告白
カルツの助言など聞く耳持たず、ひたすら「運命の赤い糸で結ばれている」若林を想い続けるシュナイダー。人には頼らず、自分のやり方で若林と恋人になって見せる!とカルツの前で大見得を切ったのものの、いざ何をしたらいいのか具体的な方法は思いつかなかった。(とりあえず、もっと若林と仲良くなるべきだろうな) 幼馴染のカルツは、いつの間にか若林を仇名で呼ぶほどの親しい付き合いをしている。少なくとも、カルツのレベルには自分も追いつかなければ! 当初は、「若林から見て、近寄り難い憧れの存在」になろうと、わざと若林と親しい口は利かなかった。しかしこの作戦が効果なしと判った以上、若林と距離を保つ必要は無い。シュナイダーは自分から若林に、ポツポツと話しかけてみた。 「若林」 「なんだ?」 「え〜っと・・・趣味は?」 「趣味ぃ? サッカーしか興味ねぇよ」 「じゃ、休みの日は何してる?」 「自主トレ。それかサッカー観戦」 若林の答えは実に簡潔だった。若林はあまり無駄口を利かないタイプらしい。しかしこれでは会話のキャッチボールが進まない。 シュナイダーは女の子たちとデートしていたとき、どんな風に会話していたか思い返してみた。あの時はたしか、いつも相手の方が好き勝手に喋り続けてくれて、自分はたまに相槌を打てばよかったんだっけ。やはり女の子の時とは勝手が違うようだ。 カルツはどうやって若林と話をするようになったと話していたかな。・・・そうだ、たしか日本の様子を聞いてみたと言っていた。シュナイダーは早速、日本の話が聞きたいと、若林に話してみた。途端に若林が饒舌に色々なことを語り始めた。 日本でサッカーを始めたきっかけ。 日本でやってきた練習方法と、世話になったコーチの話。 日本にいたとき、どんなチームにいて、どんな試合をしてきたのか。 日本のサッカー仲間、ライバルにはどんな奴がいたのか。 若林の話題は、日本のことには違いないが全てサッカーに関連していた。物事全てがサッカーを中心に廻っており、サッカー抜きの生活など思いもよらないらしい。 (仮に若林に想いを寄せる女がいても、これじゃ冷たくあしらわれたことだろうな) シュナイダーは、自分もサッカーをやっていて幸運だった、と改めて思った。少なくとも、サッカーを通じて若林と親しくなれる分、自分は有利だ。 しかし若林の話に耳を傾けているうちに、シュナイダーはあることに気がついた。同じ奴の話題が、繰り返し出てくるのだ。しかもそいつの話をする時の若林の表情が、やたら嬉しそうなのが気にかかる。 「おい、若林。そいつの話はさっきも聞いたぞ」 「あれ、そうか? つい夢中になっちまった」 若林が話を止めて、照れ臭そうに笑った。愛嬌のある可愛い笑顔だったが、シュナイダーはその笑顔が自分ではなく、若林が楽しそうに語っていた日本の友人に向けられている気がして苛立ちを感じた。 「そいつと随分仲良しだったんだな」 やっかみ半分で、シュナイダーは聞いてみた。 「仲良しっていうのとは違うな。単なるライバルとも言えないし・・・あいつは俺にとって特別だから」 若林はサラリとそう言った。しかしシュナイダーの方は、サラリと聞き流すことは出来なかった。 特別? 俺にとって特別?? 特別って・・・・・・特別な間柄=恋人同士の ことか!? シュナイダーは焦った。自分はサッカーをやっている分、若林と親しくなる機会が多くて有利だと思ったが、それは若林の周りでサッカーをやっている奴全員に言える事だったのだ。 しかも付き合いの浅い自分より、日本でチームメイトだった奴の方が、若林と早く知り合い、付き合いが長かった分有利じゃないか! 「おい、若林! そいつは・・・」 おまえの恋人か!?と問い詰めようとして、シュナイダーは言葉を飲み込んだ。そうだ、若林にホモッ気はないんだった。恋人の筈がない。しかし、そうするとさっき若林の言った「特別」とは、一体何の事なのだろう。 「ん? どうした、シュナイダー?」 「あ・・・いや、そいつの名前は?」 素直に「特別」とはどういう意味なのか聞けばいいのだが、気後れしてしまったシュナイダーは別の質問をしてしまった。 「ツバサ・・・・・・オオゾラ・ツバサだ!」 そう告げる若林の表情が何故か得意気というか誇らしげで、シュナイダーはまたも気を揉むのだった。 「なぁ、カルツ、どう思う? 単なる仲良しでもライバルでもない、特別な関係って何だ?」 『ワシが知るかよ。ゲンさんに直接聞けよ』 若林と別れて帰宅した後も、若林のいう「特別な相手=ツバサ」が気になってならないシュナイダーは、カルツに電話を掛け相談とも愚痴ともつかない話を吹っ掛けているのだった。シュナイダーは、頭から離れないある疑惑をカルツに話してみた。 「もしかして、若林はツバサが好きなんじゃないのか? この間『男と付き合うなんて気色悪い』とか言ったのは、自分がホモだと俺たちに悟られたくなくて わざとそう言ったんじゃないか?」 『いや〜。それはないと思うが・・・・・・』 「でも、一般的に『特別な関係』ってのは恋人同士を指すだろう」 『男女間ならそうだろうけど、男同士は違うだろう』 「男同士で恋人になるケースだって多いぞ!」 『ゲンさんは違うって。もう切るぞ』 「待て、話の途中だぞ! おいっ!」 しかし既に手の中の受話器は、ツーツーと音を立てるばかりだった。やむなく受話器を戻したものの、シュナイダーの不安は全く晴れなかった。 (やはり明日、若林を直に問い詰めるしかないか・・・) そう心に決めると、シュナイダーは今日はもう寝ることにした。全ては明日明らかになるのだ。今日はあれこれ考えず、明日に備えてゆっくり眠ろう。不安な気持ちを無理に鎮めると、シュナイダーは眠りについた。 そして翌日。正規の練習が終わるや否や、シュナイダーは若林を練習場の隅に引っ張って行き、気になっている質問をぶつけた。 「若林、昨日話していた『ツバサは特別』って、一体どういう意味なんだ?」 「え・・・俺、そんな事言ったっけ?」 若林は焦ったように口籠もると、不自然にシュナイダーから視線をそらす。若林の態度に、シュナイダーは一層不信感をつのらせる。 「誤魔化すな! 教えてくれ、ツバサとはおまえの何なんだ!?」 「シュナイダー・・・・・・絶対、誰にも言わないって約束してくれるか?」 若林が諦めたように、重い口を開いた。シュナイダーは若林の言葉を、固唾を呑んで待った。 「ツバサは俺の・・・・・・初恋の相手なんだ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」 「俺がこっちに来て離れ離れになっちまったけど、俺とツバサは赤い糸で結ばれている。特別な相手なんだ」 頬を赤らめ、嬉し恥ずかしそうに告白する若林を見ているうちに、シュナイダーは目の前が暗くなってきた。 (そんな・・・まさかとは思っていたけど、本当に、本当に若林の彼氏だったんだ・・・・・・) 「シュナイダー? おいっ、どうした! しっかりしろ!!」 若林の慌てた声を遠くに聞きながら、シュナイダーは意識を失った・・・ 「・・・って、そんなことあるかぁーっ!!」 シュナイダーはベッドから飛び起きた。全身にびっしょりと嫌な汗をかいている。なんという悪夢だ。 「まさか、正夢じゃないだろうな・・・?」 眠ろうと眼を閉じると、すぐにさっきの悪夢が脳裏に甦ってきて、とても今夜は眠れそうになかった。シュナイダーはベッドの上に縮こまって、ひたすら夜明けを待つのだった。 ようやく日が昇った。今度こそ本当の朝だ。 シュナイダーの顔色は寝不足とストレスで土気色だった。しかしシュナイダーは真実を突き止めるべく、足早にチーム練習に向かうのだった。 正規の練習が終わるのが、いつもの二倍の時間に感じられた。早く終われ。早く終われ。シュナイダーはそのことばかりを念じて、練習時間をやり過ごした。集中力を欠き、やたらに苛ついているシュナイダーを、チームメイトたちは「触らぬ神に〜」とばかりに敬遠していたが、当のシュナイダーは周りの空気など気づいていなかった。 やっと練習が終わった。待ちに待った、若林と二人きりの居残り特訓の時間だ。 シュナイダーは若林を練習場の隅に引っ張って行き、気になっている質問をぶつけた。 「若林、昨日話していた『ツバサは特別』って、一体どういう意味なんだ?」 「え・・・俺、そんな事言ったっけ?」 若林は焦ったように口籠もると、不自然にシュナイダーから視線をそらす。どこかで見たような若林の態度に、シュナイダーは更に不安をつのらせる。 「誤魔化すな! 教えてくれ、ツバサとはおまえの何なんだ!?」 「シュナイダー・・・・・・絶対、誰にも言わないって約束してくれるか?」 なんでそんな前置きをするんだ。若林に頷きつつ、シュナイダーは嫌な予感がしてならなかった。やがて若林が諦めたように、重い口を開いた。 「翼は俺の・・・・・・同志なんだ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・???」 てっきり悪夢の再現で、ツバサが恋人だと告白されると思っていたので、シュナイダーは拍子抜けした。大体『同志』って何のことだ? 若林は共産党員なのか? 「同志って、何の?」 「ホントに、誰にも言うなよ」 「言わないから、さっさと言え!」 若林の勿体ぶった態度に業を煮やして怒鳴ると、ようやく若林が話し始めた。 「俺がゴールを守り、翼が点を取る。俺たちは、日本代表はワールドカップで優勝する! その同志なんだ!」 「はぁ?」 「何だよ、その気の抜けた態度は! ちぇっ、だから言いたくなかったんだ!」 機嫌を損ねた若林が、プイッとそっぽを向いた。 予想が外れて混乱していたシュナイダーの頭に、ようやく若林の言う言葉の意味が伝わってきた。 若林とツバサは、将来日本代表としてワールドカップに出場し、母国を優勝させる気らしい。しかし言っては悪いが日本サッカーのレベルは低い。過去にアジア予選を突破した事がないのだから、優勝どころか出場すら夢のまた夢だろう。 しかし若林は大真面目に、本気で日本のW杯優勝を目指している。馬鹿にされたり冗談に思われたりするのが嫌で、若林は胸に秘めた大きな目標を、その目標を成し遂げる為の同志のことを気安く話したくなかったのだ。 (なんだ・・・そんなことだったのか) ツバサのことが勘違いだったと判り、シュナイダーは胸を撫で下ろした。そしてむくれている若林の肩に手を置き、声を掛ける。 「済まない。馬鹿にしているわけじゃないんだ」 「どうせ無理だと思ってるんだろう? カルツに話したときも笑われたもんな」 「そんな事は思っていない。若林なら日本をW杯に導くのも夢じゃない」 不貞腐れたような顔をしていた若林の瞳が、パッと明るく輝いた。 「本当に、そう思うか!?」 「ああ。可能性はある。尤も、まだまだ練習が足りないがな」 「判ってる! 早速始めようぜ!」 サッカーの実力においてドイツナンバーワンと言われる、シュナイダーに励まされたのが嬉しかったのだろう。若林は元気を取り戻し、早速ゴール前に駆けて行った。 本当に若林が同志のツバサと共にW杯に行けるのかどうか、優勝できるのかどうか、シュナイダーには判らない。しかし若林が望んでいるのなら、その夢を叶えさせてやりたい。そう思った。 (それに、若林が日本でも色恋沙汰に無縁だったと判ったし・・・やはり、若林と結ばれる運命にあるのは、俺だけのようだな!) 「行くぞ! 若林!!」 根拠のない自信を取り戻したシュナイダーは、若林に向けて思いっきりシュートを放った。 |