お預け

 就寝前に何気なく壁のカレンダーを見たシュナイダーは、自分の誕生日があと二日後に迫っている事に気付いた。
 「・・・そうか、あれからもう一年経つんだなぁ」
 しみじみとした声で、シュナイダーは一年前の出来事を思い出す。
 この時期、ハンブルクJr.ユースチームの練習は冬休みに入っており、シュナイダーは仲のいい若林と二人で自主トレを行っていた。ところが日を追うごとに若林の態度がギクシャクしたものとなり、とうとう仮病を口実に二人で続けてきた自主トレを休むと言い出した。若林に気のあったシュナイダーは、自分が彼に嫌われたのではないかと当時悶々としたものだ。
 だが若林の態度が急変したのは、シュナイダーを友人ではなく恋の対象として意識し始めたからだった。
 その事を若林に打ち明けられ、二人が晴れて恋仲となったのが去年のシュナイダーの誕生日なのである。2月2日はシュナイダーにとって、誕生日であると同時に若林との交際が始まった記念日となっていた。
 (若林と初めてキスをしたのも、あの日だったな)
 シュナイダーは机の引き出しを開けて、大切に仕舞いこんでいたプレート付きのマスコットチェーンを取り出した。これは去年の誕生日に若林がくれたものだ。プレートには「本日誕生日・プレゼント受付中」という文字が目立つように書かれている。いわゆるジョークグッズだ。
 このプレートを早速若林の前にちらつかせて、首尾よく若林からキスして貰った時の事を思い返して、シュナイダーの頬は知らず知らずのうちに緩みきっていた。
 (若林、可愛かったなぁ・・・緊張しまくってて、周りに人なんかいなかったのに何度も辺りを確かめてから、それから俺の唇にちゅっ、と・・・)
 と、そこまで思い出して、シュナイダーの胸にちくりと痛みが走る。若林からのキスですっかりのぼせ上がってしまったシュナイダーは、そこが人目につかない夜道だったのをいい事に、キス以上の行為に及ぼうとして若林に拒絶されたのだった。若林は、キスが終わっても離れようとせず更に迫ってくるシュナイダーの身体を、力一杯押し返しながら怒鳴った。
 『なんだっ!? シュナイダー、急にどうした? やめろっ!!』
 若林に抵抗されて、シュナイダーは理性を取り戻した。焦ってコトに及んだせいで、若林の機嫌を損ねてスピード破局なんて事になったら目も当てられない。二人の交際は今さっき始まったばかり、時間はたっぷりあるのだ。何も急ぐ事はない。
 そう思って一旦身を引いたシュナイダーだったが、若林のガードは予想以上に固かった。
 両想いの二人なのだから早ければ一週間、遅くとも一ヶ月あればセックスまで行き着ける、とシュナイダーは思っていたのだが、若林との仲はキスから先には一向に進まなかった。シュナイダーとて形振り構わず若林を押し倒そうとしているわけではなく、その場の雰囲気やキスした時の若林の反応などを見ながら、自然にその先の段階へと進もうとしているのだが、それでも上手くいかない。
 手を繋いだり、肩を抱いたり、そういうスキンシップは問題ない。若林も嫌がらずに応じてくれる。抱き合ってキスするのも大丈夫、若林の方からキスしてくれる事も多い。しかし服を脱がそうとしたり、尻や股間に触ろうとすると途端に手厳しい拒絶にあってしまうのだった。
 まさか大事な恋人を力ずくで強姦するわけにもいかず、いつかは若林の方でもソノ気になってくれるだろうと、シュナイダーは辛抱強く機会を待った。ところがお預けをくわされ続けているうちに、とうとう一年近くが経ってしまったのだ。シュナイダーは手の中でマスコットプレートを弄びながら考える。
 交際を一年近く続けながら、いまだにキス止まりというのはいくら何でも進展が遅過ぎる。若林はこのままいつまでも、俺とは清い関係のままでいたいと思っているのだろうか? その可能性も無いとは言えない。
 (男同士の恋愛を病気だと思っていたくらいだからなぁ・・・)
 しかしシュナイダーには希望があった。それは、二日後に迫った、己の誕生日。
 (俺の誕生日は、二人にとって記念すべき思い出の日だ。もしかして若林は初体験をこの日に迎えたくて、今まで俺を拒んでたんじゃないか?)
 さっきとはまるで逆の仮説だが、これもまた極めて可能性の高い推測に思えた。それに若林にその気が無かったとしても、記念日に初体験を…と口説いたならば、若林も首を縦に振ってくれるのではなかろうか。
 やれる! きっと二日後には、若林を抱ける!
 「・・・う〜、もう我慢出来ない!」
 むっくり膨らんだ股間を抑えながら、シュナイダーは明かりを消してベッドにもぐり込む。そして下着の中に右手を突っ込むと、頭の中で若林を裸にしながら、夢中でペニスを扱き続けるのだった。
 
 「どうした、シュナイダー。何だか疲れているみたいだな」 
 翌日、練習場で顔を合わせた若林が、幾分やつれ気味なシュナイダーを見て心配する。
 「何でもない。ちょっと寝不足なんだ」
 シュナイダーは若林の頭から足の先までを眺め下ろしながら、苦笑する。誕生日が来たら、今度こそ若林を抱けるかもしれない。そう思うと異様に興奮してしまって、昨夜は当人にはとても言えないような妄想をオカズに何度も抜いてしまった。
 「そんならいいけど、そのままずるずる体調を崩したりすんなよ」
 「大丈夫、本番に備えて体力は充分残しておくよ」
 「うん、冬休みが終わったら、すぐに公式戦が始まるもんな」
 ボールをその場でバウンドキャッチしながら、若林が見当違いの相槌を打つ。シュナイダーは若林の手から離れたボールをひょいと横に蹴り出すと、若林に言った。
 「違うって。俺が言ってるのは明日の事だよ」
 「明日? あ、そうか。誕生日当日、って意味か」
 若林の顔がパッと明るくなった。
 「そういえば、明日どうするか、まだちゃんと決めてなかったよな。やっぱ自主トレは休んだ方がいいか?」
 「ああ、もちろんだ」
 練習の疲労が残っていては、大事な若林との初体験に差し支える。そんな事を考えながら、シュナイダーはポケットから去年若林に貰ったプレート付きチェーンを取り出して、相手の目の前に掲げて見せた。シュナイダーがちらつかせているプレートを見て、若林が陽気に笑う。
 「おー、懐かしいな。でもそれ、出すの一日早えーよ」
 「予告だよ。何たって去年は最高のプレゼントを貰ったから・・・」
 シュナイダーはチェーンをくるりと回して手の中に持ち直すと、流れるような動作で若林の腰を抱き寄せた。今、練習場にいるのは自分たち二人だけなので、シュナイダーは堂々としたものだ。だが若林は、こんな人目につくところで抱き合ったりして、万一誰かに見られたらと思うと気が気ではない。
 「おい、離れろって」
 「教えてくれ。今年は何が貰えるのか、すごく気になってるんだ」
 「プレゼントか? まだ買ってないんだ。今日の練習が終わったら買いに行こうと・・・」
 「これから買う、だって?」
 若林の返答にシュナイダーは少なからず落胆する。
 (去年のプレゼントが告白とキス。ならば、今年は当然セックスじゃないのか!?)
 シュナイダーの手の力が僅かに緩んだのに気付いて、若林は両手でシュナイダーの胸を押して彼の抱擁から逃れた。そしてシュナイダーの表情がいささか曇っている事に気付き、早口で言葉を続ける。
 「そう渋い顔すんなよ。これでもお前が喜んでくれそうな物を探して、何日も前からあっちこっちの店を見て回ってるんだぞ。で、幾つか候補が挙がったんで、その中から一番いいのを今日決めようって話なんだから。今日初めて店をブラついて、テキトーに選ぶわけじゃないぞ」
 しかし若林の説明を聞いてもシュナイダーの表情は沈んだままだった。そんなつもりは全くなかったが、どうやらシュナイダーを傷付けてしまったらしいと察し、若林は困惑する。恋人の機嫌を直すべく、若林はこんな提案をしてみた。
 「シュナ、今日の練習が終わったら、一緒に買い物行かないか? それなら確実にお前が欲しい物を贈れるし。どうだ?」
 するとシュナイダーの表情に劇的な変化が表れた。眉を寄せ、への字に口を結んでいたのが、見違えるような笑顔になっている。
 「若林、俺が欲しい物をくれるのか?」
 「ああ。あんまり高価い物は無理だけど・・・」
 「それなら何も買わなくていい」
 プレートをポケットに戻しながら、シュナイダーがハッキリと告げた。
 「俺は若林が欲しい。若林と、セックスしたいんだ」
 今度は若林の表情が変わった。唖然とした顔でそのまま固まってしまっていたが、やがて若林はコクリと首を縦に振ったのだった。

 翌日、二人は自主トレを休んだ。代わりに街へ出かけて買い物をしたり、ちょっと豪華なランチを摂ったりして、サッカー抜きのデートを楽しむ。そして食事が終わると、二人は早々に帰路についた。途中、シュナイダーが念を押すように若林に尋ねる。
 「若林の家でいいんだよな?」
 「うん。見上さん、今日は夜まで帰ってこないから・・・」
 そう答える若林の表情は固い。これから家でする事を意識して、緊張しているのだ、とシュナイダーは察した。何て初々しくて可愛いいんだろう。この愛しい恋人の全てを、遂に手に入れることが出来るのだと思うと、シュナイダーも落ち着かない気分になってきた。
 若林の家に着いた。
 (いよいよだ!)
 何度か遊びに来たことがあるので、シュナイダーは若林の私室がどこにあるのか判っていた。シュナイダーは脳裏に、若林の部屋を思い浮かべる。いつ来てもきちんと片付いている、若林の部屋。壁際にはシングルベッドが置いてある。毎日若林が眠っているあのベッドで、今日はついに・・・!
 妄想に胸と股間を膨らませながら、シュナイダーは若林の部屋へと向かう。ところが若林はシュナイダーの腕を取り、シュナイダーを寝室ではなく応接間へと連れ込んだ。意外な場所に案内され、シュナイダーはいささか戸惑う。
 「ここでするのか? 俺はどこでもいいけど、最初はやっぱりベッドでやった方がよくないか」
 「ちょっと待ってくれ。先に話があるんだ。座ってくれ」
 「話?」
 この期に及んで一体何の話かと、内心で文句をつけながらシュナイダーはソファに腰を下ろす。テーブルを挟んで向かい側に掛けた若林は、緊張の面持ちでシュナイダーを見た。
 「シュナイダー、最初に言っておくけど・・・」
 そう話す若林の声が、シュナイダーの耳にはかすかに震えているように聞こえた。
 「これから俺のいう事は・・・その、ちょっと変に聞こえるかもしれないけど、お前への他意とかは何も無いから。そのつもりで聞いてくれ」
 「・・・判った。一体なんの話なんだ?」
 若林の態度が真剣そのものなので、無意識にシュナイダーもソファの上で居住まいを正していた。よりによって初体験の直前という、このタイミングで切り出す話とは一体何なのだろう?
 シュナイダーの頭に真っ先に浮かんだのは、セックスをしたくないという拒絶の言葉だった。この一年間、若林はシュナイダーの誘いを断り続けていた。昨日は勢いに押されてOKしてしまったが、後になって冷静に考え直した結果、やはり無理だと結論を出した事は充分考えられる。 
 いや、それだけならまだいい。責任感の強い若林の事だ。セックスの要求に応えられない事を理由に、別れを切り出すつもりなのでは!? 思い返せば、去年の告白の時もそうだった。若林はシュナイダーの事を想うがゆえに、身を引こうとしていたのだ。有り得る! 若林が考えそうな事だ!
 悲観的な予想ばかりが浮かんでしまい、シュナイダーは段々気分が悪くなってきた。
 (一体、何を言うつもりなんだ? 若林、早く言ってくれ!!)
 「シュナイダー、・・・えーと・・・」 
 若林の様子も何やら落ち着かない。去年、覚悟を決めて自分の気持ちを打ち明けた時以上に、今は緊張しているようだ。
 「セックス、の事なんだけど・・・」
 やっぱり、とシュナイダーは肩を落とす。やはり若林は、本心では乗り気ではなかったのだ。
 シュナイダーが落胆している事に気付いているのかいないのか、若林は相変わらずの歯切れの悪さで言葉を続ける。
 「あれって、まずキスするよな? それから抱き合って・・・服を脱いで、それからまた抱き合って・・・」
 俯いていたシュナイダーが顔を上げて、訝しげに若林を見た。若林は一体何を言いたいんだ?
 「・・・二人で裸で抱き合って、それから・・・チンポを触りあったりとか・・・あ、あとケツも触るのか。それでいいんだよな?」
 「若林、もしかしてお前・・・」
 シュナイダーは目をぱちくりさせながら、まさかと思った事をズバリと聞いてみた。
 「セックスが何の事か判らないのか?」
 「ち、違う!!」
 赤面してムキになる様子は、そうだと肯定しているようなものだった。
 「ガキ扱いするな! それぐらい知ってるに決まってるだろ。ちょっと確認したかっただけだ! 男同士でやるのなんて初めてだし」
 「じゃ、若林は女とはセックスした事があるのか?」
 この質問に、若林はぐっと詰まってしまった。
 「・・・ねぇけど、セックスが何かくらい判るよ。裸になって抱き合って、男が女のおっぱいに触って、女は男のチンポに触って・・・だろ?」
 若林の返答を聞いたシュナイダーは、思わず吹き出しそうになってしまい慌てて口元を引き締めた。さっきから、若林の発言には肝心な部分が抜けている。やはり若林は、セックスが具体的にどういう行為を指すのか知らないのだ。夢精や自慰の経験ぐらいはあるのだろうが、その性欲を他者と共に満たす術が判らないのに違いない。裸になって抱き合って云々というのは、テレビドラマか何かで仕入れた知識だろう。
 そして今の若林の台詞で判った事が、もうひとつあった。それは、若林は男は勿論、女ともセックスした事がない、という事だ。この事実はシュナイダーを大いに喜ばせた。
 (俺が、若林の初めての相手になるんだ!)
 恐らく若林は未経験だろうと見当をつけてはいたが、それが真実だと判ってシュナイダーは嬉しかった。大好きな恋人、誰にも渡したくない唯一無二の相手。出来うる事なら、彼と性交渉を持つのは後にも先にも自分ひとりであってほしい。その願いが半分叶ったようなものだと思うと、シュナイダーは歓喜の笑みを堪えきれなくなった。
 だが若林は無言で笑っているシュナイダーを見て、別の事を感じたようだ。焦ったような声で、早口に聞き返す。
 「もしかして、俺の言った事って間違ってた? すげー、変な事言ってたか!?」
 「えっ? いや、勿論間違っちゃいないさ。そうやって触り合うのも立派なセックスだ」
 心許ない様子の若林を落ち着かせるように、シュナイダーが優しく答えた。若林が今までセックスの誘いに応じなかったのは、得体の知れない行為そのものに対する不安や、恋人の前で恥をかくかもしれないという心配があったからに違いない。だが昨日、誕生日にお前が欲しいと言われた時、いつものように嫌だと拒絶する事も出来たのに、若林はそうしなかった。本心を言えばあまり気乗りしていないだろうに、シュナイダーの望みを叶えようと腹を括ってくれたのだ。その気持ちが、シュナイダーには何より嬉しかった。
 「若林、さっきは失礼な事を言って悪かった」
 シュナイダーは手を伸ばして、向かい側にいる若林の手を取った。その手を握り返しながら、若林がシュナイダーを見る。シュナイダーは若林の自尊心を傷付けないよう、慎重に言葉を選びながら話し掛ける。
 「俺も男とやるのは初めてだから、若林と同じなんだ。だから・・・」
 若林の手を握るシュナイダーの手に、力がこもった。
 「ちゃんとしたやり方なんて、判らなくてもいいじゃないか。二人でやりたいようにやってみて、一緒に気持ちよくなれればそれでいい・・・だろ?」
 真っ直ぐに相手の目を見据えてシュナイダーが言うと、若林もシュナイダーの瞳を見つめ返す。それから笑みを浮かべて、小さく頷いた。

 二人は応接間から若林の部屋へと移動した。自分の部屋だというのに、若林はソワソワとして落ち着かない。その初心な姿を微笑ましく思いながら、シュナイダーは若林のベッドに腰を下ろす。
 「若林も掛けろよ」
 無言のまま若林がシュナイダーの隣に掛けた。キスをしようとシュナイダーが顔を寄せると、若林が待ったというように右手をシュナイダーの顔の前にかざした。
 「キスしちゃ駄目なのか?」
 僅かに眉を寄せて残念そうに尋ねるシュナイダーに、若林が小さく首を振る。
 「違げーよ。そうじゃなくて・・・」
 右手を引っ込めて、若林がニコッと笑った。
 「シュナイダー、誕生日おめでとう」
 そして若林は身を乗り出し、自分からシュナイダーの唇に口づけをした。のしかかってくる若林の身体を受け止める格好で、シュナイダーはゆっくりとベッドの上に仰向けになる。重なり合い、互いの身体をまさぐりながらの長いキスが続いた。シュナイダーは若林と唇を合わせたまま、器用に手を動かして若林のトレーナーをシャツや下着ごと少しずつ捲り上げていく。若林の肌があらわになると、シュナイダーはその背筋を指先でつつっとなぞり上げた。
 「ん・・・」
 若林が小さく呻いて、シュナイダーから顔を離した。そして両腕をシュナイダーの顔の脇につき、上体を持ち上げる。若林が身体を浮かしたので、シュナイダーの視界に若林の裸の胸が晒された。シュナイダーはすかさず顔を近づけ、淡い色の乳首に唇を押し当て、さらにそのまま吸い付くように舐り始める。
 「あっ、シュナ・・・!」
 急に胸を責められて、若林の腕から力が抜けそうになっているのがシュナイダーには判った。シュナイダーは若林への愛撫を続けながら、少しずつ身体の向きを入れ替えて、自分が若林に覆い被さる格好に持ち込む。シュナイダーの唇は滑らかな若林の肌の上を這い回り、幾つものキスマークを残していった。シュナイダーの唇が、舌が、肌の上でうごめく度に若林の息は少しずつ荒くなっていく。
 「若林、気持ちいい・・・?」
 仰向けになった若林の股間が、ズボンの中で固く盛り上がってきているのを目で確かめながら、シュナイダーは囁く。目を細め、シュナイダーのされるがままになっていた若林が、恋人の顔を見上げながら小さく頷く。
 「シュナ・・・俺も、お前の裸に触ったり、キスしたりしていい?」
 潤んだ瞳でこんな事を言われて、シュナイダーに異論のあろう筈がない。
 シュナイダーは若林に頷いて見せると、一旦ベッドから離れた。手早く全裸になったシュナイダーがベッドの上を見ると、ベッドに身を起こした若林が、既に半分脱げ掛かっていた服をのろのろと脱ぎ捨てている最中だった。
 生まれたままの姿になった若林を見て、シュナイダーの鼓動は早まり、股間がズキリと疼く。若林の裸を見るのは、何もこれが初めてではない。ロッカールームでの着替えの時や、シャワールームで何度も見た事がある。
 だが今の若林はただ裸になった、というだけではない。ベッドの上でだらしなく脚を開いて座り込んでいる若林は、明らかに性的に興奮していた。濡れた瞳、のぼせたように紅い頬、そして胸の辺りには先程シュナイダーがつけたばかりのキスマークが、花びらを散らしたように幾つも浮かんでいる。更に股間へと目を落とせば薄い陰毛の下で、淡くきれいな色をしたペニスがむっくり勃ちあがっていた。
 こんな色っぽい若林を見るのは初めてだ。
 (・・・この身体を抱けるんだ。やっと、俺の物に出来るんだ!)
 息を荒げながらシュナイダーがベッドに戻るのを、若林は手を差し伸ばして迎え入れた。そして先程してもらったのを真似るかのように、若林はシュナイダーの首筋から鎖骨、そして乳首へと唇を当てるのを繰り返す。それはあまり濃厚なキスではなかったが、若林の懸命さがシュナイダーにはひしひしと伝わっていた。
 「気持ちいいよ、若林」
 自分も若林を気持ちよくしてあげたくて、シュナイダーは右手を若林のペニスへと伸ばした。やんわり握り締めるとビクッと身を震わせて、若林が唇を離した。
 「シ、シュナ、そこは・・・!」
 「ここを触ってると気持ちいいだろ?」
 シュナイダーが若林を握りこんだまま、右手を上下に動かすと、若林があぁっ、と切なげな声を漏らした。他人の手に扱かれる事など若林には初めての事で、思いがけぬ刺激と快感に若林は我を忘れて声を上げる。
 「シュナイダーッ、ま、待って・・・あ。あっ・・・」
 「俺はいつも自分で触ってるぜ。若林の事を考えながら、こうしてると本当に気持ちいいんだ・・・そうだ、若林も俺のやってくれよ」
 シュナイダーは空いた方の手で、若林の右手を自らの股間へと導く。若林はシュナイダーに勧められるままに、雄々しく天を仰いでいる一物に触れた。だが遠慮がちに指先を亀頭に当てているだけなので、シュナイダーは首を横に振った。
 「もっと、ちゃんと握って。俺がやってあげてるみたいに・・・」
 「あっ・・・こ、こうか・・・?」
 若林が指を開き、シュナイダーのペニスを握り締めた。そしてその手を上下に激しく擦りあげる。俄かに突き上げてきた快感に、シュナイダーは歓喜の声を漏らした。
 気持ちいい。何という快感だろう。オナニーで味わう刺激なんて、まるで比べ物にならない。
 ベッドの上で脚を広げて向かい合わせに座りながら、二人は夢中でお互いのペニスを擦りあった。自分の手の中に、熱く息づく恋人のペニスがあるという、この感覚。それは刺激を与える度に確実に固さと量感を増し、透明な先走りの汁を漏らして、好きな相手に触れられる事でどれほど感じているかを如実に表している。
 右手だけを使っていた若林が、左手も副えてシュナイダーを刺激し始めた。若林はこみあげる快感に流されそうになるのを、必死の思いで堪えていた。気を抜くと、自分の手を動かすのを忘れて、ただただシュナイダーの与えてくれる快楽に身を任せたくなってしまう。掠れそうな意識の中で、若林はぼんやりと考える。
 知らなかった。誰かに・・・いや、シュナイダーに触ってもらうとこんなに気持ちがいいなんて。
 「・・・シュナ・・・俺、すげぇきもいちいい・・・あっ、あ・・・!」
 「若林、すごく固いぞ。もう・・・達き、そうか?」
 シュナイダーにペニスを弄られ続けて、若林は限界寸前だった。刺激を受け続けて真っ赤になった亀頭からは、だらだらと汁が垂れて、シュナイダーの指を濡らしている。若林は身体の奥から何かがこみ上げてくるのを感じた。そして遂に、シュナイダーを握っていた若林の手が止まってしまった。
 「あ・・・・・・・・・!!」
 直後に若林が達った。シュナイダーに握られたままのペニスから、白く濁った汁が迸る。シュナイダーが最後の仕上げとばかりに袋と竿を更に刺激してやると、若林は腰をビクッと震わせて更に射精した。己の手の中で震えながら精を吐き続けるペニスをうっとりと見つめながら、シュナイダーはそれを愛おしげに擦り続ける。
 (・・・とうとう若林を、俺の手で達かせたんだ)
 この時を何度夢想して、何度空しく下着を汚した事か。だが今目の前にいる、俺の愛撫を受けて興奮し、俺の手に握られて勃起して、射精している若林は決して夢ではない。本物だ。
 シュナイダーは感激していた。若林の精液でべっとり濡れた掌を見ながら、嬉しそうに呟く。
 「それにしてもすごい量だ。若林、随分溜めてたんだな」
 「え・・・変か?」
 とろんとした目で息を整えていた若林が、不安げにシュナイダーの顔を見る。
 「シュナイダー、そういえばさっき『いつも自分のを触ってる』って言ってたよな。俺は・・・滅多にやらないんだ・・・あの、ああいう事って、あんまりやったらマズイんじゃないかと思って・・・普通は、そうじゃないのか?」
 恥ずかしそうに視線を彷徨わせながら、若林はしどろもどろに問い掛ける。何気ない一言でまたしても若林を不安にさせている事に気付いて、シュナイダーは首を横に振った。
 「ごめん。こういうのは個人差あるから、別に変とかそういう事はないよ。ただの感想っていうか・・・若林が今日のために、オナニー我慢してたのかなって思ったら嬉しくなってさ。そんだけ」
 シュナイダーがおどけた言い方で詫びると、若林が安堵したように笑みを見せた。それからシュナイダーがまだ達していない事に改めて気付き、慌てたようにシュナイダー自身を扱き始める。
 「あ、若林。ちょ、ちょっと待ってくれ」
 「どうした?」
 手を止めて、不思議そうに若林が尋ねる。 
 「俺、別のやり方も知ってるんだ。今度はそれを試してみないか」
 幾分気兼ねするかのように切り出したシュナイダーに、若林は構わないと答える。今日はシュナイダーの誕生日、もともと若林はシュナイダーの望む事なら何でも応えるつもりでいた。
 シュナイダーは若林をベッドの中央で腹這いにさせると、膝をついて尻を持ち上げるように言った。素直に言われた通りの姿勢を取った若林だが、内心かなり恥ずかしい。それに疑問もあった。シュナイダーは若林の後方にいる。こんな格好では、手でシュナイダーを達かせてあげられない。首をめぐらしてシュナイダーの方を見上げながら、若林が尋ねる。
 「シュナイダー、俺は何をすればいいんだ?」
 「なるべくリラックスしてて。最初はちょっと痛い筈だから」
 痛みがあると聞き、若林は緊張する。だらりと下がっていた若林の睾丸が幾分すくみ上がっているのを見て、シュナイダーはすぐに言い直した。
 「なるべく痛くないようにするから。それに、どうしても我慢出来なかったら言ってくれ。すぐに止める」
 そう前置きをして、シュナイダーは若林の後孔に彼自身の精液で濡らされた中指をそっと挿入した。途端に若林の腸壁がぎゅっと収縮し、異物を押し出そうと蠕動する。予想以上の肉の固さに、シュナイダーが若林を気遣った。
 「痛いか? 我慢出来なかったら止めるぞ?」
 「・・・・・・大丈夫」
 押し殺したような声で返事が返ってきた。その言葉通り、若林は意識的に力を抜こうとしてくれているようだ。シュナイダーは若林を苦しめないよう、ゆっくりと指を動かして少しずつ若林の内奥を解していった。時間をかけて丁寧に愛撫したのが良かったのか、指を曲げて腹側の腸壁を刺激した時には若林が気持ち良さそうな声を漏らした。
 よく見ると行為の前までは縮み上がっていた若林のペニスが、今では腹の下ですっかり反り返って勃起している。前立腺を中から刺激されたせいだろう。頃合良しと見たシュナイダーは、若林の中に挿し入れていた三本の指をそっと抜いた。 
 シュナイダーのペニスは、若林の手で扱かれた段階でとっくに勃起しており、その昂ぶりは若林の中を慣らし続けている間も衰える事がなかった。シュナイダーは、幾分赤みを増した小さな窄まりに己の亀頭をぐいっと押し付ける。
 待ちに待った瞬間だ。
 (・・・やっと出来る!)
 そしてそのまま腰を入れて、ペニスを挿入しようとした時。若林が切羽詰った声で叫んだ。
 「あぁっ! 痛いっ・・・シュナ、止めろ! ストップ!!」
 しかしここまで来て止めろと言われてもシュナイダーとて、もはや理性では抑えが利かない。
 「もう無理だ! 我慢してくれ!!」
 そう叫んで本格的に挿入を試みるが、一瞬早く若林は四つん這いの姿勢で前に逃げ出していた。辛くも謎の痛みから逃れた若林はベッドの端で身体の向きを変えて、シュナイダーを見る。
 「シ、シュナ・・・まさか、それ・・・」
 驚きに目を見開きながら、若林は言葉を失う。自分に向けて逞しいペニスを突き出した格好のシュナイダーを見て、若林はようやくシュナイダーのしようとしていたのが、どういう事だったのかを悟っていた。
 目をぎらぎらと光らせながら、シュナイダーが未練たっぷりに若林に尋ねる。
 「若林、俺もう限界なんだけど・・・本当に、本当にどうしても駄目か?」
 確かにさっきは、若林が我慢出来なかったら止めると言ったけれど、慣らしてるときはあんなに気持ち良さそうだったのに、いざ本番という段階で嫌がるなんてあんまりだ!
 「・・・駄目って事はねぇよ」
 若林の視線は、シュナイダーのペニスに注がれたままだった。シュナイダーの顔は見ずに、若林が早口で捲くし立てる。
 「お前なぁ、そういう事がしたいんなら、最初っからちゃんと言えよ! 何をやるのか判ってたら、こんな・・・その、とにかくお前の顔も見れない格好で、いきなりケツの穴いじくられて、そんで急にチンポ挿れられたら、こっちだって驚くだろ!? 何をやるのか判ってたら、逃げたりするもんかよ!!」
 それだけ言い切ると、ベッドの端にいた若林が顔を真っ赤にしながらシュナイダーの方ににじり寄って来た。若林はシュナイダーの首に両腕を絡め、呆気に取られたシュナイダーの唇をキスで塞ぐ。若林の接吻を受け止めながら、シュナイダーはたった今言われた事を考えていた。
 (・・・若林が逃げたのは、何をされるのか判らなくて驚いたから? 痛くて我慢出来ないからじゃなくて? って事は、えーと・・・つまり、最初っから何をするのかをちゃんと説明して、俺の顔が見える体勢でだったら、若林は逃げないでOKって事なのか!?って言うより、こうやって自分からキスしてくれてるんだから、OKなんじゃないか!!)
 「若林!」
 若林の頬を両手で挟むようにして顔を離すと、シュナイダーは叫んだ。
 「俺、若林が好きだ。だから、若林に挿れたい。若林の中で達きたい!」
 「・・・ああ。俺も、シュナイダーが好きだよ」
 若林が微笑む。もう言葉は必要なかった。抱き合ったまま、シュナイダーは若林の身体を押し倒す。すると若林は心得たように自分で自分の脚を持って、開脚姿勢をとった。勃起したペニスも、その後方のアナルも、若林の大事な部分が全部シュナイダーの眼下に曝け出されている。
 シュナイダーは躊躇なく、若林の中へと押し入った。
 てらてら濡れて光っている亀頭が収まると、若林がかすかな呻き声を上げた。指を挿れられた時とは明らかに違う、痛みを伴う圧迫感。初めて体感するこの感覚が、シュナイダーのペニスを自分の中に受け入れている感覚なのだと思うと、若林の全身は熱くなってきた。
 シュナイダーが動く。それに伴い、痛みと共に痺れるような快感も湧き上がる。
 今すぐ止めたいような、ずっと続けていたいような不思議な感覚が、局部から全身へと波のように打ち寄せる。
 何という感覚だろう。
 「あっ、あぁ・・・シュナ・・・!」
 「はぁっ、あっ、ワカバヤシ・・・好きだ、大好きだっ・・・」
 二人は無我夢中で相手の名を呼び合い、キスを繰り返す。シュナイダーが一際大きく腰を沈めると、固くそそり勃っていたペニスが、若林の中に根元まですっぽりと納まった。熱い肉にきつく締め上げられて、堪らずシュナイダーは腰を振る。熱く、固く、力強い逸物に激しく攻め立てられるうちに、若林はいつしか痛みを感じなくなっていた。
 感じるのは快感と、大好きなシュナイダーと一つになれた幸福感だけ。
 「シュナッ、もっと、もっと・・・あ、あぁーっ!」
 「うぅっ!!」
 若林のペニスから、ぽたぽたと精液が滴り落ちる。そして若林に挿入したままで、シュナイダーも達していた。身体の奥にじわじわと熱いものが満ちてくるのを感じて、若林は深い満足を感じていた。
 (よかった・・・シュナイダーも今度はちゃんと達けたんだ。俺の中で・・・)
 シュナイダーがゆっくりと身体を起こし、若林の中からペニスを抜いた。そして若林の横に寝転ぶと、汗まみれの身体をぴったりと寄せて若林を抱きしめる。
 「・・・若林、痛くなかったか?」
 セックスの時の反応から見ても、苦痛を与えてはいないとは思うが、やはり聞かずにはいられない。そんなシュナイダーの不安を、若林は笑顔で一蹴してしまった。
 「平気。初めは少し痛かったけど、途中から却って気持ちよくなった。チンポに触ってないのに、達ったのって初めてだ」
 「えっ!」
 驚きの声を上げるシュナイダーを見て、今度は若林の胸に不安がよぎる。
 「あ・・・こういう風に感じるのって、おかしいのか?」
 「違う違う! おかしいんじゃなくて、それは俺たちの身体の相性がピッタリって事だ。若林は全く初めてなのに、そんなに感じてくれたなんて・・・俺、嬉しいよ」 
 感極まったシュナイダーの腕に力がこもる。シュナイダーが顔を近づけると、若林がゆっくりと目を閉じた。
 全裸で抱き合ってキスをしていると、一度冷ましたはずの興奮が再び蘇ってくる。一度セックスを覚えてしまうと、更に相手が欲しくなってきて衝動を抑えられない。二人は時間の許す限り身体を重ね、存分に愛し合うのだった。

 「えっ!? 自主トレ出来ない?」
 翌朝、若林から電話を貰ったシュナイダーは驚きの声を上げる。
 『ああ。昨日やり過ぎたみたいでよ。ずっとお前のが挿入ってるみたいな感じがして、ケツがジンジンしてマトモに動けないんだ』
 ずっとお前のが・・・のくだりに思わず顔が緩んでしまい、シュナイダーは慌てて妄想を振り払う。
 「そうか、済まなかったな。一回で止めとけばよかった」
 『いや、やりたがってたのは俺もだし、その事は気にすんなよ』
 この言葉にまたしても妄想がぶり返しそうになり、シュナイダーはブンブンと頭を振って必死に理性を呼び戻す。シュナイダーが電話口でそんな葛藤をしている事など勿論気付かずに、若林は先を続けた。
 『でも、確かにアレをやり過ぎるのは考えもんだな。なぁ、思ったんだけどアレは年一回のお楽しみにとっといて、普段はチンポ触り合うくらいで止めとかないか? それなら疲れは残らないだろ』
 「ね、年一回だけ!?」
 素っ頓狂な声でシュナイダーが聞き返す。ようやく若林とセックス出来て、これからはやりたくなったら即実行可能と浮かれていたのに、本番は年一回だけなんて殺生な!
 『ああ。その代わり、お前の誕生日には好きなだけヤリ倒す。どうだ?』
 十数秒の沈黙が流れた。どうしたのかと若林が聞き返そうとした時、シュナイダーの声が聞こえてきた。
 「・・・若林。実は今まで隠していたが、母が届出をサボっていたせいで、本当は俺の誕生日は2月2日じゃないんだ。本当の誕生日は、えーと・・・7月くらい?で・・・」
 苦し紛れの珍回答に、若林が電話の向こうで大声で笑い出した。
おわり


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