年末年始は実家へ戻り、和やかな家族団欒のムードの中で過ごしていたシュナイダーだったが、今日は逸る気持ちを抑えながらいそいそと若林の家へとやってきた。車を停めると、降りる前にバックミラーを覗き、服や髪型がおかしくないかをチェックする。家を出る時に確認したままの、一部の隙もなく整った服装と髪型に満足げに頷くと、シュナイダーは車から降りた。
 今日は若林との新年第一回目のデートだった。若林との付き合いは長く、今年も数え切れないくらいデートを重ねるだろうが、やはり何事に於いても初回というのは重要だ。相手が気心知れた恋人であっても、いやそういう相手だからこそ初回にだらしない姿は見せたくない。
 そうシュナイダーは思っていたのだが、どうやら若林は違うらしかった。シュナイダーを家に招き入れてくれた若林の服装は腕まくりをしたジャージに軍手、更に首にはタオルを巻くという、一見肉体労働者風のくだけた格好だったのだ。若林はシュナイダーの姿を見ると、嬉しそうに声を掛けた。
 「よう、正月らしくめかしこんで来たな。俺もまともな服に着替えてくるから、居間で待っててくれよ」
 「その格好・・・一体何をやってたんだ?」
 「掃除」
若林が照れ隠しのような笑みを浮かべながら答える。
 「おまえが来る前に、部屋を簡単に掃除しておこうと思ったんだ。ところが、やってるうちに気分が乗ってきて、年末の大掃除みたくなっちまった。でも丁度終わったところだから」
 自分を迎えるために大々的に家を掃除してくれていたのかと思うと、その気遣いが嬉しくてシュナイダーの顔も綻ぶ。
 「そいつはご苦労だったな。言ってくれれば俺も手伝ったのに」
 「いや、今日は元々掃除をするつもりじゃなかったから。でも今度、大掃除するって予定を組んだ時には、お前にも手伝ってもらう事にするよ」
 「ああ。遠慮しないで、何時でもこき使ってくれていいぜ」
 居間で待っていてくれと言われたが、シュナイダーは若林と話しながら彼に並んでついていく。若林が着替える為に入ったその部屋には、大掃除で出た不用品と思しき品々が段ボール箱や大きなビニール袋に入れてまとめられていた。それらの品々に興味をそそられ、シュナイダーは尋ねてみた。
 「それ、ゴミなのか?」
 「ああ。雑誌とか着なくなった服とか、何となく置きっぱなしになってた物ばかりさ」
 「これは?」
蓋の開いた段ボールに近付いたシュナイダーが中から取り出したのは、書道用の太筆と硯だった。それを見た若林は懐かしそうに目を細める。
 「それは、日本人学校に通ってた時の書道の道具だよ。こっちに越してくる時に、学校だけで使ってたような物は全部捨てた筈なんだけど、書道用具だけどっかに紛れて残ってたんだ」
 「ショドウの道具? 特殊な物じゃないのか。捨てるのは勿体無いぞ」
シュナイダーが好奇心丸出しの様子で段ボール箱を覗いているのを見て、若林は着替えを中断してシュナイダーに近付いた。そして段ボール箱の中から文鎮や墨汁の容器など書道用具一式を選び出すと、シュナイダーの前に並べてやった。
 「欲しいなら持ってってくれて構わないけど、半紙は使い切ったみたいで無いんだよな。墨汁も殆ど空っぽだし」
 「こっちの赤いのは?」
目敏いシュナイダーが朱色の容器を手にしているのを見て、若林が苦笑する。
 「それは添削用の朱墨液。何でか勘違いして買っちゃったんだ。自分じゃ使わないから手付かずでたっぷり残ってるけど、普通の書道には朱墨液は使わないんだ」
 「そうなのか。でも、これだけ道具が揃ってるんだから、やっぱり捨てるのは勿体ないよ。若林、俺にショドウを教えてくれ。俺が日本語勉強してるの、知ってるだろう? もう漢字だって少しは書けるんだぜ」
 「書道を? おい、本気か」
若林は目を丸くした。日本人である若林の事をもっと深く理解したいから・・・という動機で、以前からシュナイダーが日本語講座のテキストを読んだり、日本文化についてあれこれ調べているのは知っていたが、書道にまで関心を示すとは驚きだった。
 「教えるのは構わんが・・・俺、大して字ぃ、上手くないぞ?」
 「構わん。俺よりは上手いだろうからな」
薄っぺらい習字のテキストを手に取り、ページをパラパラと捲りながらシュナイダーが言うのを聞いて、若林はそれもそうだと思い直す。
 「それじゃあ、適当な紙を買ってきて書初めでもするか」
 「カキゾメ?」
 「年が明けて初めてする習字の事。書く内容は何でもいいんだ。でも、今年の抱負や座右の銘を書く人が多いかな」
 若林の説明に、シュナイダーはふむふむと頷く。
 「何を書いてもいいんだ?」
 「ああ。・・・おい、もっと簡単な字にしようぜ」
横からシュナイダーの見ていたテキストを覗き込み、そこに手本として「温故知新」の文字が書かれているのを見て、若林は苦笑いを浮かべた。
 「前の方にもっと短い単語の手本が載ってるぞ」
 「いや、この手本はいらない。書きたい文字は決まってるから。それから、紙も買ってこなくていい」
シュナイダーはテキストを置くと、若林に意味ありげに笑いかけた。

 一時間近い押し問答の末、とうとう若林はシュナイダーの提案に頷いてしまった。馬鹿馬鹿しい、くだらない、と思う気持ちに変わりはないが、何と言葉を返してもシュナイダーは頑として引き下がらない。そのうちに、くだらない、と自分が思っているような事が原因で、年明け早々恋人と揉め続けている事に嫌気が差してしまったのである。
 「判ったよ! 但し、こんな事するのは今日だけだからな!?」
面白くない顔つきで若林が言い放つと、シュナイダーは対照的にぱあっと顔を輝かせた。
 「ああ、判ってる。これは『カキゾメ』だからな」
シュナイダーはニコニコしながら、段ボールの横に纏めてあった古新聞、古雑誌の紐を解き始めた。そして鼻歌まじりに新聞紙を広げ、部屋の中央に敷き始める。
 なんでそんなに嬉しそうなんだ・・・と呆れつつ、若林も「カキゾメ」の為の準備をするべく服を脱ぎ始めた。そして全裸になってしまうと、シュナイダーが敷き詰めた新聞紙の上に渋々ながら仰向けに横たわった。
 そう、シュナイダーのやりたい「カキゾメ」とは、最愛の男の身体に直接書を綴りたい・・・というものだった。
 生まれたままの姿で仰向けになった自分の身体を、シュナイダーがうっとりした眼差しで舐めるように見下ろしているのに気付き、若林が顔を赤くしながら怒鳴る。
 「さっさと終わらせろよ! 俺がバカみてぇだろ」
 「うん、判ってる。ただ、筆がちょっとな・・・」
視線を若林の逞しい胸板に向けたまま、シュナイダーが手にした太筆の毛先を指でいじった。何年も前に使ったきり放置されていた太筆は、毛先ががちがちに固まっており、指で無理に解すとバサバサと毛が割れた。
 「これ、使いにくそうだな。若林、手入れが悪いぞ」
 「捨てる物を拾っておいて、文句を言うな。湯で洗えば少しはまともになるから、早く終らせてくれ」
 一旦身体を起こすと、若林は面倒臭そうに助言をした。これを聞いたシュナイダーは、早速ポットの湯をマグカップに注いで持ってくる。その湯で筆先を洗うと、確かに毛先が柔らかくなった。お湯でしっとり濡れて温かくなった毛先に指を沿わせながら、シュナイダーが満足げに頷いた。
 「よし、これならいいな」
そして若林を急かしてもう一度仰向けに寝かせると、墨は使わず湯を含んで柔らかくなった筆先を、そのまま若林の左の乳首に押し当てた。くすぐったいような、気持ちいいような柔らかな刺激に、若林はピクリと身体を震わせる。温かい毛先がぬるっと乳首の上を動き回る感触に、気を抜くと変な声が出てしまいそうで、若林は拳を握って全身に力を入れた。
 そのまま毛先が胸から離れるのを待っていたが、シュナイダーは若林の反応を楽しむように、筆先で乳首ばかりを執拗に責め立てている。両方の乳首を交互に筆に弄ばれているうちに、ほんのり赤味を増した乳首はつんと尖って固くなってきた。
 「おいっ、真面目にやれよ」
恥ずかしさに耐えかねて、若林が恨みがましい目つきでシュナイダーを見上げて抗議する。しかしシュナイダーは飄々としたものだ。
 「やってるよ。書き損じる訳にはいかないんだから、慎重に筆を慣らしてるんだ」
漸く筆を乳首から離し、楽しそうにシュナイダーは答えた。そして筆先を湯に浸け直すと、胸から腹まで一本の線を引くようにさっと筆を滑らせる。
 「!」
さっきまでのじわじわ責め立てるような感触と違う刺激に、若林の身体がぴくっと小さく震えた。
 「うん。筆の滑りは最高だ。上質紙ならぬ上質の肌・・・ってとこかな」
そしてドイツ語の文章か何かを綴るように、若林の左胸に筆先を落とすとすらすらと右へと筆を動かした。身体の上をテンポよく動いていく毛先の感触がくすぐったくて、若林は思わず笑いを漏らした。
 「あはっ、ははっ、シュナイダー、く、くすぐったいって!」
 「そんなに動くなよ。本当に墨をつけていたら、書き損じになるところだぞ」
不機嫌そうだった若林が笑い出したのに気を良くしつつ、シュナイダーが口先では文句をつけた。それからもう一度筆を湯に浸け直し、濡れた毛先を若林のペニスにぺったりと押し当てた。
 「あっ!」
笑っていた若林が焦ったような声をあげると、小さく腰を浮かせた。そのまま起き上がろうとするのを片手で押し止めると、シュナイダー尚も筆先で若林のペニスを上下に刺激する。乳首を悪戯された時に勃ちあがりかけていたペニスは、筆の動きに導かれるように勃起した。気持ちいいのと恥ずかしいのとで、若林の顔は真っ赤だ。
 「や、やめろって! 変な事すんなよ!」
 「若林、こっちの筆はお手入れが行き届いてるな。色艶もいいし、感度も良好・・・」
更に亀頭を筆の毛先で何度もつつくようにすると透明な汁が溢れてきて、若林の呼吸が荒くなった。
 「バカッ! いい加減にしろ! 筆なんかで・・・あっ・・・」
いきなり袋を掴まれて、若林の言葉が途切れた。左手に握った柔らかい袋の感触を楽しみながら、右手の筆で若林を苛めていたシュナイダーだったが、若林の気持ち良さそうな息遣いを確かめると急に筆を置いてしまった。
 口では嫌だと言いながら、生温かい湯を含んだ筆先が与えてくれる焦らされるような快感にのめり込んでいた若林は、身体を起こすとせがむような目でシュナイダーを見上げた。若林の視線を受け止めたシュナイダーは、何もかも見透かしたような顔で若林に笑いかける。
 「・・・筆なんかじゃ、最後まで達けないよな?」
頬を紅潮させた若林が頷くのを見て、シュナイダーは自らも服を脱ぎ始めた。ここに来る前にはさんざん着こなしに気を配ったのに、今は無造作に服を辺りに脱ぎ散らかしている事に気付き、シュナイダーは内心可笑しくなった。
 ズボンと下着を取り去ると、完全に勃ちあがった雄々しい一物が、新聞紙の上に尻をついて座り込んでいる若林の鼻先に突きつけられた。見慣れている筈なの に、こうして目の当たりにすると一際大きく見えて、若林は息を呑んだ。
 「どうだ? 俺の筆も立派なもんだろう?」
口では余裕を見せているが、既にこの状態なのでシュナイダーは若林に挿れたくて仕方がない。若林を四つん這いの格好にして尻を向けさせると、唾液に濡らした指を突っ込んで性急に慣らし始める。すると息を弾ませた若林が自らも腰を揺らし、すぐに指をきつく咥え込むのが判った。これならば大丈夫と、シュナイダーは中を掻き回していた指を抜く。
 そして先走りでぬめっている極太の先端を、若林のアナルへとぐいと押し込んだ。
 「あぁっ!」
挿入の瞬間、一瞬だけ身体を身体を離そうとした若林だったが、すぐに四肢に力を入れて踏み止まった。さっき間近に見た巨根が、今まさに自分の体内へと侵入しているのだと思うと、興奮で頭の中が真っ白になる。身体を押し広げられる圧迫感に耐えながら、若林はシュナイダーの侵入を悦び、彼を受け入れ易いように力を抜こうとした。
 「あっ・・・シュナイダー・・・」
 「ん・・・やっぱり、若林のここは最高に気持ちいいな・・・」
床に膝をつき、若林の腰を掴んでゆっくりと挿入していたシュナイダーは、ペニスが徐々に熱い肉に包まれていく感触に大きく息をつく。そしてモノが中程まで挿入ったところで、急に打ちつけるように腰を振り始めた。
 「あっ、あぁーっ!」
強烈な突き込みを受け入れているうちに、若林の上半身が崩れた。掌を床に突く事ができなくなって、辛うじて肘で上体を支えている。シュナイダーを受け入れている尻だけを高く掲げるような格好で、若林は床に顔を伏せた。容赦のない抽送に、若林は身体中が突き崩されてしまいそうな錯覚を覚えた。
 しかし、それは決して不快な感覚ではない。シュナイダーに激しく突かれる度に、痺れるような快感が若林の全身を駆け巡る。若林のペニスは腹を打たんばかりに反り返り、たらたらと先走りの汁を漏らし続けていた。
 「シュナ・・・シュナぁ・・・あっ・・・」
 「・・・若林、もう達きそうだな」
 「あっ・・・はぁ・・・ん・・・」
動きを休めることなくシュナイダーが声を掛ける。しかし若林の口から、まともな返事は返ってこなかった。しかしシュナイダーは構わず、若林に話し続けた。
 「おい、体勢変えるぞ」
そしてシュナイダーは若林を貫いたまま、若林の腰を掴み手前へと引いた。若林の体重を引き受けるようにして、自らの腰も後ろへと下げていき、ゆっくりと尻を床の上へと落とす。無理に身体を起こされて、若林が戸惑いながら首を後ろに向けてシュナイダーを見た。
 「あ・・・シュナイダー・・・?」
 「そのまま、俺の前に座れ」
言われるまでも無く、シュナイダーを受け入れたままの若林は、脚を開いて床に尻をついたシュナイダーに重なるような形で座らざるを得なかった。体位が変わったことにより、若林は自らシュナイダーを根元まで深々と咥え込む形になる。
 「う・・・うぅ・・・」
ぎっちりと体内に詰まった男根がびくびくと脈打つのを感じながら、若林は唇を噛んだ。
 「どうだ。俺のが奥まで詰まって、気持ちいいだろう?」
圧迫感がきつくなり何も言えないでいる若林の胴体を抱くようにして、シュナイダーは両手を若林のペニスに伸ばす。そして限界まで張り詰めている熱い肉棒を、激しく上下に擦った。
 「あっ・・・!」
若林の身体が小さく痙攣するのと同時に、シュナイダーに握られた若林のペニスは高々と精液を吹き上げた。シュナイダーが若林の袋を揉みながら、尚もペニスを扱くと連続して射精が起こる。敷き詰めた新聞紙の上にねっとりした汁が飛び散るさまを見て、シュナイダーが嬉しそうに言った。
 「若林の筆は感度が良くて上等だな。自家製の白墨で、何を『カキゾメ』 したんだ?」
力が抜けてしまった若林の身体を支えながら、シュナイダーが若林の耳元に囁いた。若林は首を巡らし、陶然とした眼差しをシュナイダーに向けると小さな声で何かを呟いた。
 「ん? 何て言った?」
声を聞き取ろうと更に顔を寄せたシュナイダーの唇に、若林の唇が押し当てられた。若林は不自由な体勢ながらも懸命に腕を回し、自分の背後にいるシュナイダーを抱き締めようとする。そしてシュナイダーを飲み込んだまま、身体を上下に激しく揺すり始めた。
 これにはシュナイダーも堪らない。
 シュナイダーはもう軽口を叩かなかった。夢中になって若林と唇を重ねあい、自分を咥え込みながら激しく揺れる抱き心地のいい身体に腕を這わせると、滅茶苦茶に抱き締める。若林が動く度にペニスに対する締め付けがきつくなって、流石のシュナイダーもこれ以上は堪え切れなかった。
 若林に包まれたまま、シュナイダーが精を放った。体内に熱い液が満ちてくる感覚をいとおしく思いながら、若林は尚もシュナイダーとキスを重ねた。

 「・・・おい、本当にやるのか?」
 「当たり前だ。若林、今更逃げようなんて卑怯だぞ?」
汗と精液を洗い流して、さっぱりした気分でバスルームから出てきた若林を捕まえたシュナイダーは、若林に服を着る事を許さず、もう一度あの新聞紙や書道用具の散らかった部屋へと引っ張り込んでいた。タオルを腰に巻いただけの格好の若林は、自分達が先刻演じた痴態の痕を見下ろして溜息をつく。
 「俺の身体に書き初めしたいなんて、昼間っからセックスする為の口実じゃなかったのか?」
 「まぁ、そうなんだけど・・・でも、本当にやってみたいんだ。今度は真面目にやるから」
シュナイダーは渋る若林からタオルを引き剥がし、新しく敷き直した新聞紙の上に座らせた。そして若林に背中を向けさせると、朱墨液の蓋を開けて直に太筆の先を浸けた。
 「よし、そのまま背筋を伸ばしててくれよ」
 「せっかく風呂に入ったのに・・・」
ぶつぶつ文句を言いつつも、嫌だと突っ撥ねきれないあたり、若林もシュナイダーには弱い。言われるままに背筋を伸ばして座っていると、背中にぺたりと冷たい筆先が当てられたのが判った。若林は背中に伝わる筆の感触から、シュナイダーが何を書いているのか推測しようとしたが、どうやら書き順がデタラメらしく、何を書かれているのかはさっぱり判らなかった。 
 「出来た!」
尻の辺りまで筆を動かされてむずむずしていた若林は、満足気なシュナイダーの声にホッとした。
 「我ながらいい出来だ。初めてショドウをしたとは思えない」
 「自画自賛も大概にしとけ。何て書いたんだ?」
 「見せてやる。ちょっとそのまま、背中を向けていてくれ」
シュナイダーはデジカメを持ってくると、若林の背面を撮影した。そしてニコニコしながら、デジカメを若林に手渡す。そのモニター画面に映っている画像を見た若林は言葉を失った。
 肩の辺りには横書きで「2006」と年が書かれている。その下に書かれている、バカでかい下手くそな文字は・・・日本語で「俺の」と読めた。そして尻に書かれているのは、巨大なハートマークとシュナイダーのサインだった。
 シュナイダーが達筆に書をしたためるなどとは端から思っていなかったが、それにしても選んだ語句が間抜け過ぎて若林は脱力する。
 「これが書き初めかよ・・・」
 「ああ。よく書けているだろう? ショドウの展覧会か何かに出品したら、間違いなく優勝だな!」
 一瞬、広々とした展示ホールに連なる書き初めの書に混じって素っ裸の自分が客に尻を向けて立っている図が思い浮かんでしまい、若林はブンブンと頭を振って妄想を追い払った。足早に部屋から出て行こうとする若林を、シュナイダーが呼び止める。
 「おい、どこに行くんだ」
 「風呂に決まっているだろう。いつまでもこんな格好でいられるか」
 「もう洗い流す気なのか?」
 「当たり前だ!」
すたすたとバスルームへと戻る若林の後を、シュナイダーは当然の如くついて来る。脱衣所まで来た所で、シュナイダーが若林に大声で言った。
 「判った。書いたのは俺だ。洗い流すのも俺がやるよ」
 「要らん世話だ。大体お前は、俺の前にシャワーを済ませてるんだし、また入る事もあるまい」
 「遠慮するな。背中の汚れは自分じゃ洗いにくいだろう?」
若林が止めるのも構わず、シュナイダーはさっさと服を脱いでしまった。そして若林の顔を見ると楽しそうに言った。
 「お前、自分の背中に何て書いてあるのか読めないのか? 若林は俺のものなんだから、何でも俺の言う通りにしていればいいんだぜ」
 そう言って笑いかけると、どうやら若林も内心では満更でもないらしい。不機嫌にむくれているように見えた顔つきが、ふっと柔らかくなった
 「・・・ったく、仕方ねぇなぁ」
苦笑しつつも、若林は大人しくシュナイダーに肩を抱かれながらバスルームへと姿を消した。
 浴室からはシャワーの水音に混じって、仲のいい恋人たちがじゃれあう楽しそうな声が聞こえてきた。それがくぐもった喘ぎ声と、濡れた肌のぶつかり合う湿った音に変わるのにそう時間は掛からなかった。
おわり
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