びっくりパーティー

 それは、若林との居残り練習を開始しようとした矢先の事だった。
 「おまえ、7月4日って、何か用事ある?」
突然若林にこう聞かれて、シュナイダーはドキッとする。
 (7月4日は俺の誕生日だ。その日の予定を聞いてくるという事は、若林は俺の為に何かお祝いを考えてくれてるんだろうか)
 こっそり想いを寄せている相手からこんな質問をされたら、誰だってあれこれいい事を想像してしまう。シュナイダーとて例外ではない。
 「大丈夫! 何の予定も無い。いくらでも時間はあるぞ!」
期待を押し隠せず、勢い込んで返事をしてしまった。しかしシュナイダーの期待は秒速で消し飛ぶ。
 「そっか。実は俺、その日は用事が出来ちゃって。いつも居残り練習に付き合って貰ってるけど、そういうわけで4日はすぐ帰るから」
 「え・・・そうなのか」
 「ああ」
 それなら回りくどい聞き方をしないで最初からそう言ってくれれば、一瞬でもぬか喜びをしなくて済んだのに・・・と、シュナイダーは若林をちょっぴり恨めしく思う。しかしすぐに気持ちを切り替えた。
 「じゃあ、早く今日の練習を始めよう。4日は休むんだから、その分ビシビシいくぞ!」
 「ああ、頼むぜ!」
若林が嬉しそうに応じる。言葉に違わず、この日の練習はいつもよりも内容が濃く、そして遅い時間まで続けられたのだった。

 そして今日は7月4日。シュナイダーの誕生日である。出勤の支度をしていた母が、思い出したようにシュナイダーに声を掛けた。
 「今日は、お友達がお祝いしてくれるんじゃないの? あんまり遅くなるようなら連絡してね」
 遅くなるどころか、若林に練習相手を断られてしまったので帰りは早くなる筈だ。しかしその事を口に出したくなくて、シュナイダーは母の言葉に曖昧に頷いた。
 この日、シュナイダーは珍しく定刻前にハンブルクJr.ユースの練習場に着いた。シュナイダーは遅刻してくる事が多いので、チームメートに珍しいなと声を掛けられたが、『誕生日おめでとう』とは言われなかった。
 誕生日が近付くと、自分から友人に触れ回ってパーティーを主催する者もいるが、シュナイダーはそうした事をしていなかった。そのせいなのか、特にお祝いを言われるでもなく普段と変わらず練習が終わった。
 「じゃあな! シュナイダー、お先に」
先に着替え終わった若林が、シュナイダーに声を掛けてロッカールームを出て行った。その後姿を見送りながら、シュナイダーは何ともいえぬ寂しい気分になる。
 大々的に祝ってくれとは言わないが、いつものように若林と二人っきりで練習する事も叶わないのだ。今日は誕生日だというのに、全くついてない。シュナイダーは心密かに嘆いた。
 自分も着替え終わり、ロッカールームを出ようとした時にカルツに声を掛けられた。
 「シュナイダー、今日は源さんと居残り練習しないんだな」
 「ああ。若林は用事があるらしい」
 「んじゃ、ワシに付き合ってくれよ」
断る理由が無いので、シュナイダーはカルツについて行った。他に用事もないし、母も今日はシュナイダーの帰りが遅いと思っている。時間が潰れて丁度いいと、シュナイダーは雑談をしながらカルツと連れ立って歩いた。
 カルツは目的地を告げぬまま、日頃通らないような道ばかり選んで歩く。一体どこに行くのかと思ったら何の事はない、着いた先はカルツの家だった。家に帰るだけなら回り道などせず真っ直ぐ帰ればいいのに、とシュナイダーは内心ぼやいた。
 シュナイダーはカルツと幼馴染なので、カルツの家には過去に何度も遊びに行っている。今更遠慮する仲でもないので、シュナイダーはカルツに続いてさっさと室内にあがり込んだ。
 「飲み物持ってくから、リビングにいろや」
カルツの言葉にシュナイダーは頷く。どの部屋がリビングルームなのかも判っているので、迷うことなくそちらへ向かう。
 リビングルームのドアを開けた途端、パン!パン!パン!と大きな音が連続で鳴った。爆音に思わず身をすくめたが、舞うように降り注ぐ紙吹雪で、それがクラッカーを鳴らした音だとすぐに気付く。
 室内にはハンブルクJr.ユースのチームメートをはじめ、ドイツJr.ユースの選抜メンバーや、学校の友人など見知った顔ぶれが揃っていた。彼らは声を揃えて、ドアの前に佇むシュナイダーに向かって叫ぶ。
 「シュナイダー、誕生日おめでとう!」
 予期せぬ展開に動転しているシュナイダーの頭に、三角のパーティーハットが被せられる。流石に恥ずかしいのでそれを外すと、今度は背中を押されるようにしてテーブル前に連れて行かれた。テーブルにはパーティー用のオードブルの他に、シュナイダーの名前入りのケーキが用意されている。年齢の数だけろうそくを立てた、典型的なバースデーケーキだ。
 勧められるままにろうそくを吹き消すと、周りで歓声が湧き、プレゼントやらカードやらを次々に手渡された。皆が笑顔を浮かべながら、口々にシュナイダーにお祝いの言葉を投げかける。シュナイダーにも、ようやく事態が飲み込めてきた。
 (びっくりパーティー、か・・・)
 思えば今日一日、学校でもJr.ユースチーム内でも誰にもお祝いを言われなかった。もともと友達付き合いが希薄なのでそんなものだと思っていたが、カルツなど仲のいい相手にも何も言われなかった誕生日は今年が初めてだ。全てはこのパーティーの為の演出だったのだろう。若林に見捨てられて寂しい誕生日だと思っていたので、賑やかなパーティーとのギャップにまごついてしまった。
 どちらかといえば冷静沈着な印象のシュナイダーが戸惑っているのが判って、パーティー参加者たちは大喜びだ。クラッカーを鳴らされた時のシュナイダーの様子を何度も真似しては、場を楽しく盛り上げる。こんなに賑やかに祝ってもらう誕生日は初めてで、シュナイダーの顔にも自然と笑顔が浮かんだ。
 (はっ! という事は!!)
若林が用事があると言って居残り練習を止めたのも、このパーティーの為に違いない。シュナイダーは部屋中に視線を巡らして若林の姿を探した。しかし若林は見当たらない。シュナイダーはドリンクボトルを腕いっぱいに抱えたカルツが部屋に入ってきたのを見て、すぐにその事を聞いてみた。
 「あー、源さんかぁ・・・」
ドリンクボトルをテーブルに置いたカルツが、言いにくそうに顔を曇らせる。
 「源さんは本当に今日用事があるそうで、ここには来てないんだ」
 「本当に? そんな事言って俺をガッカリさせておいて、実はベッドルームのドアを開けると、裸にリボンだけまとった若林が『誕生日おめでとう〜♪』って俺に抱きついてくるとか・・・」
 「そんな演出が出来たら確かにびっくりだが、有り得ないからな
カルツは可哀相なものを見る目でシュナイダーを見上げながら、肩をポンと叩いた。哀れみに満ちたカルツの態度に、昇りかけていたシュナイダーの気分が急速に萎む。
 「若林は本当にいないのか・・・」
シュナイダーはテーブルに両手をつくと、ガックリと項垂れる。横を通りかかったチームメートの一人が、すかざずその頭に三角帽子を被せた。
 「ホラッ! シュナイダー、写真撮るからこっち向けよ!」
シュナイダーは三角帽子を被ったまま、声のした方に顔を向ける。フラッシュの瞬きで、写真を撮ってるのに気付いた何人かがシュナイダーの周りに集まってきた。彼らはシュナイダーと肩を組んだり、ピースサインを出したりして大盛り上がりだ。
 「もう一枚撮ってくれよー」
 「シュナイダー、顔が暗いぞー。わらえー!」
連続してフラッシュが瞬く。不似合いなパーティーハットを被り、口元だけ歪めて無理に笑っているシュナイダーを見て、カルツはさすがに気の毒に思えてきた。
 写真撮影が一通り終わった終わったところで、カルツが慰めるようにシュナイダーに言葉を掛けた。
 「あのな、源さんはいないけど、このパーティーを企画したのは源さんだぞ」
三角帽子を脱いだシュナイダーの目が、興味深げにカルツを見た。
 「若林が?」
 「うん。ワシはおまえの誕生日は源さんと二人で祝えばいいと思って、源さんに声を掛けたんだ。そしたら、源さんがもっと盛大に祝うべきだって言い出してな」
 『自分は参加できないけれど、シュナイダーの為に楽しいお祝いをしよう』と言って、張り切って色々準備してくれたらしい。チームメートや選抜メンバーに声を掛けてくれたのも、パーティーの段取りを考えてくれたのも若林だと聞いて、シュナイダーは嬉しくなった。
 「だから、そんなに落ち込む事ねーよ。びっくりパーティーだから、源さんの口からはお祝いの言葉とか無かっただろうけど、源さんは率先しておまえの誕生日を祝ってくれたんだからな」
 「・・・うん、そうだな」
 「判ったらいつまでも仏頂面してんなよ。今日は主役なんだぞ」
カルツに教えてもらったお陰で、ようやくシュナイダーの気分が晴れた。笑みを取り戻したシュナイダーは、その後はパーティーを心から楽しんだのだった。

 何だかんだでパーティーはかなり盛り上がった。途中から連絡を貰ってやって来た者もいたりして、完全にお開きになったのは夜遅い時刻だった。プレゼントを詰め込んだ紙袋を持ったシュナイダーが家に帰り着くと、母が渋い顔で出迎えた。
 「遅くなるなら連絡してって言ったでしょ」
 「あ・・・ごめん。時間が経つのが早くって、連絡し損ねちゃったんだ」
息子がプレゼントやらカードやらを大量に持ち帰ったのを見て、母はよっぽど楽しかったのだろうと推測する。今日は仕方がないかと、母は苦笑した。
 「食事も済んでるんでしょう? 早く休みなさい。あなたの部屋に、マリーからのプレゼントが置いてあるわよ」
幼い妹も自分の誕生日を祝ってくれていたのだと知り、シュナイダーの心が暖まる。
 「マリーにもお礼を言わなきゃな」
 「明日にしなさい。もう寝てるんだから」
そんな話をしていると、夜も遅いというのに電話が鳴った。こんな時間に誰だろうと不審に思いつつも、シュナイダーの方が電話に近い位置にいたので、腕を伸ばして受話器を取る。
 「もしもし?」
 『あ、シュナイダーか?』
 「若林!?」
思わず電話口で大声を上げてしまい、母の冷たい視線に慌てて声を落とす。シュナイダーは若林に、パーティーを企画してくれた事の礼を丁寧に述べた。すると若林は気にするなと照れ臭そうに電話口で笑った。
 『それよりさ、俺、肝心な事を忘れてた』
 「なんだ?」
 『こればっかりは、明日じゃ格好つかないと思って。それでこんな時間に悪いと思ったんだけど電話したんだ』
若林はそこで一呼吸置くと、ハッキリした声で言った。
 『シュナイダー、誕生日おめでとう! ・・・やっぱりコレは今日中に言わないとな!』
 「・・・・・・・・・・・・」
 『? もしもし? 聞こえてるか?』
嬉しさのあまり相手が絶句してしまったとは思わず、若林が聞き返す。
 「あ、大丈夫。ちゃんと聞こえてる・・・」
 『そうか。それじゃ今日は遅いから、また明日な。おやすみ!』
深夜の電話を憚ったのか、すぐに電話は切れてしまった。しかし一日の最後に、若林からお祝いを言ってもらえてシュナイダーは上機嫌だった。
 (若林、来年の誕生日は俺の傍にいてくれよ。若林がいてくれれば、他には何もいらないから・・・)
 「プレゼントは俺」と笑顔で抱きついてくる若林を想像し、シュナイダーの顔はついニヤけてしまう。
 通話時間は短かったのに、電話を切った後のシュナイダーは目に見えてウキウキしていた。そんな我が子を、母は不思議そうに見守るのだった。
おわり