〜 メッセージ 〜

 若林はミュンヘン郊外に一軒家を借りて一人暮らしをしている。一人だからアパートでも良かったのだが、「極めて親しい友人」が頻繁に家に来る事が判っていたので、周囲に気兼ねせずにすむよう一軒家にしたのだ。その「極めて親しい友人」は、今日も泊りがけで遊びに来る事になっている。
 壁の時計を見ながら訪問者を待つうちに、うっかりして郵便を取り忘れていた事を思い出した。
 もう慣れたとはいうものの、冬場のドイツが寒いことには変わりがない。殊に夜は気温が下がり、一層冷え込みが厳しくなる。室内は暖房が完備しているので、むしろ薄着でないと暑いくらいだが、その格好で表の郵便受けを覗きに行こうものならたちまち凍えてしまう。
 若林はセーターの上にダウンジャケットを羽織ってからドアを開けた。
 昼頃に降りだした雪は夜になっても一向に止む気配がなく、今も降り続いている。
 若林は足早に郵便受けに近づき、中身を取り出すと急いで家の中へ戻った。僅かな時間にたっぷり雪を被ったジャケットを、無造作に玄関のコートハンガーに引っ掛ける。それから手紙の束を抱えて、ヒーターの効いた居間へと戻る。
 何だかいつもよりも手紙が多い。
 クラブ付けで届いたファンレターがまとめて自宅に転送される事があるので、てっきりそれかと思った。しかし何気なく差出人名を見ると、何故か親しい友人の名前ばかりが並んでいる。一瞬不思議に思ったが、すぐに理由が判って若林の顔に笑みが浮かんだ。
 ペーパーナイフで封筒の一つを開いて中を見ると、案の定 ”Herzlichen Glueckwunsch zum Geburtstag!”と印刷されたカラフルなバースデーカードが出てきた。どの封筒にも同様のカードが入っており、中には手書きの日本語で「タンジヨウビ オメデトウ」と書かれた物もあった。
 今日は12月7日。若林の誕生日だった。
「・・・みんなマメだなぁ」
若林は記念日の類に拘らない性格なので、自分の誕生日を特に意識してなかった。数日前、今日来ることになっている「極めて親しい友人」に当日の予定を聞かれて、ようやく誕生日が近いのを思い出したくらいである。
「あれ?」
一通だけ差出人が記載されてない封筒があった。若林はその封書を取り上げ、宛名の筆跡をまじまじと見る。字の癖に何となく見覚えがあり、誰から届いたものかは見当が付いた。
 封を開くと、白地に雪の結晶の模様を型押ししたカードが出てきた。二つ折りにされたカードの外側には、文字は何も書かれていない。カードを開くと、真っ赤なインクでメッセージが書かれていた。




この世で一番大切な人へ
君と共に過ごすこの一夜が
生涯忘れられぬ想い出になることを願って

 誕生日おめでとう

  カール・ハインツ・シュナイダー




「やっぱり、あいつか」
カードを片手に若林が呟いた。 
「これから会うことになってるんだから、わざわざカードを寄越さなくてもいいのに」
それにこの文面。誕生日おめでとうとは書いてあるが、とても友人に宛てたものには見えない。誰が見ても恋人に宛てたものと思うだろう。
 (こんなメッセージを寄越すなんて)
若林はカードの文面に違和感を覚える。
 (シュナイダーは俺を恋人と思ってるんだろうか・・・?)
 確かにシュナイダーとは性的関係があるが、そのきっかけは甘酸っぱい恋心とかロマンチックな恋慕といったものとは程遠かった。
 Bミュンヘン移籍が決定した直後、若林は再会を祝してシュナイダーと二人で飲みに出掛けた。酔っ払って家に帰れなくなった若林は、一人暮らしをしているシュナイダーの家に一晩泊めてもらった。
 酔った勢いとは、ああいう事を指すのだろう。局部への痛みで若林が眠りから覚めたときには、友人だと思っていた男が自分の上に覆い被さり激しく腰を揺すっていた。驚いたものの酒で意識が朦朧としていたため抵抗する気力が出ず、自分でも呆れたことにそのまま眠り込んでしまった。翌朝シュナイダーと顔を合わせた時、何ともいえない気まずい空気が流れたが、お互い酔っ払ってどうかしていたのだと自分に言い聞かせ昨夜のことは忘れる事にした。
 ところが、事はそれで終わらなかった。それまで若林が性的に欲求不満を感じることは無かったのに、シュナイダーと一夜を過ごしてからは妙に身体がうずくようになった。サッカーやトレーニングで汗を流してももやもやは晴れず、自慰を試みても満足が得られない。思い余ってシュナイダーに相談すると、シュナイダーもあの日以来同様の悩みを抱えていたと判った。
 その晩、二人は酒抜きで二度目のセックスをした。
 想像以上の快楽に全身が満たされ、若林にとってシュナイダーは単なる友人やチームメートではなくなってしまった。
 しかし二人の付き合いは実に淡々としている。どちらかがやりたくなったら、もう一人に声を掛ける。誘われた方に異存が無ければ、その日の晩にセックスをする。ただそれだけの関係だった。
 恋愛方面には疎い若林だが、それでもこの関係を「恋人同士」とは呼べない気がした。一番正確な表現は「セックスフレンド」だろうが、その言い方も好きになれず、若林の中でシュナイダーは「極めて親しい友人」という風に捉えられていた。
 (シュナイダーは、どうしてこんなメッセージを、カードに書いたんだろう?)
嬉しいよりも戸惑いが大きくて、若林はシュナイダーの真意を測りかねた。
 カードを見つめていた若林が、ふいに顔を上げた。
 聞きなれたエンジン音を聞いた気がして、ガレージが見える窓のカーテンを細く開け、外を窺う。
 そこにはシュナイダーの愛車が停められていた。若林はすぐに玄関へ出向き、ドアの鍵を外す。鍵を外す音が外に漏れたのか、呼び鈴が押されることなくドアが外から開かれた。
 うっすら雪を被ったロングコートに身を包んだシュナイダーが、目に鮮やかな真紅のバラの花束を手に立っている。
「若林、誕生日おめでとう」
そう言ってシュナイダーは花束を若林に差し出した。端正な顔立ちのシュナイダーが柔らかな笑みを湛えて花束を差し出す姿は、まるで恋愛映画のワンシーンのようだ。さっきのカードといい、花束のプレゼントといい、何だか妙に芝居がかってる。
「あ、ああ。どうも」
若林は慌てて花束を受け取ると、シュナイダーを室内に招き入れた。
 居間に足を踏み入れたシュナイダーは、火種の無い暖炉を見ながら若林に聞いた。
「暖炉は使わないのか?」
「ああ、ヒーターがかなり効いてるから」
そう答えたものの、シュナイダーは外から来たばかりで寒いのかもしれないと思い、若林は暖炉に薪をくべて点火した。火が赤々と燃えるのを見定めて、シュナイダーが部屋の明かりを消した。電灯が消えたことで、暖炉の火が幻想的に室内を紅く照らし出す。シュナイダーの意図が判らず、若林は尋ねた。
「何で電気を消すんだ?」
「この方がムードが出るだろう」
シュナイダーは若林の肩を抱きながら、暖炉のほぼ正面に置かれているソファへといざなった。二人は寄り添うようにしてソファに腰を下ろす。若林は居心地の悪さを感じた。見慣れた部屋の筈なのに暖炉の灯りだけに照らされた室内は、どこか別の場所のように見える。
「ムードが出るって言うか・・・何か変な感じだ。気取り過ぎてるって言うか・・・」
「気取り過ぎ?」
シュナイダーが小さく笑みを漏らす。
「いいじゃないか。今日は若林の誕生日なんだぜ。お祝い事に多少の演出は当然だ」
「演出か」
若林は考える。若林が誕生日に何の予定も入れていないと知ると、シュナイダーはそれなら自分が祝ってやると名乗り出てくれた。そう言った手前、いつものようにただ会って寝るだけでは悪いとでも思っているのだろう。カードや花束はシュナイダーなりのお祝いの演出なのだ。まるで恋人に対しての演出だが・・・
「恋人ごっこでもするつもりなのか?」
若林が問うと、シュナイダーはちょっと間を置いてからニコニコと頷いた。
「そう。恋人ごっこ、だ。面白いだろう」
「面白いのかな? まぁ、いいや」
肩に回されたシュナイダーの手に力が入っているのが判り、若林ははぐらかすようにソファから立ち上がった。
「飯は済んでるんだよな。じゃ酒でも飲もう」
そして部屋を出る際に、壁のスイッチを入れた。パッと照明が点き、炎に演出された幻想的な雰囲気が一瞬のうちに消え失せた。シュナイダーは、すかさず文句を言う。
「おい、電気は消せって」
「わかったよ」
若林は笑いながら電気のスイッチを切り、ワインを取りにキッチンへと向かった。

 若林がワインとグラス、コルク抜きを手に戻ってくると、シュナイダーが栓を抜いてくれた。そして二個のグラスを片手に持ち、ボトルの中身を優雅に注ぐ。その一連の仕種がさまになっていて若林は感心した。
 シュナイダーがグラスを渡してくれたので、若林は礼を言ってそれを受け取る。すぐに口に運ぼうとすると、シュナイダーに止められた。
「勝手に飲むな。乾杯を忘れてるぜ」
「そうか」
若林がグラスを手にシュナイダーに向き直ると、シュナイダーが手にしたグラスを若林のグラスへと差し伸べた。シュナイダーが自分の顔をじっと見つめているのに気付き、若林はなんだか決まりが悪くなる。
 若林の瞳から目を逸らさず、シュナイダーがよく通る声で言った。
「若林の誕生日を祝って」
チンッ、とガラスの触れ合う透き通った音が響く。
「ありがとう」
改めて礼をいい、若林はグラスに口をつけた。甘口のワインを選んだつもりだったが、思った以上にアルコールがきつく感じる。早く酔ってしまいそうで、若林はグラスを口から離した。もしかして酒ではなく、この妙な雰囲気に酔ってしまったのかもしれない。
 酒を持て余しているのが判ったのか、シュナイダーの手が伸びグラスを持つ若林の手を優しく握る。そして中身の残っているグラスを取り上げると、それをソファの足元へと置く。
 シュナイダーの唇が、若林の頬に触れた。若林が顔をずらし、唇同士が重なり合う。僅かに残るワインの味を追うように、シュナイダーの舌が若林の口腔を舐めまわす。いつものキスより執拗で、若林は息苦しさを感じた。こういうのが「恋人同士」で交わすキスなのだろうか。
「ふ・・・・う・・・」
若林が身体をよじり、僅かに息を漏らす。シュナイダーは構わずキスをしたまま、若林の身体をソファの上に押し倒した。シュナイダーの手が若林のセーターを捲り上げた。着衣の中にもぐりこんだシュナイダーの指が、もどかしげに若林のインナーを引っ張る。
「あ、シュナイダー・・・」
長いキスからようやく開放された若林が、小さく呻いた。シュナイダーの指は下着の中をかいくぐり、若林の素肌を這い廻っている。酒の酔いと暖炉の火、身体の中と外から暖められ、感じやすくなった身体にシュナイダーの容赦ない愛撫が加えられる。
 筋肉の引き締った腹部から、熱を帯びた熱い胸、そして刺激に弱い小さな二つの突起がシュナイダーの指先で弄ばれる。
「あっ・・・あぁ・・・」
服の下で蠢く指に翻弄され、若林は半ば無意識に服を脱ぎ捨てようとしていた。すかさずシュナイダーの手が差し伸べられ、彼の手を借りながら若林は生まれたままの姿をさらけ出す。服を着ていた時よりも炎が近く感じられ、若林は肌が焦げるような錯覚を覚えた。
「あつい・・・」
若林はソファの上で膝を抱えるようにして丸くなった。そして気持ちを鎮めるかのように、暖炉の中の炎を無言でじっと見つめた。
 シュナイダーは若林の顔を見た。赤々と燃える炎に照らされ、黒い筈の瞳がオレンジ色に光って見えた。
 まるで瞳が燃えているようだ。
「若林・・・」
シュナイダーはソファから立ち上がり、自らも服を脱いで全裸になった。そして炎を見つめる若林の視界を遮るようにして立ちはだかった。
 若林が首をあげ、シュナイダーを見上げる。シュナイダーは床に膝をつき、若林の目線に並んだ。
「火は俺が遮ってやる。これなら熱くないだろう?」
シュナイダーの言葉に、若林が微笑む。若林が膝を抱えていた腕を解き、シュナイダーの身体を抱き寄せる。
 しっかりと抱き合ったまま、二人はソファの上に横たわった。決して広いとはいえないスペースで、二人は身体を密着させる。
 唇を合わせ、肌を押し付けるようにして、シュナイダーが若林の全身をゆっくりと愛撫する。
 特に最も熱を帯びている部分は丹念に、粘りつくように指を絡ませる。それはシュナイダーの手の中で熱く硬く成長し、若林の悦びを如実に表していた。若林の反応を確かめるように、シュナイダーが問いかける。
「どう・・・? 気持ちいい?」
快感を味わうのに夢中で、声を出す事すら億劫だった。若林はただコクコクと小さく頷く。
 自分で擦った時には、これほどの快感は得られない。他人の手だから、こんなに感じてしまうのだろうか。
 (ちがう・・・相手がシュナイダーだから、きもちいいんだ・・・)
絶妙のリズムで棹を扱かれた後に、指の腹で先端を撫でるように擦られる。途端に若林は限界を超えてしまった。
「んっ・・・」
若林の腕がシュナイダーの頭をきつく抱き寄せる。そのまま下肢を突っぱねるようにして、若林は快楽の証を放出していた。温かい液がシュナイダーの手の中に満たされ、指の隙間から滴った汁が若林の腹を濡らす。
 若林の腕から力が抜けたのを感じて、シュナイダーは上体を起こした。若林は胸を大きく上下させながら、薄く目を開き、無言でシュナイダーを見上げている。
 シュナイダーが若林の片脚を掴み、大きく持ち上げた。若林は心得たように、掴まれた脚をソファの背へと乗せる。シュナイダーは若林の大きく開かれた股の中心に、べっとり濡れた指を差し入れた。
「うぅっ!」
若林が呻き、シュナイダーの指がきつく締め付けられる。だが指が蠢くうちに、狭い穴はしっとりと潤み、ねっとりと柔らかくほぐれていく。熱い柔肉の変化を感じ、シュナイダーは指の本数を増やす。刺激が強くなったのを悦ぶように、肉が指に絡みつく。指を激しく出し入れしながら、シュナイダーは空いたほうの手でもう一度若林のペニスを弄んだ。
 敏感な部分を二箇所同時に責められて、若林は悶えた。
「シ、シュナ・・・やっ・・・やぁ・・・」
「嫌じゃないだろ? こんなに感じて・・・」
シュナイダーの指が、柔肉の中を引っ掻くように動いた。若林の腰がビクリと震え、勃起した亀頭からじわりと先走りの汁が滲む。 
「ち、ちがう・・・そうじゃな・・・」
若林が掠れた声で叫ぶ。
「ひとりじゃ・・・いやだ・・・!」
シュナイダーの指が動きを止めた。
 指がアナルから抜け落ちていく感触に、若林が非難するようにシュナイダーを見つめる。その視線を真っ向から受け止めて、シュナイダーが問う。
「若林、俺が欲しい? 俺と二人でイきたい?」
若林が無言で頷くのを見て、シュナイダーはとっくに勃起している自分のペニスを、若林の下腹部に押し付けた。
「ちゃんと言って」
太く硬い肉塊が、若林のペニスや鼠蹊部、アナルの入口を突きまわす。露骨な焦らし行為に若林が身悶えた。シュナイダーがこんな意地の悪い真似をするのは、これが初めてだった。だがシュナイダーの口調は焦らして楽しんでいるような感じではなく、快楽を取り上げられて苦しむ若林以上に、シュナイダーもつらそうだった。
「言えよ・・・言ってくれよ」
「・・・ほしい・・・シュナイダーと、イきたい・・・」
若林の口から、小さな声が漏れた。
 その刹那。
 シュナイダーが若林を深々と刺し貫いた。
「ああーっ!」
待ち望んでいたモノが凄まじい勢いで抽送を繰り返し、その激しさに若林が叫ぶ。粘膜を引きずられるような痛みと、それをはるかに上回る快感が全身を駆け巡り、意識が飛びそうになる。
 シュナイダーが何か言っているが、それすらまともに聞き取れない。シュナイダーに与えられる快楽にどっぷり溺れながら、若林は喘ぎ続ける。
 シュナイダーが抽送を止め、今度は若林の中を大きく抉った。
「あっ・・・い、いい・・・シュナ・・・」
「・・・っだ、わかばやしっ、好きだ、好きなんだ・・・」
右から左へと流れていたシュナイダーの声が、急に若林の耳に残った。
「愛してる・・・愛してる・・・わかばやしぃっ・・・」
シュナイダーは若林を抱きながら、うわ言のように同じ言葉を繰り返していた。
 (すき・・・? 愛してるって、俺を・・・?)
シュナイダーの言葉が若林の心を捕らえた。日常生活では勿論のこと、セックスの時ですらこんな言葉を言われたのは初めてだった。自分たちの関係は、恋愛感情を伴わないドライなものだと思っていたのに。
 シュナイダーが小刻みに腰を揺さぶった。その動きが若林に痺れるような快感をもたらす。
 (きもちいい・・・)
 何故こんなに感じてしまうんだろう。
 シュナイダーが上手いから? でもそれだけじゃない。
「・・・ばやし、すきだ・・・」
「シュナ・・・イダー・・・おれも・・・」
若林が切ない息の下で言葉を漏らす。
「おれも、すき・・・」
シュナイダーが動きを止め、若林の顔を見下ろした。シュナイダーの顔は暖炉の火に照らされ大きく陰影がついているが、驚きの表情が浮かんでいるのははっきり判る。
「・・・若林・・・?」
「おれも、おれも・・・あいしてる・・・」
驚いていたシュナイダーの顔に、嬉しそうな笑みが広がった。
 シュナイダーの顔がゆっくりと若林の顔に重なる。深く繋がりあったまま接吻を繰り返す二人は、程なく同時に絶頂を迎えたのだった。

 パチッと音がして、暖炉の薪が小さくはぜた。
 達した時の姿勢のままシュナイダーとソファで抱き合っていた若林は、その音で我に返ったようにシュナイダーに言葉を掛ける。
「シュナイダー、さっきのあれ・・・」
「なんだ?」
優しい声音で聞き返され、若林は一瞬口をつぐむ。だが、すぐに確かめなければならない事を問い質した。
「あれ・・・本気なのか。それとも、あれが例の”恋人ごっこ”なのか・・・?」
セックスの最中に愛してると口走った事を指しているのだと判り、シュナイダーは照れたように笑う。
「もちろん本気さ。俺はずっと若林が好きだったんだ」
「・・・・・・ずっと?」
「ああ。Jr.ユースで一緒だった時から、ずっとだ。若林は気付いていなかっただろうけど」
シュナイダーが身体を起こし、ソファに座りなおした。若林もつられるように起き上がり、シュナイダーの隣に片脚を抱えるような格好で横座りする。
「若林が好きだから、傷付けちゃいけないとずっと思ってた。だのに、あの日酔っ払って動けなくなってる若林を見たら、もう我慢出来なかった。何年も抑えてきたのに、呆気ないほどタガが外れちまって、抱かずにはいられなかった。若林は酔い潰れてて覚えてないと思うけど、あの時も俺はずっとお前に愛を囁いていたんだ」 
 若林の胸が締め付けられるように痛む。シュナイダーが言うように、若林はセックスしたという事以外、あの日の細かい事を一切覚えていない。
「あんな事しちまって、俺は若林に嫌われたと思った。でも、その後若林の方から声を掛けてくれて・・・若林が俺を必要としているんだと知って嬉しかったぜ」
 赤々と燃える暖炉の火を見ながら、シュナイダーが囁く。
「ただ残念だったのは、若林が求めていたのが俺そのものじゃなく、俺とのセックスだった事だ。でも、それでも俺は構わなかった。好きだとしつこくかき口説いて、うんざりした若林に嫌われるよりは、若林の望む形で身体だけでも繋がっていたいと思ったから」
「そんな、俺は・・・」
シュナイダーとのドライな付き合いは、お互いが望んで実現したものだと思っていた。それを望んだのが自分だけで、シュナイダーは気を使って自分に合わせてくれていたのだと知り、若林は言葉を失う。若林が口をつぐむのを見て、シュナイダーが言葉を続ける。
「・・・けれど、若林が誕生日を俺と二人だけで過ごすことを了解してくれた時、もしかして、って思っちまったんだ。もしかして、若林も俺の事を好きになってるんじゃないか。でなきゃ、記念日を俺と二人きりで過ごそうなんて思わないんじゃないかって。だから今日は張り切って来たんだけど・・・やっぱり若林には、そんなつもりはなかったみたいだな」
 若林は、恋人ごっこかと聞いたときのシュナイダーの態度を思いだす。一瞬言葉に詰まり、そしてすぐに愛嬌たっぷりに若林の言葉に相槌を打っていた。シュナイダーの心中を思うと、若林は申し訳ない気持ちで一杯になった。
 シュナイダーが語調を変え、妙に明るいテンションで言った。
「悪い、変なこと聞かせちまったな。驚かせてごめん。若林が俺を好きだといったのは、それこそ”恋人ごっこ”のつもりだったんだろう」
「違う」
若林が慌てて否定した。
 先にセックスをして付き合い始めたせいで、シュナイダーに対する自分の気持ちが判っていなかった。
 だけど今なら、ちゃんと判る。
 自慰で満たされなかった欲望が、シュナイダーが相手だと何故満たされるのか。
 それは肉体だけでなく、好きな相手と肌を合わせる事で心が満たされるからなのだと、さっきようやく気付いたのだ。
 シュナイダーに対して、いつからそういう気持ちを抱いていたのかは判らない。だが自覚のないまま、若林もシュナイダーに好意を抱き続けていたのだ。
「・・・俺が言ったのも、本気だ。ごっこじゃない。俺は・・・・・・」
若林の声が途切れる。
 セックスの時、シュナイダーに導かれるように自然に口から出た言葉。遊びや戯言では決して言えない言葉。若林はその言葉をもう一度、口にした。
「シュナイダー、愛してる」

 この夜、若林は「極めて親しい友人」を失った。
 だがその代わりに、若林は初めて「恋人」と呼べる相手を手に入れたのだ。
 この年の誕生日は、シュナイダーが綴った通り、若林にとって生涯忘れられぬ一夜になっていた。
おわり

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