雪解け
「お兄ちゃん。お誕生日のプレゼントは何がいい?」 出掛けに妹のマリーに尋ねられて、シュナイダーは玄関先で足を止めた。この質問で、自分の誕生日が近い事を今更ながらに思い出す。近頃ずっと気に病んでいた事があったせいで、自分の誕生日の事などすっかり忘れていた。 「何でもいいよ。マリーがくれる物なら、何でも嬉しいから」 笑顔を向けながら年の離れた妹にそう答えると、マリーが判ったと言うようにこっくりと頷いた。 「それじゃ、お兄ちゃんが喜ぶものを考えておくから楽しみにしててね!」 「ああ。期待してるよ」 シュナイダーは妹に手を振ると、大きなエナメルバッグを肩にかけて家を後にした。 ドイツの学校では長いクリスマス休暇が終わった後に、あまり間を置かずして短い冬休みが始まる。今はその冬期休暇中で、チームの練習も休みになっていたが、シュナイダーは若林と毎日自主トレを続けているのだった。シュナイダーは夜のうちに降った雪がうっすら積もった路上を、サクサクとかすかな音を立てながら歩き続ける。 この時期、例年ならばもっと雪が深く積もっているのだが、今年は暖冬らしく雪が少ない。建物の陰や植え込みなどには雪が残っているが、車の通りが多い道だと雪は完全に溶けている。 練習場は日当たりもいいし、何より自分達が毎日使っているから今日も大して雪は積もっていないだろう。そんな事を考えていたシュナイダーは、無意識のうちに小さく溜息をついていた。「自分達」という言い方で、ここ数日の自分に対する若林の態度を思い出してしまったのだ。 近頃、若林が冷たい。 露骨に嫌われて避けられているという訳ではないが、何だか距離を取られている気がする。こっちが話しかけても妙に口が重いし、表情も緊張しているかのように固い。少し前までは、お互い冗談を言い合える打ち解けた仲だったのに。 しかも若林の態度が変わるのは、シュナイダーと二人っきりになった時だけだった。冬休みに入る前、周りに他のチームメートがいる時の若林は、以前と同じで明るく快活だった。誰に対しても態度が硬いのならまだしも、そうではないのだ。つまり・・・ (俺が原因なんだ) その事は容易に察しがついたのだが、自分がいつ若林の機嫌を損ねてしまったのか、シュナイダーには全く心当たりが無かった。なので昨日は練習の帰りに、思い切って若林本人に問い質してみたのだが、若林は言葉を濁してハッキリした事は何も教えてくれなかった。 しかも、シュナイダーが気を遣って、当分二人きりでの練習を止めようかと提案すれば、それは駄目だと言う。シュナイダーとしては、もうこれ以上若林にどう接したらいいのか判らなかった。 『シュナイダーが悪いんじゃない。悪いのは俺だけど、事情は言えないんだ。ごめん』 昨日若林に言われた言葉を思い返し、シュナイダーの気分はいよいよ重くなる。 (困ったり悩んだりしてる事があるなら、他の奴には言えなくても俺には言ってくれたらいいのに・・・) しかし若林の気持ちは、全く逆なのかもしれない。今の状況を考えると、若林がシュナイダーを避けて、第三者に相談を持ちかけている事は充分考えられた。シュナイダーにとっては甚だ寂しい事ではあるが。 若林といると楽しい。気持ちが安らぐ。若林ともっと仲良くなって、若林の事なら何でも知りたい。そんな風に思っていたのは自分だけなんだろうか。 (やっぱり無理なのかなぁ・・・) 練習場へ向けてテンポよく歩み続けていたシュナイダーの足取りは、しらずしらずのうちに重くなっていた。時間が掛かってもいい。このままずっと若林との友情を育んでいけたら、最後には恋人と呼べる間柄になれるのでは・・・と甘い期待を抱いていたのだが、それは儚い望みだったのか。 すぐに和解できればいいが、ここ数日の若林の頑なな態度を思い出すと、とても楽観的な考えは出来なかった。若林が態度を変えた理由が判らない事が、余計にシュナイダーの不安を煽っていた。せめて今日の練習で、開いてしまった若林との距離を少しでも縮められるといいのだが。シュナイダーは重い気持ちを振り払うように天を仰いだ。 空には厚い雲が垂れ込めていた。まるで今のシュナイダーの気持ちそのものだ。いや、胸に暗雲を溜め込んでいるのは、若林の方かもしれない。 (・・・晴れたらいいのに) シュナイダーは心からそう願った。 練習場に着いてみると、若林がピッチに積もった雪をスコップでかき出しているところだった。ピッチの片付き具合から察するに、今日の若林は随分と早くから来て一人で雪かきをしていたらしい。シュナイダーは慌てて若林に駆け寄り、声を掛ける。 「すまん、すぐ手伝うよ」 「いいよ。もう終わるところだから」 若林はシュナイダーの顔を一瞥するとすぐに視線を足元に戻し、黙々と作業を続ける。シュナイダーは若林の前に回りこみ、彼が使っているスコップに手をかけて若林の動きを遮った。 「じゃあ、仕上げは俺がやる。若林はちょっと休んでろ」 俯いていた若林が顔を上げた。だがシュナイダーと目が合ったかと思うと、若林は弾かれたかのようにスコップから手を離し、一歩退いた。 (!? なんだ、どうしたんだ??) 続きをやると言い出したのは自分だが、若林にこんな風に飛び退かれてしまい、シュナイダーはたじろぐ。単に相手を労っただけのつもりが、また何か若林の神経を逆撫でしていたのだろうか? 「若林?」 「・・・あ、ごめん。ちょっとビックリしただけだ。後、頼む」 若林は早口でそれだけ言うと、くるりと背を向けてピッチの外に出てしまった。ピッチサイドにはかき出された雪が溜まっていたが、比較的雪の無いスペースを見つけ出してそこで柔軟運動を始めた。 こちらから話しかけられるのを避けている。シュナイダーはそう感じた。シュナイダーは肩を小さくすくめると、スコップを持ち直して雪かきの続きを始めた。 雪かきが終わり、練習が始まった。ゴール前に立った若林は、シュナイダーの蹴ったボールに懸命に喰らい付いてくる。サッカーをしている時、若林の闘志は普段と全く変わらない。 だが練習が終わった後では、やはり若林の様子はおかしかった。シュナイダーがあれこれ話しかけても、返事がぎこちない。しかも、シュナイダーは若林の方を真っ直ぐ見ているのに、若林の方ではその目線を外すように僅かに顔をそむけている。 (今日もダメか・・・) 変に食い下がっては余計に若林が口を閉ざしてしまう気がして、シュナイダーは昨日のように相手を問い詰める事はしなかった。もう家に帰る時間だし、今日のところは諦めよう。明日には状況が変わるかもしれないんだし、とシュナイダーは僅かな可能性に望みを繋ぐ。 しかし、その望みは若林の方から断ち切られてしまった。 「シュナイダー、悪いんだけど・・・俺、当分自主トレ休む」 「えっ!!」 早朝だろうが休日だろうが、暇さえあれば練習に励んでいる若林の台詞とは思えない。シュナイダーの驚きをよそに、若林は重い口ぶりで言葉を続ける。 「何か最近体調が悪くって・・・風邪かもしれない。だから、チームの練習が始まるまでは大事を取って休もうと思って」 「風邪だって?」 嘘だ、とシュナイダーは即座に思った。今日の練習での動きを見る限り、若林は極めて健康に見えた。悪いのは体調ではない。だが、それが何なのかを追及したところで、若林は打ち明けてくれないだろう。 「判った。風邪じゃ仕方がない。お大事に」 「ありがとう。それじゃ、またチーム練習の時に」 そう言って手を振る若林の顔にホッとしたような笑顔が浮かんでいるのを見て、シュナイダーは複雑な気持ちになった。去っていく若林の後姿を見送りながら、シュナイダーは自分の何がいけなかったのだろうかと唇を噛んだ。 帰宅したシュナイダーを、妹のマリーが暖かく出迎えてくれた。 「お兄ちゃん、おかえり〜」 「ただいま」 バッグを玄関先に放り出し、キッチンの椅子に身体を投げ出すように座り込むシュナイダーを見て、マリーが心配そうに尋ねる。 「大丈夫? 今日のお兄ちゃん、すごく疲れてるみたい」 「ん? ああ、練習帰りだからな」 実のところ肉体よりも精神的な疲労の方が大きかったが、そんな事をマリーに説明しても仕方がない。 「そんなに疲れるんだったら、ゲンゾーに話して明日は休ませてもらったら?」 冬期休暇の間中、シュナイダーと若林が毎日一緒に自主トレしている事はマリーも知っていた。妹の優しい言葉に目を細めながら、シュナイダーは答える。 「それなら心配ない。実は若林の方から、当分休みたいと言ってきた」 「えーっ! ゲンゾーが? どこか悪いの!?」 「・・・ああ。風邪だと言っていた」 シュナイダーはテーブルに両肘をつくと顔の前で指を組んだ。マリーは兄の正面の椅子に座り、興味深そうに色んな事を話し掛けてくる。若林の風邪の具合はどうなのか、見舞いにいかなくていいのか、そして兄が疲れて見えたのは若林の風邪を伝染されたからではないか、などなど。可愛い妹が余計な心配を抱かないよう気遣いながら、シュナイダーはそれらの質問にいちいち丁寧に答え、そして最後にこう締めくくる。 「・・・まぁ、若林もそんな重病ってわけじゃないし、休み明けのチーム練習には戻ってくるよ」 「そっかぁ。ならいいけど・・・あっ、でもそれだと今度ゲンゾーと会うのは、お兄ちゃんのお誕生日が終わってからなんだね」 「うん、そうだな」 シュナイダーの誕生日は2月2日。丁度冬休みの最中だった。 「お兄ちゃん、ゲンゾーからお誕生日のプレゼント、貰えないね・・・でも安心して! マリーがその分、うんとすてきなプレゼント用意しておくから」 兄を慰めているつもりなのか、マリーが無邪気な顔で痛い所をズバッと指摘するのを、シュナイダーは苦い笑みを浮かべながら聞いていた。 それから数日後、シュナイダーは誕生日を迎えた。しかし誕生日だからといって特に予定があるわけでもなく、自室に閉じこもって退屈に時間を過ごす。マリーが可愛くラッピングされたバースデープレゼントを持って部屋に来てくれたのが、唯一誕生日らしいイベントだった。 「ありがとう、マリー。今すぐ開けていいのか?」 夜になって母親が仕事から帰ってきたら、昨日のうちに母とマリーが焼いてくれたバースデーケーキを切る事になっている。その時に開けた方がいいのかと思ったのだが、マリーは特に気にしていないようだ。今すぐ開けてみてと言われ、シュナイダーは包みを開いた。中にはハンカチと靴下が入っており、取り出してみると、どちらにもちょっと不恰好な出来ではあるがシュナイダーのイニシャルが刺繍してあった。 「どう!? 気に入った?」 目を輝かせて感想を迫るマリーに、シュナイダーは笑顔で礼を言った。しかしマリーが部屋から出て行ってしまうと、シュナイダーの顔に浮かんでいた笑みはスッと引っ込んでしまった。マリーのプレゼントは嬉しいが、やはりシュナイダーは若林の事が気懸りだったのだ。 (若林、どうしているかな・・・) これが本当に風邪でダウンしているのだったら、見舞いに行ったり、電話を掛けたりして気軽に様子を見ることが出来るのだが、今回の若林の風邪は明らかに口実だ。それが判っているから、もどかしく思いつつもシュナイダーは何もアクションが取れない。 休み明けのチーム練習で顔を合わせた時、以前のようにお互い気軽に話せるようになっているといいのだが、そんな確証はどこにもなかった。シュナイダーはマリーからのプレゼントを大雑把に包み直して机の上に置くと、自分はベッドの上にゴロリと横になった。 瞼を閉じると、若林との関係がギクシャクする前の、楽しかった頃の思い出が頭をよぎる。そしてそれを打ち消すかのように、ここ数日の若林の素気無い素振りがフラッシュバックする。 (何が悪かったんだろう・・・?) いくら考えても、どうしても答を見つけることが出来ない問い掛けを、シュナイダーは頭の中で何度も繰り返していた。 ドンドンッと大きなノックの音がした。続いて妹の声が、ドア越しに聞こえる。 「おにーちゃーん、お客さんだよ〜!」 シュナイダーは急いでベッドから起き上がった。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。来客とは珍しいと思ったが、よく考えれば今日は自分の誕生日なのだ。カルツか誰か、シュナイダーの誕生日を知る友人がお祝いに来てくれたのかもしれない。 「開けるよ〜」 マリーの声と同時に、ドアが外から開けられる。シュナイダーがドアの方を見ると、そこには二人の人物がいた。ノブに手を掛けたマリーと、そしてもう一人は・・・ 「若林!?」 「よぉ、シュナ。ハッピーバースデー」 ニッと笑って、若林は小さな紙袋をシュナイダーに放って寄越した。シュナイダーが右手でそれをキャッチすると、若林が言った。 「それ、プレゼント。急いでたんで、大した物じゃないけど」 「何でここにいるんだ? お前は、その・・・・・・?」 「あたしが呼んだの!」 マリーが得意げに口を挟む。 「せっかくのお誕生日なんだから、マリーと二人きりで家にいてもつまんないでしょ? ゲンゾー、座ってて! 今ジュースとクッキー、持ってきてあげる!」 若林の背中を押すようにしてシュナイダーの部屋に送り込むと、マリーはパタパタと足音を立てながら廊下を駆けていった。 「ホント、いい子だな。マリーちゃんは」 若林がシュナイダーを振り返る。そして手近にあった椅子に腰を下ろすと、シュナイダーに話し掛けた。 「マリーちゃん、お前のこと心配してたぜ。自主トレを止めて家にいるようになってから、何だか元気がないって。だから、もし風邪が治ってるなら、今日はお兄ちゃんの誕生日だからお祝いに来て、ってな」 「マリーがそんな事を・・・」 妹の前では落ち込む姿を見せないようにしていたつもりだったが、それは全く効果がなかったらしい。 「でも、元気そうなんで安心したよ」 若林がまたシュナイダーに笑顔を見せた。シュナイダーを散々悩ませていた、あの頑なな雰囲気はもう感じられない。数日会わずにいた事が何らかの功を為して、若林が以前の若林に戻ってくれたのか。シュナイダーはそう考えて、胸を撫で下ろす。 「・・・俺も安心した。若林が元気そうで」 「俺?」 「ああ。だって・・・・・・あー、えぇっと、風邪、だったんだろ?」 相手の反応を窺うように尋ねると、若林が困ったような顔になった。 「風邪じゃないんだ。病気には違いないと思うけど」 「病気?」 風邪というのが自分を遠ざける口実だという事は判っていたが、本当に何かの病気だったとは思っていなかったので、シュナイダーは驚く。どんな病気だと尋ねると、若林が妙な事を言い出した。 「あのさ、最初に言っておきたいんだけど・・・俺、冗談とか言わねーから」 「あ? ああ、判った」 「シュナイダーはきっとタチの悪い冗談だと思うだろうけど、俺がこれから話すのは全部本当の事だから」 「それは判ったってば。疑ったりしないから、言ってみろ」 改めて念を押すまでもない、若林の真面目な表情を見ればそんな事は判る。シュナイダーは若林の言葉を待った。話す内容を頭の中でまとめているのか、若林はすぐには口を開かなかったが、やがてポツリと告げた。 「俺は、シュナイダーが・・・」 そこまで言うと、若林は一旦言葉を切り大きく息をつく。そして意を決したかのように、言葉の続きを口にした。 「シュナイダーの事が、すごく・・・好きだ」 好き、という言葉を耳にした瞬間、シュナイダーの胸がドクンと大きく鳴った。同時に、様々な思いが瞬時に頭の中をよぎる。 (今、若林は何て言った? 好き、って、俺の事好きって言ったよな!? て事は、俺も若林が好きだから、つまり俺たち相思相愛ってヤツ!? でもそれなら何で最近は俺に冷たかったんだ? 落ち着け、俺! そもそも若林の言う「好き」って、俺の考えてる「好き」と同じなのか? 友達として好きとか、そういうレベルの話じゃないのか? いや待て、だったらこんな風に深刻な顔で告白するわけないじゃないか! わざわざ冗談は言わない、って前置きまでしてるんだぞ。だったら若林はやっぱり・・・) 「・・・俺の事が好き・・・?」 呆けたような顔で聞き返すと、若林の顔が気まずそうに歪んだ。 「あ、変だよな。やっぱり」 そう言う若林の顔は、耳まで真っ赤だった。 「自分でも変だって判ってるから、あんまり考えないようにしてたんだけど、でも気がつくと俺、いっつもシュナイダーの事考えてるんだ。他の奴が傍にいる時は気が紛れるんだけど、お前と二人っきりになると何ていうか、すげぇドキドキしてきて・・・あの、本当にコレじゃヤバイ、まずい、って自覚はしてるんだけど、気持ちが抑えられないっていうか・・・」 そこまでに一息にまくしたてると、若林はシュナイダーの顔を不安そうに見た。そしてシュナイダーの顔が、呆けた顔のまま固まっているのを見て慌てる。 「ごめん、驚かせて。本当はシュナイダーには言わないつもりだった。お前が嫌な気持ちになるのは判ってたから、この事は黙ってて普通の友達付き合いをしていこうって、そう思ってたんだ。でも駄目だった。シュナイダーが傍にいて、俺に話しかけてくれて、そんな当たり前の事すら、妙に意識してしまって・・・」 しばらく前から若林の態度がおかしかったのは、そういう理由だったのか。意外な真相に、シュナイダーの胸が弾む。 「・・・だから、やっぱり俺は暫くシュナイダーに会わない方がいいと思って、二人だけで練習するのを止めたんだ。でも、今日マリーちゃんから電話を貰って、あれからシュナイダーが元気ない、って聞いてさ。俺が煮え切らない態度で練習を止めたりしたから、シュナが気にしてるんだって気付いた。悪いのは俺なのに、一方的にシュナイダーを振り回してるのは良くないよな。だから・・・その、思い切って全部正直に言う事にしたんだ」 顔が赤いのは相変わらずだが、若林の顔つきは意外にもサッパリとしたものだった。好きな相手に嫌われる可能性を承知の上で、自分の本心を包み隠さず当人に打ち明けたのだ。シュナイダーからどんな反応が返ってきてもいいと、覚悟を決めているのだろう。 「ごめんな。誕生日に変な話しちまって。本当に、シュナイダーにとってはとんだ災難だな」 「災難なものか!」 嬉し過ぎる告白に茫然と聞き入っていたシュナイダーが、若林の申し訳なさそうな声で我に返った。 「俺だって若林が好きだ! でもそんな事を言ったら若林が嫌がるんじゃないかと思って黙っていただけで、俺だってずっと前から若林が好きだったんだぞ」 だが、シュナイダーの告白に喜ぶかと思いきや、若林は小さく首を横に振る。 「無理すんなよ。気遣いは嬉しいけど、俺は自分がおかしいって判ってるから。シュナイダーに受け入れて貰おうなんて、虫のいいこと考えてねぇから安心しろって」 若林が椅子から立ち上がった。 「じゃあ、俺帰るよ。悪いのは全部俺だから、それだけ言いたかっただけなんだ。じゃ・・・」 そしてドアの方へと歩き出すのを、シュナイダーは相手の腕を掴んで引き戻した。驚いて振り返る若林の顎を空いた方の手で掴むと、そのまま強引に口づける。 ビクッと若林の身体が震えた。だがシュナイダーを振り解く事はせず、大人しくキスに応じている。シュナイダーの方から唇を離すまで、若林は身を任せたままだった。 キスが終わった後で、若林がシュナイダーの顔を見上げポツリと呟いた。 「・・・・・・お前、マジかよ?」 「ああ。気を遣ってるんでも、からかってるんでもない。俺も、本気で若林の事が好きなんだ」 シュナイダーの両腕が、若林の身体を強く抱き締める。力強い抱擁に、若林が信じられないといった面持ちで言った。 「嘘みたいだ。でも俺、確かに今、シュナイダーとキスを・・・」 それ以上、若林は言葉が続かなかった。 (俺とのキスに感激してるんだ!) シュナイダーは確信した。そして感激しているのはシュナイダーも同じ。この感激をもっと分かち合いたくて、シュナイダーは若林の耳元に唇を寄せて囁く。 「若林、お前も俺にキスしてくれる?」 「あ・・・ああ。もちろん・・・」 若林がシュナイダーの肩へ両腕をかける。そして背伸びをして、顔をシュナイダーへと近づけた。だが期待をこめてシュナイダーが瞼を閉じた瞬間、ドアの外から大きな声がした。 「おにーちゃーん、ドア開けて〜! お盆持ってるから自分で開けられないの〜!」 マリーの声を聞くなり、若林はパッとシュナイダーから身を離してしまった。シュナイダーがドアを開けると、なみなみとジュースの注がれたコップを三つと、クッキーの入った容器を乗せたトレイを重そうに持ったマリーが立っていた。兄がトレイを受け取ってくれたので、マリーは若林の方へと向き直って言った。 「ゲンゾー、遅くなってごめんね。うちのジューサー調子悪くって、すぐ止まっちゃうんだ」 「いや、大丈夫だよ。色々話してたから、かえって丁度良かった」 「ああ。もっと遅くてもいいくらいだったな」 机の上にトレイを置いたシュナイダーが、ジュースの入ったコップを若林に手渡しながら意味ありげに目配せする。若林がおどけた仕草でシュナイダーを軽く小突くと、シュナイダーが楽しそうに笑った。 ジュースで乾杯し、クッキーを食べながら、マリーを交えて三人で楽しくおしゃべりをしているうちに日は落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。若林は明日からまた一緒に練習しようとシュナイダーに声をかけ、続いて暇乞いをする。 「俺、そろそろ帰るよ。マリーちゃん、今日は呼んでくれてありがとう。シュナ、またな!」 「ゲンゾー、また来てね〜」 「ああ、若林。また明日から頼むぜ」 別れは名残惜しかったが、今日はマリーもいるし、そろそろ母親も帰ってくる。若林とは無事に仲直りが出来て、しかもお互いの気持ちを確かめ合えたのだ。今あせる事はない。 シュナイダーはマリーと一緒に、若林を家の外まで見送った。今夜は雪は降っていない。空を仰ぐと星が瞬くのが見えた。明日はきっと晴れるだろう。久し振りに姿を見せる太陽が、溶け残った雪を全て溶かしてしまえばいい。 「シュナ、何笑ってるんだ?」 「ん、別に。明日は天気が良さそうだと思って」 シュナイダーの答に、若林も笑顔で頷く。若林はマリーの頭を撫で、シュナイダーに手を振ると二人の前から去っていった。 部屋に戻ったシュナイダーは、ベッドの上に小さな紙袋が置きっ放しになっていたのに気付いた。若林がくれたバースデープレゼントだ。若林の来訪とその後の展開がシュナイダーにとっては、とびっきりのプレゼントだったのでこっちのプレゼントの事はすっかり忘れていた。 シュナイダーは袋を開けた。中から出てきたのは、名刺より一回りほど大きなプレートが下がったマスコットチェーンだった。プレートには派手なロゴで『本日誕生日・プレゼント受付中』と書いてある。誕生日当日にカバンなどの持ち物にぶら下げて、誕生日をアピールするジョーク商品だった。 それを見るなり、シュナイダーは若林からのキスを貰い損ねていた事を思い出す。シュナイダーはマスコットチェーンを手に、部屋から飛び出した。シュナイダーが出て行こうとするのを見て、マリーが不思議そうに呼び止める。 「お兄ちゃん、そんなに慌ててどこ行くの?」 「若林を追いかけるんだ。ちょっと忘れ物があったんでね」 それだけ言い残すと、シュナイダーは若林の後を一目散に追って行った。 |