「・・・・・・恋愛のことだが・・・・・・」

  それだけ言って、俺は言葉を濁した。若林の顔が明るくほころぶ。

  「もしかして、おまえ、好きな女ができたのか?」

  女ではないので、曖昧に頷く。俺の煮え切らない態度を、若林は照れのせいだと思ったよう

 だ。冷やかすように質問する。

  「相手は誰だ? クラスメイトか? ファンの子か?」

  チームメイト、とは答えられないので、俺は首を振る。

  「言えない」

  「勿体ぶるなよ。絶対誰にも言わないから、教えろよ」

  俺は迷った。

  おまえだ、と答えられた時、若林はどんな反応を示すだろう。

  駄目だ。

  まだ言えない。

  「名前は言えない。だが、俺の胸のうちを誰かに聞いてもらいたくて、若林を選んだ。名前

  を言わなければ話を聞いて貰えないというのなら、俺は帰る」

  若林の興味津々の目線をかわして、突き放すように言った。

  若林がハッとした様子で、態度を改める。

  「悪い。からかう気はなかった。ちゃんと聞くから、話してくれ」

  俺はポツポツと話し始めた。


  その人を想うと、頭が一杯になって何も手につかなくなること。

  その人の一挙一動を見るだけで、幸せな気分になれること。

  だが、その人には決して想いを打ち明けられないこと。


  「どうして? 打ち明ければいいじゃないか」

  若林がこともなげに言う。

  「おまえがそれだけ真剣に、その人のことを想っているなら・・・きっと相手にもその想いは

  通じると思う」

  本当に?

  俺は若林の顔を見る。若林が真顔で言葉を続ける。

  「おまえ、自覚ないのかもしれないけど、結構女にもてるんだぜ。顔も良いし、サッカーの

  プレイもカッコイイし、練習見に来るファンの女は大方シュナイダーが目当てだもんな。告白

  してみろよ。おまえを振る女なんていないって」

  女なら・・・な。俺の気分が暗く落ち込む。

  やっぱり駄目だ。

  やっぱり言えない。

  「・・・・・・言えない」

  「どうして!?」

  「告白すれば、必ず受け入れられるとは限らない。もし、あの人に拒絶され、嫌われたら、

  俺は生きていけない」

  若林があんぐりと口を開けて、まじまじと俺の顔を見た。俺の言い方が大袈裟過ぎて、呆れ

 たのだろう。だが、これは偽らざる俺の本心だった。

  若林が話し始めた。

  「すごいな、シュナイダー。本当に、真剣に、その人が好きなんだな」

  「当たり前だ」

  「おまえの追っかけファンがその人の事知ったら、すげえ羨ましがるだろうな」

  「・・・・・・(おまえなんだって)」

  「でも、なんかいいな。そういうの」

  「なに?」

  俺が咎めるような口調で聞き返すと、若林が慌てたように言葉を補った。

  「茶化してるんじゃないんだ。そんなふうに、一途に誰かを好きになれるなんて、俺には経

  験ないから・・・おまえにしてみれば、片想いで凄く辛いんだろうけど、でも、そういう真剣な

  恋をしているって、なんだか羨ましい」

  柔らかい眼差しに見つめ返されて、俺の胸が高鳴る。


  おまえなんだ、若林。俺の真剣な恋の相手は、おまえなんだ。


  「若林、おまえは好きな相手はいないのか?」

  俺は若林の気持ちに探りを入れてみた。若林が照れたような笑顔を見せる。

  「いねえよ。気になる奴はいるけど」

  「誰!?

  自分でも吃驚するくらい、切羽詰った声が出てしまった。若林がスッと人差し指を、俺の鼻

 先に突きつける。

  「・・・・・・俺?」

  「ああ。今の俺は、やっぱり恋よりサッカーだ。サッカーで気になる奴といえば、シュナイダ

  ーしかいねえよ」

  嬉しいような、切ないような・・・・・・。




  外出していた見上が帰ってきた。それを潮に、俺は引き上げる事にした。