いや、それはまずい。正体をなくした相手を襲うなんて許されない。たとえキスひとつにした

 ところで、決して許されるものじゃない。

  俺は理性を奮い立たせて、本能と欲望を追い払った。

  子供のように安らかな寝顔を浮かべている若林を見ながら、俺はちびちびと酒を飲み始め

 る。度胸づけの為に酒を飲んだまでは良かったが、若林にまで飲ませたのは失敗だった。

 これじゃあ、話を聞くどころじゃない。多分、朝まで起きないだろう。

  ちゃんとベッドで寝かせてやった方がいいかもしれない。俺は若林の顔をぺちぺちと軽く叩

 いた。

  「起きろ、若林。こんな所で寝るな。寝室へ行け」

  「・・・あ・・・シュナぃ・・・ダぁ・・・」

  舌っ足らずな声で呼び掛けられて、妙にドキドキする。普段の若林は簡潔というか、ぶっき

 ら棒な話し方なので、こんな甘ったるい話し方をされると妙な気分だ。

  「ごめ・・・ん。おれ・・・よっちゃっ・・・て・・・」

  相談に乗ると大見得を切っておきながら、それどころではなくなってしまって、若林は申し訳

 なく思っているらしい。俺は優しく声を掛けてやる。

  「気にするな。飲ませた俺が悪い。話はいつでも出来るさ」

  「・・・うん」

  うるうるとした瞳で俺を見上げて、若林が小さく頷いた。

  ・・・・・・なんて可愛いんだ。

  このまま若林の傍にいたら、またいけない欲望が首をもたげてきそうだ。帰らないと。理性

 が辛うじて踏みとどまっている、今のうちに帰らないと。

  でも、立ち去りがたい。

  結局、俺はずるずると、そのまま居残ってしまった。




  「おまえたち! 何やってるんだ!」

  不意に背後から怒鳴りつけられて、俺は飛び上がった。振り返ると、出掛けた筈の見上が

 血相変えて、こっちを睨んでいる。

  「忘れ物を取りに帰ってみれば、この有様か? 源三、酒を持ち出したのはおまえか!?」

  若林が無言でコクコクと頷く。俺は慌てて口を挟んだ。

  「酒が飲みたいと言い出したのは俺です。若林に無理に酒を勧めたのも、俺です。若林は

  悪くありません」

  見上は俺を見て言った。

  「こういう事は連帯責任だ。君の申し出を断らなかった源三にも、責任はある」

  それから若林を見て、言葉を続けた。

  「とはいうものの、今の源三には何を言っても、まともに聞けまい。源三の説教は明日だ」

  見上は若林を寝室に連れて行って、寝かしつけた。それから居間に戻ってきて、俺にたっ

 ぷりと説教を始めた。俺は神妙に耳を傾けるしかなかった。

  ひと通り小言を終えると、見上は俺に聞いた。

  「今日は、もう帰りなさい。一人で帰れるな?」

  「はい。申し訳ありませんでした」

  俺は最後に謝ると、若林の家を出た。