恋占い
一度は若林を諦めかけたシュナイダーだが、恋の炎というのは困難があればあるほど燃えさかるものである。若林が容易くなびきそうにないと判ったことで、シュナイダーの想いは却って深くなったようであった。今日もシュナイダーは練習の合間合間に、キーパー練習エリアで汗を流している筈の若林の姿を追い求める。キーパーの練習エリアはシュナイダーのいる場所からちょっと離れているが、若林は常に帽子を被っているので遠目にも見つけやすい。 (いたいた・・・。大分動きが良くなってきたな) 若林の姿を遠くから見守りながら、シュナイダーは考える。 (しかし、どうすれば若林に俺を好きになって貰えるのか・・・?) 若林に練習相手を頼まれた居残り特訓は続いている。若林は着実に力をつけ、キーパーとしての成長を見せていた。サッカーのライバル、チームメイトとして見た場合、これは大変に喜ばしい事である。しかしこの特訓で若林がシュナイダーに対して抱くのは、好敵手に対する闘争心、練習に付き合ってくれる友人への感謝、それだけだった。当初シュナイダーが夢想したような、憧れや恋心などは一向に芽生える気配がない。 (もっと積極的に迫った方がいいか・・・いや、若林はホモを毛嫌いしてたからな。迂闊な行動は命取りか・・・) 「諦めた方がいいと思うんだがなぁ」 シュナイダーの心を見透かしたように、幼馴染のカルツが口を挟む。カルツだけはシュナイダーの若林に対する想いを知っており、何かにつけて「止めておけ」と忠告してくる。しかし他人に止められると増々燃え上がるのが、恋心というものである。シュナイダーは口を尖らせて反発した。 「たまには『諦めろ』以外のアドバイスをしたらどうだ」 「相手が女なら、色々アドバイスもあるけどよ。男じゃワシの守備範囲外なんでな」 カルツの言葉にシュナイダーは無言で頷く。自分だって、相手が女ならこれほど悩みはしない。仮に悩んだところで、カルツを始め相談に乗ってくれそうな相手がいくらでもいる。 だがこの恋は特別だった。何をどうしたら恋を実らせることが出来るのか、さっぱり見当がつかない。誰かに相談したいところだが、相談に乗ってくれそうな相手すら思いつかなかった。 「カルツ、じゃあ若林が女だと仮定して、どうすれば・・・」 「そういう質問には答えられねぇなぁ。ゲンさんは女じゃないんだから、いい加減なアドバイスは出来ねぇよ」 上手くいかなくて怨まれるのもゴメンだし、と付け加えてカルツが笑った。 「アドバイスが聞きたいなら、占い師にでもお伺いを立てるんだな。じゃなきゃ諦めろ」 「あった! ここだ!」 女性向けの占い特集雑誌を片手に、夜の街を徘徊していたシュナイダーは漸く目当ての占い師の店を見つけた。 しかし、恋占い専門で若い女性に評判だという、占い師の店の前には長い行列が出来ていた。 「待たされそうだな・・・」 しかも恋占い専門という事もあって、列を成しているのは女性ばかりである。この列に加わるのは流石に恥ずかしい。店の前でうろうろ躊躇していると、後ろから声を掛けられた。 「おまえさん、ここで見てもらう気かい?」 振り返ってみると、黒いショールをまとい、だぼだぼの黒いドレスを着た怪しげな女がいた。ショールで顔を隠すようにしているので、顔つきや年齢は良くわからない。話し方やしゃがれ声、前屈みの姿勢からすると、かなりの年寄りかもしれない。なにやら神秘的な雰囲気だ。 「ここは女しか見てくれないよ。恋の悩みならあたしが見てあげよう」 「・・・・・・いや、結構」 相手があまりに胡散臭いので、シュナイダーはさっさとその場を離れようとした。 「おまえさん、道ならぬ恋に悩んでいるだろう?」 「!! どうして、それを!?」 自分の悩みを一発で言い当てられて、シュナイダーの老女を見る目が変わった。 「あたしだって占い師だからね。あたしの見立ては当たるよ。その代わり悪い卦が出ても、文句を言わないで貰いたいね」 老女のハッキリした物言いに、シュナイダーは信頼できるものを感じた。客のご機嫌を取って、良い卦しか言わない占い師よりも、当たりそうな気がする。見料を聞くと、初めに行こうとした店より安い。シュナイダーはこの老女に見てもらう事にした。 老女はシュナイダーを建物と建物に挟まれた窮屈な路地へと連れて行った。そこに粗大ゴミのようなぼろい机と椅子が置いてある。店を持たない辻占いらしいが、それにしてもカードや水晶玉といった占い師らしい小道具もない。どうやって占うのか聞くと、人相だと答えた。 「じゃあ、おまえさんの顔をじっくり見せてもらおうかね」 机を挟んで小汚い椅子に座らされ、顔を突き出すように言われた。身体を乗り出すようにして顔を見せながら、シュナイダーは尋ねる。 「こんなに暗いのに、明かりも置かなくて、人相が見えるのか?」 「あたしは夜目が利くんだよ。ほぉ・・・おまえさんの想い人は男だね」 またも事実を言い当てられて、シュナイダーは驚いた。確かに見立てはいいらしい。シュナイダーは気になっている事をズバリと聞いた。 「それで、あいつとは上手くいくのか?」 「いかないね」 「なんだとおーっ!!」 コンマ0.3秒で否定されて、シュナイダーはつい怒鳴ってしまった。 「悪い卦が出ても文句を言わない約束だよ。相手の男にはそういう趣味がないから、何をしても上手くいかないんだ。間違いないね」 「う・・・・・・」 占い師は若林にホモっ気がないことも言い当てた。シュナイダーは何とか望みを繋ぎたくて、更に聞いてみる。 「しかし、今はその気がなくても将来・・・」 「将来その男がソッチ方面に目覚めることもないね。悪いけど、この恋は諦めるのが一番だよ」 「しかし・・・」 「潔く諦めないと、その男と築いた友情まで失う事になるよ。それでもいいのかい」 見立ての確かそうな占い師に、まるきり成就の望みがないと断言され、シュナイダーは落ち込んだ。肩を落とし、ガックリとうなだれているシュナイダーを哀れに思ったのか、占い師が慰めるように言葉を掛けた。 「おまえさんは女にはモテるんだから、また女と付き合えばいいじゃないか」 そう言われても、ハイわかりましたとは言えなかった。確かに女の子と付き合ったことは何回かあるが、これほどまでに心を奪われた相手は、若林が初めてなのだ。そう、若林とは出会いからして特別だった。 「でも、俺と若林は運命の赤い糸で・・・」 「だから、それは思い込みだって! たまたま顔合わせの前の日に見かけただけなんだろう?」 「たまたまとか言うな! これは運命・・・・・・」 言い返そうとして、シュナイダーは気がついた。いくらよく当たる占い師だからって、あまりにも俺の近況を知りすぎてないか? 「・・・・・・おい」 シュナイダーは椅子を蹴って立ち上がると、占い師のまとっているショールを剥ぎ取った。 「やっぱり、カルツ! 下手な変装しやがって!」 「下手でもねぇだろ。シュナイダー、すっかり騙されてたもんな」 カルツは身体を伸ばすと、だぼだぼのドレスを脱いだ。下には普通に服を着ている。エヘンエヘンと咳払いをして、作り声を地声に直している様子を見て、シュナイダーは呆れて言った。 「全くヒマな奴だ。こんな手の込んだ事をして」 「ヒマ? 友だち思いと言って欲しいね」 シュナイダーは昨日、占いの雑誌をカルツに見せて、ここで明日見て貰うつもりだと話していた。自分の軽口をシュナイダーが真に受けていることを知り、カルツは慌てた。しかしこの機会に一芝居打てば、占い師にすがる気持ちになっているシュナイダーを諦めさせる事が出来るのではないか、と思いついたのだった。 そして母親の箪笥からドレスとショールを持ち出し、ゴミ置場に捨ててあった机と椅子を路地裏に持ち込んで、シュナイダーが来るのを待ち構えていたという訳だった。心配してくれるカルツの気持ちは有り難いと思うものの、シュナイダーには素直にカルツの助言を聞く気はなかった。 「くだらん真似をしてくれたな。時間が無駄になった」 「今からさっきの店に並ぶ気か?」 「いいや。占いなんかに頼ろうとしたのが間違いだった」 丸めたドレスとショールを小脇に抱えたカルツと、連れだって歩きながらシュナイダーは答えた。 「俺は自分のやり方で、必ず若林と恋人になってみせる! 見てろよ!」 なにやら却ってシュナイダーを煽ったような形になってしまって、カルツは先が思いやられた。 「ただいま」 「お兄ちゃん、おかえりなさ〜い!」 帰宅したシュナイダーを、妹のマリーが元気に出迎えてくれた。マリーはシュナイダーが手にしている雑誌に眼を留め、興味深そうに尋ねた。 「お兄ちゃん、恋占いをしてもらったの?」 「あ、いや。結局行かなかったんだ」 バツが悪くて雑誌を丸めて隠すようにすると、マリーが笑いながら言った。 「わざわざ占い師の人に見てもらわなくても、こうすれば簡単に占えるんだよ」 テーブルの上には母が活けた花が飾られている。マリーはその花瓶から花を一輪抜き取ると、「好き、嫌い・・・」と唱えながら花びらを一枚ずつむしり始めた。 シュナイダーも倣うように花を一輪抜き取った。 (若林は俺の事が好き、嫌い、好き・・・) 心の中で唱えながら、無言で花びらをむしっていたシュナイダーの手が、ピタリと止まった。左手に持った花には、もう花びらが一枚しか残っていない。 (・・・・・・好き!!) 「どうだった、お兄ちゃん?」 ニコニコと尋ねるマリーを、シュナイダーはガバッと抱き上げると、その場でくるくると廻って見せた。 「結果は最高だ! ありがとう、マリー!」 「ホント? よかったね、お兄ちゃん!」 (人の気持ちなんて、どう転ぶか判らないんだ! 俺と若林はきっと恋人になれる! 待ってろよ、若林!!) 占いなんかに頼らないと大見得を切ったのも忘れて、シュナイダーは上機嫌に浮かれていた。 |