時刻は午後9時半。全日本代表チームの合宿所では、既に夕食も終わり、自由時間になっていた。食堂で修哲グループとつるんでお喋りをしていた若林に、キャプテンである翼が声を掛けた。
 「若林くん、話があるんだけど」
 「ああ、何だ?」
 「ちょっと話が長くなるんで、若林くんの部屋で話していいかな?」
 「駄目だ!!」
若林が大声を出して即座に断ったので、周りにいた井沢たちは呆気に取られた。若林は自分の態度が不自然だった事に気付き、慌てて言葉を補いフォローする。
 「あ、いや、今こいつらと話してるから。話ならここで聞くよ」
 「ここで話していいの?」
翼が妙に含みのある言い方をする。
 「こないだの若林くんの『守り』について、『攻め』の立場から言いたい事があるんだけど」
 「!!!!!!」
若林は血相変えて、椅子から立ち上がった。
 「判った、そういう事なら部屋で話を聞く」
 「うん。じゃあ、みんな、また明日」
翼は井沢たちに挨拶して、若林と食堂を出て行った。食堂に残された面々は、何事かと憶測を巡らせる。
 「『こないだの守り』って、紅白戦の時か?」
 「若林さんの守りは、完璧だったと思うけど・・・」
 「でも翼は『天才』だからなぁ。あいつから見たら、色々気がつくことがあるのかも」
それから話題は別の方向に流れていき、それ以上二人の事を気にする者は、誰もいなかった。

 若林の部屋に入ると、翼は当然のように奥のベッドに腰掛けた。それと対照的に若林はドアの前に立ったまま。どちらが部屋の主か判らない。翼が笑う。
 「若林くん、中に入りなよ。君の部屋だよ」
 「・・・・・・翼、ベッドじゃなく椅子に座ってくれ」
 「ハイハイ」
翼は言われたとおりベッドから立ち上がり、机の傍の椅子に腰掛けた。それを見て漸く若林が部屋に入る。翼と距離をとって、立ったまま話しかけた。
 「それで? 俺に話っていうのは?」
 「うん、これなんだけど・・・皆に見せる前に、若林くんの意見を聞こうと思って」
翼はジャージのポケットから、カメラ付きの携帯電話を取り出した。そして画像を選択してから、若林に手渡した。
 「俺はよく撮れてると思うんだけど」
若林は携帯の画像を見た。写っていたのは・・・
 手首をベッドに縛り付けられ、全裸で失神している自分の姿。
 「つっ、つっ、つばさっ! これっ・・・!」
 「だって若林くん、途中で寝ちゃうからヤッててもつまんなくて」
唖然としている若林の手から、ひょいと携帯を取り返して、翼が笑う。
 「だからケータイ取ってきて、記念写真撮っちゃった。他にもあるよ。ハメ撮りとか・・・」
 「やめろ! 見たくない! もう、判ったから!」
若林は翼に背を向け、頭を抱えた。
 なんてことだ! なんて奴だ! これから俺はどうなっちまうんだ!!
 「若林くん、ホントーに判ってる?」
翼が若林の肩に手をかけ、後ろから覗き込むようにして声を掛ける。
 「判ってるんなら、ホラ、用意して」
翼がニコニコと、ベッドを親指でクイッと指差す。若林は溜め息をついた。
 「おまえ・・・あねごがいるくせに」
 「ここにはいないよ。いるのは若林くんだけ」
翼は若林の顔を自分に向けさせ、キスをしようとした。しかし唇が触れるか触れないかのうちに、若林が顔をそむけてしまった。翼が不満げに言う。
 「若林くん、この間もキスを嫌がったよね。もしかして、シュナイダーに義理立てしてる?」
 「そんなんじゃない」
若林は顔をそむけたまま、翼に言った。
 「俺は翼とはそういう関係になりたくなかった。翼は俺のライバルであり、サッカーを通じての一番の親友。ずっとそういう間柄でいたかったんだ」
 「今でもそうだよ。ライバルで親友。それにセックスフレンドが加わっただけ」
翼がニッコリと笑う。話している内容はとんでもない事なのに、まるで邪気のない爽やかな笑顔だ。翼は若林の首に腕を廻した。
 「本当はライバルで親友で恋人になりたかったけど、それにはもう遅すぎるから・・・俺も、若林くんも今の恋人を裏切ったり出来ないもんね」
翼の言葉に、若林がハッとして顔を向けた。
 「翼、おまえ、今なんて・・・」
翼は若林の唇に自分の唇を重ねて、若林の言葉を閉じ込めてしまった。若林も今度は翼のキスを避けようとはしなかった。
 やがて翼は静かに唇を離した。
 「・・・だから、俺はセックスフレンドでいい。気持ちは恋人のもとに。俺たちの関係は単なる性欲処理の為。それなら、シュナイダーに対して申し訳が立つよね?」
 「待ってくれ、翼。それじゃ、翼は俺の事が・・・」
 「それ以上、言わないで。俺には早苗ちゃんが、若林くんにはシュナイダーがいる。もう、遅いんだ。言うだけ辛くなる」
翼は寂しげに笑う。
 「だから俺たちは、身体だけの関係。それなら、いいよね」
 「翼・・・・・・」
若林は呆然として、翼の顔を見つめた。自由を奪われ、強姦されて、挙句に写真まで撮られて、てっきり翼を最低の非道い奴だと思っていた。内面にこんな真摯な恋情を秘めていたなんて、全く気づかなかった。翼が言葉を続ける。
 「この間は、若林くんが他の奴とそういう関係だって判って、頭に血が上っちゃって・・・ごめんね、酷い事しちゃって」
 「いや、その事はもういいよ」
若林が静かに言った。理由を明かされてみれば、若林にはとても翼を責める気にはなれなかった。
 「写真を撮ったのも、若林くんとの一夜を忘れたくなかったから・・・」
 「それも、もういいって。翼、俺は・・・」
 「何も言わないで」
翼がそっと人差し指を、若林の唇に当てる。
 「俺たちは身体だけの関係なんだ。だったら、やることをやって、さっさと別れよう」
若林は無言で頷いた。翼の言うとおり、俺たちはお互いの恋人を裏切る事は出来ない。翼の気持ちに応えるためには、翼の言うとおりの関係・・・セックスフレンドになるしかない。
 翼が部屋の照明を消した。暗闇の中、翼と若林はひしと抱き合った。

 ベッドの下には二人が脱ぎ散らかしたジャージが散乱していた。その上に、最後まで若林が身につけていた下着が、翼の手によって投げ落とされる。
 「・・・・・・どう? 気持ちいい? 若林くん」
 「あ・・・あぁ・・・」
翼の前戯は実に巧みで、若林は翼の手の動きに翻弄され続けていた。シュナイダーにされている時とは全く違う。吸い付くような指の動きは、次々に若林の新しい性感帯を見つけ出していた。翼が、感じまくっている若林に、意地悪く訊いた。
 「シュナイダーの時と、俺と、どっちがいい?」
 「・・・そんなっ・・・こと・・・こたえられない・・・」
翼が指先をつぷっと、若林のアナルに差し込んだ。挿入されるとき、いつもならまず痛みを感じる筈なのに、今日は翼の愛撫ですっかり身体が高ぶっている為、若林は痺れるような快感を覚えた。気持ち良さそうな声が、若林の口から漏れる。
 「あっ・・・ん」
 「ホントに可愛いなぁ、若林くんは。あのね、そういう時は、『翼がいい』って言えばいいんだよ。若林くんがシュナイダーを大切に思ってることは判りきってるんだから。俺たちはセックスフレンドで、俺はセックスを愉しむためにわざと聞いてるんだから、若林くんもこういうときは『翼がいい』って嘘をついて、セックスを愉しめばいいんだよ」
話しかけながらも、翼の指は休む事をせず、若林をじわじわと可愛がっていた。
 徐々に刺激する指の本数を増やされ、アナルの中はもうぐちょぐちょだった。その快感で若林のペニスは完全に勃ちあがっていた。後ろをいじられただけで、こんな風に勃ってしまったのは、初めてのことだった。もはや若林は、まともに物を考える事が出来なくなっていた。翼に言われるとおりに、莫迦みたいに同じ言葉を繰り返す。
 「・・・つばさがいいっ・・・つばさが、いい・・・」
 「そうそう」
 「つばさ・・・早く・・・!」
 「入れて欲しくなった? 判った」
翼は指を抜いて、とっくに臨戦態勢になっている自分のペニスを、若林の入り口にあてがった。しかし入り口を軽くつつくだけで、なかなか挿入しない。焦れた若林が翼を急かす。
 「つばさっ・・・早く、早く・・・頼む・・・」
 「じゃあ、俺のこと『好き』って言ってくれる? 嘘でいいんだよ。今だけの嘘で」
 「すき、つばさ・・・すきっ・・・!」
 「シュナイダーよりも好き?」
 「・・・シュナイダーよりも・・・つばさが、すき・・・」
 「ハイ、よく言えました」
翼は腰をぐっと沈めて、若林の中にペニスを挿入した。さんざん焦らされた挙句に、欲しかったものを受け入れて、若林は歓喜の声をあげた。
 「つばさぁ・・・つばさ・・・すき、もっと・・・もっと・・・!」
 「いいよ、若林くん・・・もっと、良くしてあげる」
翼はリズムをとるように、腰を動かし始めた。一旦深く差し入れたかと思えば、すぐに抜きかけ、また深く貫く。翼の指揮棒に操られる楽器のように、若林は睦声をあげ続けた。
 「はぁっ!・・・あぁっ、つばさ・・・すき・・・すきぃ・・・!」
 「俺も若林くんのこと、大好きだよ」
この言葉を聞くなり、若林の身体がびくっと震えた。アヌスの締めつけもぎゅっときつくなり、翼に激しい快楽をもたらした。さすがの翼も、これにはかなわない。
 「う、あっ・・・!」
翼の動きが止まった。翼と若林は、ほぼ同じタイミングで達していた。

 「・・・もう、行くよ」
翼が若林の傍から身を起こす。ベッドに寝そべったままの若林が、翼を見上げて名残り惜しそうな表情を見せる。
 「・・・翼・・・俺、おまえのこと・・・」
 「言っちゃ駄目」
翼はまた人差し指を、若林の唇に当てた。
 「セックスが終わったら、もうあの嘘はついちゃいけないんだ」
 「嘘じゃない! 翼、俺は・・・」
 「嘘じゃないなら、なおさら言っちゃ駄目」
翼が寂しげな視線を向ける。その視線に逆らえず、若林は言葉を飲み込んだ。
 「じゃ、また練習のときに」
 「・・・ああ」
翼は服を身につけ、若林の部屋を出て行った。あとに残された若林は、静かに目を閉じて翼に言われたことを思い返す。
 (セックスフレンドで構わない・・・本気でそう思っているのか)
確かに翼の言う事は、理に適っている。俺が割り切ってしまえば、誰も傷つかずに済むことだ。
 だけど・・・
 (気持ちはどうなるんだ)
俺を慕ってくれている翼の気持ち。そして今日気づかされた、俺の翼への気持ち・・・。
 ふいにシュナイダーの顔が浮かんだ。
 決してシュナイダーを想う気持ちが、薄れたわけではない。翼と関係を結んでしまった今も、シュナイダーを愛している。しかし・・・
 (俺は、シュナイダーと翼のどちらを、より深く愛しているのだろう)
いくら考えても、答えの出せない疑問だった。
 (口ではああ言っていたけれど、きっと翼も俺と同じように悩み続けてきたのだろう)
この悩みを共有できるのも、翼だけだ。若林は翼の辛い心情を思い、切なくなった。

 若林の部屋から出た翼は、そっとドアを閉めた。ドアが完全に閉まるカチッと言う音を聞くなり、翼はその場で無言のガッツポーズをとった。
 (いやったぁ〜! 大成功!!)
翼は自然に笑みが浮かんでくるのを、こらえる事が出来なかった。こんなにうまくコトが運ぶなんて。作戦を変更したのが、功を奏したようだ。
 先日、若林を強引に抱いたとき、翼は若林が意外に純情なのに気づき戸惑った。ドイツから男を引っ張り込むくらいだから、フリーセックス主義のイケイケなのかと思って遊んでみたら、妙に古風で恋人に操を立てているようなところがあるのだ。
 しかし身体は最高だった。感度はいいし、喘ぎ声も可愛い。なによりあそこの締めつけが絶品だ。何度でも味わいたい、まさに『名器』の持ち主だった。
 是非ともまたお相手願いたいと思ったものの、若林が大人しく応じてくれる筈がない。脅迫して身体を要求するしかないかと思い、携帯で写真を撮った。そして今日話を持ちかけたのだが、途中でふと思いついた。
 このうぶな男には脅迫より、こっちも純情ぶった方が有効ではないのかと。
 結果は大当たり。お陰で反抗的だった前回とは違い(まぁ、それはそれでなかなか良かったのだが)今日は、素直な若林をたっぷり味わうことが出来た。
 ただ気掛かりなのは、若林が翼に本気にならないかという点。気楽にセックスを愉しみたい翼にしてみれば、三角関係だの浮気発覚だので泥沼に陥るのは何としても避けたい事態だった。
 (まぁ、アレだけ牽制しておけば平気だろう)
翼は人差し指を自分の口の前に当てて、くすくす忍び笑いをもらした。全く、若林くんは可愛いんだから。
 あの様子じゃ、合宿の間中、毎日でも楽しめそうだ。
翼は明日からのお楽しみに思いを馳せながら、忍び足で自室へと戻っていった。
お わ り

あとがき
 気の迷いで書いてしまった翼源小説が、一部の方に好評だったため、感謝の気持ちを込めて第二弾です。しかも翼くんの外道度5割増(笑) というか、源三が世間知らず過ぎ。こんなんで、世の中渡っていけるのか源三・・・。

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