜ」 ミューラーは若林の背と脚の下に腕を入れると、そのままひょいっと若林を横抱きに抱えあげた。ちょうど父親が遊びつかれて眠ってしまった子供を抱き上げるような格好である。どちらかと言えば大柄な若林の身体を軽々と抱き上げるミューラーに、オーナーは目を丸くした。 オーナーに案内されて客室に入ったミューラーは、室内を一目見て待たされた理由を理解した。離して置かれていたであろう二つのシングルベッドが、ぴったりとくっつけられて一つの大型ベッドに作り直されている。そして少し離れたところに、後から運び込まれたらしい簡易ベッドが置かれていた。オーナーが説明をする。 「ミューラー様がこちらのベッドをお使いください。お友達は簡易ベッドの方で・・・」 「悪いな。図体がでかいもんで色々世話をかけて」 「とんでもない。では、ごゆっくりお休みください」 オーナーが出て行くと、ミューラーは若林を簡易ベッドの上にゴロリと無造作に転がした。そして自分もさっさと寝支度を整えると、特製ベッドの上で眠りについたのだった。 酔いのせいでぐっすり寝入っていた若林は、真夜中にふと目を覚ました。 なんだか寝苦しい。 若林は寝返りをうとうとして、服を着たままであることに気づいた。なんでこんな格好で寝てしまったのだろうと思いつつ、服を脱ごうと身体を起こした。途端に目の前がぐらつき、若林は頭を抱えた。 飲み過ぎたみたいだな。でも、どこでこんなに飲んだんだろう。 思い出そうとするが、どうにも頭が重くて考えがまとまらなかった。急に何もかもが面倒くさくなり、若林はのろのろとした動作で服を脱ぎ捨て、下着だけの姿になると、再びベッドに突っ伏した。 夢と現の狭間の中に意識が漂っているような、曖昧模糊とした気分の中で、若林は恋人のことを思い出していた。先週は彼のチームとの対戦だった。試合の後で落ち合う約束をし、人目を忍びつつ満ち足りた時間を共有した。愛していると甘い声で囁かれ、慈しむように全身を愛撫され、欲望に昂ぶらされた肉体を激しいセックスで鎮められた。数日前に味わった快感が身体の奥から甦る気がして、若林はベッドの上で身悶えた。 「・・・・・・シュナイダー」 若林の手は無意識に、両脚の付け根へと伸びていた。恋人の名を呼びながら、若林は自慰行為に耽った。 低い呻き声。 辛そうな息遣い。 不穏な気配を感じて、ミューラーは目を覚ました。 (若林? 気分が悪いのか?) 暗闇の中、手探りでサイドテーブルのランプを点ける。黄色い灯りがあたりを小さくぼうっと照らし出した。ミューラーはその弱い明かりを頼りに、一段低い簡易ベッドで寝ている筈の若林の方を見た。 「若林?」 すぐに目が慣れてきて、薄暗い室内の様子が見て取れるようになる。若林が何をしているのかが判り、ミューラーは目のやり場に困った。 (同じ部屋に俺がいるのに、こいつ寝惚けてやがるな) 「あ・・・シュナイダー・・・」 若林の唇から押し殺したような声が漏れた。小さな声だったが、ミューラーの耳にははっきり聞こえてしまった。 (シュナイダーって、カール・ハインツ・シュナイダーか? こいつ、シュナイダーで抜いてんのか?) 驚きと好奇心に負けて、ミューラーはベッドから下り、若林の方へと近づいた。ミューラーに眺められているとも知らず、若林は目を閉じ自分だけの世界に没頭している。 暗闇の中、僅かな明かりの中に浮かび上がった若林の媚態は、ミューラーの目には異様になまめかしく映った。うっすら汗ばんだ肌が、かすかな喘ぎ声に同調して密やかにうごめく様を見ているうちに、ミューラーは女性に対して抱くのと同じ種類の劣情を感じていた。自分が興奮している事に気付き、ミューラーは慌てる。 (おい、相手は若林だぞ? 何で野郎のを見て、勃っちまうんだ?) そう思った時、レストランでの飲みながらの会話を思い出した。若林は彼女はいない、と言っていた。そして今、同性の友人の名を呼びながらのこの姿態。ミューラーは若林の性癖を理解した。 (若林はセックスの時は女なんだ。すげえ意外だけど・・・) そう思って若林の様子をじっくり眺めてみれば、ペニスばかりでなく後ろの穴にも指が伸びていた。普通のマスターベーションとはやり方が違う。ミューラーの気分がいくぶん軽くなった。相手が女(役)だと思えば、男に欲情した戸惑いは軽減される。 (いつもシュナイダーとヤってんのか・・・) 横向きに寝ていた若林が、身体を丸めてうつ伏せのような姿勢をとった。下着をずり下ろしているので、形のよい引き締った臀部が丸見えになった。目の前で小刻みに尻が揺れているのを見て、ミューラーは固唾を呑む。 (シュナイダーは、ここに挿れてるんだ) 女性に敬遠されて溜まり気味の自分と違い、若林と充実したセックスライフを愉しんでいるらしいシュナイダーに対して、突如として嫉妬心が燃え上がった。既にミューラーのペニスは固く膨れ上がり、下着の生地を窮屈に引っ張っている。ミューラーは邪魔な下着を脱ぎ捨てると、若林のベッドに上がりこんだ。そして若林の下着をむしるように剥ぎ取ると、バックの体勢で巨砲の先端を捩じ込んだ。 夢うつつの中で快楽に耽っていた若林は、突然の衝撃に我を忘れて悲鳴をあげた。自分の声に驚き、急速に意識が覚醒する。局部を抉り取られるような耐え難い激痛は、犯されているからだとすぐに判った。 そして、その相手が愛しいシュナイダーでないことも。 (誰だ!?) 相手を誰何しようにも、体内に無理矢理に分け入ってくる巨根に圧迫されて、若林の咽喉からはまともな言葉が出なかった。 苦しげな声を漏らし、痛みから逃れようともがく若林の姿は、ミューラーに新しい性的刺激をもたらした。女を力ずくで捻じ伏せるのは卑劣な行為だが、今の相手はか弱い女ではない。試合で自分たちのチームをいつも苦しめる強力なライバルで、肉体的にも精神的にも屈強な若林なのだ。その若林を、自分は力で圧倒して犯している。そう思うだけで背筋がゾクゾクする。 (これって、レイプなのか?) 違う、とミューラーの脳は即座に否定する。若林はヤりたがってたじゃないか。だから俺は相手をしてやってるだけだ。ミューラーは若林の腰をしっかと掴んだまま、囁きかける。 「そんなに嫌がるなよ。ヤりたかったんだろう?」 若林は、聞き覚えのある声に愕然とした。 「・・・ミューラー?」 「悪いな、シュナイダーじゃなくて」 隠していた恋人の名を言い当てられて、若林は身が竦んだ。シュナイダーの名前を出した途端、若林の中がぎゅっと収縮した気がして、ミューラーは息を呑む。もっと気持ちよくなりたくてミューラーが腰を揺さぶると、若林が喘いだ。 「なぁ、いつもシュナイダーとヤってるんだろう? 今日ぐらい俺とヤってもいいよな? な?」 そんな事を言いながら、ミューラーのペニスは容赦なく若林を押し開き、遠慮なく侵入してくる。ぎっちりと穴に嵌まり込んだ格好のペニスは思うように動かしにくいが、それでもぐいぐいと腰を動かしていると熱い粘膜がペニスにねっとりと貼りついたまま引きつるように蠢いて実に気持ちがいい。暫く忘れていたセックスの快楽を呼び戻されて、ミューラーは行為に酔いしれた。 若林も辛いばかりではなくなっていた。痛みや圧迫感は相変わらずだが、ミューラーの大筒はアナルから前立腺を刺激しており、若林に快感を与えていた。自慰行為で勃ちあがっていた若林には、この刺激は強すぎた。 「うっ」 びくりと身体を震わせて、若林が射精した。 若林が達した事に気づき、ミューラーは気をよくした。やはり若林は嫌がっていない。そう思うと、心置きなくセックスが愉しめる。忙しなく腰を揺さぶっているうちに、徐々に限界が近づいてきた。 「おおぅ・・・っ!」 若林の中で、ミューラーが弾けた。溜まりに溜まっていたものを一気に吐き出して、ミューラーは久方ぶりの解放感を味わった。 (すげえな・・・男相手で、こんなに気持ちイイとは思わなかった) 満足感に浸りつつ一物を抜きかけたミューラーは、ある事に気がついた。中出ししたせいで、きつかった若林の内部が潤っており、そのせいなのか肉壁が最前より柔らかく感じられる。ここで止めるのが、急に惜しくなった。 ミューラーが抜け落ちていく感触に、若林は息をついた。自分が友人とセックスしてしてしまった事が、どうにも信じ難かった。 若林の恋愛経験は極めて少ない。過去にも現在にも、恋人と呼べる相手はシュナイダーだけ。キスの相手もセックスの相手も、シュナイダー以外にいない。別に純愛志向というわけではないが、何故かシュナイダー以外には、男だろうと女だろうと気になる相手がいなかった。だから若林は自分をそういう人間なのだと認識していた。特定の恋人がいるうちは、本気にしろ浮気にしろ目移りしない性質なのだと。 それなのに。 こんなに簡単に、友人と寝てしまうなんて。 しかも強引に始められたセックスの筈なのに、いつのまにかしっかり感じてしまっていた。 己に対する不信感が湧き上がり呆然としていると、急に肩を掴まれ仰向けにされた。あっと思う間もなく脚を大きく広げられて、ずぶずぶと挿入される。終わった直後にもう一度挿れられるとは思わず、若林は強烈な刺激にあがいた。ミューラーが動くたびに、結合部分からにちゃにちゃと湿った音がする。ミューラーの精液が潤滑油の役割を果たし、ペニスの出し入れは一回目よりずっと楽になっていた。若林の両腿を抱え込み、打ち込むように腰を前後に振りながら、ミューラーが言った。 「どうだ? さっきよりいいだろ?」 「て、てめえ、いつまで・・・やっ・・・んっ」 「若林、凄えな。中、ぐっちょぐちょで、すげえイイ」 若林は言い返せなかった。言いたい事は山ほどある。こっちの意思も確かめないで強引に始められた事も癪だし、大体恋人でもない男に『具合がいい』などと言われても嬉しくもなんともない。 しかし口惜しい事に、若林の身体はミューラーとの情事にすっかり慣らされてしまっていた。確かに、さっきより気持ちがいい。それこそ声が漏れてしまいそうなほどだった。今、口を開いたら抗議の言葉ではなく、睦声が出てしまう。それじゃミューラーが喜ぶだけだ。若林は下唇を噛んで、声が漏れるのを堪えた。 若林が何も言わないのを、ミューラーは訝しむ。 (気持ちよくないのかなぁ? あ、そうか!) 突き上げる度に、若林の半勃ち状態のペニスがぴくぴくと跳ねるのを見て、ミューラーは考えた。 (男だから、こっちもしてやらないといけないんだな) ミューラーは右手の指先でもって、若林のペニスをきゅっきゅっとしごいた。 「あぁっ!」 一気に達してしまいそうになり、若林は慌てて上体を起こして,ミューラーの手をどかそうとした。若林が起き上がったので、この時初めて二人の視線がまともにぶつかった。 若林としては身体を好き勝手に弄ばれている抗議のつもりで、精一杯ミューラーを睨みつけた。しかしそれは逆効果だった。快楽を堪えるあまり、若林は涙を滲ませていたが、その妖しく潤んだ瞳は男を誘っているかのようだった。 ミューラーは更に欲情した。 ミューラーは両手を若林の腰に廻した。そして大柄な若林の体重をものともせず、若林の身体を上下に揺さぶった。若林は、こんなダイナミックで激しいやり方は初めてだった。最早、声を抑えるどころではない。 「ああっ・・・あっ・・・はぁぁ・・・っ!」 身体を持ち上げられたかと思えば、すぐに突き落とされ、そしてすぐに持ち上げられる。その度にミューラーの太い男根が、容赦なく若林を突き通り、若林の意識を苛む。余計な事は一切考えられず、若林は身体を貫かれる悦楽に酔い、いやらしい声をあげ続けた。 急にミューラーが動きを止めた。若林が倒れ込むようにミューラーにもたれかかった。若林の意識は翳んでおり、失神寸前だった。それでも自分の中で脈打つペニスの逞しさは、はっきりと感じ取れた。 「若林、大丈夫か」 意外なほど優しい声音で、ミューラーが尋ねた。一方的にセックスを仕掛けてきた男に相応しくない気遣いだ、と若林は思う。ミューラーにとって自分は恋人でも何でもない。ミューラーは性欲処理の為に、自分の身体を利用しているだけだ。だったら優しい言葉なんかかけずに、さっさと終わらせて欲しい。 「悪ぃな。俺、溜まってたもんで、つい夢中になっちまって」 今頃、言い訳するなんて・・・。若林は場違いにも笑いそうになってしまった。現実には快感と疲労感が綯い交ぜになっていて、笑うどころではなかったが。 「なぁ、一緒にイこうぜ。せっかく二人で気持ちよくなったんだからさ」 そう言うとミューラーはゆっくりと身体を揺らし始めた。左手は若林の身体を支え、右手では若林のペニスを可愛がっている。さっきまでの激しさとは打って変わったソフトなアプローチだった。若林の口から、気持ち良さそうな吐息が漏れる。 「あ・・・ん」 「若林、可愛いな。本当に可愛いよ」 ミューラーは少しずつ動きを速めていった。若林が堪らず両腕をミューラーの背に廻しすがりつく。ミューラーが動くたびに、若林の腕はミューラーをきつく抱きしめた。 そして。 「あっ・・・!」 「うおおっ!」 二人の身体が同時に硬直した。温かい精液がミューラーの掌をとろりと濡らす。二人が繋がりあった部分からは溢れ出した精液が肌を伝い、シーツをじんわりと湿らせていた。 そのまま暫く、二人は無言のまま抱き合っていた。姿勢を変える事も喋る事も億劫で、まるで固まってしまったかのようだった。やがて若林が擦れた声で言った。 「・・・・・・ミューラー」 「ん? なんだ?」 「いい加減、抜け・・・」 甘い言葉でも言ってくれるのかと思えば、つれない台詞でミューラーは苦笑いする。腕をほどき若林の身体を寝かせると、自分もその横にピッタリと寄り添う。しかし若林の態度は相変わらず素っ気無い。 「暑いから離れろ」 「冷てぇな。さっきはあんなにくっついてたのに」 それでもご機嫌斜めらしいと察して、ミューラーは身体を起こす。ベッドの端に座り込み、スッキリした顔で若林に話しかける。 「すげぇ良かったよな、今の。シュナイダーより、俺の方が上手いだろ?」 「・・・なんで、シュナイダーのこと知ってるんだ?」 「なんでって、おまえシュナイダーの事呼びながら、一人でやってたじゃん」 「俺が!?」 覚えのない事を言われて、若林は慌てて起き上がった。 「ああ。だから若林も溜まってるんだなと思って。俺も溜まってるから、じゃ二人でヤれば丁度いいかと思ってよ」 若林は困惑した。そういえば確かに、シュナイダーの夢を見ていた。いや、夢じゃなくてあれは・・・・・・! 若林は愕然とする。 (じゃあ、ミューラーが俺を襲ったんじゃなくて、俺がミューラーを誘ってたのか?) 押し黙ったままの若林に構わず、ミューラーが言葉を続ける。 「若林だって俺とヤって、気持ちよかっただろう?」 「それは・・・まぁ」 あんなによがっていたのだから、今更隠しても仕方がない。どうもさっきから口の重い若林に、ミューラーが問いかける。 「若林、機嫌悪ぃのか?」 「いや・・・・・・ちょっと混乱してるだけだ」 「混乱って?」 若林がため息をつく。 「自分が、恋人でもない、ただの友達を誘ってセックスする奴だとは思ってなかったんでな」 「へぇ?」 ミューラーには若林の言いたい事が、今ひとつ掴めなかった。恋愛感情が伴わなくても、性欲を満たす目的でセックスは出来る。おかしくも何ともない事だと思うが、若林はそうは思わないらしい。若林の理屈だと、セックスの相手とは即ち恋の相手だけらしい。 (恋・・・・・・か) 少しの間、ミューラーは考え込んだ。そしておもむろに言った。 「俺、若林のこと好きだぜ」 「え?」 今度は若林が不審な表情を浮かべる。 「若林だって、別に俺のこと嫌いじゃないだろう。好きな者同士なんだから、セックスしたっておかしくないだろう?」 「そういう好きじゃなくて・・・」 「それに俺たち、身体の相性はバッチリだったじゃねぇか。ヤってる間中すげぇ気持ちよくて、それで俺、若林の事がどんどん好きになってきて・・・・・・今じゃ、かなり好きになってる。こういうの、恋って言わねぇか?」 「・・・本気で言ってるのか?」 若林は途惑う。 「若林は? ヤる前より、俺のこと好きになってないか?」 ミューラーが身体を乗り出して、若林に詰め寄った。若林は答えに迷った。確かにミューラーは親友だから、もともと嫌いではない。しかし親友と恋人は違う。親友とセックスして、それで恋人になるなんて・・・・・・。 ここまで考えて、若林はハッとする。 シュナイダー。 彼と恋人になったきっかけは、シュナイダーに告白され、身体を求められ、それを受け入れて結ばれたからではなかったのか。 それまではシュナイダーは、親友の一人に過ぎなかった。ミューラーと同じ、ただの親友だったのだ。 「俺は・・・・・・」 言いかけたきり、若林は口をつぐむ。色々な事が頭に浮かんで、ミューラーのように即答は出来なかった。若林の煮え切らない態度を見て、ミューラーは悟った。若林は、俺ほど単純じゃないらしい。困らせるのはよそう。 「あ、悪い。やっぱり、答えなくていいや」 ミューラーが急に喋り出した。 「若林には彼氏がいるんだもんな。答えにくい事訊いて悪かった」 そしてミューラーは若林の身体を、そっと抱き寄せる。抗い難いものを感じて、若林はミューラーに身を任せた。 「俺は若林の全部をモノにしようとは思わない。だって、それじゃ若林が苦しむもんな」 「ミューラー・・・・・・」 「でも、たまにでいいから、俺とまた、こんな風に過ごしてくれないか。それも駄目だってんなら・・・・・・」 ミューラーの手が若林の股間に伸びる。 「・・・・・・今夜だけでいいから」 ミューラーの愛撫を心地よく感じながら、若林は腹を括った。今夜だけ。今夜だけはシュナイダーを忘れよう。そして、ミューラーを受け入れよう。 若林はミューラーの顔に両手を当て、自分の方に向かせた。そしてキョトンとした顔のミューラーに、くちづけをする。ミューラーの目が喜びで見開かれた。ミューラーは自分も若林の顔を引き寄せ、貪るように深く唇を吸った。 薄暗い室内に聞こえるのは、忍ぶような息遣いだけだった。それは徐々に喘ぎ声へと変わり、やがてベッドの軋む音と共に響き渡った。 「ミューラー、俺、先にホテルに帰るからな」 若林に声を掛けられ、眠っていたミューラーはパチリと目を開けた。部屋のカーテンは引かれたままだが、隙間から差し込む光の眩しさから朝になっていることが判る。 「まだ、早いんじゃないのか」 「あまり人目につきたくないんだ。なにしろ朝帰りだからな」 そう言って微笑する若林の姿を改めて見れば、既にシャワーを済ませて、ちゃんと服を着込んでいる。起きぬけの格好ならもう一度・・・と思ったミューラーだったが、どうやら本当にタイムアップのようだ。 「そうだ。ミューラー、ここの勘定は?」 「俺の奢りだ。気にすんな」 「そうはいかない。賭けは流れたんだから、割り勘だ」 若林は頑固に突っぱねた。そしてミューラーからおおよその金額を聞き出すと、その半額に当たる金額をミューラーに手渡した。 「じゃあな」 「待てよ」 部屋から出て行こうとした若林が、足を止めて振り返る。 「どうした?」 「あー・・・その、また賭けしないか?」 ミューラーが切り出した。若林が笑う。 「次の対戦は5ヶ月後だぜ?」 「そうじゃなくて、・・・もし若林が俺より先に無失点記録を破られたら、また俺と寝てくれる?」 若林の表情が硬くなる。 「それで、俺の方が先に失点したら、もう二度と若林と寝ない」 ミューラーにとっては、この賭けを持ち出した事自体が、大きな賭けだった。今夜限りだなどと気障な事を言ったが、本当に若林とこれっきりになるのが惜しかった。しかし下手に未練たらしい事を言ったら、却って若林に嫌われてしまうだろう。 若林が、この賭けを受けてくれるのかどうか。ミューラーは真剣な顔で、返答を待った。 「いいぜ」 若林があっさりと言った。 「俺はそう簡単にゴールを奪われはしない。少なくとも、おまえよりはな」 そう言い残して、若林は部屋を出て行った。あとに残されたミューラーは、ぽかんと口を開けて若林の後姿を見送った。 ミューラーは考える。いかに自信があるとはいえ、若林がミューラーより先に失点する可能性は存在する。ならば若林が本当にミューラーとの肉体関係を打ち切りたいのなら、この賭けを受ける事はないのではないか。ということは。 「あいつ・・・・・・やっぱり俺に気があるんじゃねぇか?」 そう思うと、つい昨夜の事などを思い出して顔がほころんでくる。ミューラーは今期は決して失点すまいと、固く心に誓うのだった。 おわり
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