結局、俺たちはホラーハウスに入ることにした。若林がカメラ片手に、俺に提案する。
「じゃあ、一番怖そうな場面に来たら、そこで一枚だけ撮ろう。ホラーハウスの写真が一杯あ
っても、マリーちゃんは喜ばないだろうから」
「判った。どこで撮るかは若林に任せるよ」
俺たちはフリーパスを見せて、入り口のゲートをくぐった。夜光塗料でぼんやりと照らされた暗
い通路を二人で歩いていくと、あちこちにモンスターやらゾンビやらの作り物が、恐ろしげに展
示してあるのが目についた。ただ、どれもこれも安っぽい作りで、これを怖がるのはよほど小さ
い子供か、カマトト女だけではないかと思えた。だが一応作戦通りに、俺も怯えた素振りを見せ
る。
作り物のモンスターが出てくるたびに、若林に寄り添い、若林の服の裾を掴み、若林の手を
ギュッと握る。そのうちに若林が俺の演技に気付いて、からかうように聞いてきた。
「シュナイダー、もしかして怖いのか?」
「・・・怖いわけないだろう」
俺は拗ねたように言い返す。直後に俺たちの目の前を、ゴーストの衣装をまとったスタッフが
通り抜けた。俺はここぞとばかりに若林に抱きついた。若林が笑う。
「誰が、怖がっていないって?」
「うるさい!」
若林は笑いながらも、俺のことを振り払おうとはしなかった。悪くない。作戦通り、いい流れにな
った。
「あれ、何か聞こえないか?」
若林が足を止めた。若林は耳がいい。眼を閉じていても、ボールの飛んでくる音でセービング
が出来るとまで噂されるほどだ。
「俺には何も聞こえないぞ」
「いや、確かに聞こえた。女の人の悲鳴みたいだった」
「演出だろう?」
「でも、演出じゃなかったら、事件かもしれないぞ」
若林は俺を置いて、すたすたと歩き始めた。俺も慌てて後を追う。若林は音のするほうに歩い
ているらしいが、どんどん正規の順路から外れている。しばらく歩いた後、若林が足を止めた。
目の前には一枚のドア。廃屋の扉のようにデフォルメされているが、よく見ると小さく「STAFF
ONLY」の札が貼ってあった。
「ここから女の人の悲鳴が聞こえるんだ。ほら、今も」
そう言われると、確かに女の声らしきものが聞こえる。俺はドアに耳を当てた。そうすると、確
かに女の声がハッキリと聞き取れた。
『あ〜! いい! 死ぬ! 死んじゃう〜!』
俺はげんなりした気分で、若林に言った。
「行こう、若林。邪魔しちゃ悪い」
「何言ってるんだ、中で女性が襲われてるかもしれないんだぞ!」
若林がそう言って、ドアノブを掴もうとしたので、俺は慌てて止めた。
「若林、心配しなくていい。これは明らかに合意の上だ」
「合意?」
俺たちが押し問答をしていると、いきなり「STAFF ONLY」のドアが開いた。中から出てきたの
はミイラの扮装をした男。その陰に隠れてトップレスの女吸血鬼がいるのが、チラリと見えた。
「おまえら、出口はあっちだ! さっさと失せろ!!」
ミイラは客商売のスタッフとは思えない態度で、俺たちを怒鳴りつけた。俺は若林の腕を引っ
張って、その場から逃げ出した。

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