夜の訪問者
ドンドンと大きなノックの音がした。ドアチャイムがあるのを承知で、わざとドアを叩いているらしい。 「ほら、また来たぜ」 テーブルの向かいに掛けた若林が、楽しそうにシュナイダーを促す。シュナイダーはテーブルの上に置かれたキャンデーの大袋を面倒くさそうに掴むと、玄関へと出向いた。ドアを叩く音はいよいよ激しくなり、「早く開けろ!」「いたずらするぞ!」などの声が聞こえてくる。 シュナイダーがドアを開けると、そこには4〜5人の子供たちがいた。どの子もモンスターのマスクを被ったり、魔法使いのコスチュームを着込んだりして何がしかの仮装をしている。そしてシュナイダーの顔を見て、一斉に歓声を上げた。 「本当にシュナイダーだ!」 「すげー、ここに住んでるって本当だったんだな」 「サインくれないと、いたずらするぞ!!」 わいわいと騒ぎ立てる子供たちにキャンデーを一掴みずつ押し付けると、シュナイダーはドアを強引に閉めた。子供たちは尚もドアの外で騒いでいたが、徐々にその声は遠ざかっていった。 「お疲れ」 居間に戻ってきたシュナイダーに、若林が労いの言葉を掛ける。 「全くだ。どうして俺が、見ず知らずの子供の相手をしなくちゃならないんだ?」 中身の減ったキャンデーの袋をテーブルに置いてぼやくと、若林がにやにやと笑う。 「おいおい、これを忘れたのか?」 若林はテーブルの上にあった一枚のビラに手を置くと、それをすっとシュナイダーの方に押しやった。ビラにはコミックタッチのイラストと共に、ハロウィンナイト開催の案内が綴られていた。 「・・・忘れちゃいないさ」 楽しそうにチョコレートの大袋の口を新たに開けている若林を見ながら、シュナイダーは内心で愚痴を吐く。 せっかく恋人の若林が家に来てくれているというのに、「ハロウィンナイト」とやらが終わるまではおちおちキスも出来やしない。本音を言えば周りが何をやっていようと居留守を決め込んで、たっぷり若林を可愛がってあげたいところなのだが、肝心の若林がハロウィンを面白がってイベントに参加しろとシュナイダーをせっつくのでそうもいかないのだった。 「シュナイダーが嫌なら、俺が菓子を配ろうか?」 「ダメだ! 若林は出るな! 若林までこの家にいると判ったら、子供らがもっと騒ぐに決まってる」 「わかったよ」 シュナイダーの剣幕に苦笑しながら、席を立ちかけていた若林が椅子に座り直した。 玄関の方からは、またドアを叩く音が聞こえてくる。 「ほら、次が来たぞ」 若林はキャンデーの袋とチョコの袋をシュナイダーに手渡すと、彼の背中を押すようにして玄関へと送り出した。 「若林は隠れてろよ」 「判ってるって。ここにいれば外からは見えないだろ」 壁の陰に身を隠すようにしながら言うと、やっとシュナイダーは玄関のドアを開けた。 シュナイダーの姿を見た子供たちは大喜びで、お菓子を貰う事そっちのけでシュナイダーにじゃれついている。シュナイダーは握手を求めて差し出された小さい手を順々に握り、同時に菓子を掴ませてドアの前から子供たちを追い払おうとしていた。ところがそうしているうちに別の子供たちのグループも戸口に集まってきてしまい、シュナイダーはますます閉口する。 集まった子供たち全員に菓子を配り、ドアを閉めた時にはシュナイダーの顔には疲労感が滲み出ていた。ブンデスリーガのスター選手に会えてはしゃいでいた子供たちの明るい表情とは、実に対照的だ。連れ立って部屋に戻った後、とうとう若林は堪えきれずに笑い出してしまった。そんな若林の様子に、シュナイダーの機嫌はますます悪くなる。 「もう嫌だ! ハロウィンナイトは終わり! 誰が来ても俺は出ないぞ」 「本気か? あの菓子はどうするんだ?」 若林が指し示すテーブルの上には、未開封の菓子の大袋がまだまだ沢山あった。シュナイダーの家の近所でハロウィンが行われると聞いた若林が、気を利かせてここへ来る途中で買ってきたのだ。 「俺の買ってきた菓子を無駄にする気かぁ?」 そう言うと若林は腕を組み、口を尖らせて文句をつける。しかしその目に怒りは浮かんでいない。それどころか、むしろ楽しそうだ。若林の怒りのポーズは冗談めかしたものだったが、それでも恋人の厚意を無駄にするのは気が引けてシュナイダーは一計を案じる。 ちょっと待ってろと若林に言い残すと、シュナイダーは物置から籐で編まれた大きな籠を持ち出してきた。以前にファンから花籠に収まった豪華な花束を貰った事があって、花が枯れた後も籠だけは捨てずにとっておいたのだった。その籠の中に、シュナイダーは残っていた菓子を残らず全部あけてしまった。 それから大判の紙とペンを持ち出し、紙の上に大きな文字で何かを書き始める。 「よし、これでいい」 ペンを置いたシュナイダーは、メッセージを書き終わった紙を若林に手渡した。そこには、こう書かれていた。 『留守にしています。お菓子は自由に持って行って下さい。悪戯はしないでね』 「どうだ? この紙をドアに貼って、この籠を置いておけば勝手にお菓子を持っていくだろ?」 「意地が悪いなぁ。子供たちは菓子目当てじゃなくて、シュナイダーに会いたいんじゃないのか?」 紙を見ながら、若林がなおも言い返す。シュナイダーは若林の手元から紙を取り上げると、それをテーブルに置いた。そして若林の腰を両手で抱くと、そのままぐいと引き寄せる。 「意地悪はどっちだ? いつまで俺を焦らすつもりだ」 「それは・・・」 開きかけた唇に、シュナイダーの唇が重ねられる。 若林は抵抗しなかった。しかしシュナイダーが唇を強く押し付けて更に深いキスを求めると、途端に顔をそむけてキスを終わらせてしまった。 「おい、若林・・・」 本当にいつまで焦らされるんだとガッカリしていると、若林が明るい声で言った。 「がっつくなよ。この籠とメッセージを外に出すのが先だろ」 「!! あ、ああ、そうだったな! 今すぐ置いてくる!」 菓子の入った籠と紙を抱えてバタバタと慌しく玄関へと向かうシュナイダーの後ろ姿を、若林は微笑ましい気持ちで見送っていた。 居留守を使うからには部屋の明かりも全部消さないと怪しまれる・・・と尤もらしい理屈をこねて、シュナイダーは若林を暗いベッドルームに誘った。 「こう真っ暗闇じゃ他にする事もないし、いいよな?」 「判ったよ」 苦笑いを浮かべつつ、若林はシュナイダーに大人しく従う。闇の中で服を脱いでいると、横からシュナイダーが腕を伸ばしてきた。肌を弄る手にシャツを絡め取られて、若林はベッドの上に仰向けに押し倒される。 その身体を跨ぐようにして、シュナイダーが若林の上に覆いかぶさった。若林にキスをすると、そのまま唇を滑らせて若林の肌のあちこちをついばむように優しく愛撫する。 くすぐったくて、気持ちよくて、いつもされてる事なのにちっとも慣れることが出来ない。身体中を舐め取られるようなむずむずした快感に、若林は己の身体が火照るのを感じた。みっともない声を出すまいと固く結んでいた筈の口からは、堪えきれずに甘い息が漏れ出してしまう。 「ん・・・・・・」 まだ性器やアナルには触れてないのに、早くも息が乱れてかけている若林の姿は、シュナイダーの劣情を煽らずにはいられない。シュナイダーは愛用のローションをたっぷり手に取ると、まずは若林のペニスを刺激する。 感度のいい若林は、数回扱かれただけであっさりと勃起してしまった。 続いてアナルへと差し込まれたしなやかな指先が、奥へ奥へと蠢くのを感じて、若林は自らねだるように腰を浮かせてしまう。頃合よしと見て、シュナイダーは若林の中から指を抜いた。 「挿れるよ」 シュナイダーが恋人の耳元で囁く。 「あ・・・待ってくれ・・・」 早く挿れてとせがまれるかと思いきや、ストップを掛けられてシュナイダーは意外に思った。ローションに塗れてぬるぬるに解れている若林の菊座に、勃起した己の先端を宛がいながらシュナイダーが尋ねる。 「どうした? ここはもう大丈夫だろう?」 「・・・そうじゃなくて、誰か来てる・・・」 言われてシュナイダーが耳を澄ましてみると、確かに玄関の方からドアをノックする音がかすかに聞こえてきた。若林の耳聡さに驚きつつも、シュナイダーはベッドから降りようとはしなかった。 「ハロウィンの子供たちだろう? 留守だと書いて菓子を用意してあるんだから、放っておけばそのうちいなくなるさ」 シュナイダーの言うとおり、ノックの音はすぐに止んだ。張り紙を見て、念の為とノックをしてみたが、反応がないので大人しく菓子を取って帰っていったのだろう。 「もう誰もいないぜ」 シュナイダーは閉じかけていた若林の両膝を掴み、ぐいと大きく開かせた。 「今度は俺がご馳走を頂く番だ」 若林の入り口に押し当てられていた亀頭が、ずぶずぶと内奥へと突き進む。指で弄くられた時は声を押し殺す事が出来た若林だが、この容赦のない進撃にはもう声を抑える余裕などなかった。 「あっ、あああ・・・シュナイダー・・・ッ!」 「うっ、そんなに締め上げるな。動きにくいじゃないか」 太さも長さも自慢の逸物をぎっちり根元まで若林の中に収めてしまってから、シュナイダーはゆっくりと腰を動かし始める。その動きが早くなるにつれて、若林の喘ぎ声も大きくなっていった。 「シュナイダー、シュナッ、あ・・・あぁっ・・・」 ベッドに仰向けになり、広げた両脚をシュナイダーの腕に抱え込まれる形で貫かれていた若林が、急に身を起こした。ゆさゆさと突き上げられながらも、手を伸ばしてシュナイダーの首筋へと回し、恋人の身体を抱きしめようとする。若林に求められている事がありありと判って、シュナイダーは一層奮起した。 ぎしぎしとベッドを軋ませながら、シュナイダーが盛んに腰を振る。若林には、我が身を蹂躙する凄まじい快感に喘ぐ以外の事は何も出来なかった。 「あうっ・・・!」 シュナイダーの腹に挟まれるようになっていた若林のペニスから、勢いよくザーメンが噴出する。 それと同時に、急に若林の全身から力が抜けてしまった。縋るようにシュナイダーの首に回されていた両腕はだらりと解け、上半身は再びシーツの上に倒れこんでしまった。シュナイダーが突き上げる度に、若林の身体は力なくガクガクと揺れる。さっきまでは絶え間なく漏れていた甘い睦言も聞こえない。 どうやら快感が深すぎて失神してしまったようだ。しかしシュナイダーは抽送を止めようとはしない。 「一緒にっ、イきたかった、けど・・・仕方、ねぇな」 ぐったりとした若林を見下ろしながら、シュナイダーはニヤリと笑う。感度のいい肉体を持つが為に情事の快楽にはとことん弱い若林だが、我慢強い性格のせいかセックスの最中に意識を手放す事は滅多にない。その若林が今日は限界を超えるほどに満足してくれたのだと思うと嬉しくて、最早若林の意識はないのだと判っていても、もっと可愛がってあげたくなる。 忙しなくピストン運動を繰り返していたシュナイダーの腰が、ブルッと震えて動きを止めた。若林の中に熱い精液を溢しながら、シュナイダーは深々と息をつく。ねとつく砲身を孔からぬるりと引き抜くと、シュナイダーは若林の傍に横たわった。 その時。またもや玄関の方からドアを叩く音がした。それもさっきより激しく大きな音だ。もう真夜中だというのに、まだハロウィンが終わっていないらしい。 しかしいくらイベントだと言っても、子供がうろつくには遅すぎる時間だ。 シュナイダーはベッドから降りるとズボンを履き、シャツを羽織りながら玄関へ向かった。ドアを叩く音はいよいよ激しくなっており、ドア越しに怒鳴り声が聞こえてくる。 『籠は空っぽだぞぉぉぉぉぉ俺達にもご馳走寄越せぇぇぇぇぇ』 『寄越さないと悪戯するぞぉぉぉぉぉ』 シュナイダーは苦りきった顔で溜息をつく。どう聞いても子供の声ではない。嗄れている上に発音がおかしい。大方お祭騒ぎに浮かれている酔っ払いだろう。 シュナイダーは負けじとドア越しに怒鳴り返した。 「うるさい! ドアを叩くな!! とっとと帰れ!!」 ところが相手は怯みもせず、ますます大声を上げる。 『いるんじゃねぇぇかぁぁぁ何がルスニシテイマスだぁぁぁぁ』 『嘘つきめぇぇぇご馳走よこせぇぇぇぇぇぇ』 ガンガンとドアを叩く音が一層強くなった。こんな事ならとことん居留守を決め込んでおけばよかったと、シュナイダーは後悔したがもう遅い。とにかくドアだけは開けるまいと決意を固めると、外に向かって大声で警告した。 「いい加減にしろ! 警察を呼ぶぞ!!」 『ケイサツゥゥゥゥゥ?? ここでハロウィンをしているというから遠くからはるばる来てやったのにぃぃぃぃぃぃ』 『ご馳走くれなきゃ家に火を点けるぞぉぉぉぉぉぉぉぉ』 もう我慢の限界だ。 シュナイダーは警察に通報しようと、玄関ドアから離れて電話のある部屋へと向かった。部屋に入ったシュナイダーは、電話機を手に取る前に窓際へと近寄る。この部屋の窓からなら、家の玄関が見える。通報する前に、どんな連中が居座っているのか確認しようと思ったのだった。 シュナイダーは窓のカーテンを開けた。その途端目に飛び込んできたのは、窓の外をちらちらと飛び交う炎の塊だった。一瞬ぎょっとしたが、すぐに連中がライターの火か何かをかざして庭を動き回っているのだろうと見当をつける。 「あのバカども、本気でうちに火を点ける気か!?」 本当に放火をされては敵わない。シュナイダーは駆け足で玄関まで戻ると、ドアを開けて庭に出た。外は真っ暗で、見たところどこにも火を点けられてる様子はない。シュナイダーは念の為に家のぐるりを念入りに見回ってみたが、怪しい所も不審な人物も見当たらなかった。 「やっといなくなったか」 警察を呼ぶ羽目にならなくて良かったと、シュナイダーは安堵する。不審者を追い払い安心した途端、急に外の冷気が身に染みてシュナイダーは身震いした。 さっさと若林の待つベッドに戻ろう。そして若林が目を覚ましたら、もう一回・・・とピンク色の妄想を思い描きつつ、シュナイダーは玄関のドアを開けた。 窓の外を飛び交う炎に驚いたシュナイダーが大慌てで玄関のドアを開けた時、シュナイダーの視線は庭の、先刻炎を見た辺りに向いていた。なので自分の背後に赤く輝く光体がふたつ漂っていた事も、その光体が後ろ手にドアを閉める寸前に家の中へと入り込んだ事も、シュナイダーは気付かなかった。 二つの光体は螺旋を描くようにしながらゆらゆらと家の中を飛び回る。 『ご馳走よこせぇぇぇぇぇ』 『でないと悪戯するぞぉぉぉぉぉぉ』 だが生憎シュナイダーの家には、彼らの求める「ご馳走」はなかった。 『ご馳走はどこだぁぁぁぁぁぁ』 『この部屋になかったら悪戯してやぁぁるぅぅぅぅぅぅ』 二つの光は、ドアが開いたままの寝室へと飛び込んで行った。目まぐるしく飛び回っていた赤い光は、ベッドの上までくるとそこでぴたりと動きを止めた。 まだ意識が戻らずぐったりと横たわっている若林の全身が、妖しい赤い輝きに照らし出され闇の中にぼんやりと浮かび上がる。 『いぃたあずぅらぁしてやぁぁるぅぅぅぅぅぅぅ』 寒さに震えつつ、シュナイダーは玄関のドアを開けた。 その瞬間、家の奥から現れた二つの赤い光が、シュナイダーの両耳を掠めるようにして、凄まじいスピードで戸外へと飛び出していった。 「!? 何だ、今のは!!」 慌てて背後を振り返り、後を追うように外に出てみたが、既に二つの光体は遠い空の彼方に飛び去ってしまい星空に紛れて見えなくなってしまった。 「・・・・・・なんだったんだ??」 呆然と夜空を見上げながら自問するが、科学的に納得のいく説明を思いつく事が出来ない。シュナイダーは薄気味悪く思いながら、とりあえず家に入った。すっかり冷えてしまった身体を暖め直そうと、いそいそと若林の眠る寝室へと戻る。 暗闇の中、見当でベッドにもぐりこむと、横に寝そべっている若林がハァハァと荒い息をついているのが判った。どうやら意識は戻っているらしい。 「若林?」 「あ・・・あぁ・・・」 弱弱しい声で若林が返事をした。まださっきのセックスの余韻が冷めていないのだと察しをつけ、シュナイダーは嬉しくなる。 「悪かったな、一人にして。妙な奴らが来てたから、ちょっと外を見回ってたんだ」 「・・・・・・一人?」 若林が不審げに聞き返す。どうやら意識を失っていたせいで、若林は時間の感覚が狂ってるようだ。シュナイダーはそう考えながら、若林に甘い声で囁きかける。 「ああ。さて、それじゃ若林も起きた事だし二回戦を・・・」 「二回戦だって? さっき僅かの時間に立て続けにヤッたばかりだろ。今夜はもういいって・・・」 この言葉にシュナイダーはベッドから飛び起きた。 今夜はまだ一回しかしていない。だが若林の口調にはふざけたり冗談を言ったりしている様子は感じられず、むしろ今の言葉を裏付けるかのように疲労困憊しているのが判る。 どういう事なんだ!? シュナイダーはベッドから降りると、壁際に近づき手探りで電気のスイッチを入れた。パッと室内が明るくなり、闇に目が慣れていたシュナイダーは反射的に目を細める。それからベッドの上の若林へと視線を向けた。若林はベッドの上に身を起こして、突然明かりを点けたシュナイダーの方を不思議そうに見つめている。 その若林の姿を見た途端、シュナイダーは目と口を大きく開けたまま固まってしまった。 若林の広い胸板の上には、蚯蚓腫れのような細い痣が不自然に浮かんでいる。そしてその痣の形は、明らかにこう読めた。 『ご馳走は頂いたぜぇぇぇぇぇ!』 おわり
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