指輪

 12月7日。今日は若林の誕生日。シュナイダーはシャンパンと、バースデープレゼントを携えて、若林の家へとやって来た。今夜は二人っきりで、若林の誕生日を祝う約束をしていた。
 若林は笑顔で、恋人を迎え入れた。ドアを閉めたシュナイダーが、まずは軽く挨拶のキスをする。でも若林の態度は相変わらずぎこちない。恋人同士になって随分経つというのに、若林は照れがあるのか未だにキスが上手に出来ない。
 「あ、あの食事、出来てるから」
シュナイダーのキスから顔をそらし、若林が言った。
 「冷めると不味くなるから、早く食おうぜ」
 「・・・わかったよ」
シュナイダーは肩をすくめて、若林の意向に従った。
 食卓の上には、湯気のたった温かい料理がずらりと並んでいた。レストランの仕出しかと思うような、メニューの豊富さにシュナイダーが感心する。
 「本当に、若林は器用だな。これなら、店が開けるぞ」
 「おだてるなよ。それに、いつもはこんなに手の込んだものは作らない。俺一人だからな」
若林の何気ない一言に、シュナイダーの胸が熱くなる。俺のため。俺のためだけに、若林がこんなに手間をかけてくれている。
 シュナイダーはシャンパンの栓を抜き、勢いよくほとばしる液体を、ふたつのグラスに注いだ。
 「なんだか、大袈裟な感じだな」
グラスを受け取った若林が、苦笑する。
 「大袈裟なものか。地味なくらいだ」
シュナイダーがまぜっかえす。顔が広く、友人の多い若林の誕生パーティーなら、本当ならもっと盛大に催されてもいい筈だった。しかし、現実には自宅で恋人と二人っきりの、つつましい祝いになっている。地味だと言いつつ、シュナイダーはこのささやかなパーティーが気に入っている。
 若林の誕生日を祝う栄誉を賜ったのは、この俺一人なんだ。
かなり気分がいい。
 「誕生日おめでとう、若林」
 「ありがとう」
若林が照れ臭そうに、笑みを浮かべる。ふたりが乾杯すると、静かな室内にガラスの触れ合う清らかな音が響き渡った。

 贅沢な夕食が終わり、居間で食後のお喋りを楽しむティータイムになった。若林が香りの良い紅茶を、トレイに載せて運んでくる。紅茶をテーブルに置くと、シュナイダーが掛けている向かいのソファに腰を下ろした。それを見たシュナイダーは席を立ち、若林の隣に腰掛ける。このソファは、体格のいい成人男子が並んで腰掛けると少し窮屈だった。
 「シュナイダー、狭いからそっちに掛けてくれよ」
 「俺は若林の隣がいい」
子供のような口振りで、シュナイダーが甘えてみせる。若林もそれ以上は、席を移れと言わなかった。
 こうしてシュナイダーとくっついているのは嫌いじゃない。自分からベタベタくっつくのは恥ずかしくて嫌だけど、シュナイダーの方からくっついてくるのなら別に構わない。
 身体を寄せ合い、顔を近づけて、ふたりは色んな事を語り合った。話題は何でも良かった。どんな話題でも、恋人となら話が弾む。こんなに話の合う相手は他にいない。
 ところがどんなに話が弾んでいても、ふっと会話の途切れる瞬間がある。俗に、天使が通り過ぎる、といわれる沈黙である。お喋りの合間の、心地よい休憩時間。決して気まずくない静かな時間。
 この時、シュナイダーはポケットに手を入れ、用意していたプレゼントの小箱を取り出した。薄く模様の入った白い包装紙に、上品な銀のリボン。箱の大きさから、アクセサリーが入っているものと判る。それを若林の前に差し出すと、若林が面食らったような表情を見せた。
 「わざわざプレゼントまで、用意してくれたのか」
言外に、そんなものはいらなかったのに、という含みがある。自分の誕生日を祝って貰うために、時間を割いて家まで来て貰った。それだけで、充分だったのに。 品物を貰うなんて、却ってよそよそしい気もする。本当に親しい仲ならば、物のやりとりなんかいらないとも思う。そんな若林の気持ちを察したのか、シュナイダーが言う。
 「気に入らなければ、捨ててくれて構わない」
 「・・・そんな事、するわけないだろう」
シュナイダーの言葉に、若林は内心焦る。シュナイダーの機嫌を損ねてしまっただろうか。せっかく持ってきてくれたプレゼントを、迷惑がるなんて俺の思い上がりだった。品物がどうこうじゃない。俺のためにプレゼントを選んでくれた、シュナイダーの心遣いをまず受け止めるべきだった。
 「開けていいのか?」
 「ああ。気に入ってくれるといいんだが」
若林は無造作に包装紙とリボンを破り捨てた。中から出てきたのは、ビロードの手触りが心地いい、濃紺のアクセサリーケース。ふたを開けると、趣味のいいデザインのシルバーリングが、品よく納まっていた。
 「指輪・・・?」
若林が、またも途惑う。プレゼントで指輪を貰うのは、生まれて初めてだった。タイピンやカフスボタンなら、以前にも貰った事があるので、箱を見た時にはてっきりその類だと思ったのだ。
 「気に入らないか?」
シュナイダーが気掛かりな様子で問いかける。プレゼントをした方としては、当然の反応だった。若林は慌てて答えた。
 「そうじゃない。ただ、キーパーは手を使うだろう、だから俺、指輪をつける習慣が無くて。今度、スポンサーのパーティーとかがあったら、はめていくよ。ありがとう、シュナイダー」
若林は笑顔で礼を言うと、ケースのふたを閉じた。そしてその箱をテーブルに置く。シュナイダーが、つまらなさそうに言った。
 「今、つけてくれないのか」
 「ああ、そうか。そうだな、つけてみよう」
若林はケースから指輪を取り出し、右手の中指にはめようとした。しかしシュナイダーの指がすっと伸び、若林の手からリングをかすめ取る。せっかくはめようとした指輪を取られ、若林が抗議する。
 「おい、何を・・・」
 「指輪はそこじゃない」
そう言うとシュナイダーは若林の左手を取り、薬指にリングを通そうとした。シュナイダーの意図を悟り、若林は数日前の会話を思い出した。

 「結婚したい」
シュナイダーは真面目な口調で、若林に告げた。
 「俺は家族に、若林を結婚相手として紹介したい。それから正式に結婚して、俺たちの関係を他の人たちにも認めてもらいたい」
ドイツでは男性同士の結婚が認められている。シュナイダーがそれを願うのは当然だった。しかし求婚されるとは予期しておらず、若林は何と返事したらいいのか迷った。
 「・・・・・・今のままじゃ、駄目なのか」
 「今のまま? 若林は俺たちの関係を、ずっと伏せておきたいのか。それは、俺との関係を恥じているという事か?」
少し違う。シュナイダーとこうなったことを恥と思ったことはない。だが、敢えて吹聴してまわる事でもないと思う。恋愛はあくまでも当人同士の問題。当人同士が心から愛し合っていれば、結婚という儀礼的な手続きを踏まなくてもいいのではないだろうか。
 それに、同性結婚はまだ好奇の目で見られることが多いと思う。特に日本ではそうだ。くだらない興味本位の記事を書かれたり、騒がれたりするのは煩わしくて嫌だった。自分が面倒に巻き込まれるのは仕方ないが、実家にまで余計な迷惑をかけそうで申し訳なかった。12歳の子供の我侭を聞いて、自分をサッカー留学させてくれた理解のある家族に、若林は深く感謝している。そんな大事な家族を厄介ごとに巻き込みたくない。
 そうした事を話して、若林はシュナイダーの求婚を丁寧に断った。しかし、シュナイダーは納得しなかった。
 「それは結局、俺との結婚を恥じているという意味じゃないか。こそこそ隠すから、好奇の目で見られるんだ。堂々と結婚してしまえばいい」
 「そう簡単にはいかないよ」
 「どうして、逃げるんだ? おまえらしくもない」
 「逃げてるわけじゃない」
 「周囲から祝福されて、結婚したいと思うのは当たり前だろう?」
 「周りから祝福されて結婚したカップルが、一番幸せとは限らないだろう。俺は今のままがいい」
ふたりの会話は平行線を辿って、一向にまとまらない。喧嘩をしているわけではないが、仲のいいふたりの間に珍しく重い空気がたちこめていた。結局シュナイダーが折れて、この話は無かったことになった。
 その後、シュナイダーがこの話題を持ち出すことはなかったのだが・・・・・・。

 左手薬指にはめる指輪。その意味は明らかだ。若林はシュナイダーと、もう一度話さなければと思った。
 「おい、シュナイダー」
 「じっとして。意外にきついな」
シュナイダーは若林の手を取りながら、指輪と悪戦苦闘していた。サイズを確かめて用意したリングだったが、若林の指は節が太くなっているため、ちゃんと根元まで入らない。無理に通そうとすると、若林が痛がって声をあげた。
 「痛てっ、きついよ、コレ。こんなの入んねぇよ」
 「大丈夫、ちゃんと入るから」
ずっと以前にも同じような会話をしたなと思いつつ、シュナイダーはリングを廻すようにして、少しずつ指の根元まで入れていった。
 「ほら、入っただろう」
 「コレ、抜けるのか?」
指輪を見ながら、若林が尋ねる。シュナイダーには、若林の言葉が引っ掛かった。
 このまま抜けなければいいのに。
 そうしたら、若林に俺という男がいることを周りに知らしめる事が出来る。
だが若林の誕生日に、若林の気持ちを逆撫でしたくない。シュナイダーは冷静に言葉を返した。
 「抜く時も手伝うよ」
 「じゃあ、この指輪はシュナイダーと一緒にいるときしか、着脱出来ないな」
 「・・・・・・そうだな」
ふたりでいるときにだけ、はめられるリング。それはまさに、シュナイダーが若林に新しく提案しようとしている関係を象徴するものだった。
 シュナイダーはポケットから、もうひとつ指輪を取り出した。
 「これ、俺の指輪。若林にはめて欲しい」
 「シュナイダー、それは・・・」
 「頼む」
シュナイダーの瞳は真剣だった。
 「周囲に祝福されて正式に結婚したい、とは言わない。俺たちの関係はこのままでいい。でも、立会人がいなくても、誰にも知られていなくても、俺は若林と結婚したい」
 「シュナイダー・・・」
 「お互いが、立会人だ。俺と結婚してくれ。永遠の愛を、誓ってくれ」
若林は返事をしない。だが、その黒い瞳はしっかりとシュナイダーの真摯な視線を受け止めている。
 知らなかった。
 シュナイダーが、そんなにも俺との結婚を望んでいたなんて。
若林はシュナイダーの手から指輪を受け取った。そしてそれを、シュナイダーの左手薬指に通す。シュナイダーの指はしなやかで、指輪は何の滞りも無く指の根元まで通った。
 「・・・・・・誓うよ」
シュナイダーの手を取ったまま、若林が静かに言った。シュナイダーが、ゴクッと唾を飲み込むのが判った。シュナイダーはすぐに、自分の誓いの言葉を述べた。若林と違い、ちゃんと改まった言い方である。
 「私、カール・ハインツ・シュナイダーは若林源三に永遠の愛を捧げる事を誓います」
 「『死が二人を分かつまで』か?」
若林が照れ臭くなったのか、冗談めかして笑った。しかしシュナイダーは、この神聖な誓いを冗談にしたくなかった。厳しい声で、若林に注意する。
 「違うぞ、若林」
 「あれ、違ったっけか」
 「死んでも、来世でも・・・俺たちは一緒だ」
シュナイダーは若林の身体を抱き寄せた。そして誓いのキスを、若林と交わした。キスが苦手な若林も、この時ばかりは嫌がらない。普通の結婚式の『誓いのキス』ではありえない長い時間をかけて、ふたりは唇を重ね続けた。

 きちんとシャワーを浴びて身体を清めてから、ふたりは同衾した。何度も身体を重ねた仲だが、今夜はいつもと意味合いが違う。結婚した二人が初めて迎える夜、初夜なのだ。
 「いまさら、初夜とかいっても・・・なぁ? しょっちゅう、ヤってんのによ」
若林がまた、冗談めかした言い方をする。シュナイダーは、そんな若林の態度を、暖かく受け止める。恥ずかしがり屋の若林は、こういう言い方で、気持ちを誤魔化そうとするのだ。
 真面目な若林は、さっきの『結婚』を厳かに受け止めている。
 本当は俺よりも緊張している筈だ。
シュナイダーは若林の緊張を解いてやろうと、自分もふざけた言い方で言葉を返す。
 「しょっちゅうじゃないぜ。おまえはいっつも、俺にお預け食わせるからな」
話しかけながら、シュナイダーの手は若林の長い脚を愛撫する。筋肉が理想的な形についた逞しい脚は、シュナイダーの掌に頼もしい手応えを感じさせる。若林は体毛が薄いので、触り心地も最高だ。シュナイダーの手は徐々に、若林の脚の付け根に近づいていく。いつの間にやら若草を掻き乱され、袋を揉まれて、棹をしごかれる。若林の吐息が甘い響きを帯びたものに変わる。
 「んっ・・・シュ、ないダぁ・・・」
若林がシュナイダーを呼ぶ。しなやかな指先に弄ばれたペニスが、限界近くまで怒張している。早く開放してやらなければ、可哀相だ。シュナイダーは指先に力を入れ、くっと若林自身を締め付けた。
 「んんっ!」
わずかに若林の腰が浮く。若林の先端を握っていたシュナイダーの手の中に、温かい汁が満ち溢れる。シュナイダーは手についた汁を、一口だけ嘗め取った。
 若林の出した快楽の証。本当なら、全部飲んでしまいたい。でも、これには大事な使い道がある。
シュナイダーは濡れた指先を、そっと若林のアナルに入れる。
 「あうっ!」
若林が小さな悲鳴をあげる。相変わらずきつい。そして若林は相変わらず痛みを感じているようだ。
 何度もやっているのに、若林の身体はなかなかセックスに慣れない。いっそ市販されている性行為用のオイルやクリームを使ってみようかと、若林に提案してみたこともある。しかし若林が顔を赤くして強く拒否反応を示したため、実行するには至っていない。
 だから若林の固い蕾をほぐすのに使えるのは、自分たちの体液だけ。唾液や精液で濡らした指で、若林の中をゆっくりと掻き回す。時間はかかるが、終いには何とか肉が柔らかくほぐれ、若林はシュナイダーを受け入れることが出来るようになる。
 身体を慣らされているときが、若林にとっては一番恥ずかしい時間だった。恥部を恋人にいじくられている行為そのものも恥ずかしいが、初めは痛みを堪えるのに必死だった自分が、いつしか甘い声をあげている・・・その過程をシュナイダーに見られている事の方が、何倍も恥ずかしい。シュナイダーにとっては、若林が自分の手によって変わっていく様子を見るのは、実に楽しい事なのだが。
 今も念入りにアナルを掻き回されて、若林の意識は朦朧としていた。全神経が一箇所に集中しているような感じで、シュナイダーの指の動きに翻弄されている。ふいにその快感が打ち切られた。だが代わりに熱い肉の塊が、自分に押し当てられているのが判る。
 シュナイダーだ。
 はやく。
 はやく欲しい。
 俺はシュナイダーが欲しい。
若林の希望はすぐに叶えられる。太く熱い肉の棒が、若林の望みどおり、若林の中に入り込む。息が止まりそうな圧迫感。それと共に、若林は最高の快楽を味わう。肉棒が中でのたうち、若林の息があがる。
 「あっ、あっ、・・・・あぁっ!」
 「若林、若林っ!」
恋人の名を呼びながら、シュナイダーは激しく腰を揺さぶる。若林には、もう何も考えることが出来ない。ただ快感を味わいながら、愛しいシュナイダーの温もりを求めて両腕を伸ばす。
 伸ばした自分の指に、光るものがあった。
 指輪。
 シュナイダーがくれた、シュナイダーが指にはめたくれた指輪。
朦朧としていた若林の意識が、俄かにはっきりする。 
 俺はシュナイダーと結婚したんだ。
 俺は今、シュナイダーと永遠の契りを結んでいるんだ。
 「シュナイダーっ!!」
若林が身体を起こし、シュナイダーに抱きついた。挿入が深くなり、一瞬、若林の顔が苦痛と快感に歪む。
 「若林・・・?」
 「シュナイダー、好きだっ・・・愛してる・・・」
 「俺もだ。俺も愛してる・・・」
 「死んでも、生まれ変わっても・・・俺、俺はシュ、シュナイダーが・・・」
若林は言葉を続けられなかった。身体の中で勇ましく動いていたシュナイダーが今は動きを止め、どくどくと熱い液を放出しているのが判った。それを感じた途端、若林自身のペニスも果ててしまっていた。若林の中に後悔の念がうずく。
 終わってしまった。
 永遠の契りが、終わってしまった。
放心状態の若林の身体を、シュナイダーはそっとベッドに横たえた。

 情事が終わった後の、心地よい疲労感。自分の傍らで恥ずかしそうに顔をそむける恋人の姿。何もかも晒け出して、身体を重ねた後だと言うのに、羞恥心を捨てられない若林が、シュナイダーは好きでたまらなかった。
 「若林・・・。さっき、何を言おうとしてた?」
 「え・・・さっき・・・?」
 「とぼけるなよ」
シュナイダーに見つめられ、若林は気恥ずかしくなる。
 若林の意向をくみ取って、こうした形の結婚を提案してくれたシュナイダーには感謝しているし、もちろん結婚することにも異議はない。しかし、正式なものでなくとも結婚を神聖な儀式ととらえ、シュナイダーが真面目に宣誓したというのに、自分はちゃんと誓いの言葉を述べていない。これではシュナイダーに対して、失礼だ。
 そのことに気づき、さっきは急に声を出してしまった。あのまま、行為中に永遠の愛を誓えればいいと思ったのに、上手くいかなかった。そんなことを考えていたのが、行為の終わった今となっては恥ずかしい。若林はシュナイダーの質問には答えず、ほかの事を聞いた。
 「シュナイダー・・・何故、結婚にこだわったんだ」
 「何故って?」
 「誰にも知られない、正式じゃない結婚なら、今までの関係と同じだろう。なのにどうして、結婚したいと思ったんだ」
シュナイダーが、クスッと笑う。
 「若林は、日本人だよな」
 「当たり前だろう」
 「国際試合で日本代表を務めるために、ドイツに帰化する事はないって言ったよな」
若林は無言で頷く。その事が、結婚と何の関係があるのだろう。
 「日本人である以上、いつかは日本に帰っちまう。そのまま日本にいついて、日本で誰かと結婚して、もう俺の所へ帰ってこない・・・そんな事になってしまうんじゃないかと、不安だった」
 「そんな・・・・・・それじゃ、シュナイダーは俺の愛情を疑っていたのか?」
若林が不満そうに言う。シュナイダー以外の相手に、心を動かしたことはない。シュナイダー以外の相手と、付き合おうとも思わない。それは若林にとって当然の事であり、そんな基本的な愛情を疑われていたのかと思うと、少々面白くない。
 「若林を疑ってる訳じゃないんだ。でも俺は結構、心配性なのかもな。だから結婚して、若林が俺のものだと、世間に知らせたかった」
 「それなのに、非公式の結婚でいいのか?」
 「ああ」
シュナイダーは若林の左手を取った。その薬指にはシルバーのリングが鈍く輝いている。その手の上に、シュナイダーは自分の左手を重ねた。若林のと同じデザインのリングが、薬指にはまっている手だ。
 「若林が、俺に誓ってくれたんだ。これほど確かな愛の証はない」
シュナイダーの言葉に、若林はまた気が咎める。
 「あ〜、でも俺、ちゃんと誓いの言葉って言ってねえよな・・・」
 「かしこまって、台詞を言うのが恥ずかしいんだろう。さっきので充分だよ」
 「でも・・・・・・」
 「いいから」
シュナイダーは、愛の行為の最中に若林が言いかけていた言葉を思い出していた。あれは間違いなく、誓いの言葉。永遠の愛を誓う言葉だった。
 なにも儀式ばって、台詞を読み上げる必要なんてない。若林の気持ちが確かめられたのだから、それ以上何を望むことがあるだろう。
 「でも、・・・俺、言いたいんだ。ちゃんと、シュナイダーに聞いてもらいたい」
 「そうか」
若林の方からそこまで言ってくれるのなら、シュナイダーが拒む理由もない。シュナイダーに左手を握られたまま、若林が口を開く。
 「『私、若林源三は、カール・ハインツ・シュナイダーに』・・・えっと、『永遠の愛を捧げることを誓います』」
棒読みでぎこちないが、明瞭な発音だった。それから、若林は言葉を付け加えた。
 「・・・・・・死んだ後でも、来世でも・・・俺は、シュナイダーのことが好きだ」
 「若林・・・」
若林がシュナイダーに顔を近づけ、自分からくちづけた。しかしすぐに顔を離し、照れた顔で言い訳をする。
 「誓いの言葉の後は、誓いのキスをするんだろう?」
 「そうだな」
シュナイダーは若林に覆い被さり、もっと濃厚なキスを始めた。若林がシュナイダーの首筋に腕を廻し、シュナイダーを抱き寄せる。
 誓いの指輪だけを身につけて、恋人たちはもう一度、永遠の愛を確かめようとしていた。

おわり

 あとがき
 若林くんの誕生日なので、若林くんが幸せになれる話を考えてみました。シュナ源大好きなもので、結局こういう展開に・・・。お誕生日おめでとうじゃなくて、結婚おめでとうになってしまってます(笑)