疑心暗鬼

  「それでは今日のスペシャルゲストを紹介しましょう。B・ミュンヘン優勝の鍵を握っているのは、ズバリこの人! 現時点でのブンデスリーガ得点王、カール・ハインツ・シュナイダー!」
 番組のメインキャスターが名調子よろしく紹介するのを合図に、スタジオの聴衆から拍手喝采が湧き起きる。テレビカメラが映さないスタジオセットの袖の部分では、番組スタッフがスーツ姿で控えているシュナイダーに声を掛けていた。
 「どうぞ、シュナイダーさん! キャスターと握手をしてから、中央の対談席へ座って下さいね」
 今更言われなくとも、打ち合わせの時に何度も教え込まれた段取りだった。スタッフに頷いて見せると、シュナイダーは公開生放送の番組を流しているスタジオへと足を踏み出す。まばゆいライトから目を庇うように目を細めつつ何気なく客席を見ると、それが観客にはシュナイダーが笑いかけてくれているように見えて、歓声が更に大きくなる。スタッフは盛んに両手を振って合図を送り観客を黙らせようとするが、シュナイダーを間近に見て盛り上がっている客席はなかなか静まらなかった。
 「会場のお客さんも、スタジアムさながらに大興奮ですね。今日のゲストがあなただと告知されてから、普段の何倍もの観覧申し込みがあったんですよ」
 「嬉しいですね。皆さん、ありがとうございます」
 キャスターと握手をしながら、シュナイダーが空いた方の手を振ってみせると場内は更にどよめいた。

 『嬉しいですね。皆さん、ありがとうございます』
 リビングルームに鎮座した大型テレビには、笑顔で手を振っているシュナイダーの姿が映し出されていた。このスポーツ番組は、一時間半ある放送時間のうち、たっぷり三十分を現役アスリートのインタビューに割いており、スポーツファンから好評を博している。
 そして今夜のゲストは、B・ミュンヘンのエースストライカー、カール・ハインツ・シュナイダー。きっと今夜も他局の裏番組を大きく引き離して、高い視聴率を稼ぎ出す事だろう。
 「お〜、皇帝サマも今夜はずいぶんと愛想がいいんじゃないの?」
 テレビを見ながら缶ビールを傾けていた肖が、缶から口を離して茶化すように呟く。
 「そりゃ今日の主役だからな。観客はシュナ目当てのファンが多いだろうし、愛想もよくなるだろう」
 肖の言葉に反応したのは若林だった。客の為に新しいつまみが乗った皿と、冷えた缶ビールをキッチンから持ってきたところだった。若林からつまみの皿を受け取りながら、もう一人の来客であるレヴィンが笑みを見せる。
 「今日の主役といえば、若林もそうなんだよね。何たって誕生日なんだから」
 「そうだそうだ! 若林は主役なんだから座ってろ。酒やつまみが切れたら、勝手に持ってくるからよ」
 陽気な肖の言葉に、若林は小さく首を振る。
 「気にするな。ここは俺の家だし、二人には来てくれただけて感謝してるよ」
 「そうか? よし、それじゃあ、今日のこの良き日の為に乾杯しようぜ!」
 新しいビールの栓を開けながら、肖が音頭をとる。だが若林は缶ビールもグラスに注がれたワインも手に取ろうとはしなかった。
 「もう乾杯はいいって。何回やったと思ってるんだ」
 「いいじゃないか。今日はお祝いなんだから、何回乾杯しても」
 こう答えたのはレヴィンだった。肖と同じように、新しいビールの缶を開けて片手に掲げている。二人に押し切られる形で、若林は自分も飲みかけの缶ビールを手に取った。
 「では、若林の誕生日を祝って!」
 「かんぱぁ〜い!」
 乾杯した後、肖とレヴィンはそのまま美味そうにビールを飲み始めたが、若林は口に当てる真似をしただけで缶をテーブルに戻してしまった。若林の視線はテレビに、いや、テレビに映っているシュナイダーへと向いている。画面の中ではキャスターが、得点王となる為には何か秘訣があるのかと、シュナイダーに質問しているところだった。
 『秘訣なんてありません。一試合一試合、勝利を信じて全力を尽くすだけです』
 カメラではなくキャスターの方を向いて、真面目な口調で答えているシュナイダーの顔を見ながら、若林は無意識に溜息をもらす。
 本当なら、今日はシュナイダーを家に招いて、二人っきりで誕生日を祝う筈だった。しかし今期の活躍が例年以上に目覚しかった事から、急遽シュナイダーに人気番組への出演依頼が舞い込んできて、予定はお流れになってしまったのである。既に予定を入れている事を理由に、シュナイダーはこの出演依頼を断ろうとしてくれたのだが、チームの更なるイメージアップを狙うスポンサーからの強い圧力には結局逆らえなかった。
 (まぁ、長い付き合いのうちには、こういう事もあるよな)
 今日の埋め合わせは後日必ずするから、と申し訳なさそうに頭を下げていたシュナイダーを思い出し、若林はくすっと小さく笑った。
 それにシュナイダーとは一緒に過ごせなかったが、今日はチームメートの肖とレヴィンが家に来てくれた。
 元はと言えば、シュナイダーの出演する番組を皆で見ないかと肖が言い出したのがきっかけで、大型テレビを買ったばかりの若林が場を提供した。何とはなしに今日が自分の誕生日であることを話すと、二人は口々にお祝いを言ってくれた。ここ数年、誕生日と言えば必ずシュナイダーと二人だけで過ごしてきたので、他の友達におめでとうを言われながら、こうして賑やかに騒ぐのもたまには悪くはない。
 『・・・ありがとうございました。シュナイダーさんには、また番組の後半でお話を伺います。後半にはシュナイダーさんの大ファンだという、素敵な女性も登場しますよ』
 メインキャスターのこの台詞と共に画面が切り替わり、別のキャスターがニュースを読み始めた。インタビューを途中で区切り、その日のスポーツの結果や特集企画などを流すのが、この番組の編成だった。
 「この番組ってさぁ、後半のインタビューだと質問の内容がガラッと変わるよね」
 レヴィンの言葉に肖がうんうんと大きく頷く。
 「そうそう! 恋人はいるのかとか、好きな女のタイプはとか、結構プライベートな事を聞くんだよな」
 「へぇー、そうだったっけか」
 何気ない口調で相槌を打ったが、若林は内心で居心地の悪さを感じていた。シュナイダーと若林が付き合っている事は周りには伏せている。だから『恋人はいる?』という質問をされたならば、シュナイダーは必ず『いない』と答えるだろう。
 仕方のない状況と判ってはいるが、若林はシュナイダーの口から『自分には恋人はいません』という内容の言葉が発せられるのを聞きたくなかった。
 「それじゃ、テレビ変えようぜ。サッカーに関係の無いインタビューなんて、聞いててもつまんねーし」
 そう言って若林がリモコンを手に取ると、横から肖の手が伸びてきてリモコンを奪い取ってしまった。若林はムッとして相手を咎める。
 「肖、何すんだよ?」
 「そりゃ、こっちの台詞だ。後半が面白いんだから、変えるなよ〜」
 「そうだよ。せっかくシュナイダーが出てるのに、若林はシュナイダーのプライベートトーク聞きたくないの?」
 「いや、そういうわけじゃ・・・」
 本音を二人に明かすわけにもいかず、若林は止む無くそのままテレビを見続ける事にした。
 番組が終盤に近付き、後半のインタビューが始まった。メインキャスターが前半より更に高いテンションで、喋り始める。
 『では、再びシュナイダーさんにお話を伺います。今度はちょっとソフトな質問にも答えて頂きますよ』
 『ははは、お手柔らかに』
 シュナイダーの表情は相変わらず明るい。スタジオの明るい雰囲気にすっかり馴染んでいるようだ。肖とレヴィンも期待に満ちた目で楽しそうに画面を見つめているが、若林だけは浮かない顔つきだった。
 (あんまり変な事は言わないでくれよ、シュナ・・・)
 『その前に素敵なゲストをご紹介しましょう。テレビでも映画でも大活躍、今もっとも輝いている女性、女優のブリギッテ・ブルックナー!』
 会場の拍手に迎えられながら、画面の中に露出の高い衣装を着た若い女が現れた。彼女は観客に向かって両手を振り、歓声に応えている。スポーティーに短くカットされた金髪、化粧栄えのする派手な顔立ち、襟ぐりの深く開いた服からこぼれんばかりの豊かなバスト、すらりと伸びた長い手足、服の上からでもはっきり判る女性的で完璧なプロポーション。
 「へぇ〜! シュナイダーのファンって、ブリギッテなんだ」
 「あの巨乳ちゃんと共演かよ〜! いいなぁ、シュナイダー」
 若林はこの女優の事を全く知らなかった。だが会場の観客の盛り上がり、そしてレヴィンと肖の会話から、相当人気のある女優なのだろうと推測する。テレビの中ではブリギッテが、シュナイダーに会えた喜びを嬉しそうにカメラに向かって語っていた。
 『もう、夢みたい! わたし、今日の放送、すごく楽しみにしてたんですよ〜』
 テンションの高い彼女がオーバーアクションで何かを言うたびに、豊満な乳房がぶるんぶるんと揺れる。テレビカメラはシュナイダーとその隣に座ったブリギッテを一緒に映し出しており、そのせいでシュナイダーがチラチラと彼女の胸元に視線を向けている様子がハッキリと判ってしまった。これには肖とレヴィンは大爆笑だ。
 「おい、シュナイダーの奴、ずっとブリギッテのおっぱい見てるぜ」
 「あっはっはっは、本当だ〜! シュナイダーもやっぱり男だね」
 その後の番組は、シュナイダーへのインタビューというより、シュナイダーファンである事をアピールするブリギッテの独り舞台になっていた。奔放なイメージが売り物らしいブリギッテは、番組のメインゲストである筈のシュナイダーに対しても遠慮がない。挨拶代わりのキスに始まって、感極まって?の抱擁、会場の受けを狙ってかシュナイダーの手を取って自分の胸に触らせたりなどという事もした。
 『どうです、シュナイダーさん? こういう積極的な女性は?』
 キャスターが質問をすると、シュナイダーが彼女の胸に手を当てたまま答えた。
 『いいんじゃないですか? 一緒にいて、楽しいですよね』
 『そうですか! では、いっそここで交際宣言をされては?』
 『本当!? わたしならいつでもOKですよぉ〜〜!』
 まだシュナイダーは何とも返事していなかったが、ブリギッテは交際宣言成立とばかりにシュナイダーに抱きついた。彼女の一挙一動に場内は大受けだ。ここでキャスターがテレビカメラに真っ直ぐ向き直った。同時に番組のエンディングテーマが流れ出す。
 『さて、スタジオはビッグカップル誕生か、という事で盛り上がってきましたが、残念ながらそろそろお別れのお時間です。それではまた次回・・・』
 エンディングテーマの音が大きくなり、会場に拍手が起こる。カメラは最後にもう一度シュナイダーとブリギッテを映し出した。二人はソファに並んで掛けていたのだが、カメラに映されている事に気付いたブリギッテはシュナイダーの腕を取ると、シュナイダーに胸を押し付けるようにしながらカメラに向かって笑顔で手を振った。
 そしてカメラ目線のブリギッテとは対照的に、シュナイダーの視線は斜め下に・・・押し付けられたブリギッテの乳房に向けられていた。そこで画面がパッと変わりコマーシャルが始まる。肖とレヴィンは身体を丸めるようしにして、ゲラゲラ笑っていた。
 「シュナイダーの顔見たか!? 最後の最後までおっぱい見てやがった!」
 「羨ましい気もするけど、テレビに映ってるって判ってなかったのかなぁ」
 「ああ、本当にバカだな。シュナは・・・」
 作り笑いを浮かべた若林が、二人に相槌を打つ。その右手に握られた缶ビールは、中身が入っているにも関わらず無残に握り潰されており、絞り出されて溢れたビールが若林の手を濡らしていた。

 番組が終わるや否やスタジオから抜け出したシュナイダーは、テレビ局の廊下の隅で、早速若林に携帯で電話を掛けた。
 「もしもし、俺だ。今終わった」
 『ああ、見てたよ。お疲れさま』
 若林の声はねぎらいの言葉とは裏腹に冷ややかなものだったが、異様なテンションで盛り上がっていたスタジオから出てきたばかりのシュナイダーは、まだその事に気付いていなかった。
 「参ったよ。ファンの女性を呼んであるとは聞いてたけど、それが誰だか事前に教えて貰えなかったからな。まさかあんなスゴイのが呼ばれているとは思わなかった」
 携帯を手にシュナイダーは思い出し笑いをする。ブリギッテ・ブルックナーの名前は聞いた事があったが、実物を見るのは初めてで、テレビ慣れしている彼女にすっかり圧倒されてしまった。それにあの巨大なバスト。胸の開いたデザインの服でなければ、詰め物で底上げしてるのかと思っただろう。彼女の大袈裟なアクションに合わせてぶるんぶるんと揺れている乳房が、何だか珍種の生き物のように見えて、ついつい目がそちらに向いてしまった。
 「この後、あの番組のキャスターとスポンサーのお偉いさんを交えて夕食なんだ。テレビ出演も散々だったけど、こっちも気が重いよ」
 『判ってて引き受けた仕事だろう。俺に愚痴るなよ』
 「ん? まぁ、そりゃそうだけど・・・」
 ようやくシュナイダーは若林の様子がいつもと違う事に気付いた。もしかして怒ってるのか? 何故? 
 シュナイダーには、若林の機嫌を損ねている心当たりは一つしかなかった。シュナイダーは携帯を耳に当てながら、相手に見えるはずも無いのに頭を下げて詫びた。
 「若林、今日は本当に済まなかった。お前の誕生日なのに、傍にいてやれなくて・・・」
 だが若林の口調は相変わらず冷たい。
 『その事なら気にするな。今日は肖とレヴィンがお祝いに来てくれてるんだ。こっちはこっちで楽しくやってるから、シュナイダーがいなくったって別に構わん』
 「肖とレヴィンだって?」
 「あーっ! こんなとこにいた! カールーッ!」
 ギョッとして顔を上げるシュナイダーの目の前に、巨大な乳房をゆっさゆっさと揺さぶりながらブリギッテが駆け寄ってきた。彼女はシュナイダーが携帯を手にしているのを見ているにも関わらず、番組中と同じテンションで明るく話しかける。
 「この後って、スポンサーさんのお食事会でしょ? 番組じゃちょっとしかお話できなかったから、お店でいっぱい話しましょうね〜」
 「えっ?」
 ブリギッテも食事会に来るとは聞いていなかったので、シュナイダーは驚く。
 「それで相談なんだけど・・・適当に理由つけて、二人だけで早めに抜け出さない? ね、いいでしょ?」
 携帯を手にしたまま固まっているシュナイダーに身体をすり寄せ、ブリギッテが尚も迫ってきた。シュナイダーは彼女の肩を掴み、慌てて押し戻す。
 「今、電話中なんだ。後にしてくれ!」
 ややきつい口調でそういうと、ブリギッテは大袈裟に肩をすくめて見せながらシュナイダーの傍から離れていった。角を曲がった彼女の姿が見えなくなってから、シュナイダーは急いで若林に呼びかける。
 「もしもし、若林? すまん、さっきの女が・・・あ?」
 電話は切れていた。すぐに掛け直してみたが、若林の携帯は電源が切られてしまったらしく繋がらない。自宅の固定電話は繋がったが、いくら待っても若林が電話に出る気配はなかった。
 「なんだ、あいつ? 一体どうしたんだ?」
 じりじりしながら携帯を耳に当て、シュナイダーは考える。気にするなと言ってはいたが、やはり若林は今日会えなかった事を怒っているのだろうか。しかし常日頃の若林は、同じ事を何度も持ち出して腹を立てるような性格ではないのだが・・・
 気になる事はもうひとつあった。今日会えないと若林に伝えた時、若林は残念そうに「それじゃ今年の誕生日は一人だな」と言っていたのだ。なのにさっきの電話によると、肖とレヴィンが若林の家に来ているらしい。普通に考えれば恋人と会えなくなった代わりに、友人を招いて賑やか過ごしているのだろうと思うが、若林の素っ気無い態度からシュナイダーはとんでもない事を連想してしまった。
 「こっちはこっちで楽しくやってるって・・・俺がいなくても構わないって、それは・・・もしかして!!」
 シュナイダーの脳裏に、二人のチームメートに代わる代わる犯されながら気持ち良さそうに喘いでいる若林の姿が浮かんだ。
 「まずい!!」
 大急ぎで携帯を仕舞うと、シュナイダーはテレビ局の出口を目指して一目散に駆け出した。

 耳障りな電子音を響かせて鳴り続けている電話の方を見ながら、レヴィンが若林に尋ねる。
 「あれ、本当に出なくていいの?」
 「ああ。出なくていい。あれは最近この時間になると必ず掛かってくるイタ電だから」
 済ました顔でテレビを変えている若林に、肖が話し掛けた。
 「電話といえば、さっき携帯に掛かってきたのシュナイダーなんだろ? 何て言ってた?」
 「・・・別に何も」
 「本当に? 初対面のブリギッテにデレデレだったんだから、舞い上がって彼女の事を何か言ってたんじゃないか?」
 「デレデレって・・・」
 悪気は無いのだろうが、肖の言葉は若林には面白くなかった。返事に詰まっている若林の代わりに、レヴィンが肖に向かって話し始める。
 「ひょっとすると・・・テレビでは初めて会ったような感じになってたけど、あの二人、前から付き合ってるんじゃないか?」
 「えっ! シュナイダーとブリギッテが?」
 驚いた肖が大声で聞き返す。これには若林も聞き捨てならない。何を根拠にと、レヴィンの方へ向き直る。するとレヴィンは酔いが回っていくらか赤くなった顔で、説明を始めた。
 「俺、前からシュナイダーに彼女がいないっていうのが、何か引っ掛かってたんだよね。あれは付き合ってる相手が人気女優のブリギッテだから、マスコミやパパラッチを警戒して、そう言ってたんじゃないかな。でも本当は二人はいい仲だから、さっきのテレビでもちょっと羽目を外してしまったんじゃないかと」
 「なーるほど。本当は付き合ってるのがバレないよう警戒して、さっき若林に掛けてきた電話でもブリギッテの話はしなかった、って事か」
 さかんに頷きあう二人を見て、若林は可笑しくなってしまった。確かにシュナイダーには秘密の恋人がいるが、それはブリギッテではなく自分なのだ。だがそれを打ち明ける事は出来ないので、若林は口では二人に合わせて、そうかもしれないと頷いて見せた。二人の的外れな推理を、若林は少々くすぐったい気持ちで聞いていた。
 それから更に一時間ばかり、酒を飲みながら三人で何やかやと騒いでいたが、やがて肖とレヴィンが腰を上げた。
 「今日はすっかり邪魔しちまったな。ごちそうさん」
 「楽しかったよ。また今度一緒に飲もう」
 「ああ。今日は来てくれてありがとう。また明日な」
 二人を家の外まで見送ってから、若林はリビングへと戻った。空になったグラスや空き缶、食べ残しのつまみが乗った皿などを片付けながら、肖たちが話していた推理をふと思い出す。
 シュナイダーとブリギッテが付き合っていない事は判っている。しかしテレビでブリギッテの胸に見蕩れていたシュナイダーの様子や、先程の電話で聞こえたブリギッテの親しげな口ぶりなどを思い返すと、もしかしてシュナイダーは彼女に気があるのではないかという気がしてくる。
 「・・・やっぱり、女の方がいいんだろうか」
 若林自身は、異性に恋をする前にシュナイダーを好きになり、そのまま肉体関係も含む交際を始めてしまった為か、女性に対して性的な興味を抱いた事はない。だがシュナイダーは違う。若林もあまり詳しく聞いた訳ではないが、過去には何人かのガールフレンドと付き合った事があるらしい。
 「今頃は、あのグラマーと楽しくお食事、か」
 さっきの番組以上に盛り上がりながら、シュナイダーとブリギッテが食事を楽しんでいる姿が目に浮かんだ。そして食事の後で二人がホテルに向かい、シュナイダーが彼女の服を脱がせている姿も・・・
 「バカな!!」 
 そんな事ある筈がない。
 だが、果たしてそう言い切れるのか?
 全てはくだらない嫉妬だと、若林は自分に言い聞かせる。だが湧き上がる不安を抑えきれず、若林はテーブルの上に残っていた缶ビールを手に取り、ぬるくなったビールを咽喉に流し込んだ。
 気にするな。
 シュナイダーを信じるんだ。
 こんな事でシュナイダーを疑うなんてバカげてる。
 あいつはいつも俺の傍で、俺の事を好きだと言ってくれてたじゃないか。
 だが・・・
 「何で今日は、あの女と一緒なんだ!?」
 空になった缶を、若林は力いっぱい握り潰した。不恰好に変形したそれを、忌々しげにゴミ箱に放り捨てる。
 「・・・俺の誕生日なのに」
 ソファにだらしなく身体を投げ出し、天井を見上げながら若林は力なく呟いた。
 
 玄関からバンッと大きな音が聞こえた。ソファの上でうとうとしていた若林は、何事かと身を起こす。
 続いて早足の足音がこちらに向かって迫ってきた。アルコールのせいでややぼんやりしている頭を振りながら、若林は考える。
 (誰だ? 今夜はシュナイダーは来ない筈だし・・・)
 すぐにリビングルームのドアが乱暴に開かれて、謎の訪問者がその姿を現した。
 「若林!!」
 「・・・シュナイダー?」
 息を弾ませながら戸口に仁王立ちになっている恋人を、若林は信じられない思いで見つめていた。
 「何故ここに? 今夜は・・・」
 「おい、肖とレヴィンはどこだ!?」
 キョロキョロと室内の様子を見回しながら、シュナイダーが妙な事を尋ねた。
 「え? 二人ともとっくに帰ったぜ」
 「帰った? 本当に? 風呂場か寝室に隠れてるんじゃないのか?」
 「なんでだよ? っつうか、お前さっきから言ってる事変だぞ。何かあったのか?」
 シュナイダーは若林の疑問には答えなかった。その場にコートと上着を脱ぎ捨てると、ソファに座っている若林の上に覆い被さり強引に唇を奪う。
 「・・・!!」
 そのまま押し倒され、若林はセーターとシャツを捲り上げられてしまった。若林の唇をキスで塞いだまま、シュナイダーは若林の素肌を両手でまんべんなく撫で回す。指先で乳首を執拗に責めると、それが固く尖ってくるのが判った。シュナイダーは身体をずらし、今度はその小さな突起を口に含んできつく吸った。
 「あ、シュナ・・・やめろって・・・」
 若林は両手でシュナイダーの肩を掴む。だがそれは相手を押し戻そうとしているのではなく、言葉とは逆に抱き寄せているのだった。いつしか若林はシュナイダーの頭を抱くようにして、大きく息を弾ませていた。シュナイダーは若林の乳首から、さらに敏感な部分へと狙いを定めていた。彼の手は若林のベルトを緩め、ズボンのファスナーを下げ始めている。
 「腰、上げろ」
 言われるままに腰を浮かすと、ズボンと下着がひとまとめに脚から抜き取られてしまった。熱を持って勃ちかけていたペニスが、明るい電灯の下にさらけ出される。シュナイダーの指が、その無防備な獲物に絡みついたかと思うと、それを上下に激しく擦り始めた。
 「あっ、あっ、シュナ・・・ん・・・」
 シュナイダーの手の動きに合わせるように、若林の咽喉から喘ぎ声が漏れ始める。ソファの肘掛に縋りつくように上体を捻りながら、若林は無意識に片脚をソファの背もたれに引っ掛けるようにして、大股開きの格好を取っていた。
 「若林、随分と開けっぴろげに見せてくれるんだな。今日は恥ずかしくないのか?」
 いつもなら部屋の明かりを消さなければ絶対に同衾してくれない事を思い、若林のこの変化は何が原因だろうとシュナイダーは考える。
 (やっぱり俺が帰ってくる直前まで、肖たちとヤッてたんじゃ・・・だから余韻が身体に残っていて、それでこんなに?)
 シュナイダーの頭に、肖とレヴィンが若林に犬の姿勢を取らせて上と下の口を同時に犯している姿が浮かんだ。根拠のない嫉妬に駆られて、シュナイダーは若林のペニスを扱きながらアナルにも指二本をいきなり突っ込んだ。
 「うあっ、いたっ・・・シュナ、それ、痛い・・・ああっ・・・!」
 ぐいぐいと容赦なく若林の中を掻き混ぜながら、シュナイダーも気付いた。この手応えと、若林の痛がりよう・・・まだ若林の中はちっとも慣らされていない。
 「すまん。ちょっと焦ってしまった」
 シュナイダーは一旦指を抜いた。代わりに若林のペニスに両手を添え、時に袋の方も刺激しながらちゅくちゅくと激しく擦りあげる。
 「う・・・ああっ・・・!」
 ソファの上で若林の腰がビクリと跳ねた。同時に若林のペニスを包み込んでいたシュナイダーの両手の中に、温かな汁がぴゅくぴゅくと溢れ出てくる。白い汁でねっとり湿った両手を見ながら、シュナイダーが嬉しそうに言った。
 「ふむ、濃いのがたっぷり出たな。確かに今日はまだヤッてなかったらしい」
 大股開きの姿勢のまま、はぁはぁと息を弾ませている若林を見ながらシュナイダーはゴクリと生唾を飲み込む。そして若林の精液でべとべとに濡れた人指し指を、目の前の肉孔へと静かに挿入した。
 「んん・・・」
 今度は若林は痛がらなかった。ねとつく指をくちゅくちゅと出し入れしているうちに、中の肉が熱くうねるように指に絡んでくるのが判り、シュナイダーは徐々に刺激する指の本数を増やしていく。
 「あ・・・シュナ・・・」
 アナルを弄られながら、若林が途切れ途切れの声でシュナイダーを呼ぶ。
 「どうした、痛いか?」
 「・・・ちがう。もう、平気だから・・・早くっ・・・」
 切ない声でねだられて、ずきんとシュナイダーの股間が滾る。
 「判った。すぐに挿れてやる」
 若林の中から指を抜くと、シュナイダーは前がきつくなってしまったズボンと下着を脱ぎ捨てた。手で刺激するまでもなく勃起していた太い一物を、ねとつく若林の入り口へと宛がいそのまま一気に貫いた。
 「・・・・・・うぅっ!!」
 挿入の瞬間、痛みから逃れるようにわずかに浮き上がった若林の腰を、シュナイダーは両手でしっかりと捕まえた。そして大きく腰を振り、ダイナミックな抽送を始める。ペニスが抜き差しされる度に、自身の精液で濡れた若林のアナルがにちゃにちゃと卑猥な水音を立てシュナイダーのペニスに絡みついた。
 「う、すごい・・・いつもより、もっと気持ちいいぞ・・・わかばやしっ・・・!」
 「あ、はぁ・・・あ・・・おれも、おれもイイ・・・ッ・・・」
 シュナイダーだけでなく、若林の方でも腰を浮かせて結合を深めようとするかのように盛んに振っていた。若林は左手でソファのクッションを掴み、右手では己のペニスを扱きながら、下半身だけはシュナイダーに叩きつけるようにしてひたすらに快感を追い求める。
 「シュナイダー・・・気持ちイイ・・・もっと、もっと・・・っ」
 「う、い、達くっ・・・!」
 一声叫んだ直後、小刻みに揺れ続けていたシュナイダーの腰がピタッと動きを止める。同時に若林は体内に流れ込む熱い迸りを感じて身を震わせた。見れば若林の手に握られたペニスの先端からも、ぴゅるぴゅると白い液が漏れ続けているのだった。

 「あ〜、きもちいいなぁ〜」
 バスタブに身体を沈めながら、若林がのんびりと声を出す。その真横でシャワーを浴びているシュナイダーは、湯の中で揺れて見える恋人の裸身を眺めながら、若林に謝った。
 「さっきは悪かったな。お前が浮気なんかする筈ないのに、すっかり頭に血が上って乱暴にしちまって」
 「もういいよ。あの女優との事を邪推してた俺も、お互いさまだからな」
 バスタブの縁に手を掛けて楽な姿勢を取りながら、若林が笑う。それにつられるようにシュナイダーも笑みを見せた。
 「だって本当にでかかったんだぜ。あんな巨大なモンが碌に隠しもしないで、すぐ傍でたぷたぷ揺れてたら、どうしたってそっちに目が行くに決まってるだろ?」
 「それを世間じゃスケベって言うんだよ。お前、全国ネットで自分が巨乳好きだって宣伝したようなもんだぞ」
 「マジ? スケベ心じゃなくって、本当にただ『でけぇ〜』って感心してただけなんだがな・・・」
 シャワーの栓を止め、シュナイダーがバスタブへと脚を入れる。身体を伸ばしていた若林は脚を縮めてシュナイダーが入れるようにスペースを作った。
 「そうだ。俺、若林に聞きたい事があったんだ」
 窮屈になったバスタブの中で身体を寄せながら、シュナイダーが若林に尋ねた。
 「いつもは恥ずかしいからって、一緒に風呂に入ったり、電気点けっぱなしでやったりしないだろ? でも今日は・・・恥ずかしくないのか」
 「ああ・・・その事か」
 若林が苦笑する。そして若林は自分の気持ちを正直に打ち明けた。
 シュナイダーが今日という日に、自分ではなく女性と一夜を過ごしているのかもしれないと思った時、嫉妬で気がおかしくなりそうだった。そしてシュナイダーに会いたい、シュナイダーに抱かれたい、シュナイダーと愛し合いたい・・・と、その事ばかりで頭がいっぱいになっていたのだと。
 「だから、シュナイダーが来てくれたんだって判った時、恥ずかしいなんて思うより先に、お前と早くしたいって、その事ばっかり考えちまって・・・」
 「・・・それ、本当に!?」
 照れ笑いを浮かべながら頷く若林に、シュナイダーはがばっと抱きついた。暴れた拍子に大きく湯が溢れ、若林はシュナイダーの腕の中で焦ったようにもがく。
 「シュナイダー?」
 「だったら、今ここでヤッても恥ずかしくないよな?」
 「今ここでって・・・風呂に入ったままで?」
 期待に満ちた瞳を輝かせ、シュナイダーはにんまりと頷く。一瞬の躊躇の後に、若林は片脚をバスタブの縁の外に掛けるようにして、大きく脚を開いて見せた。
 「いいぜ。・・・来いよ」
 羞恥心を全く失ってしまった訳ではないが、シュナイダーが望む事ならば恥ずかしい事など何もない。覆い被さってくるシュナイダーの身体にすがるように抱きつきながら、若林は覚悟を決める。
 もうこの先何があろうとも、俺たちが互いの気持ちを疑う事など有り得ない。
 温かな湯の中に身を沈め、我が身に分け入ってくる湯よりもはるかに熱い物の圧迫感を心地よく感じながら、若林はシュナイダーに自ら顔を寄せてキスをした。
おわり


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