「別に、なんでもない」

  やはり言えない。言える筈がない。俺がそれ以上何も言わないので、若林も黙ってしまっ

 た。だが心配そうな眼差しを、時折ちらちらと俺に向けているのが判る。

  若林が俺の事を気に掛けてくれていると思うと、妙な安心感が湧いてきた。しかし俺の悩み

 の内容を知っても、こうして俺のことを気にしてくれるだろうか。

  若林の家への分かれ道に来た。今日もここでお別れだ。

  「じゃあな」

  俺は短くあいさつを済ませ、家へ向かって歩き出した。若林の心配そうな顔を見ているのが

 段々、心苦しくなっていた。

  「シュナイダー!」

  背後から若林が呼び止めた。俺は足を止めて振り返る。

  「なんだ?」

  「シュナイダー、俺になにか話があるんじゃないのか?」

  また鼓動が早くなったのが判った。若林は気付いているのか? 俺の気持ちを知っている

 のか?

  いや、そんな筈はない。

  さっき俺が意味ありげな沈黙を続けたから、何か悩んでいると推察したに過ぎない。それだ

 けのことだ。

  今、本当に若林に言いたい事を言ってしまったら、今まで培ってきた俺たちの友情や信頼

 関係が水の泡だ。俺は鷹揚のない声で言った。

  「別に。話があるときは、ちゃんと話す」

  「・・・・・・そうか。じゃあ、また明日な」

  若林はまだ何か言いたげだったが、結局その場を立ち去った。何かあるとは思ったようだ

 が、放っとく方がいいと判断したのだろう。そういう微妙な空気の読める男だった。

  俺も再び家に向かって歩き出した。