「決めた! 俺の涙で若林を口説き落とす!」
この日の翌日。若林はチームの練習が終わると、いつもどおりにシュナイダーと居残りの練習をするべく準備を始めた。 「よし、始めようぜ。シュナイダー!」 ゴール前に立った若林が、特訓の相棒に声を掛けた。しかしゴールの真正面にいる筈のシュナイダーは、何故かピッチ内にはいなかった。 「あれ? シュナイダー?」 「・・・ここだ。若林」 背後から声を掛けられて、若林は振り返った。そこには瞳を潤ませたシュナイダーが、ゴールネットに指を絡めつつ、切なげな視線をこちらに向けていた。シュナイダーの見るからに怪しげな様子に、若林が警戒した声で尋ねる。 「そんな所で何やってるんだ?」 「聞いてくれ。若林・・・俺は弱い人間だ」 「? 急に何を言ってるんだ?」 「俺は一人じゃやっていけない・・・」 そう言うとネットに絡めた指をそのままに、ズルズルと崩れ落ちるように地面に膝をついた。シュナイダーは何かを追い求めるかのように両手を掲げた格好で、ネット越しに若林を見上げる。 「俺には、この虚しい心を温かく満たしてくれる、そんなパートナーが必要なんだ」 シュナイダーの両目から、しずくが伝い落ちた。 「・・・頼む、若林。俺の支えになってくれ。いつまでも俺と共にいると約束してくれ」 「やだ」 若林の容赦のない即答ぶりに、シュナイダーは泣いているのを忘れてキレそうになった。しかしここはぐっとこらえて、更に若林を掻き口説く。 「俺の涙が見えないのか? 俺は本当に、弱い男なんだ・・・俺には若林が必要・・・」 若林は大股でゴールポストの外側にずかずかと回りこむと、シュナイダーが膝をついた時に地面に落っこちた目薬の壜を拾い上げた。シュナイダーはたじろぐ。 「あ、それは・・・」 「何のつもりか知らないけど、妙な芝居すんなよ。俺はそういう女々しくて、ウジウジしたのが一番嫌いなんだよ!」 慌てて立ち上がったシュナイダーに、若林は目薬の壜をつき返す。 「で? 今日は練習すんのか? それとも猿芝居の稽古か?」 「・・・練習」 「そうこなきゃ」 若林に急かされながら、シュナイダーは件の記事が『女のコだけの裏技!!』だったのを今更ながらに思い出したのだった。
おわり
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